月側の拠点では、八意永琳が視界に浮かぶ半透明のウィンドウを見つめながら、先ほど変更したツクヨミのシステム設定を確認していた。戦闘不能となったプレイヤーの復帰先は、永夜抄の戦場からツクヨミの街へと変更されている。さらに、その設定には強固なプロテクトが施されており、外部から簡単に書き換えられる状態ではなくなっていた。
永琳は関連する記録を順に照らし合わせ、変更が正常に適用されていることを確かめると、ようやく小さく息を吐いた。
「……これで、再参加の問題はひとまず解決ね」
システムへの侵入を始めてからというもの、何者かが執拗にこちらの操作を妨害していた。重要な情報へ近づくたびにアクセスを遮断され、調査していた記録を別の場所へ移されるなど、その対応には相応の技術が感じられた。
しかし、再参加を許可する判定そのものではなく、戦闘不能となったプレイヤーの復帰先へ狙いを変えたことで、相手の防御を回避することができた。
設定を元へ戻そうとする動きも確認されたものの、プロテクトを施してからは新たな変更を許していない。相手が再び干渉してくる可能性は残されていたが、その保護を解除するには相応の時間が掛かるはずだった。
永琳は最後に設定の状態を確かめると、不要になったウィンドウを順に閉じていった。もっとも、今回のハッキングで得られた成果は、再参加の仕組みを封じたことだけではなかった。
「……それにしても、思わぬ収穫だったわね」
永琳は新たなウィンドウを開き、システムへの侵入中に取得した情報を呼び出した。
そこには、今回の異変に参加しているプレイヤーたちの識別情報と、それぞれの位置を示す記録が保存されている。再参加の仕組みを調べる過程で、参加者の位置情報を管理する領域にもアクセスできたため、その内容をまとめて取得していたのだった。
永琳は並んでいる情報へ目を走らせると、その中から一人の名前を選び、表示を拡大した。
――輝夜
その名前とともに表示された位置情報を見つめた瞬間、永琳の表情が僅かに和らいだ。
地上側が月の軍勢を迎え撃つ態勢を整えている以上、輝夜がどこにいるのかを把握することは容易ではなかった。各地で戦うプレイヤーたちを突破しながら所在を探る方法では、目的の人物へ辿り着くまでに、どれほどの時間と戦力を費やすことになるか分からない。
しかし、居場所を把握できたのであれば、状況は大きく変わってくる。
輝夜の位置を示す情報を戦況図と重ね合わせ、周辺に展開している玉兎たちの配置を確認した。輝夜がいる場所へ近づくためには、どの戦線を突破する必要があるのか。また、現在の部隊配置からであれば、どの方面へ戦力を集中させることができるのか。
そうした情報が、戦況図の上で次第に明らかになっていく。
もっとも、取得したのはハッキングを行った時点での位置情報であり、輝夜がすでに移動している可能性もあった。そのため、表示されている場所に必ずいると決めつけることはできなかったが、少なくとも探索する範囲を大きく絞り込むことはできる。
永琳はその点も踏まえながら、現在の戦況と取得した情報を照らし合わせた。地上側の抵抗は依然として激しく、各地の玉兎たちは前線を維持するために戦闘を続けている。特に依姫が交戦している三人組は手強く、彼女ほどの実力者でさえ、簡単には突破できない状況にあるようだった。これまでのように各部隊が目の前の敵を撃破しながら進軍を続けていては、姫様のもとへ辿り着くまでに戦力を消耗しすぎる恐れがある。
しかし、目的地が分かった今なら、各部隊が進むべき方向を明確にし、必要な戦力を適切な場所へ動かすことができるはずだった。永琳はしばらく戦況図を見つめていたが、やがて近くで警戒に当たっている玉兎へ顔を向けた。
