帝との激戦で張り詰めていた空気は、天守閣へ向かって走るうちに少しずつほどけていった。
だが、まだ大将落としが残っている。輝夜はすぐに身体を離して巨大なハンマーを握り直し、彩葉もブーメランを構えた。二人は合図を交わすこともなく走り出し、天守閣へ続くレーンへ残っていたミニオンの群れへ、そのまま正面から飛び込んでいく。
最初に輝夜が大きく踏み込み、ハンマーの横薙ぎで前列の数体をまとめて吹き飛ばした。衝撃を逃れて左右へ散ったミニオンへは彩葉のブーメランが弧を描いて襲い掛かり、戻ってきた刃を受け取る頃には、二人の前へ進むための空間が開いている。
それでも次の集団がすぐに道を塞いだ。
彩葉が先に駆け込み、ブーメランを二振りの剣へ分けて左右から迫った相手を斬り払う。その間を輝夜が駆け抜け、正面から飛び込んできた一体をハンマーで地面へ叩き伏せると、跳ね返る反動まで利用して次の敵へ武器を振り抜いた。
二人とも足を止めない。
どちらかが前へ出れば、もう一人がその背後へ回ろうとする敵を処理し、倒した相手が光へ消えるより先に次の位置へ移っていた。帝との戦いで何度も崩され、それでも合わせ続けた連携が、今では言葉を交わさなくても自然に噛み合っている。輝夜が正面のミニオンを弾き飛ばしたところで、ふと隣を走る彩葉へ顔を向けた。その表情には、先ほど彩葉を助けたことを思い出したらしい得意げな笑みが浮かんでいる。
「彩葉が危なくなってもまた私が助けるわ」
言い終わるのと同時に、横から迫ったミニオンへハンマーを振り下ろした。彩葉はその脇をすり抜け、輝夜が打ち漏らした一体へブーメランを投げつけながら、ちらりと横目を向ける。
「じゃあ、輝夜がミスっても私は置いてく~」
「なんでよっ!」
抗議の声を上げながらも、輝夜は正面へ現れた次の一体をハンマーで吹き飛ばした。そのあまりに即座な反応がおかしくて、彩葉は走る速度を落とさないまま吹き出し、やがて堪え切れなくなったように声を上げて笑い始める。
輝夜は一瞬、驚いたように彩葉を見た。
これまでにも笑っている姿を見たことはあったが、今の彩葉には先ほどまで背負っていた張り詰めたものがなく、勝負の最中だというのに心から楽しそうに笑っている。輝夜はそれが嬉しかったのか、すぐに自分まで頬を緩ませ、片手で口元を覆いながら肩を揺らした。そんな姿を映した実況画面を見て、忠犬オタ公も先ほどまでの張り詰めた声から少しだけ力を抜く。
「おっと、二人とも笑ってます! あれだけの激戦の直後ですよ!?」
「まあ、さっきまでよりいい顔してるんじゃない?」
笑っていても戦いは止まらなかった。
彩葉のブーメランが前方のミニオンを薙ぎ払い、戻ってきた刃を受け取る前に輝夜がその横を駆け抜ける。別方向から迫った敵をハンマーで弾き飛ばし、空いた道へ二人が並んで飛び込むたび、天守閣との距離が少しずつ縮まっていった。
そんな二人の姿は、周囲からもはっきり見えていた。
戦況を見守っていた観客の中から、先ほどまでとは違う声が上がり始める。強さだけではなく、戦いながら笑い合い、互いの失敗さえ冗談にして前へ進んでいく二人の姿そのものへ惹かれたように、輝夜いろPの名を呼ぶ声が少しずつ増えていった。
「なんか、あの二人いいね」
「私も応援したくなってきた」
そんな声が聞こえていることなど知らないまま、彩葉と輝夜はさらに前へ進んでいく。最後に道を塞いだミニオンの群れへ彩葉がブーメランを投げ込み、その軌道から外れた相手を輝夜がまとめてハンマーで薙ぎ払うと、前方にBlack onyXの天守閣が大きく姿を現した。
