夜の草原に重い衝撃が響き、帝アキラの振り下ろした金棒が地面を大きく抉った。舞い上がった土埃の向こうで綿月依姫が身体を翻し、金棒を避けながら帝の懐へ踏み込もうとする。しかし、その進路には雷の鬼面盾が差し込まれており、依姫は突き出された錫杖を刀で弾きながら間合いを取り直した。
帝が金棒を引き戻すのに合わせ、雷は盾を前へ押し出して追撃を防ぎ、その隙に乃依が短弓を引き絞った。矢は依姫の着地点を狙って立て続けに飛び込み、彼女に刀で払い落とすことを強いる。そのわずかな間に二人は陣形を整え、再び正面と側面を塞いでいた。
「へへっ、どうだ! そう簡単には抜けられねえだろ!」
「帝、まだ間合いの内側だ。油断するな」
雷の注意を聞いた帝は金棒を肩へ担ぎ直し、依姫の刀が届かない位置へ半歩退いた。その動きに合わせて雷も盾の向きを変え、二人の間に生じた隙間を埋める。三人の動きはそれぞれ異なっていても、互いを守るための判断に迷いはなかった。
「んー、やっぱ避けるの上手いねぇ。俺、結構いいところ狙ってるんだけどなぁ」
乃依は気怠そうに呟きながらも、弓を握る手を緩めずに依姫の足運びを追っていた。彼の役割は矢を命中させることだけではなく、逃げ道を制限して帝と雷が攻撃しやすい位置へ相手を誘導することにある。依姫が射手へ向かおうとすれば雷が盾で進路を塞ぎ、その間に帝の金棒が迫ってくるのだった。
「さあ、Black onyXの息の合った連携が続きます! 帝の金棒、雷の防御、そして乃依の弓! しかし依姫も一歩も譲りません!」
忠犬オタ公の声が戦場へ響き、各地で戦う参加者たちへ激しい攻防を伝えていた。依姫は雷の盾へ刀を滑らせ、側面へ回り込んだところで帝の仕込み銃に狙われる。弾丸をかわそうと身体を捻れば、今度は錫杖が足元へ伸び、反撃するための踏み込みを奪っていった。
「てゐさん、この連携をどうご覧になりますか!?」
「いい感じに役割が分かれてるねぇ。帝が攻めて、雷が守って、乃依が逃げ道を塞ぐ。一人を狙っても残りの二人がすぐ助けに入るから、簡単には崩せないと思うよ」
てゐの解説どおり、三人は互いの攻撃が届く位置を常に意識していた。帝が踏み込めば雷が盾を寄せ、依姫が離れれば乃依が矢を放つ。単純に一人の技量を比べるだけでは測れない強さが、三人の間には生まれていた。
「帝ちゃん、もうちょっと右に寄ってくれる? そっちの方が俺、狙いやすいかも」
「おう! 任せとけ!」
「雷も、そのままお願いね」
「分かった」
短い言葉だけで立ち位置が変わり、乃依の矢が依姫の退路を掠めた。依姫は刀の腹でそれを弾き、雷の錫杖を受け流しながら後方へ跳ぶ。帝は追撃を焦らず、彼女が射程から外れたのを確認すると金棒を構え直した。
「……なるほど。よく考えられた連携ね」
依姫は三人を順に見渡し、それぞれが仲間の弱点を補っていることを確かめた。豪快な攻撃の帝、守りを固める雷、気の抜けた態度で正確に射る乃依。その組み合わせは剣術だけで崩せないものではないが、長引かせるだけの理由もなかった。
「へへっ、ようやく俺たちの凄さが分かったか!」
「ええ。個々の技量だけでなく、仲間を援護する判断も見事だわ。だからこそ、こちらも剣術だけで応じ続ける必要はなさそうね」
依姫の言葉に、雷は盾を僅かに持ち上げた。三人とも、彼女がこれまで刀と身体能力だけで戦っていたことには気付いている。事前に伝えられた能力が、いよいよ使われるのかもしれないと、帝は金棒を握り直した。
「おおっと! 依姫が意味深な発言! まだ何か隠しているというのでしょうか!?」
忠犬オタ公の声には、期待と驚きが入り混じっていた。彩葉たちが開いた作戦会議の内容を知らない彼には、依姫が何をしようとしているのか分からない。その疑問に答えるように、てゐが声を上げた。
「おっ、いよいよ神降ろしを使うみたいだねぇ」
「神降ろし!? てゐさん、それはいったいどんな能力なんですか!?」
