とりあえずカナメと恵比寿、私が最初に教わることになった。
「じゃあまあ、基本的な格闘技術はこれで教えるよ」
神代が手を差し出してくる。ああ、触れればわかるあれだね。
「ああ、触って情報共有するやつだね」
「そういうこと。情報酔いしないように手加減するさ」
おお、頭がすっきりするいつもの感覚だ。
ふうん、神代にとって世界は流れと勢いなのか。抽象的で風の流れに近い感じだ。
うおっ、体の動かし方から基本の型が入ってくる!
はえー、空手とか柔道とかこうやるのか。
神代は人間の格闘技をベースに戦闘術を組み立ててるんだね。
「……へえ、君から見て世界はコンピュータみたいなんだね」
「ああ、やっぱりそうなってるんだね。一番最初に触れた依織もそうだったからそれはそうなるよ」
「それにしても君、情報量と深度が段違いだね。ここまで渡せる相手はそんなにいないよ」
「そうなのかな?」
やっぱり最初のほうに触れた相手の質がよかったのかもね。
依織と道明寺さんは今まで触れた中でもすごく世界への解像度と情報量が多かったし。
……ちょっと誇らしいね。
「僕も初めて見るレベルかな。お互いに世界の見え方まで見えるのはそんなにいないよ」
「マジで!?」
毎回見えてるんだけど。私はこういうのに向いてるのか……?
とにかく送受信はまだ続いている。はー、軍隊式格闘術にボクシングまで。
格闘技ってこうやるんだなあ。
あっ、ここから先は私たち自身の変形能力を生かした戦い方か。
腕を伸ばしたり、手をナイフにしたり棘をはやしたり、背中から攻撃器官の翼をはやしたりか……
「……一度でここまで渡せるのか。君は情報型だね。たぶん情報の受け渡しに特化してる。才能あるよ」
「まだまだ自分自身わからないことばっかりだね」
「僕もそうさ。言われないと気づかないことは多いね……ねえ、本当に大丈夫?かなり渡してるはずなんだけど」
「いや、ちょっと多いなーとか、君から見た世界ってずいぶん愉快だねとは思うけど」
神代アキの感情の残滓や神代から見た世界、わずかな記憶のかけら。
その上で判断するけど、この人は戦いをゲームかスポーツみたいに考えてる。
根幹には自分の力をフルに振るうのは最高ってのがあるんだね。
確かにそれがわかるんだ、実感として。限界バトルのヒリつきってやつが。
その上でわりかし周囲の仲間も大事に思ってるのもわかる。
人生エンジョイしてるな~!
「……僕にも君から見た世界がわかる。君けっこうポーカーフェイスなんだね?」
「わかっちゃうかー」
「これでだいたい渡したよ。ここまで渡せたのは初めてかな」
おっ!体が軽い!体感が安定する!
試しにしゅっしゅっとシャドーボクシングしてみると今まで出たことない音が鳴る。
リミッターが解除されたというか、正しい動作ソフトがインストールされたというか、そんな感じだ。
「じゃあまあほかの人たちにも渡しておくよ」
「おう頼むわ」
「……ふうん、カナメは工具棚か。でもらいふほどは渡せないね」
「ほーん、そういうもんか?」
「ある程度は体の動かし方を知ってるから、らいふみたいに砂漠が水を吸うようにとはいかないね。僕が提案するって感じだ」
「ああ、ところでこの頭フラつくのって情報酔い?」
「みたいだね、この辺でやめとこう」
そういえば貰った情報の中にそういう技もあったなあ。
情報共有を逆に相手にフェイントを流し込んだり、殺意を送って相手をひるませたりとかね。
あとは共鳴を使ってぼんやり相手の感情や気配を読んだり、ちょっとならこの共鳴で合図くらいなら送れるようだ。
「次は私っすね!」
