あれから季節は二度目の夏になった。
私も二歳ということだね。二歳で村長……?
村の古民家の修理も完了したが、カナメたちはいつの間にかこっちでの建設業界に食い込んで普通にこの村で暮らしている。
観光業もだいぶ慣れてきたし客足も落ち着いてきた。
今日も平和な田舎の日々だなあ……
『いやあ、人権はあった方がいいと思いますよ』
朝食を食堂で食べながらテレビを見ていたら千歳社長が映っていた。
あのひと今コメンテーターやってるんだよ。
政界進出への踏み台にする気合がありありとわかるから怖いね。
テレビの中で千歳社長は、いつものヘラついた笑いを浮かべてニュース番組の討論をしていた。
『今のままだと、ゼノミムスが殺されても器物損壊でしょう?まあ前例がないから、それは仕方ないとしてですね』
社長はいつもの胡散臭い笑みで少しだけ身を乗り出す。
空気を掴む力が強い!顔もイケメンだから普通に人気出てるから笑っちゃうよね。
『じゃあ逆に、ゼノミムスが人間を殺した時はどうするんです?法人格がないなら、何罪になるのかも曖昧ですよねえ。いやあ、困りましたねえ』
ここで真面目ぶった弁護士タレントがもっともらしく反論する。
『しかし彼らには、高い身体能力や変身能力もあります。権利を認める前に、まず規制が必要では?』
『もちろん規制は必要ですよ。でもだからこそなんですよねえ』
議論が楽しそうだな社長!キレッキレのにこやかな笑顔だよ。
『権利を認めるってことは、責任を認めるってことでもありますからね。人権がある代わりに犯罪を犯せば裁かれる。単純な話じゃないですか』
『しかし戸籍はともかくです、選挙権を認めるとなると混乱も大きいかと。ゼノミムスの人口増加速度を考えれば……』
まあ……それはそう!
私たちが増えまくったら国を乗っ取れちゃうからね。
まっとうな意見だ。私たちの中にも普通に悪人いるしね。
『いやいや、そこはまあ後で考えましょうよ。増えるから今のうちに制度設計したほうがいいんじゃないですかねえ』
いったん譲ってまたすぐに続ける。
レスバが強い!
私たちの巻き起こした騒動で口達者が練り上げられている。
至高の域に近い。
『でも、とりあえず今の状態はお互いによくないんじゃないですかねえ? ゼノミムスはまともに被害届を出せない。人間側も、彼らが問題を起こした時に何の法律で裁くのか分からない』
『まあそれはそうですが……』
あーこれはもう千歳劇場の始まりだね。
論争の勝敗は誰が見ても明らかだ。
つまりもうこのコーナーは我が社のシーエムタイムだよ。いいのかなあ。
『それに法人格が認められればですよ!住民登録や口座を作れる。なら正式に雇用できる。所得税も住民税も払ってもらえる。当然ですよねえ?』
トドメを刺すように千歳社長は満面の笑みを浮かべた。
『いいことづくめじゃないですか』
出たよいつものスマイルが!笑っちゃうよね。
このうさん臭さが癖になるとかで人気出てるんだから。
計画的だよ。
「いやあ、ありがたいけど、ものの見事に胡散臭いよね」
横で焼き魚定食を食べていたヨルも苦笑しながら私をたしなめる。
「母様、大恩あるうちの社長ですよ?」
「もちろん感謝してるよ。でもあの人、まずはコメンテーターから始めて政界進出する気満々じゃないか」
「まあ……前から政治には興味がありましたもんね社長は。向いてるんじゃないですか?私たちがするより良いでしょう」
おっと、あまり突っ込んだことを言うと私かヨルが政治家になれとか言われるか。
藪蛇はやめとこう。
「それもそうだね。ありがたいと思っておこう」
「そうですよまったく……」
画面の中では、千歳社長が相変わらず柔らかく笑っている。
でも議論の逃げ道はきれいに塞いでるからしたたかだよ。
あっ、しゃべってるうちに次のニュースになってる。
『さて、そんなゼノミムスですが……新興バイオ企業シトロン・グラフテッドは本日、同社の創業者および複数の技術者が、自らがゼノミムスであることを公表しました』
「げほっ!」
お茶が変なところに入った。
ちょっと平和だなーと思ったらこれだよ!またなんかあるんだろどうせ!
「母様大丈夫です?」
「むせただけだよ」
「びっくりしますよね……競合、ですか……」
テレビの中では記者会見場に、女社長らしい人物が立っていた。
背筋をまっすぐに伸ばし、柔らかく微笑んでいる。いかにも知的で上品なお姉さんという姿だ。
『シトロン・グラフテッド代表、高木シトロ氏は、自社の技術開発にゼノミムス特有の学習能力を活用していることを明らかにしました』
ここでマイクは女社長にわたる。
『我々は、人間の専門家から許諾を得たうえで、その知識、思考法、身体感覚を学習し、複数の知性を相性に配慮しながら統合しています』
『つまり……天才の頭脳を学習して人工的に天才を作れると?』
おっと思ったよりヤバい女だった。
まあヤバい女は私の隣にもいるんだけど。
『ええ、結果的には。我が社はそうした優れた人材によるイノベーションを目指しています』
『しかし、それは精神的な問題はないのでしょうか?人格の複製になりませんか?』
シトロと名乗った女は、カメラの前でよどみなく説明している。
なんかうちの社長とは別方向で胡散臭いしゃべり方だ。
丁寧なんだけど、一言一言が妙にこちらへ絡みついてくるんだよね。
社長になる人ってみんなこんなキャラが濃いのかな?
