あらかじめご了承ください。
ある雨の降る夜。10代半ばに見える年若い見た目の少女が、薄暗い路地裏を走っていた。
少女は何かから逃げるように、息を切らしながらも気力の続く限り走り続けていた。
「どこへ行こうと言うのですか?」
目の前から声をかけられ、少女が立ちすくむ。路地裏の出口から現れたのは、ニンジャのようなマスクを着用した、糸目の痩身の男だった。
「いけませんねぇ、セリーネ様……貴女は我々の目標を達成するために必要な能力を持っている。さ、早くお家に戻りましょう」
「い……いやっ!」
糸目の男の身体から帯のようなものが伸び、出口を塞いでしまう。
少女は踵を返して逃げようとする。しかし遅い。すでに背後から2人の男が迫ってきていた。逃げていた男達に追いつかれたのだ。
「へへへ……大人しくしてれば痛い思いはさせないぜ?」
完全に挟み撃ちにされた。逃げ場は無い、まさしく絶体絶命。
直後、背後から帯が飛んできて縛り付けられる。少女はバランスを崩し倒れ込んだ。
「さぁ、お二方。セリーネ様を「社」にお連れ下さい。決して傷など負わせないように……」
縛り付けられ抵抗ができない少女に、下衆い表情の男達が迫る。少女は泣きながら身をよじるが、帯がほどける気配は一向にない。
(嫌……嫌……嫌……ッ)
少女は絶望した。今この場では、自分を助けてくれる者は誰1人いない。しかし、自分1人ではこの状況を変えることはできない。
少女はもはや誰かに縋ることでしか、希望を見出せなかった。
「誰か……誰か……誰か……!」
少女は祈った。祈り続けた。誰も助けに来ないとしても、必死に祈り続けた。
限りなく、大きな声で叫んだ。
「誰か、助けてッ!!」
瞬間。
彼女の身体からオーラが迸る。
「なんだ、このオーラは……まさかセリーネ様の『発』……!?」
少女が放つオーラは、今この場が昼間かと見紛う程の眩い光を放った。男達は思わず目を塞ぐ。
十数秒の時を経て光が徐々に弱まった時、そこに少女はいなかった。
「セリーネ様が消えた……!?」
糸目の男はターゲットを見失い、動揺する。
それだけではない。先程まで少女がいたその場には。
「グオオオオォォォォ!!!」
体長3メートルを優に越す、巨大な人型のゴーレムらしき存在が吠えていた。
──────────
念能力。
全ての人間が内に秘める生命エネルギー・オーラを自在に操る能力である。
ハンターとして活動する者は皆、この能力を身につけている。
「化け物が現れた、とな」
『あぁ。市街地に化け物が現れて、度々人が襲われてる』
とある大陸に位置するヤククルの街の郊外にある小さな種苗屋。店主のダムロック=ラナは店内のカウンターで電話していた。
年齢は30代前半、男。園芸店のスタッフらしいエプロン姿。黒の長袖シャツにベージュのチノパンを着用した、動きやすさを重視した格好だ。腰にぶら下げたポーチから覗く園芸鋏や手持ちのシャベルも、彼の職業をわかりやすくアピールしている。
「おっかねぇな。魔獣の可能性はないのか?」
『近辺で魔獣の目撃情報はここ30年出ていない。他所から入り込んだ可能性もあるが、まぁ十中八九念能力者の仕業だろうよ』
「
『俺の能力は対人間向きだ。得体の知れない化け物には効きが悪い。だからお前に依頼した』
ダムロックは頬杖をつき、嫌そうな顔をする。念能力が絡む事件なんてどうせ碌なものではないからだ。
ましてや電話の相手はハンターにして、現職の警察官である。念能力を会得している警察官が匙を投げるレベルの事象を解決してくれと、今ダムロックは頼まれているのだ。
「ま、いいぜ。『面倒事ハンター』の俺に任せときな」
ダムロック、驚くべきことにこれをあっさり了承。
ダムロック=ラナ。彼は売れない種苗屋「ゾル園芸店」の店主にして、町のみんなの悩み事を解決する「面倒事ハンター」でもあった。
「お前ならそう言ってくれると思ってたよ」
店のドアが開けられ、ドアに付けられたベルが「客がやってきたぞ」と言わんばかりに健気に鳴る。働き者のベルには気の毒だが、彼は客ではなく、たった今まで電話していた警察の男である。
「アザ! テメェはいつもこういう時にしか店に来やがらねぇな! たまにはなんか買ってけ!」
「俺は今職務に当たってるんだ。無駄な買い物をしてる暇はない」
「テメェの職場は緑が足りねえ! ほらこれ! サンスベリア! 冬場には全然水やり要らねえから手入れ楽だぞ! アロエもどうだ!?」