「あなた、少しいいかしら」
「はい、八意様!」
呼び掛けに応じた玉兎が駆け寄ってくると、永琳は視界に表示されていた情報を整理し、輝夜の現在地を示す記録を共有できるようにした。
「先ほどツクヨミのシステムを調べている間に、姫様の居場所を突き止めたわ」
「……輝夜様の居場所が分かったのですか!?」
予想していなかった報告に、玉兎は驚いたように目を見開いた。これまで各地の戦線から寄せられていた情報の中にも、輝夜の所在を確定できるものはなく、月側にとって長く探し求めていた情報だった。
「ええ。取得した時点での位置情報だけれど、どの辺りにいらっしゃるのかは確認できたわ。これを各部隊へ伝えてもらいたいの」
永琳は位置情報を共有するとともに、その扱いについても説明を続けた。
「依姫を含む全部隊へ伝えなさい。姫様の現在地が判明したことと、その周辺へ向かうための態勢を整えるように、と」
「承知いたしました!」
「ただし、すでに移動されている可能性もあるわ。現地で姿を確認できなかった場合は、無理に進軍せず、周辺の捜索を優先するように伝えてちょうだい」
永琳の指示を受けた玉兎は姿勢を正し、すぐに仲間たちへ意識を向けた。
月の兎たちが持つテレパシーによって情報が伝えられると、拠点にいる玉兎から周辺の部隊へ、さらに離れた戦線で戦う仲間たちへと、連絡が次々に引き継がれていく。最前線で交戦中の部隊にも、仲間を介して新たな指示が届けられていった。依姫のもとにも同じ情報が送られ、輝夜の現在地と永琳からの命令が共有されていく。
その間も戦場では激しい攻防が続いており、連絡を受けたからといって、すぐに進軍方向を変更できる部隊ばかりではなかった。しかし、目的地が判明したことで、月側の軍勢はこれまでよりも明確な方針に沿って行動できるようになる。
永琳は情報が各地へ伝わっていく様子を見守りながら、視界に表示されている戦況図へ目を戻した。
再参加の仕組みを封じたことで、地上側のプレイヤーたちは、これまでのように何度でも戦場へ戻ることができなくなっている。その変化は今すぐ戦況を覆すものではないが、戦闘が続くほど、月側にとって有利に働く可能性があった。
一方で、地上側が姫様を守るために戦力を集中させれば、目的地へ近づくことは今まで以上に難しくなるだろう。再参加ができなくなったことを知り、より慎重な戦い方へ切り替える者が現れることも考えられる。永琳は各戦線の位置関係を確認しながら、部隊の消耗を最小限に抑えつつ、どうすれば目的を達成できるのかを考えていた。
その時、各部隊との連絡を終えた玉兎が、再び彼女のもとへ駆け寄ってきた。
「八意様! 輝夜様の位置情報は、依姫様をはじめ全部隊へ伝達いたしました!」
「ご苦労様。各部隊からの報告は、引き続きこちらへ集めるようにしてちょうだい」
「はい! 各部隊とも、八意様のご指示に従って行動を開始しております!」
永琳は静かに頷き、視界に表示された戦況図をもう一度確かめた。
月側の拠点から離れた場所では、今も玉兎たちが地上側のプレイヤーと交戦している。戦場の各地に広がった戦力を動かすには時間が掛かり、敵の抵抗によって思うように進めない場所もあるだろう。
それでも、姫様の居場所を把握したことで、月側の行動はこれまでよりも目的のはっきりしたものになる。永琳はしばらく戦況図へ視線を向けていたが、やがて何かを決めたようにウィンドウを閉じた。
「……さて、私もそろそろ動こうかしら」
その呟きを聞いた玉兎が、不思議そうに顔を上げた。
「八意様?」
