カメラが回る。
それぞれの気配が急に覇気のあるものへ変わった気がした。
これが業界人のカリスマってやつか~!
「はい!ではですね!今回はコラボ企画!ガチ学術系の久世章吾さんと、ガチチャレンジ系?でいいんですかね?」
「いいすよ!なんでもチャレンジする系なんで!真壁大地でっす!」
真壁は日焼けした筋肉質のガタイのいい男だった。
服装もアウトドア系だ。
「久世です。普段は生物学や野生動物の観察なんかをやってる面白みのない男です」
対照的なのは学術系と紹介された久世だ。
ひょろりとして不愛想な感じで、服装も一人だけフォーマルだ。
見るからに気難しいか、あるいは逆に依織と同じ系統の人に見える。
「はい!というわけでそしてありがたいことに世間では教養系Vチューバーと言われてる私!ミラライブ所属、文月コトハの三人で!うわさの宇宙人の暮らす村!たなばたの里にやってきました~!」
文月コトハはラフなフリルシャツにズボン姿だが、細かいところがきっちりオシャレで華がある。
Vチューバーだからリアルタイム合成でアバターの姿に上書きされるのにちゃんとしてるなあ。
「よろしくおねがいします!」
「ああ、どうも。では私が検証をやりつつ、真壁さんは実際にアクティビティを体験、文月さんが全体を取材……でしたね」
「はい!今回はご招待いただいたアニマフィリアさんに感謝で~す!」
千歳社長が伝手を使って大丈夫そうな人たちをあつめてくれたというけれど……だいぶ大物なんだよなあ、登録者数とか考えると。
文月コトハのバーチャルライブはめっちゃすごくてアイドルそのものだったし。
ここでスタッフのカメラが私に向く。
「あっ、はい。それで私が例のアニマフィリアの発見した生物です。えーと、名前は水乃星らいふでお願いします」
「はいっ!というわけですね!さっそくまずは簡単な検証からということでね!じゃあまずは動画であったのを実際に見せてもらって、久世さんに検証していただきつつ!やっていこうと思います!」
「久世です。端的にわかりやすいのから行きましょう。では腕の変形をお願いします」
このカメラの先に全員合わせて500万人くらいの視聴者がいると思うと緊張するなぁ~!
まあやることをやるだけだけど。
えいっ。右手を変形させて泥のようにする。
ぐにゃーっと蕩けるからちょっとグロいんだけど大丈夫なのこれ?
コトハが息をのみ、久世が目を見開き、真壁が大ウケしていた。
「すっげえ!これ画面で伝わるかな?えーっと一言で言えばマジでした!マジで変身してます!」
ここでそっと真壁が前に出ていかつい顔をできるだけやさしくして私に尋ねる。
「えっと、らいふさんこれ触っても大丈夫っすか?」
「大丈夫だと思うよ。少なくとも私は大丈夫だったし、アニマフィリアの人たちも直ちに影響するような健康被害はなかったよ」
「久世さんはどうすかね!?」
「専門家としては何らかの感染やらいふさんへのダメージがないとは言い切れない、だが本人の申告もある程度は信用に足ると思う……要するに自己責任でお願いしますというやつだ」
そうして真壁がうなずいて私に目配せするので私もうなずいてアイスクリームみたいに蕩けた手を差し出した。
「うおすっげ!スライムみたいです!人肌のスライムだ!いやもうちょっと硬いかも。昔ミーバーってスライム粘土みたいなんあったじゃないすか!ああいう感じです!」
うおっ、なんか体の動かし方がスッと頭に入ってくる。
かすかにイメージされるのは超でかいリュックサックだなこれ。
というか読みとられてるのに全く自覚してないよこの人。
一応そうなると説明はしてたんだけどな。
「ミーバー!懐かしいですね~!駄菓子屋とかにありましたね!ちょっと私も触って良いですか?」
「あっ、一応説明したんですが、触れることでちょっとあなたの記憶からランダムに学習する可能性があるんですが、大丈夫ですか?」
「えっ、俺は!?」
「あ~、まあそこはうちの事務所とアニマフィリアさんでいい感じに!契約をしてもらったのでいけますよ~!」
「俺は!?まあいいっすけどね!大した記憶じゃないんで」
おうっ、アイドルの手ってすんごい柔らかい……
いかんいかんアイドルオタクみたいになってしまう。
なるほどこの人の記憶は本棚なんだな。木造の古いヤツだ。
なんか……記憶がマンガ本としていっぱいある。
「ぷにぷにしてる~!んん~?なんか頭の中に触れられたみたいな独特な感覚がありますね!これがそうなんですか?」
「たぶんそうだと思う。えーっと証明するには……」
もう少し奥のほうに潜ってみる。なるほどこれはいいかも。
「ロケ弁の卵焼き苦手だったりしますか?」
「わかっちゃうんですか~!?マジです!この人マジです!宇宙人だ~!」
うーん、反応に華がある。
驚きだけでここまで人は華やかになれるもんなんだな。
「久世さん!どうっすかこれ!」
久世は少し息を吸ってから淡々と話し出した。
「……少なくとも映像加工ではなかった。単純なトリックにも見えない。詳しく調べないと何も断言はできないが、少なくともらいふさんは普通の人間ではないように思える」
「じゃあ、検証動画についてはこの後!久世先生のチャンネルでお願いします!じゃあ次はもう一つの怪力についてですが……」
「じゃあらいふさん!俺とガチ腕相撲しましょう!」
「もちろん。ちょっと待ってね」
ここで私は一つ演出を入れる。
中身の詰まったドラム缶をひょいとつかんで三人の目の前に置いた。
「うわこれ中身詰まってます!百キロ以上ありますよ!」
真壁が軽くドラム缶を揺らして見せる。
中身の詰まったドラム缶はちょっと動かすだけでも重さが見えるからちょうどいいよね。
「いやーこれはガチでやらないとね!じゃあらいふさんお手柔らかに!」
「あっ、はいお願いします」
「じゃあ行きまーす!レディー……ゴーッ!」
つよっ!この人意外に強いぞ?