「要らないと言っている!」
──────────
「今更だが……外様の俺が介入して大丈夫なのか?」
外行きの黒いジャケットを羽織ったダムロックが、警察の男……アザ=エレラアドに声をかける。
ダムロックはアザの部下が運転するパトカーの後部座席に座っていた。逮捕されたわけでもないのにパトカーに乗れるなど、人によっては興奮するシチュエーションかも知れない。しかしダムロックにとっては10数回目の出来事である。最初の頃は楽しめていたが、今となっては流石に冷めていた。
「むしろ、うちの署長からの直々の依頼だ。指令書も出てる。見ていいぞ」
「ほーんどれどれ……要約すると『超常現象に対抗できるチームの命を無駄に散らす訳にはいかない』ってとこか? 俺捨て駒かよ」
「信頼の証だ」
「貧乏くじなのは変わんねぇだろうが。しっかし、ここ最近念能力関連の事件多くないか? なんかあったのか?」
「面倒事ハンター」──適当に言えば「専門の
念能力は人の身に余る強大な力を与える危険な技術である。故に、念能力の存在は一般の社会では秘匿されており、その存在を知る者はハンターを始めごく僅かしかいない。
にも関わらず、このヤククルの街で発生した事件の内、念能力者が関与したとされる事件が月4〜5件は発生している。ヨークシンシティのようなデカい街ならともかく、ヤククルの街がそれよりも規模の狭い街であることを考えるとこの件数でも異常なペースである。街の警察でハンター主導の超常現象対策専門……いわば「対念能力者専門」のチームが結成される程、この件は問題視されている。
「……一応、ある程度の目星は付いてるんだがな」
「そうなのか?」
「ただ、まだ教えるわけにはいかん。これはウチの内部だけで共有されてることだ」
「ダメか。なら仕方ないな」
──────────
午後3:34、事件現場近辺の派出所で対策本部が設置された。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「ほら、今回の対象の資料だ」
概要は以下の通り。
・1週間前から、3m超えの化け物がヤククル第一倉庫周辺の路地裏に出現し、侵入者を襲っている
・化け物はおそらく念獣の類である
・特定のポイントまで接近すると化け物が対象の2〜3m付近に出現する
・特定のポイントから離れると追跡をやめ、最終的に消滅する
・化け物は腕や拳による打撃以外の攻撃を行わないが、コンクリートを叩き潰す程の腕力を持つ
「念獣ってことは具現化系か? だとしたら能力者は近くにいるのか?」
「いや、調査の結果念使いらしき反応はどこにも出てない」
「特定のポイントから動かないってことは……なんだ、何かを守ってるのか?」
「わからん。本体がどこにも見当たらないからな」
「わからんことだらけだな。まぁ、仕方ない。改めて、俺は何をすればいい?」
「ミッションは2つ。1つは化け物の撃破。もう1つは……」
「もう1つは?」
「……能力者が危険だった場合、始末してもらいたい」
──────────
午後9:25、ダムロックは現場に到着した。
現場付近は街灯が少なく、辺りは薄暗い。すぐ近くの物をはっきり見ることすら難しいが、これは作戦を夜中に行うことで一般人の目撃をなるべく控えるための措置でもある。
「頼んだぞ、 ダムロック」
「慣れねぇなぁ、人殺しは」
面倒事ハンターとして活動する中で、 ダムロックは自らの手を汚したことも何度かあった。だが、人としての本能からか、殺人に対する嫌悪感は未だに強かった。
「ま、乗りかかった船、ここで投げない訳にはいかないな」
ダムロックは四大行の応用技、“円”を展開する。もし視界の外から敵が現れたとしても、これなら迅速に対応が可能だ。
彼の“円”は40m程まで広げられるが、今回は4m程で十分。化け物が出現するのは自身の2〜3m付近と聞いているので、そこまで広くする必要はない。
現場に侵入して60m程進んだ頃。 ダムロックの“円”が、自身の背後に何かが出現したことを認識した。
“円”を解除し、振り返る。事前の情報通り、太い腕を持つ恐ろしい形相の巨大な化け物が現れた。
「グオオオオォォォォ!!!」
大きく腕を振りかぶる化け物。動きは大振りだがそれなりに素早い。ダムロックにとってかわす事は容易いが、その拳はアスファルトを容易に陥没させ、壁に当たれば1発で穴が開く。まともに食らえばプロハンターのダムロックでも危ういだろう。
