ボッチを極めた刀の修羅は異種族だらけの現代で友達百人作りたい! 作:モンジョワ〜
一晩空けて、俺は朝から神社の鳥居の前に座っていた。
「来ないな」
――膝を抱えて、山の方をじっと見つめる。昨日の約束が、頭の中で何度も繰り返される。
『また会おう』
『次会った時は名前を教えるから』
『次はもっとちゃんと『友達』として』
あの黒くて、彼岸花の着物を着た自称神様。
名前も知らないまま、小指を絡めて約束した。前世で、誰かと「また会おう」なんて言った記憶はない。だって、誰も俺についてこれなかったから。
気づけば一人になって、どこまでも置いていったのを知っているから。
だからこそ、この約束が妙に重い。守られるのかどうかも分からないのに、守りたいと思ってしまう自分がいた。
「玲、今日も外にいるんですか?」
後ろから声がして、振り返ると祖母ちゃんが立っていた。いつもの黒い着物に、今日は白いエプロンを重ねている。朝の掃除の途中らしい。
「うん……ちょっと待ってる」
「お友達?」
一瞬、言葉に詰まった。
まだ名前も知らない相手を、友達と呼んでいいのか分からないから。
「……なる、予定」
そう答えると、祖母ちゃんの赤い瞳が少し細くなった。
何かを言いたそうな顔をして、でも結局は優しく微笑む。
「なら、あまり遅くまでいないでくださいね」
「分かってる」
祖母ちゃんはそれ以上聞かず、本殿の方へ戻っていった。
背中が少しだけ強張っていた気がしたけど、気のせいだと思うことにした。
昼過ぎ。結局、午前中はずっと空振りだった。
境内をぐるぐる歩いたり、山の入り口まで行ったりを繰り返して、お腹が空いて一旦家に戻る。昼ごはんを食べて、また鳥居の前に戻ってきた頃には、空がオレンジに色づき始めていた。
「本当に来るのかな」
そうやって俺がぼやいた瞬間だった。
「待たせたね」
「うおっ!?」
突然、真横から声がして跳ねるように立ち上がると、そこに彼女が立っていた。黒い角、長い黒髪、彼岸花の着物。昨日と全く同じ姿。
「びっくりさせないでくれ」
「ふふ、ごめんごめん。仕事がちょっと長引いちゃって」
彼女は悪びれもせずに笑い、俺の隣にちょこんと座った。
近くで見ると、やっぱり普通の人間じゃない雰囲気が強い。でも、不思議と怖い感じはしない。
「で? 約束、覚えてる?」
「覚えてるに決まってるだろ」
俺は真っ直ぐに彼女を見た。
少しの不安、だけど彼女を信じるためにも自分から言葉を出す。
「――名前、教えてくれって言ったよな」
「うん。教えるよ」
彼女は少しだけ視線を逸らし、それから小さな声で言った。
「私はね、カグヤ。気軽にカグヤちゃんとでも呼んでよ」
「えっと、カグヤ……でいいか?」
「本当はちゃん付けがいいけど。まぁいっか、これで正式に友達ね、玲」
カグヤは嬉しそうに目を細め、また小指を差し出してきた。昨日と同じ仕草。
「……友達って、そんな簡単になれるのか?」
「なれるよ。だって、約束したもん」
あっさり言われて、俺は小指を絡めた。細い指の感触が、温かい。
「じゃあ、友達なら一緒に遊ぶでしょ?」
彼女が立ち上がり、俺の手を引いた。
「遊ぶ? 何を」
「なんでもいいよ。玲がやりたいこと」
「……分からない」
正直に答えると、カグヤは一瞬きょとんとして、それからにっこり笑った。
「じゃあ、私が決めちゃうね」
連れて行かれたのは、神社の裏手にある小さな広場だった。木々に囲まれていて、地面は落ち葉で柔らかく、石がいくつか転がっている。
「よしまずは石蹴り!」