「君ガタイがいいね。へえ、君は海か」
「みたいっす!おお~格闘ってこうするんすね!」
「君は受け取るのはうまいね。バトルセンスあるよ」
「あざっす!あっ、情報酔いってこれなんすね」
「ふうん……やっぱりらいふが特異なんだね。らいふの共有はさ、なんか異様に解像度が深いんだよ。うまく使えば相手を上書きできるかもしれないほどにね」
マジか。私にそんな才能が。
いや~でもそれは洗脳なんじゃないかなあ?でも自衛の手段の一つとしては考えるべきなのかな。
嫌だな~!洗脳系能力者ってイメージ悪そうだし……
でも生きるか死ぬかの状況ではためらってる暇ないよ、と私の中の神代アキが心の奥で言っている気がする。
「いや~、それはちょっとためらうなあ。でも殺すよりはマシ……なのかなあ?」
「いいんじゃない?その時の状況と相手で決めちゃって。でもためらう隙は少ないほうがいいよ」
雨宮さんが三割増しくらいでシリアスに心配してくる。
「らいふさん。これは、相手を壊す力にも治す力にもなる。こういう力が必要になる事もあるけど……使いどころはちゃんと考えられますよね?」
それはそうだ。上書きできちゃうならそれはヤバいんだよ。
でもためらって死人が出るよりはたぶんマシだ。
できるようになるようにはするけどさあ……重い力だなあ。
「……わかってるよ。あくまで選択肢が一つ増えただけだ。その選択がどれだけ重いかも、自戒しようと思うよ」
「なら俺からはそれだけです。使わずに済むならいいけど、本当に必要な時にできないじゃすまないのはそうですから」
神代は軽く手を叩いた。
千歳社長を思い出す軽さだなあ。
二人ともある意味とことん現実主義ではあるよね。
「じゃあまあ、組手しよっか!これを待ってたんだ!」
神代がスッと空手の構えを取る。
えっ、私か?いやまあ情報共有も私が一番手だったもんな。
覚悟を決めるか~。
「……お手柔らかに頼むよ」
あっ、構え方がスッとわかる。こうか。便利だな~!私の体!
■
組手は長く続いた。
カナメや恵比寿とも神代は順番にやって繰り返していくからね。
最初は人間の格闘だったけど、私たちの体が馴染んで来たら徐々に変形や共有、共鳴も使って人外の戦いになっていく。
「へえ、やるねえ!」
「これ本当に初心者にやる講習なのかい!?」
「本当本当。さあ、もうちょっとアゲていこうか!」
触手の鞭や骨の剣、そういう攻撃器官を使うのはどうかと思うよ!
普通に拳と拳でこのパァン!って鳴るのこれソニックブームじゃないのかい!?
あっ、ソニックブームを生かした攻撃も伝えられてる。やっぱりこれ初心者にやるやつじゃないって!
「ふうん、面白いことやってるのね」
「フヒ、これすごい……どんどんインスピレーションが沸いてくる……フヒヒ」
気づけば周囲には撮影を始めた観光客たちがいて……騒ぎを聞きつけた依織とルナまで駆けつけてきた。
「ああ、君が例の女博士?じゃあいったん休憩にしよっか。君とも話してみたかったんだ」
「ええ、実に興味深いわね。よろしくお願いするわ」
そう言って依織は神代に握手を差し出す。
「……へえ、君も使えるんだ。そういうケースもあるよね」
「ええ、でもそれを話すにはちょっと人目がありすぎるわね。私のラボに来る?」
「そうしよっか」
息を整えて私は依織に謝った。
「ごめん依織。君に相談すべきだった。後回しにして済まない」
「構わないわ。物事にはなりゆきがあるもの。それに、間に合ったでしょ?ならいいわ」
「ごめん……!」
あっ、ちょっと怒っている……!でも怒られるだけまだまし!
依織を蚊帳の外にしないようにしよう……!
