超輝夜姫!   作:白鳥ダイヤ

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第31話

月側の戦力がひと通り見えたことで、卓上に残された情報の意味も、それまでとは少し違って見えていた。八意永琳、綿月依姫、多数の玉兎――豊姫まで現れる可能性は低いと考えるにしても、誰か一人へ全員で向かえば済むような相手ではなく、月側が同時に動く以上はこちらも戦力を分けなければならない。

 

ヤチヨは永琳と依姫の姿を左右へ離し、戦場へ散らされた玉兎をその間に残した。そこへ彩葉たちの名前を一人ずつ置いていき、誰をどこへ回せば月側の戦力を抑えられるのか、先ほどまでに聞いた情報とこれまでの戦いを照らし合わせながら配置を組み立てていく。

 

「じゃあ、まず普通に戦うならこんな感じかな」

 

依姫の前へ置かれたのは、帝、雷、乃依のBlack onyXとヤチヨの四人だった。一方の永琳には輝夜、彩葉、芦花、真実が並び、数の多い玉兎については、異変へ参加する一般ユーザーへ任せる形になっている。

 

彩葉は二つの配置を見比べた。月の技術の大半を作ったという永琳ではなく、Black onyXが依姫へ回されていること自体に不思議はなかったものの、そこへヤチヨまで加わっているとなれば、依姫がどれほど危険な相手として見られているのかは嫌でも分かる。

 

「依姫の方にBlack onyXなんだ」

 

「うん。理由は単純だよ。こっちで一番強い三人だから」

 

ヤチヨはそう言って、依姫の前へ並べた帝、雷、乃依の名前を順番に指先でなぞった。

依姫が月側でも最高峰の戦闘要員だというのなら、こちらもそれに合わせて最高戦力をぶつける。特殊な相性や奇策を期待しての配置ではなく、最も危険な相手へ最も強い三人を置くという、説明するまでもないほど単純な判断だった。

 

「依姫を他のところへ行かせるのが一番まずいからね。倒せるかどうかは別として、まず止めてもらうなら三人に任せるのが一番いいと思う」

 

ヤチヨはそこまで話すと、その隣へ置かれた自分の名前にも軽く触れた。

 

「私もそっちに入るよ。四人で依姫を止めてる間に、永琳は彩葉たちにお願いする感じ」

 

帝は自分たちの名前が依姫の前へ固められているのを見ても嫌そうな顔一つせず、むしろ先ほどから僅かに浮かべていた笑みを深くした。自分たちが最も強いから最も危険な相手を任せると言われれば、帝にとっては不満よりも挑戦する理由の方が大きいのだろう。

 

対照的に乃依は、月側でも最高峰の戦闘要員を足止めしろという説明だけで先の苦労が見えたのか、椅子の背もたれへ身体を預けて小さく息を吐いた。雷は二人ほど分かりやすい反応を見せず、卓上に浮かんだ依姫の姿へ静かに目を向けている。ヤチヨはBlack onyXの三人を依姫の前へ残したまま、今度は永琳の前へ置いてある彩葉の名前へ指先を移した。

 

「それで、永琳には彩葉が一番向いてると思うよ」

 

「私が?」

 

思わず自分を指さした彩葉に、ヤチヨは迷いなく頷いた。

力だけを比べれば、彩葉がこの場で最も強いわけではない。永琳が月の技術に精通し、こちらの知らない手段をいくつも持っているのなら、なおさら真正面から打ち合う相手として自分が選ばれる理由は、彩葉にはすぐに思い浮かばなかった。

 

「彩葉って、相手に合わせて戦い方を変えるのがかなり上手いんだよね」

 

ヤチヨは竹取合戦での動きを思い返すように、卓上へ帝と彩葉の簡単な戦場を表示させる。

 

「相手が何を持ってるか、どう動くかを見て、その場で次に何をするか変えてるでしょ。最初に決めた作戦が通らなくても、そこで止まらないし」

 

