ボッチを極めた刀の修羅は異種族だらけの現代で友達百人作りたい! 作:モンジョワ〜
前世を思い出して四日目、祖母ちゃんが昼に用事で出かけた日曜日。
一人で留守番をするように言われたが、元気いっぱいな子供の体でそれは難しくて、居ても立っても居られれずに、家にあった木刀を持って山の中に探検に来たのまではいいけれど。
「……迷った、これ帰れるかなぁ」
目の前には獣道。
足を滑らせて変な道に落ちたせいか、マジでどこなのか分からない。
子供の俺はスマホなんて持ってないし、何より家にそんな便利道具なんてなくて。
「――詰んだ?」
こういう時は、下手に動かない方がいいだろうけど、変な道に落ちてしまったせいで帰り道が不明。木が鬱蒼と繁る先の見えない山の中、猪や鹿もいるって祖母ちゃんも言ってたし、今の武器では遭遇したら危ないだろう。
「ねぇ君、迷ったの?」
そんな時だった。
俺に向かって後ろから誰かが声をかけてきたのだ。
びっくりして、木刀を構えながら後ろを振り返ればそこには黒髪の女子がいた。
「……誰?」
道に迷ってこの場所には誰もこないと思っていたからか、急に現れた誰かに対して俺は冷たい態度を取ってしまった。だってこんな山奥に現れる人が普通な訳ないし。
だけど、彼女はそれを気にしていない様子で笑顔を浮かべながら、
「えっとね、神様かな?」
自分でも不思議そうにそんな事を言ってきた。
そんな事を言われ、子供ながらに痛い人だこの人には関わっちゃいけないと、そんな事を思う。
「反応ないと、私が変な人になっちゃうから何か言ってくれると嬉しいなー」
警戒する俺の前にいるのは、漆黒の角の生えた長い黒髪の少女。
彼岸の花が施された黒い着物に身を包む彼女は、どう考えても人ではない。
でも、妙な暖かさを感じるというか……不思議とさっき以上の警戒を覚えることができない。
「いや、自称神様は変なヒトだと思う」
ぼそりと呟いた一言に、彼女は項垂れた。
「そこまではっきり言わなくてもいいんじゃないかなー?」
「だって、変だし」
他に思うことといえば、痛い人。だけど流石にそれを言ったらさらに面倒くなりそうだったから口には出さないようにした。
「ねえ、君なんでここにいるの?」
ニコニコと笑いながら、そう聞いてくる彼女からは聞き出すまでどこにもいかないようなオーラを感じた。
「そういうアンタこそ何でこんな場所にいるんだよ」
「ふふ、何ででしょう? 当ててみてよ」
「……俺と同じ迷子」
こんな何もなくて。場所が分からない山の中にいるなんてそのぐらいしかないし、きっとこの人は同じ迷子なんだろうと、俺は勝手に決めつけた。
「私は迷子じゃないよ、だって神様だもん。神様は道に迷いません」
「すごいな神様」
方向音痴だと自分は思いたくないが、このなんの道導もない山の中で迷わないのは素直にすごい。もしかしたら本当に神様なのかもしれないと、俺はそう思った。
「君、騙されやすいって言われない?」
「騙してるのか?」
「その反応、信じてくれたってことでいい?」
「六割……くらい」
「思ったより信じられてるね私!」
そりゃあ。道に迷わないってすごいし。
そう思いながらも、俺が彼女を見ていると少し笑みを零して。
「それより、帰ろうか百鬼玲君。ここ夜になると危ないよ」
そう言って俺の名前を呼んで手を差し伸べてきた。
……なんで名前を知っているという疑問が湧くも、その考えはすぐに中断される。
なぜかと言えば、急に悪寒を感じ周囲に影のようなものが現れたからだ。人の形を成しかけては崩れる、手足が長すぎたり短すぎたりする不定形の影。