「帝、復活ぅぅぅ! Black onyX、まだ終わっていません!」
復活した帝は自陣側の天守閣へ戻ろうとはせず、すぐそばへ現れたトラ型のバイクへ跨がった。大きく車体を反転させると、彩葉と輝夜を追って防衛へ向かうのではなく、かぐやいろP側の天守閣へ一直線に進路を取る。
防衛へ戻れば先行する二人へ追いつくまでに時間を失うが、相手側の天守閣を先に落とせば追いつく必要そのものがない。迷いのない判断と同時にトラ型バイクが唸りを上げ、帝を乗せた巨大な車体が一気に道を駆け出した。
「帝、防衛には戻らない! トラ型バイクで輝夜いろP側の天守閣へ直行です!」
「追い掛けたら後手だからねえ。競争にした方がチャンスあるよ」
トラを模した車体は道を大きく駆け抜け、帝と反対側の天守閣との距離を目に見えて縮めていく。進路上で避けられるものには構わず、どうしても邪魔になる相手だけを金棒で払い除けることで、ほとんど速度を落とさないまま前進を続けた。
彩葉と輝夜にも、その動きは実況を通して伝わっていた。笑っていた彩葉が表示された帝の位置へ目を向ける一方、輝夜は焦るどころか競争を楽しむように前へ身体を傾けさらに歩幅を広げる。
そのまま輝夜が速度を上げ、彩葉もすぐ後を追った。
天守閣の入口まで残された僅かな道を、二人は最後のミニオンを倒しながら駆け抜けていく。彩葉が前方を塞ぐ一体を双剣で切り開けば、輝夜がその横から来た相手をハンマーで弾き飛ばし、互いに一度も立ち止まらないまま最後の障害を突破した。
巨大な天守閣が、もう目の前まで迫っていた。
輝夜は入口へ飛び込む直前に彩葉より半歩前へ出ると、ハンマーを肩へ担ぎ直して振り返った。先ほどまで笑い合っていた時と変わらない明るさを残しながら、その瞳には最後を自分が決めるという強い自信が宿っている。
「ここからは任せてちょうだい! 決めてくるわ!」
彩葉も後に続いたものの、大将落としへ続く階段の下まで来ると足を止め、勢いよく上っていく輝夜の背中をその場から見送る。少し前までの彩葉なら、自分も最後まで付いていこうとしたかもしれない。けれど今は、ここから先を輝夜へ任せることに迷いはなく、その背中が勝負を決める瞬間を待つように顔を上げた。
「輝夜が単独で上がる! 彩葉は階段下で待機です!」
「任せたなら、あとは決めてもらうだけだねえ」
同じ頃、帝を乗せたトラ型バイクも、すでに輝夜いろP側の天守閣へ滑り込んでいた。入口前で車体を大きく流すと、帝は完全に停止するのを待たずに飛び降り、そのまま天守閣の内部へ駆け込む。道中では温存し続けていたウルトが、ここで初めて解放された。帝の全身を力が包み、金棒を振り抜くたびに進路が強引に開かれると、その勢いを失わないまま大将落としへ続く階段まで一気に距離を詰めていく。
「帝も天守閣到着! ここでウルトぉぉぉぉ!」
「最後まで取っておいたかあ」
Black onyX側では、輝夜が階段を上り切って天守閣の上階へ飛び込んでいた。その先にはラウンドの勝敗を決める大将落としが待っており、長かった戦いを終わらせるまでもうほんの数歩しか残されていない。輝夜が大将落としを視界へ捉えた時、反対側の天守閣では帝もすでに階段を駆け上がっていた。ウルトの勢いを保ったまま一段ずつ踏み越え、こちらもまた勝利へ続く最後の高低差を急速に詰めていく。
「輝夜、先着ぅぅぅ! 大将落としまであと一歩! そして帝も階段を上っています!」
「今度こそ、ほんとの早い者勝ちだねえ」
