銀河にて呪は成し得るか 作:銀河宇宙猫
脳味噌がぐちゃぐちゃに掻き回され、胃の腑が上下する不快感が同時に襲う。
意識が浮上する。
今度こそ。今度こそ殺してやる。
憎悪と殺意が溢れて止まらない。
自分が垂直落下しているのも忘れて、ひたすらに世界に呪詛を吐いていた。
目下に海が見える。なぜこんな場所に飛ばされたのだ。あのクソ術師め。空間を転移させるなど小賢しいにも程がある。
ごば、と巨大な顎のような何かが下から現れた。
デカい魚のような、醜悪な姿だ。呪霊か。
呪力を込める。掌の中に『刀』が顕現する。
「邪魔だ。呪霊ごときが」
中空で、呪力で出来た刀を振るう。水平に放たれた斬撃が、呪霊らしき巨大な魚の頭を三枚に卸した。
真っ赤な血が吹き出す。
妙だ。呪霊特有の呪力が何もない。
巨大な魚の上に着地する。残心は解かない。まだ生きているかも知れない、と思ったが、綺麗に頭を三枚おろしにされて生きている筈もなく。
ふう、と息を吐いて残心を解く。
「なんだ?」
ざわざわと、人が集まってくる。異様な姿だ。何故みんな兜を被っている?
いや。待て。なんなのだ。
「ここはどこだ?」
【名無し】は死滅回游からログアウトして、全く未知の惑星にいるなど、その時は思いもしなかった。
ラグナーの入団の儀式は滞りなく行われるはずだった。
ダイナソータートルが現れるまでは。
あまりにも巨大な怪物は、マンダロリアン達が束になっても傷一つ付かない。何人かが丸呑みにされ、パズ・ヴィズラはヘビーブラスターで子どもたちを守るよう立ち回った。
「これじゃあ、埒があかない!」
マンダロリアンの一人がブラスターを撃ちながら毒付いた。
なんてデカさだ。ブラスターなんかじゃ歯が立たない。
ワイヤーを撃ち込まれたダイナソータートルが水面まで転がっていく。
「ねえ! あれ見て!」
ラグナーが空を指差した。
小さな何かが落ちてくる。
ヘルメットの視覚デバイスを拡張する。人影だ。
上空には船も何もない。どこから落ちて来た?
ダイナソータートルが上空の影に気づいたか、待ち受けるように大口を開けた。
間に合わない。哀れな人影は、そのまま生き餌となるだろう。パズはそう思っていた。
(なんだ?)
人影が動いた。何かがきらりと光った気がした。
すぐ後にダイナソータートルが動きを止めた。驚いた事に、ダイナソータートルの巨大な頭が、鋭利な刃物に切り裂かれたようにスライスされたではないか。
これにはパズや他のマンダロリアンも戸惑いを隠せなかった。
人影が巨大な骸の上に着地した。あんなに高高度から落下していたのに、何者なのだ。
影はしゃがんだまま動かなかったが、暫くして、ゆっくり立ち上がった。
見た事の無い装束。細長い剣のようなものを手にしている。異星のヒューマンだろうか。かなり小柄に見える。顔は遠くて表情は見えないが、左半分が黒い布に覆われている。
「ここはどこだ?」
子どものような甲高い声が、小さく聞こえた。
名無しは、宿儺の時代に生まれた千年前の術師である。かつて宿儺に挑み、なす術なく敗れた。それから名を捨て、一族を捨て、己の術式を極限まで磨き上げたが、人間の寿命には勝てなかった。
この世に再び蘇り、今生でこそ宿儺を殺すと、決めていた筈だった。
「なんでこうなったのだ」
巨大な化け物魚を三枚おろしにしたら、ヘルメットを被った珍妙な者どもに囲まれた。
「領域ではない、結界かと思ったが、違うな」
ぐるりと兜の集団と空を見上げる。太陽が二つある。ようやく、この場所が日本でない事を理解した。
「いやここは!何処なのだ!!??」
心からの叫びに、周りでこちらの様子を伺っていたヘルメット頭たちがビクッと驚いた。
「異国語しか通じない? ハウアーユー? えーとなんだったか。クソ、受肉したてで異国語など無茶苦茶だ」
「貴様、何者だ!?」
濃紺の甲冑を纏った、一際体格の良い男が、敵意剥き出しの声を上げた。それよりも、【名無し】は嬉しさが勝っていた。
「言葉が通じるか!? ここは、日ノ本か? お前たちも死滅回游の泳者か?」