目がないのに、こちらを「見ている」気配だけがはっきりと伝わってくる。
「なに、これ」
声が裏返る。五歳の体だと、こういう時に情けないくらい震える。
前世の記憶ではずっと刀を振るっていた、けどこんなものは見たことなくて通じるかなんて分からない。
「……もう出てくるんだ、今日は早いね」
少女はぼそりと呟き、俺の前に一歩踏み出した。
黒い着物の裾が風もないのに揺れる。彼岸花の刺繍が、まるで本当に咲いているみたいに赤く見えた。
「君、後ろに下がってて。ここからは神様のお仕事」
「本気で神様とか言ってるのか?」
人ではないことは分かる、だけどあれはよくないモノだ。
異種族がいるのは知っているが、あれはそれには該当しないような化け物。意思を感じず、ただ暗い。
術や不思議な力があることは知ってるが……この子にそんな力があると思えない。
「さっき六割信じてくれたじゃん。今は八割にしてよ」
軽く言い放ったかと思うと、少女は右手を軽く上げた。
地面からあふれるのは黒い炎、黒という不吉さを感じる色なのにどこまでも清らかな気配を放つそれは、周囲の影を燃やし尽くし、こちらに感じる熱がないのに影を溶かす。
「帰れ。ここは、お前たちの場所じゃない」
声が低い。さっきまでの軽い調子が消えて、まるで地の底から響くようで。次々現れる影たちが一瞬、たじろいだけど……すぐにまた這い寄ってくる。
数が増えている。十、二十……もう数えられない。
「ちょっと、数が多いかもね」
影の視線は、神を名乗る少女ではなくどうしてか俺に向いているのがわかる。彼女の後ろにいる俺に伸びてくるのがわかるし、これは巻き込んだ感じだろう。
「逃げるよ、玲」
「……狙われてるの俺だよね」
「まぁ、そうだね――だから、はやく」
少女が俺の手をぎゅっと掴んだ瞬間、影がどっと押し寄せてきた。
黒い炎がまだ残っているのに、まるで潮のように隙間を埋めてくる。地面を這い、木を伝い、空中を泳ぐようにして、俺の方へ一直線だ。
「――走れ!」
そう言われて引っ張られるままに足を動かす。五歳の短い足では精一杯だった。木の根に何度もつまずきそうになるのを、彼女の力が無理矢理引き上げてくれる。
「なんで俺を狙うんだよ! 俺、何もしてないだろ!」
「答えてる暇ないから後で! とりあえず――ここ!」
急に右へ曲がると、斜面が切り立った崖みたいな場所に出た。少女は俺を軽く抱き上げ、そのままジャンプする。
「うおっ!?」
風を切る感覚。落ちるどころか、ふわりと宙に浮いた。着物の裾が広がって、まるで黒い翼みたいに見える。着地したのは崖の反対側の細い獣道だった。
「……飛べるのかよ神様」
「飛べるというより、落ちないだけ。神様特権」
軽く言いながらも、彼女の息が少し荒い。さっきまでの余裕が消えている。影は崖を回り込めないようで、しばらく遠吠えみたいな低い音を立てていたが、すぐに別のルートから再び近づいてきた。
「しつこい……」
少女が舌打ちして、また黒い炎を掌に集める。今度は炎が細長い槍の形になった。
「玲、耳塞いでて」
言われるがままに両手で耳を覆う。次の瞬間、槍が放たれて地響きがした。影の塊がいくつか弾けて消えるが、またすぐに新しい影が湧いてくる。
「これ、終わんないんじゃ……」
「普段は、私だけでも足りるんだけどね。今日は君がいるから」
彼女が俺を見つめる。黒い瞳の奥に、ほんの少し焦りが見えた。
「君、何か特別なことした? 転生とか、前世還りとか」
心臓が跳ねた。
どうしてそれを……?
