青春の裏側より愛を込めて 作:なまなまな
「…さて」
【青春】について調べる、と一口に言っても。
これがなかなか難しい。
そもそも【青春】とは何なのでしょう。
前回は、親友との別れという出来事を通して、いくらか理解できたような気がしました。
ですが、あれはあまりにも特殊な例です。
別れ
友情
愛情
喪失
人生で二度も経験することのない出来事
……あのような大きな出来事ばかりを追いかけていては、【青春】そのものを見誤ってしまう気がします。
もっと日常的なもの。
もっとくだらないもの。
もっと、誰も気に留めないようなもの。
そういうものの中にこそ、【青春】があるのではないでしょうか。
そう考えた私は、歩きながら考えていました。
柄にもなく、デスクワークで画面と睨めっこもせず、
宙に絵を描くように、理論を展開していく。
「…………ふむん…
【青春】とは何なのか。
どうすれば観測できるのか。
何を記録すればいいのか。
どんな条件が必要なのか。
そもそも研究対象として定義するなら――……あ」
足元に、段差がありました。
ぐらり
「うにゅっ………」
べしゃり
転びました。
それも顔面から。
ブラックマーケットでもなければ、抗争の最中でもありません。
ただの道端で、何の変哲もないところで、私は転びました。
「…………」
しばらく、そのまま地面に倒れていました。
転ける瞬間に手もつけられず倒れましたので、転けた際の物理エネルギーがそのまま体全体に…
痛いです、結構痛い。
ですが、ふと思いました。
「……これも、【青春】なのでは?」
ふふっ…何を言っているのでしょう、私は。
しかし、考えてみてください。
青春といえば、青春真っ盛りの学生が。
何かに悩み、躓き、そして立ち上がり、また歩き出す。
そういうものではありませんか。
ならば。
「……なるほど」
私は地面に頬をつけたまま、頷きました。
「ふむん…これもまた、【青春】の一種、なのかもしれません。」
断定はしません。あくまで推測です。
少なくとも、【青春】について考えながら転んだという意味では、なかなか貴重な資料でしたね。
「……記録しておきましょう」
モゾモゾと手首を動かして、スマホを取り出そうとして、やめました。地面が汚いので。
(頭の中で記録しておきましょう。)
そんなことをしているうちに。
「…………ねえ」
声がしました。
「…………」
聞こえないふりをしました。
「ねえって」
「…………」
「大丈夫?」
「…………」
「やっぱ死んでる?」
「……生きています」
「うわっ生きてた!」
顔を上げると、数人のゲヘナの生徒が私を覗き込んでいました。
制服
角
尻尾
獣人の特徴
そしていかにもゲヘナらしい、少しだけ物騒な雰囲気。
「……何してんの?」
「転びました」
「それは見れば分かるけど……」
「【青春】について考えていました」
「…………?」
「…………?」
「……大丈夫?」
「先ほどからその質問をよくされますね」
「いや、だって……」
彼女達は困ったように笑いました。
「普通、転んだらすぐ立つでしょ」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
なるほど…知りませんでした。
「ところで、あなたたちは何を?」
「私たち? 遊びに行くところ」
「遊び……」
その言葉に、私は少し考えました。
遊び。
研究ではないし仕事でもない。
何かを知るためでもない。
ただ、遊ぶ。それだけ。
意味もないし価値もない…
けれど…なぜか今回は、その言葉が誘惑してくる。
「……何をするんですか?」
「え?」
「遊ぶというのは、具体的には」
「具体的にって……」
彼女たちは顔を見合わせました。
そして。
「プリクラ撮りに行くけど」
「………プリ…クラ?」
「…え、知らないの!?」
「え、知らないマジ!?」
「田舎の学生なのかな」
どうやら、私は知らなかったようです。
少し屈辱を感じました。
◇◇◇
プリクラとは。
簡単に言えば、写真を撮る機械らしいです。
ただし、普通の写真とは違う。
撮影した写真に、文字を書いたり。
絵を描いたり。
装飾をしたり。
顔を加工したり。
そして、それを複数人で共有する。
「…ふむん…なるほど」
私は説明を聞きながら頷きました。
「つまり、写真を撮ることそのものよりも、複数人で撮影することに意味があると」
「そうそう!」
「そして、撮影した写真を装飾することで、その日の記録として保存する」
「そうそう!」
「合理性がありませんね」
「なんで!?」
「写真ならスマートフォンで十分でしょう。デコレーションも加工も、スマホでできます。
最近はAIも発達していますし、プロンプト次第では様々な---」
「そういうことじゃなーーい!!!」
「では、何なのでしょう?」
「だ〜か〜ら――」
彼女は少し考えて。
「……みんなで撮るから楽しいの」
「………楽しい…」
「そう!楽しい!!
