弾むような返事を背中で聞きながら、彩葉は輝夜とともにトップ側へ走り出した。雷と乃依の方へ振り返りそうになる気持ちは残っていたものの、自分から任せた以上は最後まで信じようと決め、今度こそ前だけを見る。
残されたヤチヨは、雷と乃依を相手に再び二対一へ入った。第1戦で乃依から狙ったことを逆手に取り、今度は正面の雷へ攻撃を集中させると、乃依の矢を受けながらも先に体力を削り切る。
「雷、撃破ぁぁぁ! ヤチヨ、今度は狙う順番を変えて雷を先に落としました!」
雷がリスポーンへ送られると、ヤチヨは残った乃依へ向き直った。鈍足を受けた状態では弓を持つ乃依との距離を簡単には縮められず、近づけば輪刀、離れれば矢と間合いを切り替えられるうちに、攻防は次第に長引いていく。
「時間を稼いでるね。倒し切れなくても、姫さんをここへ足止めしておけば雷が戻ってくるから」
てゐの言葉通り、乃依との戦いが続く間に雷が復活し、再び前衛へ戻ってきた。鈍足と消耗を抱えたヤチヨに対して雷が正面を塞ぎ、その背後から乃依が射撃を重ねることで、一対一で保っていた均衡は瞬く間に崩れていく。
何度か攻撃を受けたヤチヨは、このままでは二人を倒し切るより先に自分が落ちると判断した。視界の端に満ちたウルトゲージを確認すると、傷の残る和傘の柄を口元へ寄せ、その先へ静かに息を吹き込む。透明な膜がぷくりと膨らみ、虹色の光を帯びた巨大な球体へ変わっていった。シャボン玉にも吹きガラスにも見える大技が急速に膨張するのを見て、雷が距離を取ろうとする一方、乃依は短弓へ冷気を集めてウルトを発動する。
「乃依もウルト! ヤチヨの大技を正面から止めにいったぁぁぁ!」
「膨らみ切る前に潰すつもりだね」
冷気を纏った矢が巨大な球体へ突き刺さったものの、二つの力は相殺されず、衝突した一点へ逆に集中していった。大きく歪んだ表面へ力が押し込められた直後、球体は耐え切れなくなったように破裂し、本来よりも遥かに広い爆発がヤチヨだけでなく、逃げようとした雷と乃依までまとめて飲み込む。
「ヤチヨ、雷、乃依相打ちで残機を使い果たし退場!」
爆発が収まると、三人の体力表示は揃ってゼロへ落ちていた。最後の残機まで使い切った身体が光へ変わっていく中、ヤチヨは雷と乃依をここから先へ進ませずに済んだことを確かめ、ようやく肩から力を抜く。退場まで僅かとなったところで、ヤチヨは彩葉と輝夜が走り去った方角へ静かに顔を向けた。二人の姿はすでに竹林の向こうへ消えていたが、その先でまだ勝負を続けていることを思いながら、安心したように目を細める。
「……二人とも、頑張ってね」
誰かに聞かせるためというより、自分の役目を二人へ渡すような小さな呟きだった。ヤチヨは最後まで二人の進んだ方向を見つめたまま、雷、乃依とともに光の粒へほどけ戦場から静かに姿を消していった。
◇ ◇ ◇
竹林を抜けた先で、彩葉と輝夜はほとんど同時に足を止めた。Black onyXの天守閣へ続く道の中央には、先ほど一度倒したはずの帝が巨大な金棒を肩へ担ぎ、二人が来るのを待っていたように立っている。
彩葉は反射的に残機表示へ目を向けた。自分も輝夜も残っているのはあと一つだけであり、ここでどちらかが撃破されれば、その時点でこのラウンドから完全に退場する。
「遅かったな」
帝は二人の状況まで承知しているように笑い、肩へ担いでいた金棒を軽く持ち直した。復活した直後に慌てて追ってきたような気配はなく、むしろここで二人を待つことまで最初から決めていたような落ち着きがある。
輝夜がハンマーを構えて一歩前へ出る横で、彩葉は帝の背後から自分たちの天守閣へ繋がる道へ視線を走らせた。勝つことだけを考えるなら、ここで二人を待つ必要などなく、そのまま反対側へ走った方が遥かに早い。
「なんでこっちにいるの?」
「ん?」
「そのままミドルからこっちの天守に行けば、もっと早かったんじゃない?」