真壁のむき出しの腕に筋肉が盛り上がり血管が走る。
対して私はひょろい少女の腕に戻している。
「うおおおっ!」「んんんん!」
まあでも本気だしたらすぐだよ。
真壁の腕を折らないようにゆっくり倒す。
「すっげ!明らかに人間じゃない強さっすよ!たぶんゴリラと腕相撲したらこんな感じじゃないすかね?やったことないけど」
「握力とかから計算するとだいたいゴリラくらいらしいから多分そうだね」
「貴重な機会ありがとうございました!」
それから久世に細胞塊を提供した。
こう……指先ごと粘土みたいにして分けたんだよ。
顕微鏡を覗いた久世はしばらく無言になり、倍率を変え何度も確認していた。
どうやら人間の細胞として説明できるものではないらしい。
一通り検証を済ませて第一弾ロケは終わりという形で番組は終盤に差し掛かった。
「少なくとも、らいふという生命は人間ではない。由来までは断定できないが、新種の知的生命体がここにいる。それは認めたほうが誠実だろう」
ここで久世は一度口を閉じた。
目には隠しようのない好奇心が浮かんでいる。
どうやら、もっと踏み込んだことを言いたいらしい。
だが久世はそれを飲み込み、ひどく慎重に言葉を選んだ。
「人類の変異、疾患、人工的な身体改造によって説明するよりは、新種の生物と考えたほうが妥当だと思える、あくまでこの場での仮説だが。宇宙由来かどうかは有力な説と言えるが証拠としては弱い……現時点で言えるのはそこまでだ。これ以上はこのサンプルを分析しないことには何とも言えん。もどかしいがね」
よし……最低限のつかみはできただろう。
あとは村でアクティビティやってもらうだけだな!
■
「一日回った感想ですけど……らいふさんたちの生活って意外に普通っつーか……アニマフィリアさんの製作した農作物のほうがブッチギリでヤバかったっすね!」
それは……そう!
私たちは案外地に足の着いた生活をしている。
この村でおかしいのはだいたい依織の作ったものなのはそう!
そしてまさにそう思ってもらうのが目的の村なので全く正しい。
「じゃがいもが枝から生えてましたもんね~!でもおいしかった~!」
「フン……あれは元々ツリートマトの木で、ポマトという雑種もあれば接ぎ木という手もある……植物というのは意外に大雑把なものだ。科学的に説明はつく……はずだ」
わかってても訝しむよね。わかるよ。
ユーチューバーたちは荷物を民宿に改造した古民家に置いて、今は一日の締めくくりとしてバーベキューをしてもらっている。
恵比寿の養殖している川魚の塩焼き、外部から持ってきた牛肉、そして例の農作物がいっぱい。
今は金網の上で仲良く焼けている。
「楽しんでもらってなによりだよ。これからもっと準備して観光地にする予定さ」
「……ただ、一つ聞きたいことがある。質問はいいか?」
久世さんが手を挙げた。
カメラは……回っているな。おそらく、あのことだ。
覚悟はできている。対策も。
「いいよ、どうぞ」
「……わかった。なら聞くが、君たちは高速で成長する。それは繁殖においてもそうだな?」
来るべき質問が来たな。
今までごまかしていたが、聞かれたら答えなければならず、そして私たちはその答えを練っていた。
……とはいえ、今ここで答えるのは私の選択だ。
「そうだよ。一か月もたたずに私たちは成長して増えることができるようになる」
「……だろうな。その口ぶりでは避妊も可能なんだな?」
「ああ、いつか聞かれると思ってたからね。私たちは最初はある程度の数が必要だったから増えることを選んだ。でも、こうやってある程度安定した生活になると増えるのにも限度がある。だから人間の文明の力をたよったよ」
なんか依織みたいな言い方になっちゃったな。
でもセンシティブな空気にせずにこういうことを言おうと思えば宇宙人らしさを出してくしかないじゃないか!