「神霊を自分に降ろして、その力を借りる能力だよ。呼ぶ神霊によって使える力も違うから、相手に合わせて戦い方を変えられるんだ」
オタ公が驚きの声を上げる一方、帝は作戦会議で聞いた警戒事項を思い返していた。神降ろしの存在は知っていても、どの神霊を呼び、何を起こすのかまでは分からない。ならば能力の正体を見極める前に攻め続け、依姫へ自由な時間を与えない方がいい。
「おいおい、とうとう本気ってわけか! だったらこっちも派手に行くしかねえな!」
「帝、どの神霊を使うか分からない。慎重に行け」
「えー、まだ隠してるの? 俺、もう結構頑張ったと思うんだけどなぁ」
乃依は呆れたように笑いながらも、依姫から視線を離さなかった。彼女が何を使ってくるにせよ、まずは攻撃の機会を与えず、動ける場所を狭める。そう判断すると、乃依は帝へ軽く声をかけて弓を構え直した。
「んじゃ、俺から行こっかな。帝ちゃん、ちょっとお願いね」
「おう! 任せとけ!」
帝が金棒を振り上げて正面へ踏み込み、雷も盾を構えて側面を塞いだ。依姫は金棒をかわして横へ滑るが、乃依はその足運びを見極め、次に着地する場所へ狙いを定めていた。剣士であっても移動の途中なら回避できる方向は限られるはずだった。
「……そこなら、どうかな?」
弦が鳴り、一本の矢が鋭く空気を切り裂いた。乃依は続く矢へ指をかけ、依姫が刀で弾くか、身体を捻って避けるかを待ち構える。しかし依姫は迫る矢を見つめたまま刀を動かさず、代わりに一柱の神霊の名を告げた。
「高御産巣日神よ! その矢を射手のもとへ返せ!」
神霊の名と命令が響いた直後、依姫の目前で矢が唐突に向きを変えた。長い詠唱も複雑な儀式もなく、矢は勢いを失わないまま反転し、今度は鏃を乃依へ向けて飛び返していく。自分が放った矢の軌道が反転するという予想外の光景に、乃依は思わず目を瞬かせた。
「……え? ちょっと待って。俺の矢、戻ってきてない?」
驚いている間にも矢は距離を詰めてくるため、乃依は咄嗟に地面を蹴って横へ大きく飛び退いた。鏃は肩先を掠めて背後の地面へ突き刺さり、乃依は辛うじて直撃を避ける。しかし無理な回避によって重心が傾き、着地する足はまだ地面を十分に捉えていなかった。
「おおっと!? 放たれた矢が、まさかの逆戻り! 乃依は避けましたが、これは一体どういう現象でしょうか!」
「高御産巣日神か。高木神とも呼ばれる神様だね。天若日子が射た矢を天上から本人へ返して、その矢が天若日子に命中するって逸話があるんだよ」
「なるほど! その返し矢の逸話が、今の神降ろしに使われたわけですね!」
「そうみたい。でも、矢を避けたからって安心できないよ。あんなふうに大きく動けば、次の体勢が崩れるからね」
てゐの言葉を裏付けるように、依姫は矢が反転したのとほぼ同時に動き出していた。乃依がどちらへ跳ぶかを見極め、着地する場所を先回りするように間合いを詰める。返し矢そのものより、回避を強いた直後に剣術を重ねることが、彼女の狙いだった。
「うわ、危なっ……って、あれ?」
乃依は短弓を変形させ、腰の周囲に回転する輪刀を展開した。外側を巡る刃で接近を阻もうとするものの、着地直後の不安定な体勢では回転の軌道を自在に変えられない。依姫は刀の側面で輪刀をわずかに逸らし、刃が外へ流れる瞬間を逃さず懐へ踏み込んだ。
「乃依、後ろだ!」
雷の警告に乃依は身体を捻ったが、踏ん張る足が地面を捉えるより依姫の一撃が早かった。輪刀の守りの内側へ滑り込んだ刃が乃依の身体を捉え、視界に表示されていたHPが一気に失われていく。帝が金棒を振り上げて駆け寄る頃には、依姫はすでに間合いを離れていた。
「乃依ぃっ!」
金棒が地面を砕き、飛び散った土が光へ変わり始めた乃依の輪郭を通り抜けた。乃依は自分の身体を見下ろすと、避けた矢ではなく、その後の着地を狙われたことに気付き、困ったように笑みを浮かべる。最後に帝と雷へ顔を向けると、いつもの気の抜けた調子で言葉を残した。