竹取合戦で帝と対峙した時も、彩葉は真正面から力で押し切ろうとはしていなかった。金棒の動きをワイヤーで封じようとし、それが破られれば距離や攻撃の入り方を変え、輝夜やヤチヨの位置まで見ながら、次に何をすれば相手を崩せるのかを考え続けていた。自分一人で倒し切ることより、相手の動きを制限し、味方が攻撃できる状況を作ることを優先した場面も少なくない。

 

「永琳が何をしてくるか、今の私たちには全部分からない。こっちの狙いに気づいたら攻め方を変えるかもしれないし、距離を取るかもしれない。逆に一気に詰めてくるかもしれないし、知らない道具を使ってくる可能性だってある」

 

ヤチヨが言葉を重ねるたび、永琳の周囲へ表示された攻撃線や障害物が形を変えていく。それに合わせて彩葉の位置も一か所には留まらず、芦花や真実との距離を変えながら何度も動かされた。

 

「だから、その場で起きたことに一番対応できる人を置きたいんだよね。永琳がこっちの形を崩してきたら、彩葉が見て、また作り直す。芦花と真実が攻撃できなくなったら、もう一回攻撃できる形を作る。そういう役なら彩葉が一番向いてると思う」

 

「……そんなに上手くできるかな」

 

彩葉が自信なさそうに眉を下げると、ヤチヨは無条件に成功すると言いたいわけではないらしく少しだけ笑って首を傾けた。

 

「永琳より強いって言ってるわけじゃないよ。何をしてくるか分からない相手だから、決めた通りにしか動けない人より、起きたことを見て次を考えられる人の方がいいってこと」

 

真正面から永琳を打ち負かすためではない。相手が作った状況に一方的に付き合わされず、戦況が変わるたびにこちらも動きを変え続ける。その中で芦花と真実が攻撃できる隙を作り、必要なら自分自身も攻撃へ回る。それが彩葉に求められている役目らしい。

 

彩葉は改めて卓上の永琳を見た。あの夜に見せた落ち着きや、こちらの反応を見ながら話を進めていた姿を思い出せば、簡単に対応できる相手ではないことくらい分かる。それでも、最初から一つの正解を当てろと言われるよりは、目の前で起きたことを見て次の手を考え続けろと言われた方が、自分に求められているものは理解しやすかった。その三人の隣には輝夜もいる。本人は自分の名前が永琳の前へ置かれていることを確認すると、当然のように口元を上げた。

 

「じゃあ、永琳は私たちで倒すのね」

 

「今のところはね。迎えに来た本人には、輝夜からしっかりお断りしてもらおっか」

 

自分を月へ連れ戻そうとしている相手なのだから、輝夜としても誰かの後ろへ隠れているつもりはないのだろう。腕を組みながら永琳の像を見つめる表情には、不安よりも早く相手と決着をつけたいという負けず嫌いな色の方が強かった。

 

玉兎を一般参加者、依姫をヤチヨとBlack onyX、永琳を輝夜たち四人が受け持つ。ひとまずすべての相手へ戦力が割り当てられたことで、周囲には作戦が形になったような空気が広がったが、彩葉だけは卓上の配置からなかなか目を離せずにいた。誰が誰と戦うのかについては筋が通っている。しかし、画面の端に残されている異変の勝利条件を見るたび、相手を分担したことで、戦い方まで一人ずつ倒すものだと決めつけているような感覚に引っかかりを覚える。

 

「……これ、殲滅戦なんだよね?」

 

ヤチヨは依姫の周囲を調整していた手を止め、彩葉が何を確かめようとしているのかまでは分からない様子で頷いた。

 

「うん。相手を全部倒した方が勝ち。月側が全滅すれば、こっちの勝ちだよ」

 

彩葉はもう一度、依姫、永琳、玉兎という三つの戦場を順番に見た。誰がどこを担当するかは決めたものの、勝利条件には「依姫はBlack onyXが倒す」「永琳は自分たちが倒す」とは一言も書かれていない。

 

「だったら、一人ずつ倒す必要ってないんじゃない?」

 

帝たちの視線も彩葉へ集まった。彩葉自身もまだ具体的な方法まで見えているわけではなかったが、殲滅戦というルールだけを取り出して考えれば、今まで当然だと思っていた前提を一つ外せる気がした。

