青春の裏側より愛を込めて 作:なまなまな
それは、お昼頃のこと。
火薬の臭いと、
数ヶ月、音沙汰がなくて、
もう死んだと思っていた親友からのメッセージだった。
【久しぶりー】
「……あ、……ぇ?」
言葉が出なかった。
な、なにを……なんて喋ればいいか、よく分からなかった。
だからとりあえず、親友の声を聞くことだけに注力した。
【返信がないってことは驚いてるねw】
【まーいいや。これだけ伝えようと思ってさ】
【うち、アンタの前から消えちゃったじゃん?】
【実は好きな人が出来ちゃってさ~、はっはは~】
【じゃ~ね~】
終わり。
それだけだった。
好きな人…………………………………………
………好きな人………………
…………………………………………………………あいつに。
………………………あいつに?…………………
たぶん、文章で表すなら、これくらいは思考停止していただろう。
えっと……。
駆け落ちって言うんだっけ……こういうの……。
部下からの「風紀委員会が……」とか。
スケバンの「今日こそ決着つけんぞコレェイ!!」とか。
なんかすごい、周りは騒がしいけど。
私だけ、時間が止まったかのように妙に静かだった。
そして。
アイツからの報告を、ようやく吉報だと理解した私は――
「………」
「り、リーダー?」
「……ぶえぇ……」
「リーダー?!!」
大粒の涙を、ボロボロと流した。
それが、争いが一時休戦となる合図となったのだった。
◇◇◇
とりあえず、一時休戦。
カチコミにやってきたのに気まずくさせちゃったスケバンに軽く謝りつつ、涙の理由を打ち明けた。
「…は?…つまり、友達から連絡が来たと思ったら、好きな人ができたって言われて泣いた、と」
「うん」
「…………」
「…………グスッ…ズビ…」
「…………泣くところか?」
「泣くところだよぉ……」
「そうかよ」
スケバンは、それ以上なにも言わなかった。
たぶん、理解していない。
それでいい。
私だって、上手く説明できない。
アイツは、私の右腕だった。
仕事を任せれば、私より先に終わらせる。
面倒事を押し付ければ、文句を言いながら片付ける。
私が無茶をすれば怒る。
私が怒れば一緒に怒る。
私が笑えば一緒に笑う。
「なんだ?抗争を萎えさせて終わらせた次は惚気か?」
「ちがう…失恋したの!」
いつから一緒だったのか。
どうして一緒にいるようになったのか。
私は、もう覚えていない。
…たぶん、
大した理由なんて、なかったのだと思う。
小学生の頃。
帰り道が同じだった。
同じアイスを食べた
それだけだったのかもしれない。
一緒に帰るようになった。
必ず二人で駄菓子屋に寄るようになった。
くだらないことで喧嘩するようになった。
次の日には、何事もなかったように隣を歩いていた。
気が付けば、親友と呼ぶようになっていた。
……そんなものだ。
人が誰かを好きになる理由なんて。
(……そういえば)
私は財布を取り出した。
「……ミサンガ?」
「そう」
少し色褪せた糸の束。
もう何年も前に編まれたものだ。
小学生の頃に、アイツが唐突に言った。
『うち、最強になる!』
って言葉。
何をもって最強なのか
何と戦うつもりなのか
どうして最強になりたいのか。
そんなことは、聞かなかった。
だって、ただただ、面白そうだったから。
感化された私も一緒になって、二人でミサンガを編んだ。
『知ってる?