「あー、やられちゃった……雷、帝ちゃん、あとはよろしくね」
乃依の身体はその一言とともに光の粒子へ変わり、腰の輪刀も淡い輝きとなって消えていった。残されたのは、返された矢が突き刺さった跡と、帝が金棒で砕いた地面だけだった。
「乃依、ここで撃破! 矢は避けたものの、その回避を依姫に利用されてしまいました!」
「相手が逃げる方向を読んで、剣術で仕留めた。神霊の力と本人の腕前が噛み合ってるのが厄介だねぇ」
乃依を失ったことで射撃による支援は消えたものの、雷はすでに盾を構え、帝の側面を守る位置へ動いている。二人だけになっても、その連携が簡単に崩れることはなかった。
「へっ、やってくれるじゃねえか!」
帝が金棒を横へ薙ぎ払うと、依姫は身体を沈めてかわし、雷のいない方へ抜けようとする。しかし、雷は鬼面盾を差し込んで進路を塞ぎ、錫杖で足元を牽制した。帝も無理に踏み込み続けず、彼女が反撃する前に金棒を引き戻している。
「帝、落ち着け。相手の動きを見ろ」
「分かってるって! あいつの分まで暴れてやるぜ!」
二人は攻撃の回数を増やすのではなく、互いが守れる距離を保つことを優先した。それでも乃依の矢がなくなった影響は大きく、依姫が後方へ逃れた際に進路を制限できない。雷はその変化を感じ取り、別の装備へ切り替える機会を窺った。
「Black onyXは残り二人! 連携を保っていますが、乃依の射撃がなくなった影響はどうでしょうか!」
「依姫の逃げ道を塞ぐ手段が減ったね。帝の攻撃は強力だけど、追いかけるだけじゃ避けられちゃう。雷がどう補うかが大事になりそうだよ」
依姫の刀と帝の金棒が再びぶつかった直後、雷は盾を構えたまま短く合図した。帝が攻撃を重ねる間に錫杖を引き、その手へ新たな装備を呼び出そうとする。
「帝、少し時間を稼いでくれ。戦い方を変える」
「おう!」
帝は金棒を大きく振り下ろし、依姫を正面へ釘付けにした。雷の錫杖が光の粒子へ変わり、代わって現れたのは大きな葉を模した芭蕉扇だった。雷は帝の立ち位置を確認し、鬼面盾を構えたまま扇を振り抜く。
「……帝、横へ」
帝が側面へ飛ぶのと同時に、草原を吹き抜けていた風が激しく向きを変えた。舞い上がった土や小石を巻き込みながら強烈な風圧が依姫へ押し寄せ、彼女は刀を構えて重心を低くする。雷は扇の角度を変え、依姫が移動しようとするたびに風を送り込んでいった。
一方向からの風なら、依姫も踏み込み方を調整して対応できただろう。しかし雷は彼女の進路に合わせて風向きを変え、足を下ろそうとした場所から押し戻してくる。乃依が矢で作っていた逃げ道の制限を、風によって補おうとしているのだった。
「おおっと! 雷が芭蕉扇を使用! 強烈な風が依姫の動きを阻んでいます!」
「なるほどねぇ。乃依の矢の代わりに風で動きを制限してるんだ。帝もその風に合わせて攻撃してるし、二人になっても考えて戦ってるね」
帝は追い風に乗って金棒を振り下ろし、依姫が避けた先へさらに攻撃を重ねた。依姫は刀で勢いを逸らしても、雷に足元を乱されるため、思うように間合いを取り直せない。二人はその状態を維持し、剣を振るう暇を与えないよう攻め続けていた。
「へへっ! 今度はこっちの番だぜ!」
帝の金棒が横へ薙がれたところを依姫は身を沈めてかわしたが、雷の風が新たな着地点を押し流した。彼女が踏みとどまる間に帝は金棒を構え直し、次の攻撃へ備える。依姫はその様子から、二人が乃依の不在を補うための戦い方を素早く見つけたことを理解した。
「……よく考えられているわ。あなたの風がある限り、自由には動けそうにないわね」
雷は答える代わりに芭蕉扇を大きく振り、依姫の周囲へ風を巡らせた。土埃が視界を遮り、その向こうでは帝が金棒を構えて待ち受ける。だが依姫は、風に逆らって踏み込むことをやめ、静かに新たな神霊の名を呼んだ。
「級長津彦命よ! 風を鎮め、その流れを我がものとせよ!」