「……なんで知ってる」
「さっきも言ったでしょ。神様だもん。だいたいのことは分かる」
嘘くさい説明だったけど、今は追及してる場合じゃない。影がまた迫ってくる。
「とにかく神社まで走る。奏がいれば大丈夫」
「祖母ちゃんが?」
「あの人、ただのおばあちゃんじゃないから。ほら、手離さないで」
再び手を握られ、全力で走り出す。夕暮れの山道はどんどん暗くなっていく。木々の隙間から差すオレンジの光が、影をより黒く際立たせていた。
途中、何度か影に足を掴まれそうになった。そのたびに少女が炎で焼き払い、俺を抱きかかえて飛んだり跳ねたりする。子供の体はすぐに息が上がる。
足がもつれて、もう走れないと思った瞬間――。
「着いた」
目の前に、見慣れた鳥居が現れた。朱色の柱が夕陽に照らされて赤く燃えているように見える。
「ここなら……」
少女が俺を下ろしたと同時に、鳥居の内側から白い光が迸った。影たちが一斉に悲鳴のような音を上げて、霧散する。まるで太陽に焼かれた氷みたいに、跡形もなく消えていき、周りには静寂が満ちる。
虫の声すら聞こえないくらい、急に静かになった。俺は膝をつき、大きく息を吸う。心臓がうるさいくらい鳴っている。五歳の体には、さっきの全力疾走が限界だったらしい。
「……助かった、のか?」
「うん。ここは百鬼の神社。結界が強いから、ああいうのは入れない」
少女は少し疲れた顔で、鳥居の柱に背中を預けた。黒髪が風に揺れる。角も、さっきまで光っていたのが今は普通の黒い角に戻っている。
「ありがとう……神、様?」
「どういたしまして、というか十割信じてくれるんだ」
「あれだけ助けてくれたし」
「それは、嬉しいな」
少し照れたみたいに目を細めて、彼女は笑った。さっきまでの神様っぽい威圧感が消えて、ただの少し年の離れたお姉さんみたいに見える。
「そうだ、今日のことは、奏にはまだ言わないでね」
「なんで?」
「心配させるし、色々面倒だから。私からちゃんと説明するから」
そう言いながら、彼女は俺の頭をぽんぽんと撫でた。温かい。祖母ちゃんとは違う、でも嫌じゃない感触。
「それと……また会おうね」
質問というより、確認みたいな声だった。俺は少し考えてから、頷いた。
「……うん、今度は迷子にならないで会いにいく」
「約束だよ? 次会った時は名前を教えるから」
彼女が小指を差し出す。子供みたいな仕草に、思わず笑ってしまった。
――「約束」と小指を絡める。
細い指だったけど、しっかりと俺の小指を掴んで離さなかった。そのとき、神社の方から慌てた足音が聞こえてきた。
「玲! どこにいたんですか!?」
祖母ちゃんの声だ。彼女は少し慌てたように手を離し、後ろに下がる。
「じゃあね。次はもっとちゃんと『友達』として会おう」
そう囁いて、彼女の姿がふっと霞んだ。次に瞬きをしたら、もうそこには誰もいなかった。花の様な香りだけが、わずかに残っている。
「玲! ああ、よかった……どこに行ってたんですか! 心配したんですよ!」
駆け寄ってきた祖母ちゃんが、また力いっぱい抱きしめてくる。今日は少し控えめだったけど、それでも肋骨が軋む。
「ごめん、山でちょっと迷って……」
「一人で山に入らないって約束したでしょう? 早く家に入りますよ」
祖母ちゃんに手を引かれながら、俺は鳥居の方を振り返った。
もう誰もいない。でも、胸の奥が少し熱い。「独りで死にたくない」そのための最初の一歩が、今日、踏み出せた気がした。
変な自称神様と、影に追われて、走って、約束して……これが、友達の作り方なのかどうかはまだ分からないけど――でも、それは悪くない気がして。
「祖母ちゃん、今日の夕飯なに?」
「今日は鳥の照り焼きです、美味しくできましたよ」
「やった」
普通の会話が、妙に嬉しい。
手を繋いだまま参道を歩く。夕陽が沈みかけて、空が紫色に変わっていく。山の奥で、かすかに彼女の香りがした気がした。