「何を訳の分からん事をごちゃごちゃと。マンダロリアンのアジトに単身で乗り込むとは、いい度胸だ」
「まんだろりあん…??? 地方銘菓か?」
「違う! なんなんだ貴様は!」
男がいかにも無骨な重機関銃をガシャリ、と構えた。周りの鎧達も、それに呼応するように、拳銃のようなものを向けて来た。
「なんだ? 汝等は丸腰の相手にも銃を向けるのか?」
両手をひらひらと上げると、大男が「剣を持っているだろう」と近づいて来た。
「無い」
「嘘だ。この目で見た」
「そうか? なら調べてみればよい」
術式は既に解いてある。刀は影も形もない。
大男が機関銃を背中に掛け「妙な真似はするな」と釘を指してから、身体を検め始めた。
「痛いな。もっと優しくせんか。か弱い女子だぞ」
「なに? あっ」
大男がばっ、と顔を上げると、ざざざ!と怯えた猫のように飛び退いた。
「な? 丸腰であろう?」
「あ、ああ…」
にやりとイタズラが成功したチェシャ猫のように笑う。大男は狼狽えたように肩を丸めている。なんだコイツは。さっきとうって変わって萎びた菜葉みたいじゃないか。
「そこまでだ」
瓏々とした、畏怖すら感じさせる声が響く。
「武器を納めろ」
金色の兜の女が毅然と言い放つと、全然が武器を納めた。大男も同様に。
この金兜の女が、首魁なのか。
なるほど。面白い。
名無しは大男から首魁らしき女に目を向けた。
「ここは何処だ」
「アウターリムにある、マンダロリアンの隠れ家だ」
金兜が堂々と言い放つ。嘘は言っていないようだ。
彼らの言語は分かるが、その言葉の意味がまったくわからない。
「何を言ってるのか全然わからん……ここは日本じゃない事はわかったが、参ったな」
「お前は何者だ? 何故空から落ちて来た」
「それを説明したら多分、かなり長くなるのだが……うーん、早い話が『迷子』か」
「迷子?」
「左様。いきなりこの場所に連れて来られて、帰り道すらわからぬ」
「ダイナソータートルはお前が?」
金兜が巨大な魚の骸を手にした工具で指した。
「あのデカ魚か? そうだ」
「どうやって倒した」
「手品だ」
「何?」
「手品が得意でね」
両の手のひらをひらひらとさせると、金兜が考え込むように俯いた。
「ならばお前は我らの恩人だ。丸呑みにされた同胞たちも生きていた」
「それはよかった。三枚おろしにした甲斐があった」
「迷子なら、好きなだけここに滞在すると良い。名前は?」
金兜の提案に、名無しは面食らった。さっきまで疑ってた相手に何という寛大な処遇だろうか。
「名は無い」
「なんだと」
「名は捨ててしもうた。好きに呼ぶといい」
「そうか。歓迎しよう。ビジター」
金兜が大男に顔を向けた。
「パズ・ヴィズラ。ビジターを案内しなさい」
「な!? コイツを!!??」
「我らの道」
「……我らの道」
パズと呼ばれた大男が不満げに言った。符牒だろうか。その言葉で、兜たちは解散した。
「よろしく頼むぞ。パズ・ヴィズラ氏」
大きな背中に向けて言ってやると、パズヴィズラは嫌そうにこちらを見下ろした。
「俺は貴様を、信用していない」
「それで良い。が、儂は非術師を殺すほど非道ではない」
「……何を言っているか分からんが、俺は貴様に負けない」
「うはは。気に入ったぞ。デカブツ。ほら、案内せい」
促せば、パズはふん、と鼻を鳴らし「ついて来い」と歩き出した。
行き交うヘルメットたちが、興味津々といった様子でこちらを振り向く。子どもですらヘルメットを被っているのは異様な光景だった。
「皆、兜は取らぬのか?」
「マンダロリアンの戦士は決して顔を見せない」
「ほう」
どんな宗教だ。と思ったが、口には出さない。
「鎧もずっと着たままなのか?」
「そうだ」
「肩が凝りそうだな」
「マンダロリアンはそんなヤワではない」
この男、冗談が通じぬタチらしい。バカ真面目に児戯のような質問にもいちいち答えている。なのでこちらから話題を振る事にした。
「じゃあ色々答えてくれた礼だ。なんでも聞いてくれ」
「貴様は、ジェダイなのか?」
「いきなり知らない言葉が出てきた。ジェダイとは何だ」
