「食い物とお菓子をよこせーっ!」
そらみろ!やっぱり来たじゃないか!野生化個体が!
荒くれ者が過ぎるだろ!こんなん山賊だよ!
これかあ……!
見たところ兎耳にトラのような爪、カンガルーのような逆間接的な足だ。
「なんなんだよ君は!」
「痛い!」
あれっ、弱いぞ?神代から習ったコークスクリューをぶち込んだら吐いてる。
また向かってきた!ガッツがありすぎる!ほぼ野生動物ってこういうことか~!
「おい!とりあえず取り押さえんぞ、らいふ!」
「ああ、カナメも恵比寿も手伝ってくれ!話し合いどころじゃない!まずわからせる!」
「しゃあっ!喧嘩っすね!」
おお、恵比寿めちゃくちゃ強いな。
剛腕から出るパンチで野生化個体の群れが吹き飛んでいる。
カナメに至っては締め技で傷つけずに意識を刈り取る余裕すらある。
やってよかったなあ~!戦闘訓練!
残酷な差だけどこれが教育格差だよ。
「雑魚でしたね。忌憚ない意見ってやつっす」
「ずるいっ!ずるいぞ!アイちゃんたちはお腹すいてるのに!お前たちはいっぱい持ってるのに!よこせーっ!」
コッワ。確かにこれは獣の表情だ。
倫理観が北斗の拳のモヒカンのそれなんだよ。
「頼むって選択肢はないのかい」
「ないだろ。頭下げるくらいなら死ぬってアホ共だ。育ちが悪いんだよ」
カナメが吐き捨てるように言う。まあ……そういうことは、ある。
「うるさーい!アイちゃんたちをバカにするなっ!」
「ママーっ!ママをいじめるなーっ!」
野生化個体……アイとその子供たちによる群れは暴れたり叫んだりで制御不能だ。
……しょうがないな。まさかこの場で殺すわけにもいかないし。
「……ご飯食べたら落ち着いてくれるかい」
「おい……らいふ」
言わんとすることはだいたいわかる。貧者というのは手を差し伸べた相手を恨む。
カラスに餌付けするのと同じだ。責任取れないなら追い出したほうがいい。
しかし一度は、一度だけは話を聞くべきかもしれない。
「……わかってるよ。今だけだ」
「わかってんならいい」
「なに!?アイちゃんの悪口か!」
よほど悪口しか言われないような育ち方してきたんだな……
同情はするが、許容できるかと言われればね。
「今日だけメシ奢ってやるから帰れって話だ」
「……ご飯、奢ってくれるの!?」
アイはバッと顔を上げて目を輝かせる。悪い意味で子供みたいなんだよな……
「……暴れないならね」
「暴れない!アイちゃんいい子にする!わかったお前たち!?」
「やったー!ママ最高!」
「ごはんたのしみ!」
カナメと私は深くため息を吐き、私は恵比寿にお札を渡してコンビニに肉とウインナーを買いに行かせた。
とりあえず……今日は施設は休みでよかった。
観光用のバーベキューセットを流用しよう。
■
ほぼ手づかみで食べるのでおにぎりも買ってきて食べさせたら急にアイたちの機嫌がよくなっていた。
依織は少し離れた場所で、アイたちの食べ方や体つきを興味深そうに撮影している。
「ここはいいところだね!ご飯いっぱいあるし、人間もあんまりいない!」
これは下手に叱るより話を聞いたほうがいいね……疲れてきたよ。
「君たちは山で暮らしてるのかい?」
「うん!シカやイノシシ獲って焼いて食べてるよ!」
「家とか寝るところとか……」
「いらないもん。街も家も嫌な人間が怒ってくるもん。暑い寒いは慣れるしアイたちには変身があるもんね!」
アイは自前の毛皮を引っ張って見せる。
そうかあ……なまじゼノミムスだから野生生活に適応できちゃったんだなやっぱり。
あんまり関わりたくないけど、関わらないなりに手は差し伸べたい……
「……この辺の山に住むかい?無理に里へ住まなくていい。食べ物も多少は融通できるし、怪我をしたら薬もあげるよ」
「いいかも!アイたちは働かなくていいんだよね!」
「その代わり、暴れたり盗んだり壊したりしないのは最低限……」
睨むなよ。
お育ちが悪い!いや、お育ちが悪い相手には過大な要求かもしれないのはわかってるんだけど。
でも人間社会の最低限のルールはなんとかして守ってくれないとさぁ……!
どうしたらいいんだよ。こんなんどうすれば……!
苦渋をジョッキで飲んだような愛想笑いになってしまうよ。
そうだ、私たちはゼノミムスだ。何とか穏便に情報共有という手段が取れれば……
「……盗まなくていいやり方を教えようか?ほらこの触ったら記憶とかわかるやつでさ。社会のルールってやつがわかるようになって、君も生きやすくなるかも」
あっ、ヤバい。アイが一瞬でブチ切れる二秒前みたいな顔になってる。
くそっ!やっぱり地雷だったか!でも踏まないわけにはいかない話題なわけでさ!