最強になったら、これ切れるんだよ?』
『じゃあ、ずっと着けてなきゃね』
『あったりまえじゃん!』
そんな約束だった。
……もう、何年も経っている。
本人は、とっくに忘れているだろう。
でも私は、財布の中に入れていた。
ずっと、いつまでも
理由は、特にない。
ただ。
捨てられなかった。
「ふふっ…本当に懐かしい」
「甘酸っぱいな…」
「らしくないでしょ?こんなんがブラックマーケットでヘルメット団やってんだから」
「リーダー…かっけえっす」
「【青春】ってやつですね」
「そうかな…そうかも」
そう思うと、また、泣いてしまいそう…
ツンと鼻が刺激されて、再び分かる。
私、失恋しちゃったんだ…
◇◇◇
その日の抗争は、結局それ以上大きくなることはなかった。
「気分が乗らねえ…帰るわ。また聞かせろよ。」
スケバンたちは引き上げ。
ヘルメット団も撤収。
私たちも、抗争後に予定していたカチコミを取りやめた。
そして、夜。
その日の夜は、すごい静かな夜だった。
ぽっかり開いた私の心のように、やけに静かだった。
「…………」
一人になった私は、もう一度スマホを取り出した。
アイツの番号。
何度も見た。
何度も迷った。
【好きな人が出来た】って言われた時からかけ直したかった。
(……電話してみようかな。)
たぶん、繋がらない。
そう思っていた。
それでも、電話をかけた。
――――――。
長い。
やけに長い。
「…………」
呼び出し音が、暗い部屋に響く。
もしかしたら…
もしかしたら、出るかもしれない。
『………もしもし?』
『どうしたのいきなり?寂しかった感じ?』
そんな声が聞こえるかもしれない。
『なに、泣いてんの?』
そう言って、笑うかもしれない。
私は、そんなことを考えていた。
――――――。
出ない。
電話を切った。
しばらくして、またかけた。
出ない。
もう一度。
出ない。
何度も。
何度も。
何度も。
「………会いたいよ」
結局、その日は繋がらなかった。
◇◇◇
それから、数日が経った。
数週間が経った。
アイツからの連絡は、一度もなかった。
私は時々、電話をかけた。
でも、いつも同じだった。
呼び出し音が鳴る。
誰も出ない。
それだけ。
私は、少しずつ電話をかけなくなった。
別に、諦めたわけじゃない。
……たぶん、まだ諦めていない。
◇◇◇
その夜。
私は、最後にもう一度だけ電話をかけた。
どうせ繋がらない。
そう思っていた。
――――――。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません――』
「………?」
背筋に悪寒が走った
……違う。
今までとは、違う。
呼び出し音が鳴らない。
長くもない。
すぐだった。
「…………そう」
私は、スマホを耳から離した。
「…………そっか」
それだけだった。
財布から、ミサンガを取り出した。
色褪せた糸を、指でなぞる。
『うち、最強になる!』
……馬鹿。
そんなの。
もう忘れてるくせに。
「……好きな人、できたんだって?」
誰もいない部屋で、私は呟いた。
返事はない。
「……よかったね」
返事は、ない。
「……ほんとに、よかった」
少しだけ、笑った。
それから。
「……幸せになってね」
最後まで、返事はなかった。
私は、ミサンガを財布に戻した。
たぶん。
これから先も、捨てることはないのだろう。
理由は、やっぱり分からない。
ただ。
私が覚えていたかった。
それだけだった。
◇◇◇
ある夏の時期にですね
風紀委員会でも手をやいていたブラックマーケットの一部地域からヘルメット団が忽然と姿を消したらしいです。
名前は…なんでしたっけ
確かそこのヘルメット団は、二人の強者がいたらしく…
最強を目指して、文字通りヘルメット団の中では最強の一角だったらしいのですが…
なぜ忽然と姿を…?
後にそこを治めることになったスケバンは、ヘルメット団について私にこう言った。
「闇に飲まれたんじゃねぇか」
私は、その言葉を否定しなかった。
ゲマトリアとしての私なら、いくつもの可能性を考えられた。
彼女がどこへ行ったのか。
何をしていたのか。
お強いらしいので、どんな連中に喧嘩を売ってたのか。
……そして。
どうして、スマホが壊れたのか。
私は、推測することができる。
ですが、推測したところで、答えは出ない。
だから私は、それ以上考えないことにした。
それと少し残念だと思ったことが一つ…
あの時視界に映った彼女のミサンガは、切れていませんでした。
つまり、まだ最強にはなれていない、ということでしょうか。
ですが、そもそも死んでいないとも考えられますし…
まだ最強になっていないだけなら、何をもって最強とするのか…
失礼、少し度が過ぎた妄想が出てしまいました。
……これは、私の推測です。
何しろ私は、エゴと推測にまみれていますから。
愛されていた彼女が今どこにいるのか。
本当に好きな人ができたのか。
今もどこかで生きているのか。
なぜ消えたのか。
私は推測ができるだけでして、真実は分かりません。
ですが一つだけ。
これだけは確実だと思うことが一つ。
あの日の電話を、好きな人が出来たという報告。
それがもし本当だったのなら、それは紛れもなく吉報だったと思っています。
親友が生きていたこと。
好きな人ができたこと。
そして。
私の知らないところで、私の知らない青春を歩いていたこと。
それだけは。
「どうか、幸せでありますように。」
ただ一緒に帰った。
一緒に笑った。
一緒に喧嘩した。
いつの間にか、大切になっていた。
そして、離れていった
どこにでもあるような、誰にも語られなかった青春の一つでした。