 

「依姫はBlack onyX、永琳は私たち、玉兎は参加する人たちって分けてるけど、最後に月側が全部倒れてればいいんでしょう?」

 

「まあ、それはそうだね」

 

ヤチヨもそこで、彩葉が個々の戦闘ではなく異変全体の勝利条件を見ていることに気づいたらしい。三つに分けていた戦場を少し縮小し、全体が一度に見える形へ戻していく。

 

「だったら、敵をまとめて攻撃する方法ってないの?」

 

言葉にしてみると、考え方そのものは単純だった。永琳も依姫も玉兎も別々に倒す必要がないのなら、全員を一度に攻撃できるものがあれば、それだけで戦い方そのものを変えられる。ただ、ヤチヨはすぐには頷かなかった。戦場全体へ薄い範囲を広げてみると、その内側には月側だけでなく、依姫を止めているBlack onyXや、玉兎と戦う一般参加者、永琳へ向かう彩葉たちまでまとめて入ってしまう。

 

「敵だけまとめて、かあ……できたらすごく楽なんだけどね」

 

範囲を動かしても、実際の戦場が混戦になれば敵味方を綺麗に切り分けることはできない。依姫とBlack onyXを外せば依姫へ届かず、玉兎だけを囲もうとしても、その周囲で戦う参加者まで巻き込まれてしまう。

 

「これだけ入り混じっちゃうと、敵だけ狙うのはたぶん無理かな。広くやればやるほどこっちまで巻き込むと思う」

 

否定されたことで彩葉は一度口を閉じたものの、視線は自然と勝利条件へ戻っていった。

地上側が全員残っていなければならないとは書かれていない。月側を全滅させた時点で、こちらに戦える者が一人でも残っていれば殲滅戦としてはこちらの勝利になる。

そう考えると、今度は「味方を巻き込んではいけない」という条件そのものが、本当に必要なのか分からなくなった。全員が無傷で残ることが勝利条件ではない以上、そこまで守ろうとする必要はない。

 

「だったら……敵味方関係なくてもいいから、誰か一人だけでも残せるような方法はない?」

 

今度はヤチヨもすぐには返さなかった。先ほど広げた範囲表示から敵味方を分けていた線を消し、戦場全体を一つとして見直していく。月側だけを攻撃するという条件を外し、それでもこちらへ勝利を残すには何が必要なのか。何度か表示を組み替え、消しては戻し、その中から一つだけを残すように条件を重ねていくうち、それまで考え込んでいたヤチヨの手がある一点で止まった。

隣からその動きを追っていたてゐも、先ほどまで迷いなく動いていた指先が急に止まったのを見て、片耳を僅かに立てる。

 

「……姫さん?」

 

ヤチヨは返事をせず、卓上に広がる戦場をもう一度見渡した。月側も地上側もすべて同じ範囲へ入れたまま、それでも最後に一人を残す――彩葉の言葉を起点に組み直した条件へ、自分の知っているものを重ねた瞬間、先ほどまで存在しなかったやり方が頭の中で一つの形を結んだらしい。

考え込んでいた表情から迷いが消え、次の瞬間には嬉しさを隠しきれない笑みが彩葉へ向けられた。

 

「凄いよ、彩葉! 天才だよ!」

 

「え?」

 

作戦の続きを待っていた彩葉には、その素直な褒め言葉の方が完全に不意打ちだった。いつもならヤチヨの思いつきに振り回されたり、気づけば相手のペースへ乗せられたりすることの方が多いだけに、真正面から感心されるとは思っておらず、意味を理解した途端に頬へじわりと熱が集まってくる。

 

「いや……そんな、別に……」

 

自分から案を出しておきながら視線を逸らした彩葉を、輝夜は意外そうに見つめた。ヤチヨもその反応を面白そうにはしていたものの、今回はからかうために褒めたわけではないらしく、すぐに卓上へ視線を戻し、頭の中に浮かんだ方法を確かめるように配置を動かし始める。

 