「再参加の問題も解決したし、姫様の居場所も分かったわ。これ以上、私がここに留まっている必要はなさそうね」
永琳は穏やかな口調でそう告げると、拠点の外へ視線を向けた。
夜の草原では、遠くの戦線から届く武器の衝突音が絶えず響き、時折上がる攻撃の閃光が周囲を照らしている。月の軍勢も地上側のプレイヤーたちも、一歩も譲ろうとせず戦い続けていた。
その様子を見つめる永琳の横顔から、玉兎はようやく彼女の意図を察した。
「……八意様も、前線へ向かわれるのですか?」
「ええ。私もこれから戦場に出るわ」
穏やかな声で告げられた言葉に、玉兎は思わず息を呑んだ。
これまで拠点に留まり、全部隊へ指示を出していた永琳が自ら戦場へ赴くというのであれば、月側の軍勢にとっても大きな変化になる。しかし、その表情には迷いがなく、すでに決断を下していることが窺えた。
「承知いたしました! では、拠点の警備を担当する者たちにも、そのように伝えてまいります!」
「お願いするわ。私が不在の間も拠点の防衛は続けなさい。各部隊との連絡も絶やさず、何か異常があればすぐに報告するようにね」
「はっ! 承知いたしました!」
玉兎が力強く返事をすると、永琳は満足そうに頷き、最後にもう一度だけ輝夜の位置情報を確認した。取得した記録が示している場所まで、どれほどの時間が掛かるのかは分からない。地上側の抵抗が激しければ、そこへ辿り着くまでに新たな戦闘を避けられない可能性もあった。
それでも、いつまでも遠くから戦況を見守っているつもりはなかった。永琳はすべてのウィンドウを閉じると、拠点の出入口へ静かに視線を向けた。その先には、今も多くの玉兎たちが戦い続ける夜の草原が広がっている。遠くから聞こえてくる戦闘の音は途切れることなく、時折夜空を照らす閃光が、地上側との戦いがまだ終わっていないことを伝えていた。
永琳はその光景を見つめながら、姫様の現在地が示していた方角へ目を向けた。
長い時間を費やして探し求めていた相手の居場所が、ようやく明らかになった。それでも、その姿を実際に確かめるまでは、何ひとつ終わったわけではない。
永琳は静かに息を整え、これから向かう先に待ち受けるものへ思いを巡らせた。拠点では玉兎たちが新たな指示に従って動き始めており、遠くの戦場からは今も激しい戦闘の音が響いている。変わらぬ月明かりの下、永琳はその喧騒を見つめながら、次に自分が果たすべき役割へと意識を向けていた。
◇ ◇ ◇
てゐの発表が終わり、彩葉たちの視界から半透明のウィンドウが消えた。拠点の外では変わらず戦闘が続いており、月明かりに照らされた草原の各所で、参加者と玉兎たちが激しくぶつかり合っている。武器の衝突による閃光が遠くの丘を照らすたび、彩葉は先ほど告げられた変更の重さを改めて感じていた。
戦闘不能になった参加者は街で復帰し、もうこの戦場へは戻れない。てゐは不具合の修正として説明していたが、月側にとってあまりにも都合のよいタイミングだった。何より、再参加の仕掛けを明かした時のヤチヨが、こうなる可能性を警告していたことを覚えている。
「……月側に対策されちゃったんだ」
隣にいた芦花は、驚くより先に納得したように頷いた。真実も発表の内容を理解しており、三人の間で再参加の仕組みを説明し直す必要はない。
「やっぱりそう思う? ヤチヨさんも、いつまでも使えるとは限らないって言ってたもんね」
「うん。思ったより早かったけど、向こうだって何度も戻ってくる相手を放ってはおかないよね」
