そういうわけで数日後、シトロン・グラフテッドの一行がたなばたの里にやってきた。
社長の高木シトロ以下、技術者が数名。
全員きっちりした服装で、いかにも都会の会社という感じだ。
「へえ。思ったより本格的な観光地ですね」
「思ったよりは余計だよ」
「失礼いたしました。他意はありません」
やっぱり嫌味だなこの女!
とはいえ、こっちも舐められるわけにはいかない。
まずは村を案内し、昼食には恵比寿の魚、うちの野菜、地元の米。デザートまでフルコースで出してやった。
「これは素晴らしいですね。ああ、そうでした。これは手土産です」
銀座千疋屋の超高いフルーツ菓子だよ!絶対美味しそうなのが腹立つね。
「弊社の保養所として一棟契約したいくらいですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいね」
「ええ、おいおい検討しましょう」
ウソつけよ。お世辞もここまで見え見えだと嫌味だよ。
まあ、ちょっと穿ちすぎかもしれない。とにかく商談を始めよう。
契約関係は案外あっさりと済んだ。
ほぼアニマフィリアと依織とのネット会議で決めてたらしいね。
そして少し休んでこの女は本題を切り出した。
これだよ!後から言うタイプだよ!
「お気づきのことと思いますが、グラフト・メソッドの次の段階において、我々は人類とゼノミムスの生物学的境界そのものを曖昧にしていきます」
やっぱりそう来るか。お気づきだよ舐めるなよ。
依織が身をもって実証してるからね。
まあ……私のやらかしなんだが。
「でしょうね、あなたたちはいずれ長い時間をかけて起こる混交を短縮したいのでしょう?」
依織は驚くでもなく、出していたお茶を一口飲んだ。
シトロはその反応が気に入ったのか、わずかに目を細める。
「ええ、そのご理解で間違いはありません。現在は学習効率や身体機能を補助する程度ですが、技術的にはさらに進められます。ゼノミムス由来の能力を、人間が安全に獲得できるようになります」
「やっぱりそこを目指すんだね。それは人類のゼノミムス化だろ?侵略と思われないか私は心配だね」
私は思わず口を挟んだ。
こっちは人間の席を奪いませんと二年かけて頭を下げてきたんだぞ。
私たちにも築き上げたイメージってもんがあるんだよ。
「その表現には多少の語弊がありますが、おおむね間違ってはいません」
シトロは悪びれるどころか、少し得意そうに笑った。
「ですが我々は、多少のリスクを取ってでも両者の境界を溶かしていくべきだと考えています。最終的に一つの種族と呼べるほど混ざり合えば、人権問題もいずれ意味を失うと私は予測しています」
絶対怒られが発生すると思うけどなあ……それも連帯責任で。
嫌だなあ。でも私たちも似たような事をしてきたのは……そう!
神代やアイから見れば私も同類だろ。
シトロは私の心配を感じ取ったのか優越感をにじませて笑った。
「ご心配なく。恐れることはありません。その点の批判は我が社が全て被ります。あなた方は後ろからついてくればいいのです」
やっぱり嫌味な女だなあ~!悪気じゃなく優越感でやるんだからタチが悪い!
シンプルに調子に乗っている!まあ、いいさ。世間からのバッシングは引き受けるんだろ?
覚えておくからな!依織も何か言ってやってくれよ!
「いいんじゃないかしら。ただ一つ気になる事があるとすれば……ゼノミムスもまた人間化しているし、技術を最後まで拒む人間も必ずいると思うわ」
「それは許容範囲内だと予測されます。要は我々が社会の主流になってしまえばよいのですから」
「まあ、それも可能性の話よね。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。それでいいのよ」
シトロは面倒くさそうにしつつも、依織の事を理解しようとしているようだ。
いいぞさすが依織だ!学者同士の議論に加わる隙がないのが悔しいが。
「水乃星博士は何を目的にされているのですか?たとえば野性化個体の略奪でアニマフィリアは謝罪していましたね。博士にはあの失敗を回避させる能力がありました……その失敗は本当に必要だったのですか?」
「あなたはそういうのを省略したいのよね?そのコストを削ることで救える命があるから」
ノータイムで依織がしれっと答えた。頭いい人同士だと話が早い!早すぎる!
シトロは責めるような目で、依織はいつもの金魚鉢を観察するような顔で。
どんどん話が進んで行く。
「ええ。なぜそうしないのです?」
「生命というのは頑迷な物なのよ。自分でやってみなくちゃわからないこともある……というより、全てのパターンを全体としては試してしまう性質があるのよ」
「それに抗わなくてもいいと?」
「だってそこから予想だにしない温かいものが産まれる可能性もあるから」
依織の顔は生命を慈しむ者のそれだった。この顔には勝てないんだよなあ……
思えば、私もこの慈しみの産物だしね。
「もちろん、それが悲惨なことになる可能性も平等に開かれている。そんな生命というものが私は好きなのよ」
シトロはしばらく黙り込んで、やがて腑に落ちたらしい。
理解はしたが納得はしていないという感じでちょっと不貞腐れている。
「……なるほど、あなたは致命的な破綻だけは避けて本人の選択を優先させるのですね。それが気まぐれであれ、偶然であったとしても。それでもあなたは観察のためにリスクを負う……」
「ええ。よくわかってるじゃない」
「……私にはそこまで第三者にはなれません。いいえ、私が当事者として社会を改善するという目的を持っている以上は、そうなるべきではないのでしょう」
「でしょうね」
「本日は勉強になりました。その上でやはり我々はアニマフィリアと協調していく方針に変わりはありません。我々が先に進み、あなた方はついてくる。役割分担です」
ああ、私がアイたちにやったのと同じか。アイの先に私たちがいて、その先にシトロがいる。
癪だけど争うよりはずっといいんだろう。
「ええ。あなた達と私たちがどこまで行くのか、楽しみにしているわ」
「……ご期待ください。今言えるのはそれだけです」
なんか……意外と緊張感ある提携関係って感じに落ち着いたな……
そうやって鼻息荒いままシトロは東京に帰った。
嵐のような一週間だったなあ、ブッチギリでヤバい女に襲来される方ってこんな気持ちなんだ……
やっぱりもうちょっと自重する方向でうちの村は行こう。
私は決意を新たにした。