「いい方法を思いついた。これならいけるよ」

 

その声からは先ほどまでの迷いが消えていた。細かな調整や実行するための準備はこれから必要になるとしても、何をすれば成立するのか、その方法自体はすでにヤチヨの中で見えているらしい。照れを誤魔化すにはちょうどよかったのか、彩葉も卓上へ視線を戻したが、今度は別の意味でヤチヨの手元から目を離せなくなっていた。

 

「本当に?」

 

「うん。ただ、思いついた通りにやるには一個だけ条件があるんだよね」

 

ヤチヨは戦場の表示を整えながら、今度は輝夜へ視線を移した。

 

「この方法、輝夜の力が必要になる」

 

「私の?」

 

輝夜が自分を指さすと、ヤチヨはその反応を予想していたように頷いた。永琳から初めて正式な名前を聞かされたばかりの能力を、本人よりもよく知っているかのように迷いなく口にする。

 

「うん。実行するには輝夜の能力が必要なの」

 

何に使うのかまでは説明しなかった。しかし、先ほどまでのように成立する可能性を探っているのではなく、すでに方法を思いついた上で、その実行に輝夜の力が不可欠だと判断していることだけは、ヤチヨの口調からも十分に伝わってくる。ヤチヨは具体的な仕組みを明かさないまま、先ほど決めた配置をもう一度動かし始めた。依姫の前にいた自分の名前をBlack onyXの三人から離し、そのまま永琳側に置かれていた輝夜の名前にも指を伸ばす。

 

「それと、この方法を使うなら私は戦えなくなる。異変の間はずっと夜のままにして、この場所を維持しないといけないから」

 

ヤチヨの名前が前線から消え、続けて輝夜の名前まで永琳の前から外される。それまで自分も戦うものだと思っていた輝夜は、二つの名前が戦場の外へ動かされるのを見届けたところで露骨に眉を寄せた。

 

「なんでよ! 私も戦うつもりだったんだけど!」

 

さっきまで永琳を自分たちで倒すと張り切っていたのだから、いきなり前線から外されれば反発するのも当然だった。ヤチヨもその気持ちを否定することはせず、少し困ったように笑いながら輝夜へ向き直る。

 

「分かってるって。でも、この方法をやるなら、輝夜には最後の準備をしてもらわないと無理なんだよね。今回は戦う役じゃなくて、そっちをお願いしたい」

 

「私が永琳を倒せばいいじゃない」

 

輝夜は簡単には引き下がらず、前線へ残された永琳の姿を睨むように見つめた。自分を迎えに来る相手なのだから、自分の手で拒絶を突きつけたい気持ちもあり、誰かに任せたまま待っているだけというのは性格的にも受け入れにくいのだろう。ヤチヨはそれを間違いだとは言わず、一つの選択肢として受け止めた上で、彩葉の発想から思いついたやり方を使う場合だけは別なのだと伝えるように表情を和らげる。

 

「それも一つの方法だよ。でも、今思いついたやり方なら、輝夜にしかできない仕事があるんだよね」

 

まだ納得し切れない様子で腕を組む輝夜を見て、彩葉は今回だけはヤチヨへ説得を任せたままにするべきではないと思った。そもそも作戦が変わるきっかけになったのは自分の提案であり、その結果として輝夜の役割まで変わったのなら、引き受けてほしいと頼むのも自分であるべきだった。

 

「……お願い、輝夜。今回はそっちをやって」

 

輝夜はすぐには答えず、彩葉の顔をじっと見つめた。危険だから戦わずに下がっていてほしいと言われたのなら、その場で拒絶しただろうが、輝夜にしかできない役目があり、それを任せたいという頼みなら意味は違ってくる。

自分が必要だから前線から外れるのであって、守られるだけではない。その違いを理解すると、輝夜は不満を完全には消さないまま腕を解き、それでも引き受けると決めた以上は中途半端にするつもりなどないと示すように、しっかり顔を上げた。

 

「分かったわ。その代わり、最後は絶対成功させるから」

 

「うん。お願い」

 