「……私は政治家ではない、あくまで生物を観察する立場だ。人間社会からの批判に対しては君がカメラに向かって言うべきだ」
なんか……やっぱりこの人、依織の同類だね?
観察する生物には人間も含まれてる言い方じゃないか。
とはいえこれは助け船なんだろうな……私はカメラに向かって頭を下げた。
「すいませんでした。これは衝撃が大きいので隠していたことになります。私たちはおっしゃる通り子を産むのも高速でできます。でも、今後は節度のある形で子供を作っていこうとしています」
ここで真壁さんも口添えしてくれる。
「人間と共存できる速さで子作りしてくってことすか?」
「そうです。すべては共存のためです。だから私たちはこの山奥にある程度自分たちを隔離して自分たちで管理できる状態にしています。世間の皆さんに迷惑をかけない形で生きていくつもりです。どうか長い目で見守っていただけると幸いです」
深く、深~くカメラにお辞儀をする。
私も謝罪がうまくなったなあ……
「……ひょっとして今までここまで増やしたのは身の安全のためか?」
「はい、少数では『事故』などで何かあったら本当に絶滅の可能性を感じていたので……」
「事故か……フン、うまい言い方だ」
ここで真壁さんがまたナイスアシストをしてくれる。
「まあまあまあ久世さん、世の中そういう綺麗事じゃない部分ってありますし、ね!」
「……わかっている。君らの身になって考えてみれば切実だろう。視聴者の皆さんも事情を考えてくれ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
とにかく……とにかく平身低頭するしかないだろこの話題!
私からすれば理不尽な話だけど、人間社会にしたって突如降りかかった理不尽だからね。
これはもう事故だよ。
「あ!私からも質問なんですけど、この村の名前ってあの漫画から取った感じ……だったら素敵だなあって!」
「えーと、空間を削り取る超能力とか宇宙人の出てくる漫画であってるかな?ならそうだよ」
「い~い話でしたよねえ!なんていうか、何千年も前に星に帰っちゃった宇宙人を地球人がずっと待ってる~みたいな!」
コトハさんもさすがアイドルだ。フォローがうまい!
つくづく私は人に恵まれているなあ……千歳社長が繋いでくれた縁だ。
縁が縁を呼んでいる……
これが私の豪運サイクルだよ!私は運がいい!自信を持てらいふ!
「うん、たぶん依織はそういう気持ちで村の名前をつけてくれたんだと思うよ」
「エモい~!いい話じゃないですか!空を見上げて故郷をそこに見る感じですね!」
「ああ、ほとんど記憶はないんだけどね。でも星を見るのはなんだか好きなんだ」
ここで真壁さんがまた話をつなげてくれる。うまいな~!これがプロの話芸かあ~!
「ここ天の川見えますもんねえ!都会じゃ見れないっすわ!」
私たちは星空を見上げ、カメラも宙を見上げる。
人も宇宙人も今このひと時は皆、星を見ていた。
私たちをばらまいた何かを考えながら……
「フッ、私は悪役か……まあいいだろう。繰り返すが私は責めているわけじゃない。確認したかっただけだ」
「いやむしろいい機会っすよ!これでらいふさんたちがのびのび暮らせるなら、ねえ!」
「そうだな、ここは生物も豊富だ……たまには寄らせてもらおう」
ここでコトハさんがその美声と百万ドルの笑顔でカメラに向かって手を振る。
「と!いうわけで!宇宙人の村『たなばたの里』に行ってみた企画!結果は『あんがい普通の観光地』でした~!ありがとうございま~す!」
ここでスタッフさんが笑顔でカメラを切る。
「オッケーでーす!じゃあ後は皆さんごゆっくりで!明日は十時出発なんで!よろしくお願いします!」
「あざす!」
「お疲れ様で~す!」
「ああ、お疲れ。あんな感じでよかっただろう?おそらくあの事実は私が気づく前提だったはずだ。でなければ村にまねかないだろう」
あっ、みんな割と素であんな感じなんだな……まあ、その通りだ。
「気づいてもいいし、そうでなくてもよかった。でも気づいてくれたのがあなたでよかったよ」
「だろうな、うまい手だ。君のところの社長あたりが考えたんだろうな。まあ、別にそれでいいが」
久世さんは眼鏡を吹きながらウーロン茶でカボチャを流し込んでいた。
「まあまあ先生!今回は損な役目になっちゃったっすけど大丈夫すか?」
「かまわないさ。それで離れるフォロワーでもなければ、炎上を気にする私でもない」
「意外にメンタル強いんですねえ!そうじゃなきゃ!」
なんか……さすがプロだ、違うなあ……学ばされるよ……
そういうわけで、第一回の取材は無事に済んだ。
無事に済まなかったのはその後だよ!
ものすごい数の観光客が迫ってきつつあるのを今の私たちはまだ知らない。