彩葉は、てゐが事前収録のヤチヨと会話しているように見せかけた中継を思い返した。当初は自分たちも不具合だと思っていたのに、あとから届いた別の映像で、永遠の結界を利用した仕掛けだと知らされたのである。その仕掛けが失われたことは痛手だったが、これまでに稼いだ時間まで無駄になったわけではなかった。
「でも、乃依さんと雷さんは戻ってこられたし、十分助けられたと思う」
「そうだね。二人が戻れなかったら、帝さんは今も一人で依姫を相手にしてたかもしれない」
芦花の言葉に、彩葉も頷いた。二人が拠点へ再参加したおかげで、回復アイテムを渡し、依姫の神降ろしについて気付いたことも伝えられた。今は三人揃って戦線に復帰しているのだから、ヤチヨの仕掛けは十分に役目を果たしてくれたといえる。
「これからは、一度の戦闘不能がそのまま戦力の減少につながるね。前線の人たちにも影響は大きいと思う」
真実はそう言いながら、遠くで玉兎を迎え撃つ参加者たちへ視線を向けた。彩葉も同じ方向を眺めたが、再参加を封じられたからといって、作戦を放棄するつもりはなかった。輝夜が最後の術を完成させるまで時間を稼ぐという目的は、最初の作戦会議から何も変わっていない。
「……お兄ちゃんたちにも連絡しておこう。発表は聞いてると思うけど、確認しておきたいし」
彩葉が通信先を選ぼうとした、その時だった。拠点の外へ向けていた視線の端で、交戦中だった玉兎の一団が突然後退し、参加者たちから距離を取った。攻撃を避けるためかと思ったが、彼女たちは隊列を整えると、元の相手には戻らず拠点へ続く道を走り始めた。
「……あれ?」
彩葉は操作を止め、その一団を目で追った。地上側の参加者が追いかけているわけでもないのに、玉兎たちは振り返らず、こちらへ向かっている。奇妙に思って別の方向を見ると、丘の向こうから現れた部隊までも進路を変え、草原を横切って同じ道へ合流しようとしていた。
「芦花、真実。ちょっと見て」
呼ばれた二人が隣に並ぶ間にも、さらに遠くの交戦地点で玉兎たちが戦闘を切り上げた。拠点の高い位置から見える範囲だけでも、複数の部隊がそれぞれの持ち場を離れ、明らかに同じ方角へ移動している。
「どうしたの?」
「あそこ。さっきまで戦ってた玉兎たち、急にこっちへ向かい始めたんだ」
芦花が彩葉の指す先を追い、続けて別の経路へ目を向けた。すでに草原を横切った部隊が、拠点へ続く道へ合流している。後方から来た玉兎たちも、その隊列に追いつこうと足を速めていた。
「……本当だ。あっちも、こっちに向かってない?」
「中央の部隊も進路を変えてるね。偶然とは思えない動きだよ」
真実の指摘に、彩葉は頷いた。拠点を攻めること自体はKASSENのルール上、不自然ではない。それでも、目の前の相手との戦闘を切り上げてまで、複数の隊列が同時に一か所を目指すのは、それまでの進軍とは様子が違っていた。
「何か新しい指示が出たのかな。でも、どうして急に拠点なんだろう」
芦花の言葉を聞きながら、彩葉は近づいてくる隊列の先へ目を向けた。玉兎たちの目標は単なる勝敗ではなく、輝夜を月へ連れ帰ることにある。そう考えた瞬間、彼女は拠点の奥へ振り返った。そこには今も、最後の術を準備している輝夜がいる。
「……もしかして、輝夜がここにいるの、バレた?」
芦花は驚いたように目を見開いたが、すぐに玉兎の隊列を見直した。真実も数か所の進軍方向を確かめたうえで、慎重に言葉を返す。
「その可能性は高そうだね。居場所を知られたなら、途中の戦闘より拠点へ辿り着くことを優先する理由がある」
「どうやって見つけたんだろう……。再参加も封じられたばっかりなのに」
彩葉には、その二つの出来事がどのようにつながっているのかまでは分からなかった。ただ、月側が地上側の戦い方に対応してきたのだとすれば、これまで以上に慎重に動く必要がある。拠点へ向かう玉兎が増えるほど、輝夜の準備を守り抜くことも難しくなっていくだろう。