その瞬間、依姫へ吹き付けていた風圧だけが急激に弱まった。草や土埃はなお舞っているのに、彼女を押し戻していた流れが目前で左右へ分かれ、雷の狙った場所へ届かなくなる。雷が扇を振り直すと、今度は生まれた風が渦を巻き、逆方向へ押し返されてきた。
「……何?」
雷は扇を握る手へ力を込めたが、風を起こせても、その流れを思いどおりに動かせない。新たな風を送り込むほど足元が乱れ、盾を構える腕にも横から圧力がかかってくる。依姫はその変化を確かめると、刀を持ったまま雷へ視線を向けた。
「おおっと!? 雷の風が届かない! それどころか、逆向きに流れ始めています!」
「級長津彦命だね。志那都比古神とも呼ばれる風の神様で、龍田の風神としても祀られてるんだ。昔から、荒れる風を鎮めるために祈られてきた神様だよ」
「では依姫は、雷の起こした風を別の方向へ操っているということですか!?」
「そう見えるね。風を強くすればするほど、自分が不利になるかもしれない。あの芭蕉扇が、かえって足を引っ張りそうだよ」
てゐが説明する間にも、依姫の周囲を巡っていた風が雷の盾の側面へ回り込み、構えを押し崩そうとしていた。雷は盾を傾けて耐えようとするが、正面へ向ければ横から身体を引かれ、低くすれば上半身の守りが薄くなる。扇を振るのを止め、防御へ切り替えようとした時には、すでに依姫が動き出していた。
「あなたの戦い方は見事だったわ。けれど、風を奪われれば、その優位も失われるでしょう?」
依姫は風を従えて雷の外側へ踏み込み、盾の正面を避けるように身体を滑らせた。雷が彼女を追って盾を動かすと、新たな風が足元を押し流し、踏み替えようとした足が地面を捉えられない。依姫はそのわずかな崩れを見逃さず、剣の間合いへ近づいていった。
「雷っ!」
帝は金棒を振り上げて援護へ駆けつけようとしたが、二人の間には逆向きの風が渦巻いていた。踏み込めば身体が横へ流され、金棒を振ろうにも距離が足りない。先ほどまで依姫を追い詰めていた風が、今度は二人の連携を断ち切るものになっていた。
「帝も援護に向かっていますが、風に阻まれて近づけません!」
「盾を使っても、足場を崩されたら守り切れないよ。雷がどこまで耐えられるかだけど……」
雷は芭蕉扇を下げ、鬼面盾を身体の前へ引き寄せた。ここで依姫の刀を受け止められれば、帝が接近する時間を作れる。しかし風に押された身体は十分に安定せず、盾を向け直すたびに足元が揺らいだ。
「……まだだ」
雷は短く呟いて腕へ力を込め、依姫の斬撃を盾の縁で受けようとした。だが依姫はその動きを読み、刃の軌道をわずかに変えて盾の外側へ滑り込む。雷が追おうとした瞬間、横風が足を流し、守りの届かない側面が開いた。依姫の刀が鋭く振り抜かれ、雷の身体を捉えた。視界に表示されたHPが急速に減り、残された数値も一瞬で失われていく。帝の叫びが響く中、雷は膝をつき、消え始めた身体を確かめると、最後に帝へ顔を向けた。
「……帝、あとは頼む」
雷はその一言だけを残して光の粒子となり、鬼面盾も芭蕉扇も淡い輝きへ変わって消えた。彼が立っていた場所には、盾を押し付けた土の跡と、風になぎ倒された草だけが残されている。
「雷も撃破! Black onyXは、とうとう帝ただ一人となってしまいました!」
「風を奪われたのが大きかったね。盾で最後まで防ごうとしたけど、姿勢を崩されたところへ依姫の刀が入った。神降ろしの威力だけじゃなく、その後の剣術まで正確なのが厄介だよ」
先ほどまで左右に立っていた二人の姿はなく、三人で築き上げた陣形も失われている。それでも金棒を握る手から力が抜けることはなく、依姫を見据える目には変わらぬ闘志が宿っていた。
「……へっ。まさか、あいつら二人が先にやられるとはな」
乃依も雷も、数え切れないほど共に戦ってきた仲間だった。その二人が続けざまに撃破された以上、正面から依姫へ挑めば自分も長くは持たないかもしれない。しかし、再入場の仕組みが働いている限り、二人はやがて戦場へ戻ってくるはずだった。