帝は少しだけ目を丸くしたあと、そんなことかと言いたげに口元を緩めた。勝利への最短経路を理解したうえで、それでも二人との決着を選んだことを隠す様子もない。
「Black onyXはさ、ただ勝ちゃいいってもんじゃねえんだよ」
肩へ乗せていた金棒を下ろし、帝は二人へ真正面から向き直った。巨大な武器の先端が地面すれすれまで下がり、その姿勢だけで戦う準備が整ったのだと分かる。
「見てるやつらに夢見せなきゃいけねえんだよ」
彩葉が呆れたように息を吐く一方、輝夜はむしろ楽しそうにハンマーを握り直した。最後の残機しかない状況でも、何度も立ちはだかった帝をもう一度正面から倒せることへの期待が、その瞳にはっきりと浮かんでいる。
「ちょうどいいわ」
「何が?」
「まだ借りを返し足りないもの」
輝夜が一歩前へ出ると、彩葉もブーメランへ手を掛けた。失敗すればそこで終わりだが、それでも隣に輝夜がいるだけで、一人ですべてを背負っていた時ほどの重さは感じなかった。
帝が金棒を構えた瞬間、三人の間に残っていた静けさが消えた。輝夜が正面からハンマーを振り込み、彩葉もほとんど同時に側面へ回ったものの、最初の一合だけで先ほどとの違いがはっきり伝わってくる。帝はハンマーを真正面から受けず、衝突する寸前に踏み込みの角度を僅かに変えた。輝夜の力が最も乗る軌道から身体を外す一方、彩葉がブーメランを投げるために踏み込もうとした場所へ、金棒の後端だけを差し込んでくる。
攻撃を当てる必要さえなかった。彩葉が半歩止まった僅かな時間だけで、帝は輝夜との距離を詰め直し、振り切ったハンマーの内側へ肩から入り込んでいる。
「……さっきと違わない?」
「一回してやられたからな」
短く答えた帝は、彩葉が低く投げたブーメランにも正面から付き合わなかった。半歩だけ横へずれて軌道をやり過ごすと、戻ってくる位置へ先回りし、彩葉が掴み直す寸前に金棒を差し込んで地面へ叩き落とす。
「えっ」
視線を落とした彩葉へ帝が踏み込むが、輝夜が横からハンマーを振り抜いて追撃を阻んだ。ところが帝はその援護まで予想していたように身体を沈め、頭上を通過する武器をかわしながら金棒を低く薙ぎ払う。二人まとめて間合いの外へ押し戻される中、帝だけが次の攻撃へ移れる姿勢を残していた。力や速さそのものが増したのではなく、大振りな動きや無理な追撃だけが削ぎ落とされ、必要な場所へ必要なだけ武器を置く戦い方へ変わっている。
「帝、さっきより無駄がありません! 二人の連携が始まる前に潰してる!」
忠犬オタ公が声を上げると、てゐも戦場から目を離さないまま僅かに頷いた。二人の連携そのものではなく、それが成立する直前の動きだけを帝が狙っていることを、すでに見抜いている。
「一回やられて、二人の癖を覚えたんだろうねえ。技が増えたんじゃなくて、動きが洗練されてきてるんだよ」
彩葉にも、その意味は嫌というほど分かった。帝は二人をまとめて倒そうとはせず、輝夜が攻めれば彩葉の援護だけを潰し、彩葉が仕掛ければ輝夜の進路を先に塞ぐことで、本来の二対一を一対一の連続へ切り分けている。
輝夜が正面からハンマーを振り下ろすと、帝は金棒を斜めに合わせ、衝撃を横へ逃がしながら懐へ入った。輝夜の姿勢を崩した直後には、双剣へ分けたブーメランを持つ彩葉が背後まで迫る。それでも帝は振り返らず、金棒の後端だけを背後へ突き出して一本目を止めた。彩葉が二本目へ繋げる瞬間には身体を半歩ずらし、狙っていた場所から自分だけを外すことで、続く刃まで空振りさせる。
「なんで分かるの!?」
「その入り方、さっきもやっただろ」
振り返りざまの金棒を彩葉は双剣で受けたものの、まともな力比べでは敵わず、両足が地面を滑った。帝はそこで撃破まで追わず、すぐ輝夜へ向き直って二人の間へ戻り、連携が繋がることだけを徹底して防いでいく。先ほどなら押し切れそうな相手をそのまま追っていた場面でも、今は深追いしない。彩葉を数秒だけ戦線から外せば十分だと割り切り、その間に輝夜へ向き直ることで、二人が同時に動ける時間そのものを削っていた。