それでも玉兎たちは、まだ拠点へ到達したわけではない。途中には多数の参加者が残っており、進路を塞ごうと新たな戦闘を始める者たちも見えた。彩葉はその動きを追いながら、どの経路から部隊が集まり、どこで地上側が押し返しているのかを確かめ続けた。ボトム側の草原では、玉兎の一団が丘の斜面に沿って移動していた。ほかの部隊と同様に進軍しているようだったが、その隊列は比較的まとまっており、先頭を進む玉兎たちの後ろにも、幾重にも兵が続いている。
彩葉がその動きを目で追っていると、隊列の一部が丘の陰に入り、後方を進んでいた集団が視界に現れた。その中に、周囲の玉兎たちとは明らかに異なる装いの人物がいることに気付いた。月明かりを受けて揺れる長い銀髪と、昼間の交渉で見覚えのある衣装。玉兎たちに囲まれながらも、落ち着いた足取りで進軍する女性の姿を認めた瞬間、彩葉は思わず声を上げた。
「……あっ、永琳!」
芦花と真実が顔を向けると、彩葉はボトムを進む部隊の後方を指差した。
「えっ、どこ?」
「ボトムの方! あの玉兎たちの後ろ、銀色の髪の人!」
芦花が目を凝らし、真実も同じ方向を確かめた。玉兎たちの隊列の中にいたのは、間違いなく八意永琳だった。周囲の兵とともに進軍しており、前方には複数の玉兎が展開している。
「本当だ。あの人、玉兎たちを率いてるんだね」
「依姫とは別行動みたいだね。あの部隊がボトムを進んでいるなら、今のうちに対応した方がよさそう」
真実の言葉に、彩葉は頷いた。作戦会議で永琳の足止めを任されたのは、自分と芦花と真実の三人だ。しかし、ヤチヨから聞かされた永琳の実力を考えれば、彼女だけでも容易に勝てる相手ではなく、玉兎たちまで率いているとなればなおさらだった。
昼間、永琳が弓を取り出した時のことを思い出す。てゐの仲裁で戦闘は避けられたものの、あの時の落ち着いた態度からは、月の使者としての自信が感じられた。正面から三人だけで挑んだところで、部隊の前衛を突破することすら難しいかもしれない。
「……よし。私たちは永琳のところへ行こう」
「うん。あのまま進まれる前に追いつきたいね」
「ボトムへ向かう道は下見で確認してる。玉兎の動きに注意しながら進もう」
三人は短く頷き合い、出発の準備に取りかかった。依姫をBlack onyXが引き受けている以上、永琳は自分たちが止めなければならない。再参加ができなくなった危険は承知しているが、輝夜の術が完成するまで時間を稼ぐという役割から逃れるつもりはなかった。
彩葉は芦花と真実が出発の準備を進めるのを確認すると、先ほど中断していたBlack onyXとの通信を開いた。再参加が封じられたことに加え、玉兎たちの動きが変わったことや、永琳の部隊を発見したことも伝えておく必要がある。依姫と交戦している帝たちにとって、どれも今後の戦い方に関わる重要な情報だった。
通信が接続されると同時に、金属を激しく打ち合わせる音が耳に飛び込んできた。続けて何かが地面を強く叩くような衝撃音が響き、僅かな間を置いて帝の威勢のよい声が返ってくる。依姫との戦闘は今も続いているらしく、その声には多少の荒い息が混じっていたものの、普段と変わらない力強さがあった。
「おう、彩葉! どうした!?」
「お兄ちゃん、今ちょっと話せる?」
「おう! こっちは忙しいが、聞くくらいならできるぜ!」
彩葉はその返答に小さく笑みを浮かべたが、すぐに表情を引き締めた。帝たちは依姫との戦闘に集中しているため、てゐの発表を聞いていない可能性もある。まずは、その内容を把握しているか確認することにした。