帝が稼ぐべきなのは、勝負をひっくり返すための一撃ではなく、その瞬間までの時間だった。けれど依姫の剣術と神降ろしを一人で受け続ければ、再入場を待つより先に自分が倒される恐れがある。金棒を握り直した帝は、依姫の落ち着いた表情を見ながら、ふと別の方法を思いついた。
依姫はこれまで、戦いの途中でもこちらの言葉へ律儀に応じていた。仲間の技量を認める余裕もあり、無意味に相手を挑発する性格でもない。ならば正面から打ち合うよりも、話を続けて足を止める方が安全かもしれなかった。帝は金棒を肩へ担ぎ直し、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「……お前、ほんっととんでもねえ奴だな!」
依姫は刀を構えたまま、僅かに首を傾げた。仲間を二人失った直後だというのに、帝が急に感心した調子で話しかけてきたことを不思議に思ったらしい。だが彼女はすぐに攻撃を仕掛けず、その言葉へ静かに応じた。
「それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
「当然だろ! 俺たち三人をここまで追い詰めた奴なんざ、そうそういねえんだからよ!」
帝は笑いながら金棒の位置を変え、いつでも戦える構えだけは保っていた。完全に武器を下ろせば不自然だが、会話の途中でわざわざ踏み込む必要もない。依姫が返事をしている間にも、わずかずつ時間は過ぎていくのだった。
「あなたたちの連携も見事だったわ。あの二人も、それぞれに優れた技量を持っていたと思うわよ」
「へへっ、そいつはありがてえな! あいつらも聞いたら喜ぶだろうぜ!」
依姫が答えるのを見て、帝は内心で僅かに安堵した。今のところ話に付き合ってくれているのなら、もう少し引き延ばせるかもしれない。もっとも、同じ話題ばかりでは不審がられるため、帝は興味深そうに神降ろしへ話を移した。
「それにしても、さっきの神降ろしってのは凄えな! 矢を返したり風を操ったり、何でもありじゃねえか!」
「何でもできるわけではないわ。それぞれの神霊には異なる権能があるし、どう使うかも考えなければならないもの」
「ほう! ってことは、さっきの二柱以外にも、まだまだ呼べる神霊がいるってことか?」
帝が身を乗り出すと、依姫は小さく頷いた。ただ、その視線は彼の表情だけでなく、金棒を持つ手と足の位置も捉えている。会話に応じながらも、警戒を解く気配は少しも見せなかった。
「ええ。もちろん、呼べる神霊にも相応しい条件はあるけれど、先ほどの二柱だけではないわ」
「そりゃすげえ! だったら、他にはどんな神霊を降ろせるんだ? せっかくだし、もう少し聞かせてくれよ!」
帝は大袈裟に感心してみせ、続けて質問を投げかけた。今は能力の情報を集めること以上に、依姫を会話へ引き留めることが重要だった。乃依と雷が戻るまでどれほどかかるか分からないが、一呼吸でも長く話せれば、それだけ勝機が残る。
ところが、依姫はすぐには答えなかった。
彼女は金棒を肩へ担いだ帝を見つめ、その視線が二人の消えた場所へ一瞬だけ向けられたことに気付いた。帝は豪快に笑っているものの、戦闘を再開しようとする気配がなく、先ほどまでとは明らかに態度が違っている。その変化を見過ごすほど、依姫の観察は甘くなかった。
「……随分と話したがるのね」
帝は一瞬だけ言葉を止めたが、すぐに笑みを作り直して金棒を担ぎ直した。ここで黙り込めば、余計な疑いを招くかもしれない。彼はわざと楽しげな調子を強め、思いつくままに言葉を重ねた。
「へへっ、そりゃそうだろ! お前みてえな強え奴とは、そうそう会えねえんだからよ!」
「そうかしら。先ほどまでは、随分と積極的に攻撃してきたように思うけれど」
