ボッチを極めた刀の修羅は異種族だらけの現代で友達百人作りたい! 作:モンジョワ〜
遊んだ子供たちを別れた夕暮れ時、夜の寒さを感じながら俺とカグヤは神社の参道前まで帰って来ていた。
「じゃあ今日はここまで――奏が心配する前に帰ってね」
「そうする」
そう言えば、カグヤがえへへと笑ってから俺の頭を撫でてくる。
体温の低い彼女だけど、そうされるとなぜか暖かい。
「また来るよ。約束」
「うん約束」
彼女が小指を差し出してきたから、俺も絡めた。細い指が、ぎゅっと俺の小指を握り返す。
まだ数回だけど、慣れた仕草。数秒握って、放せばそこには笑顔の彼女がいて。
「よし、じゃあねまたね玲」
カグヤの姿がふっと霞む。いつもの優しいの香りだけが、夜風に溶けて消えた。それを見送った俺は一人で参道を歩く。
電灯の下で風で落ち葉がかさかさと鳴る。山の奥からは、まだ微かに「影」の気配がする。でも、鳥居をくぐった瞬間にそれはぴたりと止まって。
「やっぱり、結界があるのか」
家の縁側では、祖母ちゃんが待っていた。
いつもとは違う着物姿で座る彼女は、俺を見るなり微笑んで。
「玲、遅かったですね」
「ごめん。ちょっと遠くまで」
赤い瞳が、俺をじっと見つめる。魂を見透かすような、鋭いけど優しい目……それに勝手に抜け出している罪悪感を覚えてしまうけど。
「手が、冷たいですよ」
責めるわけでもなく、近づいてきた祖母ちゃんが俺の手を両手で包み暖かさを感じる。前世で誰にも触れられなかった手が、今はこうやって温められている。
「夕飯温め直しますから。手を洗ってきてください」
「うん」
一緒に入った居間の机には、俺の好きなおかずが並んでいた。焼き魚と、卵焼きと、漬物に味噌汁。
「いただきます」
箸を動かしながら、今日のことを思い返す。公園で走ったこと。ボールを取ったこと。コタロウが「レイ!」と呼んだこと。カグヤが「友達だよ」と言ったこと。前世では、一日が終わっても何も残らなかった。今日は、ちゃんと何かが残っている。
「玲。何か、ありましたか?」
「……え?」
祖母ちゃんが静かに聞いてきて、反射的にだけどそんな風に返してしまった。
「とてもいい顔していたので気になったんです」
「……友達と、遊んで。楽しかった」
それだけ言って、俺はご飯を頬張る。秘密は守れ、とはカグヤに言われた。でも、嘘はつけなかったから。
「それなら、よかったですね」
祖母ちゃんはそれ以上聞かず、微笑むだけだった。
夜、いつもの様に布団に入る。天井の木目を見つめながら、今日の汗の匂いがまだ体に残っていることに気づく。皆と遊んで、泥だらけになって、転んで、笑って――前世の稽古で流した汗とは、明らかに違う。
「……友達、かぁ」
まだ信じられない。でも、胸の奥が少し温かい。その夜、夢は見なかった。翌朝の目が覚めると、いつもの様にまな板からの音が聞こえる。
「おはよう祖母ちゃん」
「おはよう、玲。今日は天気がいいですよ」
窓の外は、晴れ渡った秋空。紅葉がさらに色を濃くしている。
そういえば、記憶が戻ってから木刀を振ってないなと……そんな事を思った。
「俺、ちょっと広場に行ってくる」
「はーい、遠くへは行かないでくださいね」
「わかってる」
木刀を一本、こっそり持って外に出る。
昨日の夜から、体がうずうずしていた。前世の記憶が蘇ってから、刀を握らない時間が長くて落ち着かない。裏手の広場まで歩き、誰もいないのを確認してから、木刀を構える。
「……っ」
五歳の体は、思ったより重い。重心が低くて、腕の力が足りない。でも、軌道だけは体が覚えているから。振り下ろせば、風を切る音がする。
もう一度、また一度、その動きを繰り返す。
「ふぅ……」
息が上がる。子供の肺活量じゃ、すぐ限界が来る。
でも、なんでだろうか……記憶とは違ったように感じて、少し清々しい。
「なかなか、様になってるね」
後ろから声がした。振り返ると、木の枝に腰掛けたカグヤが、足をぶらぶらさせていた。
「……いつから」
「えっと、さっきから。玲、朝から本気だね」
トン、と音もなく着地する。
「木刀、貸して」
俺が渡すと、彼女は軽く構えた。
思わず見惚れるほどのとても綺麗な構え、その姿勢で言葉を投げかけてくる。
「前世の君、どんな刀を振ってたの?」
「……普通の日本刀。特別なもんじゃない」
「でも、体が覚えてる」
カグヤが一度だけ木刀を振るえば、音もなく空気が裂けた。
「すごいな」
「神様特権、その三……うそ、冗談。ただの真似っこだよ」
悪戯が成功した様な子供の様に笑って、そのまま彼女は木刀を返してくれる。やっぱりすごいんだな神様ってと、彼女のすごさを再確認した。
「で? なんで朝から一人で振ってるの」