「もういい」
「あ、待て待て短気な奴だな。儂は呪術師だ。剣は儂の呪力で顕現させたものだ。こんな風に」
いきなり手の中に刀が現れ、それを見たパズが息を呑んだ。
「術式を解除したら消えるという寸法だ」
ぱっ、と刀が消える。
「術師は己の手の内はあまり明かさないのだが、儂の術式はシンプルだからな。明かしても問題ない」
「魔術師、のようなものなのか?」
パズが虚空に消えた剣を探すようにして、きょろきょろとヘルメットを動かしている。
「ニュアンスが気になるが、おおよそ、その理解で構わぬ」
「貴様のような奴が他にもいるのか?」
「私がいた場所には沢山いた」
「そいつらは強いのか?」
「強い。汝等非術師が千人かかっても敵わないだろう」
ピクリとパズが反応した。戦士としての矜持を傷つけられたと思ったのだろうか、だが、事実だ。
「儂は、かつて宿儺と言う術師に敗れた。完膚なきまでにな。だから奴を倒す為に名を捨て、一族を捨て、あらゆるものを削ぎ落としてきた」
だから今生でこそ、宿儺を殺す。千年の憎悪と怨みを込めて。
「お前は、一人なのか?」
パズがぽつりと言った。
「寂しくは、ないのか」
言われている意味が分からなかった。
「ここがお前の部屋だ。何かあれば声を掛けろ」
簡素な寝台に腰掛けた。パズが去った事にも気付かずに、名無しは問いの意味を考えていた。
マンダロリアンという民族はかなり奇妙で厳格な風習と戒律に生きているらしい。
名無しには理解できなかったが、戦士としての素養は皆高いように感じる。
「文明的にも現代日本とはかなり違うようだな。やはり別の次元、世界と考えるべきか」
寝台に寝そべって、岩壁の天井を見つめる。どうやって元の世界に帰れるか、見当も付かない。
「全く。面倒な事になった」
コンコン、とドアを叩く音が聞こえる。
「誰だ」
誰何すると、ドアが開いた。遅れて、小さいヘルメットを被った小柄な影が現れる。
「あの、お礼を言いたくて」
もじもじと、グローブを付けた両手をいじりながら、少年が言った。
「お礼?」
「ダイナソータートルを倒してくれたから。仲間たちを、父さんを助けてくれてありがとう」
「気にせんで良い。……父さん?」
「パズ・ヴィズラ。僕はラグナー・ヴィズラ」
「あやつ、既婚者だったのか」
「僕は養子だよ。ここにいる子どもは殆どが孤児で、養子なんだ」
驚きの事実に、名無しはある方の片目を見開いた。
「そうだったのか」
「あれはどうやったの?」
「あれ?」
「剣を振ったように見えなかったから」
「目が良いな」
ラグナーが照れたように首を傾げた。
「あれは居合だ」
「イアイ?」
「刀身を鞘に収めたまま構え、素早く抜き放ち、斬撃にて相手を断つ」
名無しが居合の動作を再現する。ラグナーが首を傾げた。よくわからないという事だろう。
「剣を抜きながら切るの? 面白いね」
無邪気な感想に、名無しは笑った。
「ラグナーと言ったな」
「うん」
「アジトの周辺を案内してくれないか?」
「いいよ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるラグナーに、名無しはくすりと笑った。
「マンダロリアンのアジトは沢山あるんだ」
洞窟から出て、湖畔を歩きながらラグナーが言った。
「お主らは何故隠れ棲むのだ?」
「マンダロリアンのアーマーは、ベスカー鋼だからどんな攻撃も防ぐんだ。だから帝国や悪いやつに狙われるんだって」
「鎧を脱ぐことは考えないのか」
「マンダロリアンにとって、アーマーと武器は信仰だから。生き方なんだ」
「そうか。中々に修羅道な生き方よ」
「シュ、ラ? そういえば、あなたはどうして名前が無いの?」
「昔、ある強大な術師に負けた。完膚なきまでに。だから儂は名を捨て、一族を捨て、全てを捨てた。奴に勝つ為にな」
「家族も捨てたの?」
「ああ。強さを得るには、全てを削ぎ落とさねばならなかった」
「可哀想」
「なに?」
「だって、一人じゃ寂しいよ」
「お前は父御によう似ておるな」
ヘルメットの小さな頭を撫でると、少年が笑った。