大将落としを捉えた輝夜の表情へ、勝利を確信した笑みが浮かんだ。巨大なハンマーを握り直して大きく振り上げると、長かった勝負を自分の手で終わらせるため、迷いなく最後の一歩を踏み込む。
「これで終わりよ!」
その足が床へ着いた瞬間、すぐ真下から乾いた作動音が鳴り、床へ紛れるように仕掛けられていた小さな地雷が不吉な光を放った。異変に気づいた輝夜が視線を落とした時にはすでに遅く、爆発が上階を揺らすと、振り下ろされるはずだったハンマーごと身体を激しく吹き飛ばす。
最後の残機しか残っていなかった体力表示は一気にゼロへ落ち、壊れた武器の一部が階段を跳ねながら転がり落ちてきた。勝利まであと一撃というところで消えていく輝夜の姿に、実況席からも大きなどよめきが上がる。
「地雷ぃぃぃぃ!? 輝夜、ここで引っ掛かったぁぁぁ!」
階段の下で待っていた彩葉は、爆発音に続いて転がり落ちてきた金属片を見た瞬間、上で何が起きたのかを理解した。顔を引きつらせながら階段の先を睨み、ほとんど反射的に悪態を吐く。
「あ……ああ、あほ!」
それでも彩葉の足は止まらず、輝夜が決め切れなかった以上は自分が終わらせるしかないと、すぐさま階段へ飛び込んだ。爆煙の向こうに残された大将落としを見据え、一段飛ばしで駆け上がっていく。
「彩葉が行ったぁぁぁ! 輝夜が止められたなら、今度は彩葉が決めに行く!」
「まだ終わってないよ」
てゐは短く返し、すぐに視線を反対側の画面へ移した。そこでは帝も階段をほとんど上り切っており、ウルトの勢いを保ったまま最後の段を蹴って、大将落としのある上階へ身体を滑り込ませる。
二つの天守閣で、勝利まで残された距離がほとんど同時に消えていった。爆煙を抜けた彩葉は大将落としへ向かって腕を伸ばし、ほんの僅かに前へ出れば届くところまで迫るが、反対側では帝がそれより一瞬早く最後の間合いへ踏み込み、巨大な金棒を突き出しここまで残していたウルトの勢いをそのまま乗せて大将落としに叩き込む。
「帝、決めたぁぁぁぁぁ!」
重い衝撃が天守閣全体へ響き、大将落としの成立を示す判定が画面いっぱいに浮かび上がった。ほとんど同時に試合終了を告げる音がツクヨミ全体へ鳴り渡り、Black onyXの勝利表示が大きく映し出される。
彩葉はあと僅かなところで足を止め、伸ばしかけていた手をゆっくり下ろした。目の前には最後まで届かなかった大将落としが残り、輝夜が地雷によって止められたほんの一瞬の差が、そのまま勝敗へ変わったことだけが、嫌でもはっきり分かる。
「決着ぅぅぅ! 勝者、Black onyX! 二対一! 大激戦を制したのはBlack onyXだぁぁぁ!」
観客席から大きな歓声が弾ける一方で、あと一歩までBlack onyXを追い詰めた彩葉たちへ送る拍手も途切れることなく広がっていった。てゐは両側の天守閣が映る画面をしばらく眺めたあと、小さく肩を竦めて笑う。
試合終了とともに戦場の緊張が解け、参加者たちの姿も元の場所へ戻ってきた。彩葉が悔しそうに息を吐く傍らで、復帰した輝夜は自分を吹き飛ばした地雷を思い出したように頬を膨らませているが、その不満も長くは続かない。少し離れたところにBlack onyXの三人を見つけ、その中央に帝がいると分かった瞬間、輝夜の目つきが変わった。敗北を噛み締めて立ち止まるより先に、もう次の勝負へ気持ちを切り替えたように勢いよく駆け出していく。
「おっと!? 輝夜、試合が終わったのにまた走り出した!」