「……落ち着かない。刀を握ってないと、なんか変な感じがする」
「前世の癖?」
「たぶん」
カグヤは少し黙ってから、俺の隣に座った。
そして少し深刻そうな顔をしたかと思えば、ぽつりと。
「玲。昨日の影、また来てたよ。帰り道」
「……知ってる。気配がした」
「君の『前』が、まだ完全に消えてない。だから、ああいうのが寄ってくる」
俺は木刀を握り直す。
……効くかは分からないけど、あれが祖母ちゃんやほかの誰かに危害を加えるなら、何かしないといけないから。
「どうすればいい」
「まだ、わからない。奏にもちゃんと話さないといけないけど……今は君が普通に笑えてる方が大事だから」
カグヤが安心させようとしてか、笑いかけて頭を撫でてくる。
「今日も町に行く? コタロウたち、待ってると思うよ」
「……行く」
昨日、コタロウが「また明日な!」と手を振った顔が浮かぶ。あの無邪気な笑顔を、無下にしたくなかった。
「うんじゃあ、行こっか」
カグヤが手を差し出してくれたから、それを俺は握る。認識阻害がかかると、周囲の景色が少しぼやけたように感じる。言うなれば誰からも気にされなくなる、という感覚だろう。
山を下って町へ向かって着くのは、昨日と同じ公園。
すでにコタロウたちがいて、俺を見て満面の笑みを浮かべてくれた。
「お、レイ! 来た来た!」
犬耳の男の子が尻尾を振って駆け寄ってくる。後ろには、猫又の女の子と鴉の羽の生えた男の子。
「今日も遊ぼうぜ!」
「……ああ」
俺は木刀をカグヤに預けて、広場に入る。ボール遊びが始まった。今度は、昨日より少しだけ動きが滑らかだった。前世の感覚が、五歳の体に少しずつ馴染んできているように感じる。
「レイ、うまいな! どうやったらそんなに早く動けるんだ?」
「……ただの素振りの癖」
「素振り? 刀とか?」
「うん」
「かっこいい! 今度見せてよ!」
「……いいよ」
その一言が、自然に出た。前世なら「一人でやるもんだ」と答えていただろう。でも今は、違う。鬼ごっこが始まって、羽の生えた男の子が空中を飛び、猫又の子が地面を這うように走る。
俺は皆から必死に逃げて、身体能力の差ですぐ息が上がる。集中しすぎて、転んでしまえば誰かが手を貸してくれる。
「大丈夫? レイ」
「……ありがとう」
手の感触が、温かい。夕方のチャイムが鳴るまで、俺は泥だらけになって遊んだ。
「あ、そろそろ帰らないと。玲も早くしないと危ないぞ」
「危ないって?」
「この町、影が多いから連れてかれちゃうんだ」
ここ数日の俺を狙う影のこと、コタロウ達が知っているかと思い聞こうと思ったけど。その前に、みんなは走って公園から出てしまい。
「また明日な!」
「……うん、わかった」
手を振って見送る。カグヤがベンチから立ち上がり、俺の隣に来る。顔を見上げれば、とても笑顔でむず痒くて。
「今日も、楽しそうだった」
「……ああ」
帰り道。沈む夕日が長い影を作る。
だけどその影は一つだけ、俺のしかなくてやっぱり彼女が普通じゃないことを物語っている。
「そのさ、カグヤ」
「ん?」
「俺の『前』って、何なんだ。影が寄ってくる理由」
カグヤは少し黙った。黒い瞳が、俺をじっと見る。
「……まだ、全部は言えない。奏に怒られるし」
「でも、友達だろ」
「うん。だから、少しだけ」
彼女が俺の隣に座る。落ち葉がかさかさと鳴る。
「君の前世。……あの世界には、異種族はいなかった。でも、君が振っていた刀には、特別な『何か』が染みついていた」
「何か?」
「魂の残り香、みたいなもの。君が死んだとき、それが完全に消えなかった。この世界に流れ着いて、君の体に再び宿った」
俺は手のひらを見る。柔らかい、五歳の手。
「だから、影が寄ってくるのか」
「ああいう穢れは、強い『残り香』に反応する。君の前世が、まだ完全に終わっていないから」
カグヤが俺の頭をぽん、と撫でる。
「でも焦らなくていい。君が普通に笑えてる方が、よっぽど大事だから」
「……ありがと」
神社の鳥居が見えてきて、いつも通りの別れの時間がやってきた。
「じゃあ、今日はここまで。奏にバレる前に」
「うん。また来るよな」
「約束だからね」
小指を絡めれば、少ししてカグヤの姿が消えたので、それを見送って。俺は家に向かう。家に辿り着けば、縁側で祖母ちゃんが待っていた。
「今日も泥だらけですね」
「ごめん」
「ふふ。お風呂入ってから、夕飯にしましょう」
手を引かれて暖かさを感じる。真夜中の布団の中で、今日の一日を思い返す。木刀を振ったこと。コタロウと笑ったこと。カグヤが話してくれたこと。
窓の外、山の中にはきっとあの影達が沢山いるんだろう。明日も、きっと何かが起きる。でも、怖くない。だって、もう一人じゃないから。