「さっき、てゐから発表があったんだけど、聞いてた?」
「あ? いや、聞いてねえな! こっちは依姫の相手で手いっぱいだからよ!」
「そっか。実はね、システムの不具合が修正されたってことで、もう戦場への再参加ができなくなったみたいなの」
彩葉がそう告げると、通信の向こうで帝の声が一瞬途切れた。直後に激しい衝突音が響き、何かを弾き返すような金属音が続いたあと、驚きを含んだ声が返ってくる。
「何だと!? そいつは本当か!?」
「うん。これからは戦闘不能になったら街で復帰して、イベントの戦場には戻れないんだって。たぶん、月側がヤチヨさんの仕掛けに対策してきたんだと思う」
「なるほどな……! 何度も戻ってくる俺たちを、いつまでも放っておくわけがねえってことか!」
帝の言葉に続いて、雷の落ち着いた声が通信へ加わった。向こうでは依然として激しい戦闘が続いていたが、彩葉の報告を聞いてすぐに状況を理解したらしい。
「つまり、次に撃破されたら、その時点で戦線から離脱することになるんだな」
「あー、マジかぁ。俺たち、せっかく戻ってきたばっかりなのにねぇ」
乃依のどこか気の抜けた声に、彩葉は思わず苦笑した。一度撃破されている本人の言葉だけに深刻な意味があるはずなのだが、その調子は普段とほとんど変わらない。
「でも、さっき戻ってこられたのは運がよかったよね。もう少し遅かったら、そのまま戦線離脱だったかもしれないし」
「んー、確かにねぇ。まあ、今度はやられなきゃいいだけじゃん」
「乃依、油断するな。さっきと同じ戦い方はできない」
「分かってるって。俺だってもう一回あの姫様に斬られたいわけじゃないしさ」
二人のやり取りを聞きながら、彩葉は小さく笑った。再参加が封じられたことは確かに厄介だが、三人とも状況を理解しており、必要以上に動揺している様子はない。依姫が強敵であることを知ったうえで、それでも戦い続けている彼らなら、今後も慎重に立ち回ってくれるはずだった。
「それとね、もう一つ伝えておきたいことがあるの」
彩葉はそう切り出すと、再び拠点の外へ視線を向けた。月明かりに照らされた草原では、先ほどまで各地で交戦していた玉兎たちが、今も次々と進路を変えている。地上側の参加者が迎撃を続けているものの、いくつもの隊列が戦闘を避けながら拠点へ近づいていた。
「さっきから、玉兎たちの動きが急に変わったんだ。あちこちで戦ってた部隊が、途中の戦闘を切り上げて、一斉にこっちへ向かい始めてるの」
「……こっちって、地上側の拠点か?」
「うん。全部の部隊ってわけじゃないけど、見えてる範囲だけでもかなりの数が動いてる。だから、もしかしたら……輝夜が拠点にいること、向こうにバレたのかもしれない」
その言葉を聞いた帝は、すぐには返事をしなかった。通信の向こうで金属の衝突音が重なり、何かを大きく振り抜くような音が響く。再び声が返ってきた時には、先ほどよりも少し真剣な調子が混じっていた。
「なるほどな……。輝夜の居場所が分かったから、ほかの連中を無視してでも拠点へ向かってるってわけか」
「たぶんね。どうやって見つけたのかは分からないけど、今までとは明らかに動きが違うの」
「そりゃ厄介だねぇ。あいつらの目的は輝夜ちゃんを連れ帰ることなんだし、場所が分かったなら集まってくるのも当然か」
乃依の言葉に、彩葉も頷いた。
月側が本当に輝夜の所在を突き止めたのか、確かな証拠があるわけではない。それでも、玉兎たちの動きから考えれば十分に警戒すべき状況であり、帝たちにも知らせておく必要があった。