彩葉は双剣をブーメランへ戻しながら小さく息を吐いた。輝夜と二人で一度は確かに倒した相手なのに、その敗北を材料にした帝の方がほんの少し前より明らかに手強くなっている。
以前なら通っていた援護も牽制も、今は一歩どころか半歩の差で先に塞がれてしまう。しかも自分も輝夜も一度落ちれば終わりだと思えば、その半歩の遅れさえ、そのまま完全退場へ繋がりかねない。
「一回負けただけで、そんな変わる……?」
返事の代わりに金棒が迫り、輝夜がハンマーを合わせた。帝は接触した瞬間に手首を返して軌道を逃がし、転ばせるほど踏み込まず姿勢だけを崩すと、その僅かな隙を使って彩葉へ向きを変える。派手な一撃はほとんどないのに、二人は最後まで自分たちの動きをやり切れない。帝だけが次の手へ余裕を残し、その小さな差が積み重なるほど、最後の残機を抱えた二人の逃げ場は少しずつ削られていった。
彩葉はブーメランを投げながら、その向こうで動く兄の姿を見つめた。何年も画面へ向かい、何度負けてもまた同じゲームを始めていた姿を、昔からずっと知っている。
自分には同じことを繰り返しているようにしか見えなかった時間の中で、帝は負けるたびに相手を覚え、次にどうすれば勝てるのかを積み重ねていたのだろう。今、自分たちが相手にしているのは、その途方もない積み重ねそのものだった。
「上手だな~……」
戻ってきたブーメランを受け取りながら、彩葉は乾いた声で呟いた。帝はその間にも輝夜のハンマーを紙一重でかわし、大きく振りかぶることさえせず、次の攻撃へ移れなくなる位置だけを正確に叩いている。
「この人、これずっとやってんだもんな~……」
一度勝てたことで、届かない相手ではないと思った。けれど今は、その一勝さえ帝へ新しい材料を与えただけなのではないかと感じ、勝ち筋を探していた思考から少しずつ力が抜けていく。
「……勝てんわ」
その声を聞いた輝夜が、帝から目を離さないまま僅かに彩葉へ視線を向けた。自分も最後の残機で、同じように追い詰められているはずなのに、その表情には諦めが浮かんでいない。
「勝つわよ」
根拠を並べるでも、攻略法を見つけたわけでもない短い言葉だった。それでも、さらに手強くなった帝を前にしてなお勝つと決めている輝夜を見た瞬間、彩葉の中で止まりかけていた思考がもう一度動き始める。
帝が一度の敗北から自分たちを学んだのなら、同じことを繰り返しても勝てない。ならばまだ見せていない手を試すしかないと考え、彩葉は一度だけ深く息を吐いた。隣では輝夜もハンマーを握り直し、帝から目を逸らしていない。その姿を見た彩葉の口元にも小さな笑みが戻り、もう一つだけ確かめておきたいことを思い出す。
「ねえ」
「ん?」
「私たちが勝ったら、お願い聞いてくれるんだよね?」
帝は金棒を肩へ乗せ直し、少しだけ楽しそうに笑った。勝負の最中だというのにその問いを嫌がるどころか、むしろ続きを待っているように見える。
「勝てたらな」
「言ったね」
彩葉と輝夜はほとんど同時に互いへ武器を放った。彩葉のブーメランは輝夜へ、輝夜の巨大なハンマーは彩葉へ飛び、それぞれが相手の武器を受け取る。
二つの武器が交差するほんの僅かな時間に、彩葉はブーメランの基部から細いピアノ線を引き出し、その先端を受け取ったハンマーの柄へ素早く固定した。武器の陰へ紛れてしまうほど細い線を残したまま、何事もなかったように巨大なハンマーを構えて帝へ向き直る。
輝夜は慣れないブーメランを両手で構え、彩葉も巨大なハンマーを抱えるように持つと、左右へ大きく分かれて帝を挟んだ。突然変わった二人の間合いに帝の眉が一瞬だけ動いたものの、その表情から驚きはすぐに消えていく。
「今度は何だ?」