それに、今日一緒に遊んだっていう思い出になるし」
「…………」
思い出。
その言葉が、少しだけ引っかかりました。
「……興味があります」
「ほんと?」
「はい」
【青春】の研究対象として。
そう言おうとして、やめました。
わたしは、自身が変人なのを知っています。
経験則ですが、研究対象という言葉は会話に使うには相応しくないと思っています。
周りに合わせる。これもまた青春を知る上で必要なこと。
「……私も、一緒に行っていいですか?」
「もちろん!」
◇◇◇
そうして私は、プリクラというものを初めて体験しました。
「はい、笑って!」
「笑っています」
「それ笑ってない!」
「これ以上は難しいです」
「もっと顔寄せて!」
「近いです」
「もっと!」
「これ以上は接触になりますが」
「いいから!」
「…………」
撮影。
次。
「はい、ピース!」
「ピース……」
「違う違う!こういう時はギャルピだよ!」
「…ギャルピ?」
「こう!」
「……こうですか?」
「そう!」
撮影。
次。
「ここに落書きしよ!」
「何を書けば?」
「なんでもいいよ!」
「なんでも……」
私はペンを持って。
少し考えて。
『観測記録:ゲヘナ生徒との交流』
と書きました。
「なんで研究レポートみたいになってんの!?」
「違いましたか?」
「違うよ!」
「では……」
私は書き直しました。
『楽しい』
「…………」
「…………」
「……ちょっと可愛いじゃん」
「そうですか?」
「うん」
「そうですか……」
自分ではよく分かりませんでした。
ですが、少しだけ…
悪くない気がしました。
◇◇◇
さて、
撮影が終わりました。
機械から、何枚もの小さな写真が出てきます。
「はい、あなたの分!」
「私のですか?」
「うん。一緒に撮ったんだから」
「でもわたしは一度も」
「いいから!」
「………」
私はそれを受け取りました。
小さな写真。
そこには。
私と、今日初めて会った彼女たちが写っていました。
みんな笑っています。
私も。
今までで一番笑っていました。
わたしもこんな顔…出来たんですね。表情筋なんてとっくに死んでいると思っていました。
「じゃ、またね!」
「はい」
「また遊ぼうね!」
「……はい」
彼女たちは去っていきました。
私は、その場に残りました。
手元に、一枚のプリクラをのこして
◇◇◇
帰宅後。
私は、プリクラの写真を机の上に置きました。
「…………」
改めて見ても。
写真としての価値は、そう高くありません。
画質も良くないですし、装飾も過剰。
情報量が多過ぎます。
研究資料として見れば、正直、価値はほとんどないでしょう。
「価値はない…」
だから
だからこそ
「…………」
私は、それを財布に入れました。
なぜだと思いますか?
理由は、特にありません。
別に、必要なものではありません。
捨てても困りません。
スマートフォンにも写真は残っています。
…
それでも…捨てられませんでした。
捨てようなんて気持ちが、ありませんでした。
「…………」
財布にしまって、閉じる。
その時、とある情景と重なりました。
あの時、ヘルメット団の長が持っていた、
財布の中に入っていた、色褪せた一本のミサンガ。
あれも、特に持っている理由はありませんでした。
これも、同様に理由はありません
小さな写真。
たった一日の記録。
忘れたって気にしないような、出来事。
「…………」
私は財布を開いて、ーもう一度取り出しました。
今日会ったばかりの人たち。
今日初めて遊んだこと。
今日初めて知ったこと。
どれも明日になれば、泡沫のように
ぱっとすべてを忘れてしまうかもしれない。
それでも、私はこれを捨てなかった。
いえ、だからこそ私はこれを捨てられなかったのかもしれません。
忘れたくないから…忘れてはいけないと思ったから。
「……これも」
少し考えたあと、私は小さく呟きました。
「これも、【青春】なのでしょうか」
もちろん答えはありません。
これもまた、私の推測です。
何しろ私は――
エゴと推測にまみれていますから。
さて、書き記すこともないでしょうけれど、
後日、とある苦痛にわたしは悩まされてしまいました。
「〜〜っ…、うぬうぅ」
口角が、悲鳴をあげている…
笑顔を作り過ぎて、表情筋が筋肉痛を起こしてしまいました。
「この痛みも…【青春】でしょうか…」