なんとかペラ回しで乗り切るしかない!
「……それってちゃんとしなさいってことでしょ」
地の底から出るような声ってこれか~。普通に怖いんだけど。
「いや、君たちの暮らし方をやめろとかそういう事を言ってるわけじゃなくてさ」
「同じだよ!ここにいていいけど、これしなさい、あれしちゃダメって!」
くそっ!勢いと声のボリュームがすごい!
まあこの子から見ればそうもなろうよ!
しかしだねえ、最低限のルールが守れない相手とは一緒に住めないのだからして。
「人のものを盗る人とは誰も一緒には暮らせないんだよ」
「わかってるよ!」
完全にブチ切れモードじゃん。
ええいこうなれば私も逆アンガーマネジメント解禁だ!
勢いでねじ伏せる!
「なら、盗まなくても済む方法をパッと渡すって言ってるだろ!」
「もういい!アイたちは今までだってやってこれたもん!」
その眼には明確な拒絶があった。深い河のような断絶だった。
ダメかあ……ダメだなこれは。
アイは食べていた肉の串を捨ててひょいと木の枝に飛びつく。
「うるさいこと言うならいいよ。私たちが出ていけばいいだけなんでしょ!」
アイの群れも、アイもざぁっという音と共に夜の山に消えていった。
やっちまったなあ~!交渉はご破算だよ。
とはいえ……とはいえどうするんだよあんなん。
「ごめん依織、またやっちゃったよ……こうならない方法だってあったはずなんだ。あの子たちに必要なものを渡せさえすれば」
「ないわよ。今のあの子にとって、それは必要なものではなかったわ。本人にとって必要のない救済は拘束と同じでしょ」
それは……そう!そうだけどさあ……難しいよ。
ああいう子へのかかわり方って……
「相変わらず客観的な慰め方ありがとう」
「あの子たちはおそらく失敗するわ。そしていつか泣きついてくるでしょう。でも生物には失敗する自由があるのよ」
まあ……それはそう!愚行権ってやつか。
いやこれもっとスケールのデカいこと言ってそうだな。
「私たちにできるのはその後で戻れる場所を維持することじゃないかしら?」
依織は散乱した串や食べ残しをゆっくりゴミ袋に入れて片づけ始める。
私も手伝いながら、この失敗をしみじみと噛み締めた。これは必要な痛みだ……
「ああ、それが私の仕事なんだろうね」
「ええ、あなたは村長だもの。それでいいのよ」
家に帰った後に飲んだコーヒーはひどく苦かった。
これが敗北の苦渋ってやつか……
■
「……どこ行っても、出てけって言われた」
「そうかい」
なんか……たった一月でしれっと戻ってきたよこいつ。言わんこっちゃない!
何ならその間の大暴れがニュースになってそのたびに私たちも頭下げてたんだよ!
「山、いっぱいあるのに。全部誰かのなんだって」
「残念ながらね。この星ではそうなんだよ」
でもまあ……この意地っ張りが殊勝になる程度には苦労した様子だね。
アイは私を上目使いで見上げる。まるで怯えた手負いの獣だよ。
「……たなばたの里なら、いていい?」
「前に言った条件はあるよ」
嫌だなあ~!洗脳みたいで!でもほかに共存の手段がないからさあ……
だから私は手を差し出す。これが交換条件だよ!嫌になるね!
でも今回ここに来たのはアイの選択だからさ。
「うん」
アイもスッと手を差し出した。
……よかったよ。
「……アイちゃん、ちゃんとする。ちゃんとした暮らしがしたい!だから、盗まなくていいやつちょうだい」
そこまで言われたら私も腹を括るよ。
平和とは歩いてこない。互いに歩み寄るしかない。
相手がその一歩を差し出したのなら……!私には歩み寄る義務がある。
「……わかった」
私たちはまるで和解の握手のように手を握り合った。
この子の精神に潜るのはちょっと嫌だけどそれ以上にこの攻性の情報共有を実際にやるのは初めてだからな~!
緊張するよ。でもエイヤでやるしかないんだよ!
■
アイの世界はドブ川だった。
怒鳴り声に見下してくる敵意の目、腹が減った時に目の前にあった食べ物。
罪悪感に、アルコールや性に暴力の快感。
全てが区別のつかない濁流になって流れていた。
この子にとって、人間社会そのものが汚泥だったんだ。
私はその濁流の中に、ひとつずつ目印を立てていく。
これは他人の物、これは自分の物。
これは善意でこれは悪意。
絡まり合った流れに分水嶺を作り、そこへ少しずつ私の世界の見え方を流し込んでいく。
盗まなくても、食べ物を手に入れる方法はある。
縄張りは檻じゃなく、守ってくれる家にもなる。
間違えてもすべてを失うわけじゃない、もう少しは社会を信用してもいいんだと。
濁流そのものを消すことはできなくても……その汚泥を区別する仕組みは作れる!