輝夜が先に飛び込み、ブーメランを投げずにそのまま大きく振るった。いつものハンマーとは速度も間合いも違う一撃へ帝が金棒を合わせた瞬間、反対側からは彩葉が巨大なハンマーを振り込んでくる。武器を持つ人間が変われば、攻撃の間合いも速度も変わる。そこに判断の遅れが生まれると踏んだ彩葉だったが、帝は手にしている武器ではなく、二人の足運びと肩の動きを見ていた。
「なるほどな」
帝は輝夜のブーメランを金棒の柄で外へ流すと、彩葉のハンマーには最初から付き合わなかった。一歩前へ踏み込んで振り下ろしの内側へ入り、重い武器が十分に加速するより先に、その動きそのものを潰してくる。
「え?」
「武器の入れ替えなら、もう見てんだよ」
彩葉の脳裏へ、ヤチヨと輝夜が互いの武器を持ち替えてBlack onyXを撹乱した戦いが過ぎった。帝はすでに似た仕掛けを相手として経験しており、今度は手にしている武器ではなく、それを扱う本人の癖から次の動きを読んでいる。
「武器じゃなくて、持ってる人を見りゃいい」
帝は彩葉のハンマーを振り切らせ、その重さに身体を引かれる位置へ先回りした。慣れない武器を戻そうとする腕を金棒で弾き上げると、ハンマーが大きく跳ね、彩葉の身体も一緒に開いてしまう。
輝夜がすぐ援護へ入ろうとしたが、帝は横へ突き出した金棒で進路を塞ぎ、そのまま二人を再び切り離した。表面だけを見れば、相手を混乱させるために仕掛けた武器交換は完全に見破られ、むしろ慣れていない武器を持った二人の方へ僅かな遅れが生まれている。
その隙を逃さず、帝の金棒が変形して内側から刀身が姿を現した。彩葉がハンマーを持ち直すより早く、帝は開いた懐へ踏み込み、その切っ先を最後の残機へ届く距離まで運んでくる。
「彩葉!」
輝夜の声が響き、彩葉自身にももう避けられないことが分かった。帝の刃が迫り、その一撃を受ければ次のリスポーンはないという事実だけが、妙にはっきりと頭へ浮かぶ。
――彩葉がやられる
その事実が輝夜の意識へ浮かんだ途端、ほかの判断がすべて押し退けられた。間に合わないという距離も、帝との間に残った数歩も意味を失い、彩葉をここから消したくないという思いだけが身体の奥へ強く残る。
帝の刀が空気を裂く音が、次の瞬間には遠く低い唸りへ引き延ばされた。舞い上がっていた砂粒は空中へ縫い付けられたように見え、風に揺れていた竹の葉も、僅かに角度を変えるだけで途方もない時間を費やしている。
完全に止まっているわけではなく、帝の刀は目を凝らせば少しずつ彩葉へ近づいていた。空中の砂もほんの僅かずつ地面へ落ち続け、普段なら認識することすらできないほど短い一瞬だけが、輝夜にとって異様な長さへ引き延ばされている。
何が起きているのか理解できないまま、それでもこの中なら間に合うと身体の方が先に悟った。輝夜は地面を蹴り、一歩目で帝との距離を大きく縮めると、続く二歩目でもまだ彩葉へ届いていない刀の脇を駆け抜けていく。
空間を飛び越えたわけではなく、数歩分の距離は確かにそこにあった。輝夜はそのすべてを自分の脚で走り、その行動に必要な時間だけが、誰にも認識できないほど短い須臾の中へ押し込まれている。
彩葉の背中が近づき、最後の一歩を踏み込んだ瞬間、引き延ばされていた世界が一気に元へ戻った。低く伸びていた音は鋭さを取り戻し、止まって見えた砂粒も竹の葉も、何事もなかったように再び動き始める。
周囲から見れば、一瞬前まで離れた場所にいた輝夜の姿が突然掻き消え、次に捉えた時にはもう彩葉と帝の間へ割り込んでいた。二人の動きをほとんど読み切っていた帝ですら、その瞬間だけは明確に目を見開く。
「なっ――」
輝夜は手にしていたブーメランを刀へ差し込み、甲高い金属音とともに一撃を受け止めた。衝撃を完全に殺せる体勢ではなかったが、刃の軌道を外へ逸らすことで、彩葉の最後の残機が失われる寸前で攻撃を防ぎ切る。