二人の間で話が決まったのを見て、ヤチヨも安心したように表情を緩めた。ただし、頭の中で方法が完成したからといって、当日に初めて試して成功させられるほど単純なものではないらしく、そこで話を終わらせずに輝夜へ少し身を乗り出す。

 

「じゃあ輝夜、明日から異変の日まで毎日、私のところに来てね」

 

「毎日?」

 

予想していなかった条件に、輝夜が目を丸くする。

 

「うん。やり方は思いついたけど、ぶっつけ本番で成功させられるようなものじゃないからね。輝夜の力をどこまで使えるか確認したいし、当日ちゃんとできるように練習もしないと」

 

輝夜は毎日という条件に僅かに面倒そうな顔をしたものの自分が最後を任された以上、練習せずに本番だけ成功させようと考えるほど無責任ではなかった。

 

「分かったわ。毎日行けばいいのね」

 

「そういうこと。よろしくね」

 

輝夜の返事を確認すると、ヤチヨはようやく最終的な配置へ手を戻した。

依姫を受け持つのは帝、雷、乃依のBlack onyXだけ。永琳には彩葉、芦花、真実が向かい、玉兎は一般参加者が引き受ける。ヤチヨは異変が始まってから夜と戦場そのものを維持し、輝夜は異変の日までヤチヨのもとで準備を重ねたうえで、最後に使う秘策を担うことになった。

 

最初の案からヤチヨが抜けたことで、とりわけ依姫側の負担は大きく増している。ただでさえ月側でも最高峰の戦闘要員を相手にするというのに、こちらの最高戦力とはいえ三人だけでそれを止め続けなければならない。

帝は卓上に残された自分たち三人の名前を見上げたものの、怯むどころか強敵を任されたことを楽しむように口元を上げた。

 

「つまり、俺ら三人だけでこいつを止めろってことか」

 

ヤチヨも依姫の危険性を忘れているわけではなく、帝の反応につられて軽く流すことはせず、三人へ向ける声だけは少し真面目なものへ変える。

 

「うん。こっちで一番強い三人だからお願いするけど、無理に倒そうとしなくていい。とにかく他の戦場へ行かせないで」

 

求められているのは依姫を必ず倒し切ることではない。最高戦力を当てるのも、勝利を期待しているからだけではなく、この場で最も危険な相手を少しでも長くその場所へ縛りつけるためだった。帝が依姫の姿から目を逸らさずに頷く一方、雷は簡単に言ってくれるとでもいうように息を吐き、乃依は自分にまた面倒な役目が回ってきたことを察して背もたれへ深く沈んだ。帝はそんな乃依を横目で見たあと、ふと思い出したように顔を向けた。

 

「乃依、あとで準備頼む」

 

今の仕事だけでも十分面倒だと思っていたところへ追加の役目まで飛んできたことで、乃依は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。

 

「え~あれ? めんど~」

 

彩葉には内容まで分からなかったが、依姫を止めるために何か用意するつもりなのだろうとだけ受け取っておく。配置について決められることが出揃ったところで、ヤチヨは隣のてゐへ顔を向けた。今回の異変では一般参加者に事情を明かさない以上、戦闘だけではなく、イベントとしてどう見せるのかについても役割を決めておく必要がある。

 

「じゃあ、てゐは今回も解説お願いね~」

 

てゐは最初から予想していたらしく、案の定という顔で片耳をだらりと倒した。

 

「また私かい、姫さん」

 

「だって適任なんだもん。竹取合戦の時も分かりやすかったし、月のことも知ってるでしょ?」

 

今回も実況を担当する忠犬オタ公の横で、参加者へ状況を説明する役目を任せるつもりらしい。ただし、一般ユーザーにとってはあくまで通常の異変であり、本当に月から侵攻を受け、輝夜を連れ戻そうとしていることまで知らせるわけにはいかない。

 

「玉兎も依姫も永琳も、あくまで今回の異変に出てくる敵として説明すりゃいいんだろ?」

 

てゐが確認すると、ヤチヨは満足そうに頷いた。

 