■
村の奥にある依織のラボ。
この観光地に似つかわしくないコンクリート製だ。
要組だけじゃなく外の建設会社まで使って急ピッチに建てられた依織の城だ。
まあ、危険な薬品やウイルスとかも使うからね。
「なに言ってるの。殺すより洗脳のほうがマシでしょ。安易に使っていいわけじゃないのはそうだけど」
空調の効いた清潔感のあるラボの応接室で事情を聞いた依織は、開口一番にそう言った。
「……死んだらそれで終わりじゃない。何をするにしても生きてなきゃできないでしょ」
「割り切った考え方するね。研究者と戦士の違いかな?」
神代は苦笑していた。依織はブレないな~。そういう所が好きだね。
「でしょうね。誇りとか尊厳も大事よ。でも私は生きてれば逆転じゃなく幸せになれる可能性は残っていると見るわ」
「逆にシンプルだね。ま、それも一理あるか……それで君も戦えたりするのかい?」
「あなたがさっき渡してくれた動作アセットのおかげでね」
依織は手の爪先をメスにしてちらりと見せる。
「らいふ、この人君より戦闘センスない?」
「たぶんそうだと思うよ。依織ならできても不思議じゃない」
「ふうん……楽しみだね」
「組手なら地下駐車場があるわ。こんなこともあろうかとね」
「おおっ!さすが科学者!話が早いねえ!」
ここで雨宮がインターセプトしてきた。
「組手は後でするとして……俺たちのケガや病気の治療とかできるんですか?」
「必ず治せるとか、どんな病気でも大丈夫とは言わないけど、あなたたち向けの風邪薬や傷薬、消毒薬に抗生物質程度ならね」
「依織、勝手に約束してごめん」
「でもあなたは事後承諾でもどっちみち聞くつもりだったでしょ?ちょうどいい機会だから構わないわ」
「ありがとう……」
ここで依織はにこやかに神代と雨宮を見た。
「ただし、さらに安全性を高めるにはサンプルがいるわ。ああ、安心して。綿棒で口の粘膜をグリグリやるああいうやつよ」
「ならこれでいいかい?」
神代はさっと小指の先を分離すると机の上に置いた。
雨宮もそれにならう。
「ま、いいでしょ。できればあなたたち全員のサンプルがあったほうがいいけど、それは後でも構わないわ」
「……わかりました。後でみんなには言っておきます。でも、一つ約束してください。それでクローンを作るとかそういう悪用はしないってことを」
雨宮が真顔で念を押してくる。
まあ……懸念する気持ちはわかるけど、依織はそういうのはしないと思うけどなあ。
実際私の細胞もそういうことはしてないらしいし。
何しろ情報共有が強制的に起こる触れ合いを私たちはめっちゃしてるからね。
だからそういうのがないのは私は知っている。
「ええ、構わないわよ。一筆書こうかしら?どうせ後で同盟の細かい条項も作るのだから」
「よろしくお願いします」
「じゃあ駐車場いこっか!いやー楽しみだな。研究者からどんな戦法が出てくるのかワクワクするよ!」
「神代さん……!」
本当に戦士なんだなあ神代は。
軸がはっきりしてるから逆に依織と合うのかもね。
なお、組手では依織は切断糸やメスを駆使して三次元的に戦い大いに神代を満足させた。
ただ問題は……!
「フヒ……私は月の戦士……」
ルナが中二病に目覚めちゃったことだ……!
それはそう!ガチで異能者の立場なのはそう!
それで実際特撮みたいなアクションを見て自分もできるとなればそれはそうなるよ!
なお、この一週間後にルナはこのことを思い出して七転八倒するのは別の話。
私としてもルナの中二病が早めに治ってよかったと本当に思う。
「ああ、そうだ。山で住むなら野生化した群れには気を付けたほうがいいかもね。あいつら山から山を野生動物を食い尽くしながら移動してるからね」
去り際に神代はそんなことを言っていた。
「野生化……?するもんなのかい私たちの種族で」
「ちょくちょくするやつがいるね。下手に都会にいるより身体能力を生かして山籠もりするほうが安全だからね」
「マジか~!」
そんなんもあるのか……!
なまじ私たちゼノミムスは適応力が強い分いいほうにも悪いほうにも影響されがちなんだろうね。
「マジマジ。気を付けなよ。あいつらマジで野生動物に近いから」
「言ったら来るような気がするからやめてくれよ」
「ははは、その時は間に合えば来るさ。今の君たちなら持ちこたえるくらいできるだろ」
「それはそうだけどさあ……!」
神代たちが車に乗って帰って行く。その顔には来る時よりずっと元気そうな笑顔があった。
「じゃあまあ、いいバカンスだったよ。飯もおいしかったしね。また来るよ。お互い生き残ろうね」
「ああ、また来てくれ」
私は神代の車が小さくなって峠のカーブに消えていくのを見送っていた。
なお、私たちの組手動画がバズって、また余計な仕事が増えるのは別の話。
ごめんよ社長たち……!炎上担当で頼ってばかりだなあ。