「今の何ですか!? 輝夜、いつそこまで移動したんです!?」
忠犬オタ公の声には、実況よりも純粋な驚きが混じっていた。てゐは一瞬だけ輝夜へ視線を向け、その目を僅かに細めたものの、すぐにいつもの表情へ戻っていく。
「…おそらくスキルの一つかな? KASSENは未発見の技やギミックがあるからねえ」
「未発見のスキル!? こんな大一番で初めて出ましたけど!?」
「だから未発見なんじゃない?」
てゐは軽く返し、それ以上は説明しなかった。当の輝夜にも自分が何をしたのか分かっておらず、周囲の時間だけがひどくゆっくりになり、その中を自分だけが走ったような奇妙な感覚だけが身体へ残っている。けれど目の前にはまだ帝がいた。輝夜は胸の奥に残る違和感を押し込むようにブーメランを構え直し、考えるのは後だと決めて彩葉へ顔を向ける。
「彩葉、大丈夫!?」
「う、うん……」
彩葉も一瞬前まで輝夜がいた場所へ目を向けたが、帝が刀を構え直したのを見て、すぐ試合へ意識を戻した。二人は互いの武器を投げ返して元の装備へ戻り、武器交換の最中に仕込まれた一本のワイヤーだけが、彩葉のブーメランと輝夜のハンマーを密かに繋いだまま残る。
帝の動きはなおも鋭かったが、二人も同じ形の連携を繰り返さなくなっていた。輝夜のハンマーを刀で逸らしたところへ彩葉が踏み込み、ブーメランを双剣へ分割して一本を投げると、帝は僅かに身体を傾けてかわし、刃はそのまま背後の地面へ深く突き刺さった。
彩葉は外れた刃を回収せず、残った一振りだけで攻め続けた。地面へ刺さった双剣の基部を経由したワイヤーは、彩葉の手元から帝の背後を通り、輝夜のハンマーまで一本の線として繋がっている。
帝は背後の刃を一度だけ確認したものの、すぐに輝夜へ意識を戻した。振り込まれたハンマーを刀で受け流し、続いて飛び込んだ彩葉も追い払うと、正面で最も大きな攻撃力を持つ輝夜へ距離を詰めていく。やがて帝の刀がハンマーの側面を捉え、輝夜の身体ごと大きく押し飛ばした。輝夜は数歩滑りながらも倒れず、石突を地面へ擦らせて姿勢を立て直す。
帝は間を置かずに追い、刀を低く構えて逃げ道を削っていった。だが彩葉はすぐに援護へ入らず、残った双剣の柄へ指を掛け、ワイヤーを僅かに引いて合図を送る。
その震えがハンマーまで伝わると、輝夜は振り返ることなく両手で武器を握り直した。腰を大きく捻って後方へ引き、正面から来ると見た帝の前で、そのままハンマーを横向きに放り投げる。同時に、柄の竹筒から激しい噴射が迸った。猛烈に回転するハンマーを帝は身体を沈めてかわしたものの、柄へ繋がったワイヤーが張ると軌道が大きく曲がり、背後へ刺さった双剣を支点にして巨大な弧を描き始める。
そこで帝も仕掛けに気づいた。
「ハンマーにワイヤー……!?」
帝は刀で線を断とうとしたが彩葉が張力を変えて刃をかわす。続いて背後の双剣を抜こうと身体を捻ったところへ、旋回するハンマーがさらに回り込み、腕から胸、胴へとワイヤーを巻き付けていった。
帝は今度は彩葉へ踏み込み、線を弛ませようとする。彩葉も後ろへ下がりながら巻き取り続け、その間にハンマーがもう一周すると、刀を握った腕まで胴へ押さえ込まれた。勢いを落としたハンマーが輝夜の側へ戻ると、輝夜は数歩踏み込んで柄を両手で受け止め、そのまま後方へ体重を掛けた。反対側では彩葉もワイヤーを引き、両方向から張られた線が帝の身体をその場へ縫い止めていく。
力任せに抜けようとしても、動くほどワイヤーは深く食い込む。表面上の武器交換は見切ったはずなのに、その裏へ仕込まれた一本の線だけは見抜けなかったことを悟り、帝の視線が輝夜から彩葉へ移った。
「囮は、輝夜……!?」
彩葉は帝を拘束したまま、残った双剣を握り直した。途中では本気で勝てないと思った自分とは違い、輝夜は最後まで勝つことを疑わず、今も何も聞かずにワイヤーを引き続けている。
「輝夜なら……」