「そいつはあれだ! 戦ってみて初めて分かることもあるってやつだな! こうして話してみると、意外と面白え奴じゃねえか!」
帝は勢いよく言い切ったものの、自分でも少々苦しい言い訳だと感じていた。話している間は攻撃を避けられるが、いつまでも同じ相手を褒め続けるわけにもいかない。次に何を尋ねようかと考えたところで、依姫が小さく息を吐いた。
「……なるほど。そういうことね」
「ん? どうした?」
依姫はすぐには答えず、乃依と雷が消えた場所へ一度だけ目を向けた。その動きに帝の笑みがかすかに揺らぐ。依姫は彼が何を恐れているのかを確かめるように顔を戻し、静かな声で問い掛けた。
「あなたが待っているのは、私の返事ではないのでしょう?」
「……あ?」
「先ほど倒された、あの二人が戻ってくるのを待っているのではなくて?」
帝は思わず目を見開いた。時間稼ぎを見抜かれる可能性は考えていたが、再入場を待っているという目的まで言い当てられるとは思っていなかった。依姫がその仕組みを知っているなど、帝には予想もつかなかったのである。
依姫はその反応を見届け、刀を構えたまま言葉を続けた。
「あなたたちだけではないわ。私が撃破したはずの人間が、再び戦場に現れているのを確認しているもの」
帝は、その言葉の意味を理解するまで僅かな間を要した。依姫は単に話の不自然さから察したのではなく、実際に再入場した参加者を見ていたのだ。ただし彼女がすでに玉兎へ命じ、永琳へ報告を送らせていることまでは、帝には知る由もなかった。やがて帝は肩の力を少し抜き、口元へ不敵な笑みを戻した。
「……やっぱりバレちまうか」
観念したように笑いながら、帝は肩へ担いでいた金棒をゆっくりと下ろした。依姫と話し続ければ二人を待てると踏んでいたものの、こちらの狙いは思っていたより早く見破られてしまったらしい。それでも、帝の顔に浮かんだのは落胆よりも、手強い相手を前にした高揚だった。
「へへっ、上手くいってると思ったんだけどなぁ!」
「残念だけれど、三人が揃うまで待ってあげるつもりはないわ」
依姫はそう告げて刀を構え直し、帝との間合いを静かに測り始めた。再入場する者がいることを知っていても、わざわざ相手の思惑に付き合う理由はない。帝もそれを理解すると、今度は金棒を両手で握り直した。
「……ま、そう簡単にいかねえからこそ、面白えんだけどな!」
先ほどまでのように雷が盾で守ってくれるわけでも、乃依が矢で退路を塞いでくれるわけでもない。自分一人で依姫の刀と神降ろしを相手にしながら、二人が戻るまで持ちこたえなければならなかった。だが帝は無謀さを理解したうえで、目の前の強敵から逃げようとはしなかった。
「だったら、今度は俺一人で相手してやるぜ!」
「ええ。あなたの力も、最後まで見せてもらうわ」
帝は金棒の先端を持ち上げ、依姫の刀を真っ直ぐに見据えた。夜の草原には乃依の矢が突き刺さった跡と、雷の風になぎ倒された草が残されている。二人が再び姿を現すまでの時間を稼ぐため、帝は一度だけその痕跡へ視線を向け、すぐに依姫へ意識を戻した。遠くでは地上側のプレイヤーと玉兎たちの攻防が続き、武器の衝突音や攻撃の閃光が絶えることはなかった。夜は依然として明ける気配を見せず、戦場に浮かぶ月も同じ位置に留まり続けている。実況席からは新たな戦況を告げる声が響いていたが、帝の耳には金棒を握る指が立てる小さな軋みの方がはっきりと感じられた。
依姫は最後に残された相手の構えを見極め、刀を持つ手の力を僅かに調整した。三人の連携を崩したからといって、帝の武器や判断を軽んじるつもりはない。対する帝も、頼れる仲間がいなくなったことで、これまで以上に一つ一つの動きへ注意を向けていた。
変わらぬ月明かりの下で、二人は互いの間合いを慎重に測っていた。会話による時間稼ぎが終わり、再び刀と金棒がぶつかり合う瞬間が近づいている。それでも帝の目に宿る闘志は衰えず、Black onyXの戦いがまだ続いていることを示していた。