『安全性については私が身をもって確認しています。人類が長い時間をかけて積み上げた知性という財産を、個体の死により失われるのではなく、次代の知性へ接ぎ木し、新たな成果として実らせる技術とお考えください』
ゆったりと余裕たっぷりでしゃべっている。
なんかエリート気取りって感じだね。
「接ぎ木……それでグラフテッドですか」
ヨルが納得したようにつぶやく。そういえばそんな意味だったね。
「みたいだねえ……似たようなことを考えるやつがいるもんだねえ」
「むしろ二匹目のドジョウじゃないですか?」
「うちも後追いが出る立場になったのかあ……その辺どう思う依織?」
「むしろ独占するより健全じゃないかしらね」
あれっ、あんがい余裕そうだ。
なら私もそんなに右往左往しなくていいか。
いやー、感慨深いね。
同じニュース番組に出るくらいだから千歳社長も知らされてはいるんだろうけど。
依織も知ってるのかな?
知ってそうだなあ……その上でこれなんだから心配はいらないのかな。
『また同社は本日、ゼノミムス由来の生理活性物質を利用した学習補助サプリメント、グラフト・メソッドの販売を開始すると発表しました』
ウッソだろおい!それはうちが公表を差し止めてたやつじゃないか。
人間がちょっとずつゼノミムス化するってことだぞ。
オブラートに包んでるけど私は依織という実例を見てるからね。
「依織、いいのかいこれ。っていうか何か聞いてないかい?」
「ええ、今週中にうちと商談したいって言ってるそうよ」
依織は味噌汁を飲みながら、まるで他人事のようにテレビを見ていた。
「へえ、競合他社って感じに思えるけど、逆にコラボするのかい?まあ、アニマフィリアの問題だから君たちに任せるべきなんだけど」
「お互い切磋琢磨するライバル関係でいましょう、みたいな感じらしいわね。健全な競争でいいんじゃないかしら」
「じゃあ、お母さんも今週は東京に?」
ヨルは朝ご飯を食べ終えてお茶をゆっくり飲みながら依織に尋ねた。
「いいえ、商談はここよ」
「マジかい」
「マジよ。あなたたちに会いたいからだそうよ。楽しみね」
ゼノミムスの観察って意味で?まあいいけどさあ……
「千客万来だなあ!」
「でも間に合うでしょう?」
「それはそうだけどさあ……」
マジかよ!おもてなしの準備をしなきゃ……
スケジュール的には間に合うから計画的だねこれは。
謀られたなあ……まあ事後承諾は私もそうだから人のことは言えない。
「むしろ先方が火中の栗を拾ってくれると思えば気楽なものよ」
「それはそうだけどさあ……あっちのフットワーク軽くないかい?」
「ええ、黙っててごめなさいね。でもいいサプライズだったでしょ?」
私は湯飲みを机に置いて、テレビの中のシトロを見た。
「まったく、この星は驚くことに事欠かないね」
アイたちがようやくこの山に馴染み始めたと思ったら、今度は都会で天才宇宙人集団だ。
振れ幅が……!振れ幅がデカい!
人間がそうだからそれを模倣した私たちもそうなるのは道理だけど!
『高木代表、しかしゼノミムスの起業となれば人類の雇用が不安視されますが……』
勇気ある記者だなー。でもそれはそう!攻めすぎだよシトロン社。
うちもこう思われてたんだろうね……そう考えるとだいぶヤバいな私ら。
そのヤバさに助けられておいて何だけど。
『優れた商品が選ばれ、優れた技術者が必要とされることは、既存の人間社会でも行われてきたことです』
シトロはにこやかに完璧に嫌味な笑顔で微笑んだ。
邪気がある……笑顔に!
『能力があるにもかかわらず、他者の席を奪うことを恐れて行使しない。それは本当に共存なのでしょうか?』
ん~!?たなばたの里の方針に当てつけてないかこれ?
小ばかにされてないかうちの村が。
『人類の皆様が自発的に我々の商品を求め我々を雇用し、その成果を支持してくださるのであれば、それもまた健全な共存の形だと我々は考えています』
ヨルが腕を組んでうなる。私もうなってしまうよ。
「……それも間違いではない、のですかねお母さん」
「よくわかってるじゃない」
「ええ、生命はすべての可能性を試さずにはいられない存在、でしたっけ」
確かに依織はそういうことをよく言うよね。
朝食のバナナトーストを食べた依織が立ち上がりながらヨルの頭をなでる。
母性だなあ……
「よく覚えてたわね」
「まあ、実際お母さんがよく言ってますから」
テレビのシトロは、最後までニチャついた完璧な笑顔だった。
『これまでゼノミムスが人類社会に受け入れられるため、道を切り開いてくださった方々には深く『感謝』しています』
やっぱ当てこすってないかこの女!?感謝の言い方が舐め腐っている!
『ですが、もう彼女たちだけにその責任を背負わせる必要はありません。これからは我々が先駆者として、イノベーションに伴う責任を引き受けます』
どや顔で言うのが腹立つな~!
「これはうちの事を言われてるよね依織?」
「でしょうね」
依織は相変わらず平然としていた。もう食器を洗っている!
私も食器洗うか……
「なんだか、だいぶ向こうはこっちを意識してないかい?」
「あら、私は元から私の作品が世に出た時に何が起きるか見たかっただけだから気にしないわ。それにあの子たちが先にやってくれるなら、後出しのほうがいいものが作れるでしょ」
「相変わらず君は強いね……」
まあ、依織がそういうなら信じて本社のほうは任せよう。
それはそれとして高木シトロのどや顔は腹立つな~!
舐められてたまるか。全力で接待してくれる……!