帝が彩葉へ視線を向ける。
「輝夜となら……」
最初からすべて分かっていたわけではない。それでも、輝夜が開いた道を自分がどう使えばいいのかだけは、もう迷わなかった。
「輝夜の考えることくらい、分かってるっつうの!」
彩葉が地面を蹴り、刀の届かない外側から間合いへ入った。帝も腕へ力を込めたが、輝夜が一歩も退かずにハンマーを引き続けているため、迎え撃つ姿勢までは作れない。
右手に残した剣が帝の胴を捉え、体力表示を大きく削る。それでも最後の一目盛りが残るのを見て、彩葉は背後へ刺さったもう一方の剣へ目を向けた。
意図を察した輝夜がさらに強くハンマーを引き、拘束を一人で支える。彩葉はその瞬間にワイヤーを巻き取り、地面から抜けた剣を手元へ戻すと、二振りを再び一つの大型ブーメランへ組み合わせた。
帝が最後の力で拘束を広げようとするが、輝夜が歯を食いしばって線を締め直す。彩葉はその動きを視界の端で確かめると、最後の一歩を踏み込んだ。両手で握った大型ブーメランを、全身の勢いごと横薙ぎに振り抜く。拘束された帝は避けることも刀を上げることもできず、重い一撃が胴を真正面から捉えた。
衝撃と同時に、最後の体力表示がゼロへ落ちる。
帝の身体へ巻き付いていたワイヤーが緩み、その場へ片膝をついた輪郭が細かな光へ変わり始める。俯くことなく彩葉と輝夜を順番に見上げたその顔には、悔しさよりも、二人の勝利を認めたような笑みが浮かんでいた。
「やりゃ、できんじゃん」
その言葉を聞いた彩葉は、一瞬だけ目を見開いた。ほんの少し前までどうやっても届かないと思っていた相手を、最後には輝夜と二人で倒したという実感が遅れて込み上げ、張り詰めていた肩からようやく力が抜けていく。帝の身体が完全に光へほどけ、その姿が戦場から消える。静かになった場所で彩葉が大きく息を吐いた、その直後だった。
「彩葉!」
すぐ隣にいたはずの輝夜が勢いよく駆け寄り、そのまま彩葉の身体へ飛び込んできた。受け止める準備などしていなかった彩葉は半歩よろめいたものの、咄嗟に腕を回して輝夜を支える。勝った喜びを全身で表すように、輝夜は彩葉へぎゅっと抱き着いた。最後の残機しか残っていないことも、少し前に彩葉が完全退場しかけたことも忘れたように、その表情には満面の笑みが広がっている。
「私たち二人なら、なんだって出来るわ!」
「……急に何?」
呆れたように返しながらも、彩葉の声にはもう先ほどまでの弱気は残っていなかった。帝を相手に「勝てんわ」と零した自分とは対照的に、最後まで勝利を疑わなかった輝夜の言葉が、今度ばかりは妙に素直に胸へ入ってくる。途中で何が起きたのか分からないまま彩葉を助けた時の、不思議な感覚だけは輝夜の身体の奥へまだ残っていた。けれど今はそれを考えようとはせず、彩葉と一緒に帝へ勝った喜びの方へ意識を向けている。
「ほら、勝ったじゃない!」
「いや、まだ試合終わってないから」
「分かってるわよ!」
そう言いながらも、輝夜はもう一度だけ彩葉を強く抱き締めた。彩葉も今度は押し返さずその背中へ軽く手を添えると、ほんの僅かな時間だけ二人で勝利の余韻を分け合った。
やがて輝夜の方から身体を離し、二人はほとんど同時にBlack onyXの天守閣へ視線を向ける。帝を倒しただけでは勝負は終わらず、最後にだるま落としを成立させなければ、このラウンドを取ることはできない。彩葉は地面へ伸びたワイヤーを回収しながらブーメランを整え、輝夜も巨大なハンマーを肩へ担ぎ直した。互いに最後の残機しか残っていない状況は変わらないが、二人の足取りには帝と向き合う前までの重さがなくなっている。
「行こ、輝夜」
「ええ!」
二人は並んで駆け出した。
目指す先はBlack onyXの天守閣、その内部にある大将落としだった。帝を倒した勢いをそのまま背中へ受けるように、彩葉と輝夜は最後の勝利へ向かって走っていった。