よし、できた。たぶん大丈夫……そのはずだ。
「……どうかな?」
「なんか頭すっきりしたかも……」
「そうか。ならたぶん大丈夫だね」
あと十数人これをやるんだよ!
神代から習っててよかったよ受信側の感覚を拒否する技法!
■
とにかく……とにかく群れの全員に多少の分別というか『取引』の概念を教えることに成功した。
今はとりあえず飯食べる?ということで焼肉バーベキューパーティーだ。
「アイちゃん、ちゃんとしてたらここにいてもいいんだよね?」
アイは私と目を合わせず、焚火を見ながら汚れた服の端っこを指先で弄っていた。
「ああ。もちろんだよ」
「あの子たちも?」
アイは焼肉をガツガツ食べている群れの子を横目で見る。
その顔には珍しく憂いとやさしさがあった。
悪いだけの子じゃないんだよこの子は。
少しはその汚泥のような精神の中にきらめく光があったのを私は知っている。
「一緒に暮らしている子たちもだよ。まずはあの辺の山の中に住んでいい」
「山なら怒られない?」
それはまるで叱られた後の子供みたいで。
「この山で家や畑がないところが君の縄張りだよ。里に住んでもいいけど……人が大勢来るのは、やっぱりまだ難しいよね」
「うん。アイ、人間嫌い」
アイの表情は硬かった。だが、その硬さが私に向けられていない。
だいぶ関係ができてきたな……
「そっか。なら無理に里へ来なくていい」
「縄張りから出たらだめ?」
難しいなあ~!ダメとは言えないけど出てったらなんかやらかす可能性がなあ。
なんとかここにいるインセンティブでうまく切り抜けたい……!
それは結局私がこの村を良いところにするしかないんだよ!
「……出ること自体を禁止するつもりはないよ」
「じゃあ、ほかの山にも行っていい?」
「いつか帰ってきてくれたらいいさ」
なんだか親みたいな気持ちになっちゃうなあ。
実際ヨルを育ててるときはそんなことなかったけど。
だいたい私と一緒にどうすんだよこれ!と焦ってた記憶しかない。
「それに……縄張りの中で何か文句を言われたら、私が謝るよ」
「アイちゃんがダメだったのに、らいふが謝るの?」
説明が難しいなあ~!でも一線は引きたいし……
気分は会話の爆弾解体だよ。
「わざとじゃなければね」
「わざとって……?」
「ええと……意地悪で誰かを困らせようとしてやったんじゃないなら私が謝るってことさ」
「うん……アイちゃんいじわるしないようにがんばる。でも鹿とイノシシがいなくなったら?」
がんばる、か……ちゃんと伝わったんだな私の視点が。
「その時は、里の食べ物を少し分けるよ。そうだ、山に果物も植えよう」
「アイちゃんたちの?」
「うん、それは君たちが食べていい木だ」
「じゃあ……できそう」
「そうかい」
アイは少しだけ私の目を見てまたバーベキューの火に視線を落とした。
「アイちゃん、ここにいていい?」
「ああ。ここにいていいよ」
「そっか」
そんな感じでアイたちは食べ残しを抱えてぼつぼつと木々の間へ消えていった。
依織はその背中を見送りながら締めくくるようにつぶやく。
「かつて奈良の十津川村には、狼と共生していた集落があったらしいわ。『狼食い』――略して『カメグイ』だったかしら。狼が食べ残した獲物を村人がもらい、返礼として狼の好む塩を置いた。人と獣の間でも物々交換は成り立つのよ。だからこれは保護じゃなくて共生……その程度の距離が、たぶん一番長続きするわ」
ここでふと私にもひらめくものがあった。
「……それって、この村そのものかもしれないね」
「面白いわね、聞かせて?」
「別に何もかも一緒にしたりする必要はない。ただ困ったときはお互い様の関係でさ。遠く離れたもの同士が、離れたまま相手を忘れずにいる。それが『七夕』って名前の意味なのかもね」
あれから私も、村名の元ネタになった漫画を読んだんだよ。
壮大な話なのに、主人公はその壮大さに酔わず、それを身も蓋もない現実へ落とし込んでいく。
それでも最後まで、ひどくロマンチックな漫画だった。
他人事とは思えないよね。依織は名づけがうまい!
「……君は最初から、そういう意味でこの名前をつけたのかい?」
「そこまでは考えていなかったわ。でも、その通りね。離れたまま関わり続けることも、近づいて混ざり合うことも、どちらも等しく関係の継続じゃないかしら」
「……そうだね」
私たちはしばらく肩を寄せ合って星空を見上げていた。