てゐが楽しそうに笑う中、輝夜はBlack onyXの三人へ向かって一直線に駆けていった。彩葉も何を始めるつもりなのか察しきれないまま、その背中を追って少し遅れて走り出す。
「帝!」
「ん?」
呼ばれた帝が振り返ると、輝夜は勢いを緩めないままその正面まで踏み込み、胸を張って真っ直ぐ見上げた。SENGOKUで敗れた悔しさも、最後に地雷へ引っ掛かった悔しさも、負けたまま終わらせるつもりなどないと言わんばかりの表情だった。
「DANMAKUで勝負よ!」
「は?」
試合終了直後の再戦要求に、帝は珍しく間の抜けた声を漏らした。雷も何事かと眉を上げ、乃依は気怠げな表情のまま、輝夜と帝を交互に見比べている。そこへようやく追い付いた彩葉は、輝夜が何を言い出したのか理解すると、呆れたように額へ手を当てた。三ラウンドを戦い抜いた直後だというのに、輝夜の中では敗北を振り返るより先に、もう次の勝負が始まっているらしい。
「まだやるの……?」
「当たり前じゃない!」
輝夜は彩葉へ一度だけ振り返ると、すぐ帝へ向き直った。負けたこと自体が気に入らないというより、帝との勝負をこのまま一敗で終わらせることの方が、どうにも我慢ならないようだった。
「SENGOKUでは負けたわ。だから今度はDANMAKUで勝負よ!」
「いや、だから何でそうなるの……」
彩葉の呆れた声を聞き、雷が堪えきれないように小さく笑った。乃依も少しだけ目を細めながら、輝夜の勢いに押される帝を眺め、いつもの気怠げな調子で口を挟む。
「帝ちゃん、また指名されてるねえ」
「お前は他人事だと思って……」
帝はそう返しながらも輝夜を追い払うことはなく、少し困ったように目の前の顔を見下ろした。輝夜は返事を待ち構えたまま一歩も退かず、断られる可能性など最初から考えていないように胸を張っている。
「負けた直後に別ルールで再戦要求! 輝夜、まだまだやる気十分です!」
「元気だねえ」
実況席からも笑い混じりの声が飛んだが、輝夜は帝から視線を逸らさなかった。しばらくその顔を見つめていた帝は、やがて困ったように息を吐くと、片手を上げてそれ以上の勢いを制する。
「悪いけど、時間切れだ」
「え?」
輝夜が聞き返した直後、ツクヨミの空へ澄んだ鐘の音が大きく響き渡り、街の各所に浮かんでいた表示も一斉に切り替わった。まだ試合の熱気が残る会場の上空へヤチヨカップの終了時刻を知らせる文字が大きく浮かび、それを見上げた観客たちから名残惜しそうな声が漏れる。続いて、イベント終了を告げるシステムアナウンスが街全体へ静かに流れた。ざわめきはやがて長い大会を締め括る大きな拍手へと変わり、ツクヨミの街を包み込んでいく。
「ヤチヨカップ、全競技終了時刻となりました」
忠犬オタ公も頭上に浮かんだ表示へ視線を向けると、長く続いた大会の終わりを惜しみながら最後の実況へ声を張った。観客たちの拍手もそれに応えるようにさらに大きくなり、街の奥まで波のように広がっていく。
「ここで終了時刻です! ヤチヨカップ、全競技終了ぉぉぉ!」
輝夜は頭上に浮かんだ終了表示と帝の顔を交互に見比べ、ようやく本当に次の勝負を始める時間が残っていないと理解したらしい。勢いよく張っていた胸から少しずつ力を抜きながらも、まだ納得し切れないような顔で帝を見上げている。
彩葉もその隣まで歩み寄り、空へ浮かぶ終了表示を見上げた。勝てなかった悔しさも、あと一歩まで迫った興奮も、帝と輝夜のやり取りへの呆れも、そのすべてを包み込むように、ヤチヨカップの終幕を告げる拍手がいつまでもツクヨミの街へ響いていた。