彼女が得意げに石を蹴る。石が転がり、綺麗に次の石に当たる。
「ほら、玲もやってみて!」
俺は見様見真似で石を蹴った。当然、全然思うように飛ぶわけもなく。方向も力もバラバラで。
「ふふ、めっちゃ下手だね!」
「初めての五歳に言いすぎじゃないか?」
「前世があるならもうちょっとうまくてもいいと思うけど?」
「刀は振れても石蹴りは知らねぇよ!」
ムキになって言い合いながら、何度も石を蹴った。失敗しては笑い、成功しては「すごいすごい」と過剰に褒める。
ただそれだけの時間が、妙に楽しかった。次は鬼ごっこ。カグヤが鬼になって、俺を追いかける。五歳の足では絶対に逃げ切れないのに、わざと遅く走ったり、木の陰で待ったりしてくれた。
「捕まえた!」
背後から抱きつかれて、俺はバランスを崩して落ち葉の上に倒れた。カグヤも一緒に倒れ込み、二人で空を見上げる。
「……なんか、変な感じ」
「何が?」
「ただ一緒にいるだけで、こんなに……普通でいいのかなって」
前世では、誰かとこうして無駄な時間を過ごした記憶がない。刀の稽古か、一人で本を読むか。それ以外は空白だった。
「うん、普通が一番いいんだよ、友達って」
カグヤが横顔でそう言った。夕陽が彼女の黒髪を赤く照らした――その時だった。
「……また来た」
そうさっきまでのカグヤとは思えないくらいに声が低くなる。
俺が起き上がると、広場の外側に小さな影が二つ、ゆらゆらと揺れていた。二日前のとは比べ物にならないくらい小さい。でも、はっきりと俺の方を向いている。
「ほんと……執念深いな」
立ち上がり、黒い炎を掌に灯す。炎が影に触れた瞬間、影は音もなく消えた。
「どうして、俺だけなんだ」
俺は本気で聞いた。
「なぁカグヤ。どうしてあいつらは俺を狙う」
カグヤは少し黙ってから、俺の目を見て言った。
「君の『前』が、まだこの世界に残ってるから」
「前……?」
「前世の、何か。詳しくは……まだ言えない。奏に怒られるし」
カグヤは苦笑してから、安心させるためか俺の頭をぽんぽんと撫でてくる。近づいてくれたからか、香ってくる優しい様な甘い香りを近くに感じる。
「でも、約束は守ってね。今日のことは、奏には内緒」
「分かった」
「ありがとう。友達の秘密、ってやつね」
彼女が少し照れたように笑う。俺は何となく、頷いた。日が沈む前に、カグヤは「今日はここまで」と告げた。
「また来るから。次はもっと面白い遊び、考えとくね。町にも連れてってあげる」
「町?」
「うん。玲、まだちゃんと遊んだことないでしょ? 異種族の子供たちが集まる公園とか、面白いよ」
「だからまた遊ぼうね」続けるようにそう言って、ふっと霞んだ。バニラを感じる香りだけが、広場に残る。そのまま家に帰ると、祖母ちゃんが縁側で待っていた。
「楽しかったですか?」
「……うん」
それ以上は言わなかった。秘密を共有する、という感覚がまだ新しい。夕飯は簡単な煮物とご飯。祖母ちゃんは俺の様子を気にしつつも、深くは聞かない。
食後、自室の布団に入る。天井を見つめながら、今日のことを思い返す。名前を知った。一緒に遊んだ。秘密を持った。次は町に行く約束までした。
「これが、友達なのか」
まだ分からない。でも、胸の奥が前より少し温かい。独りで死にたくない。そのために始めたことが、少しだけ形になった気がした。
その夜、俺は夢を見た。前世の、最後の場面だ。白い天井。誰もいない部屋。息が徐々に浅くなっていく感覚。誰かに手を握ってほしかったのに、誰も来なかった――目が覚めると、枕が少し濡れていた。
「……今度は、違う」