「そうそう。本当の事情はなし。神々のみんなには、最後まで普通の異変として遊んでもらお」

 

てゐはそれで役割を理解したように頷いたものの、ふと先ほど聞いたヤチヨの過去を思い出したらしく、少し意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、姫さんが昔月にいたって話は?」

 

ヤチヨはそこだけは迷う素振りすら見せず、身体ごと僅かにてゐの方へ向けて即座に首を横へ振った。

 

「それは絶対なし!」

 

あまりに早い返事にてゐが笑い、重くなり続けていた会議の空気も少しだけ緩んだ。実況と解説の役割まで決まったことで、当日に必要な大枠はほとんど形になっている。それでも最終的な配置を改めて見れば、楽観できるような状況ではなかった。

 

豊姫が予想に反して現れれば前提そのものが崩れ、こちらの最高戦力であるBlack onyXでさえ依姫を止め切れなければ、その一人だけで戦場全体を崩される可能性がある。

永琳についても、彩葉の対処能力が高いからといって、あらゆる行動へ対応できると保証されたわけではない。未知の手段を立て続けに使われれば、芦花や真実が攻撃する形を作るどころか、自分たちの態勢を維持するだけで精一杯になるかもしれない。

 

輝夜の秘策にしても、本番までの準備が失敗すれば使えない。どの役割にも余裕があるわけではなく、それぞれがぎりぎりまで持ち堪えた先で、ようやく一つの勝ち筋へ届く作戦だった。

ヤチヨは完成した配置をしばらく眺めたあと、彩葉の提案から思いついた秘策とは別に、何かを確かめるように目を細めた。会議で決めるべき大枠がほとんど出揃ったところで、その口元へほんの少しだけ悪戯を思いついた時のような笑みが戻る。

 

「あと、戦場にちょっとだけズルしちゃおう」

 

「ズル?」

 

彩葉が聞き返すと、ヤチヨは何でもないことのように笑ったものの、何をするつもりなのかまでは明かさなかった。秘策の内容さえ伏せられているというのに、今度は戦場そのものにも何かを仕込むらしい。その言葉だけを聞けば、彩葉たちにも不利益があるようなものを勝手に加える可能性まで考えられる。彩葉の表情に僅かな警戒が浮かんだのを見て、ヤチヨはそこだけは誤解させないように声音を柔らげた。

 

「内容は内緒。どこから情報が漏れるかわからないから詳しい説明はできないよ。でも、彩葉たちの悪いようにはしないから、そこは安心して」

 

「……ほんとに?」

 

疑うような彩葉の視線を受けても、ヤチヨは答えを変えず、小さく頷くだけだった。何を戦場へ仕込むのかは最後まで説明せず、隣のてゐも何かに気づいたような顔をしたものの、代わりに口を開こうとはしない。結局、彩葉たちに分かったのは、当日の戦場には今ここで決めた迎撃作戦や輝夜が準備する秘策とは別に、ヤチヨが何らかの手を加えるつもりだということだけだった。

 

それでも、永琳が次の満月に迎えに来ると言い残した夜、何をすればいいのかすら分からなかった時とは違う。今は月から来る戦力を知り、どこで迎え撃ち、誰が何をするのかまで自分たちで選び、その中心にいる輝夜自身も月へ帰らないという意思を変えていなかった。

ヤチヨは卓を囲む全員へ順番に視線を巡らせ、最後に輝夜のところで止めると僅かに口元を緩めた。

 

「じゃあ、ひとまずこんな感じかな。次の満月は、月のみなさんをツクヨミ総出でお迎えしよっか」

 

直接永琳と戦えなくなったことには、まだ少し不満が残っているらしい。それでも輝夜は最後にはいつもの負けず嫌いな笑みを浮かべ、月からの迎えを待つ側ではなく、自分の意思で拒む側として顔を上げた。

 

「ええ。迎えに来るっていうなら、返り討ちにしてあげるわ」

 

彩葉はその横顔を見ながら静かに頷いた。次の満月に守ろうとしているのは、誰かが勝手に決めた輝夜の居場所ではなく、輝夜自身が選んだ、その先だった。

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