「それでね、玉兎たちの動きを確認してたら、ボトムにいる永琳も見つけたの」
「永琳か! ついに動き出したってわけだな!」
「うん。玉兎たちを率いて進軍してたから、私たちもそっちへ向かおうと思ってる」
彩葉は先ほど永琳を発見した方角へ目を向けた。月明かりの下では今も複数の玉兎が移動しており、その奥に永琳が率いる部隊の姿も見える。拠点から出発するまでに多少の時間はかかるだろうが、少なくとも今のうちなら、ボトムで接触できる可能性があった。
「お兄ちゃんたちは、そのまま依姫をお願い。永琳はこっちで何とかするから」
「おう! そっちは任せとけ! 依姫の相手は俺たちが引き受けてやるぜ!」
帝の威勢のよい返答に、彩葉は安心したように微笑んだ。乃依と雷が一度撃破されている以上、依姫がどれほどの強敵なのかは十分に分かっている。それでも、三人の実力と連携をよく知っている彩葉にとって、兄たちが簡単に押し切られるとは思えなかった。
何より、自分たちにも果たさなければならない役割がある。帝たちが依姫を食い止めている間に、彩葉たちは永琳の進軍を妨げ、輝夜が術を完成させるまでの時間を稼がなければならないのだ。
「……それじゃあ、お兄ちゃん。これが最後の連絡になると思う」
彩葉がそう告げると、通信の向こうから少し意外そうな声が返ってきた。
「ん? 最後の連絡?」
「うん。これから永琳のところへ向かうし、戦闘が始まったら通信してる余裕もなくなると思うから。だから、今のうちに分かってることは全部伝えておこうと思ったの」
彩葉は落ち着いた声でそう説明した。依姫と永琳をそれぞれ別の場所で足止めする以上、互いの状況を確認しながら戦う余裕があるとは限らない。まして相手が永琳ともなれば、戦闘中に気を抜くことなどできないだろう。
「そういうことか! だったら、こっちの心配はいらねえぜ!」
「うん、分かってる。お兄ちゃんたちなら大丈夫でしょ」
「はっ! 当たり前じゃねえか!」
帝の豪快な笑い声が響き、彩葉もつられるように笑った。こうした状況でも普段と変わらず、自信満々に返事をするところは、いかにも兄らしかった。彩葉もその言葉を疑っておらず、余計な心配を重ねるより、自分たちの戦いに集中する方が大切だと考えていた。通信の向こうでは依然として武器の衝突音が響いており、三人も長く会話を続けられる状況ではなさそうだった。
「じゃあ、またね!」
「おう! そっちも派手にやってこいよ!」
帝の声を最後に通信を切ると、耳元から激しい戦闘音が遠ざかった。代わりに拠点の周囲から聞こえる参加者たちの呼び声がはっきりと戻り、彩葉は玉兎の接近に備えて仲間を集める者や、前線の様子を確かめている者たちに目を向けた。
「連絡、終わった?」
「うん。お兄ちゃんたちは依姫を引き受けてくれるって。私たちも行こう」
「分かった。永琳の部隊が見えた場所までは、この道を使うのがよさそうだね」
真実が示した方向を確かめ、三人は拠点の出口へ向かった。周囲では玉兎の進軍方向が変わったことに気付いた参加者たちが声を掛け合い、拠点を守るために配置を変え始めている。誰もが本当の事情を知らないまま、この大規模イベントの勝利を目指して戦っていた。
彩葉は一度だけ拠点の奥へ振り返った。そこには輝夜がいる。月へ行くことを拒み、自分の意思でここに残ると告げた彼女は、今も最後の術を完成させるために準備を進めているはずだった。
「……輝夜、そっちはお願いね」
届くはずのない声を小さく落として、彩葉は前へ向き直った。芦花はすでに装備を確かめ終え、真実も進むべき道を見据えている。三人は互いに頷き合うと、月明かりに照らされたボトムへ続く道を走り始めた。