敵の猛攻をかわしながら、ダムロックは腰のポーチから手持ちのシャベルを取り出した。四大行の応用技“周”でシャベルにオーラを纏わせ、化け物の懐に飛び込む。
「ギリ人型なら……急所も人間と似たようなもんだろ!」
ダムロックは飛んでくる拳をスレスレでかわし、化け物の胸にシャベルを突き立てた。
「……おっとぉ?」
硬い。
シャベルが1ミリも刺さらない。想定外の硬さだ。
思わずダムロックの動きが固まる。すかさず、化け物の拳が向かってくる。
「! やべぇ!」
四大行の応用技“流”。“練”で増幅させたオーラを“凝”で両腕とシャベルに集中させる。直撃は避けられないと判断し、ガードして受けるつもりだ。
化け物のパンチがダムロックに直撃し、ダムロックは思いっきり吹っ飛ばされた。路地の入り口、規制線の前までゴロゴロと転がってきた。
様子を見ていたアザが思わず叫ぶ。
「ダムロック!」
「ってて……無事だ。腕が痺れる程度だ、折れてねぇ」
手に持ったシャベルを見ると、化け物の拳の形に変形していた。これでは武器としてはともかく、園芸には使えない。
追撃が来るとまずかったが、化け物はダムロックを見据えたまま動かない。やはりあのポイントから動かない、もしくは動けないのだろう。このまま近づかなければ勝手に消滅するだろうが、今回のミッションはあの化け物の討伐である。黙って見ている訳にはいかない。
「硬いしパンチがクソ痛ぇ。こりゃ、出し惜しみは無しだな」
ダムロックはズボンのポケットから何かを取り出した。
小石だ。ただの小石ではなく、「神字」と呼ばれる模様が刻印されている。能力者がオーラと時間をかけて書き込んだ文字だ。
ダムロックが小石にオーラを込めた、次の瞬間。
──────────
ゾル園芸店、カウンター。
ここの壁面には様々な農具が飾られている。スコップ・鍬・ピッチフォーク・レーキ・その他諸々。その全てに、ダムロックが取り出した小石同様神字が刻印されている。
その内、スコップが突如光り輝き始め……
消えた。
床に、先程までダムロックが握り締めていた小石が転がっていた。
──────────
「“
つい先程まで園芸店に飾られていた剣先スコップが、路地裏で戦うダムロックの手に握られている。
これが彼の念能力。距離に関係なく、神字を刻印した物品同士の位置を入れ替えることができる。これにより、手元の小石と店内のスコップの場所を入れ替えたのだ。
スコップ片手にダムロックが突撃する。シャベルとは比べ物にならないオーラが、あのスコップには込められている。
人間の能力者なら、雰囲気やオーラ量の差に怯むこともあるかもしれない。しかし化け物はこれを気にしない。目の前の男を排除すべく、拳を振りかぶる。
「クゥゥゥルナァァァ!!!」
化け物の拳が、いや腕全体が無数のトゲに覆われる。さらに殺傷力を増した一撃がダムロックに襲いかかる。
しかしダムロックはこれを避ける。避ける。避け続ける。紙一重でかわし、時にスコップでいなしながら、隙が生まれるのを窺う。
「グアアアァァァァァァ!!!!!」
化け物が両腕をトゲで覆い、大きく振り上げた。
まるで万歳を彷彿とさせるポーズ。その体勢を取るのを、胸元がガラ空きになるその瞬間を待っていた。
「“
ダムロックはスコップにオーラを込め、鋭い突きを繰り出した。
ギィン、と金属音に似た鈍い音が響く。
化け物が両腕を力無く下ろす。力が入っていないようだった。化け物の左胸部に、ぽっかりと穴が空いていた。
「適当に言ったけど、本当に核みたいなもんがあるとはな」
スコップの匙部分に、緑色の輝きを放つの宝石のような物質が乗っている。ダムロックが突き攻撃で化け物の身体から抜き取ったものだ。
「フン。お前、強かったぜ!」
スコップで宝石を横薙ぎに斬り、真っ二つにする。
同時に、化け物は呻き声を上げながら溶けるように消えた。
「終わったか、ダムロック」
「来るな!」
「!?」
化け物の消滅を確認し、駆け寄ってくるアザをダムロックは制止する。
「あいつを倒してから、このポイントにオーラを感じるようになった。近づきすぎたら、また復活するかもしれないぞ」
「なんだと?」
「“凝”で見てみろ。凄いぞ」
アザが“凝”で目にオーラを集中すると、ダムロックの周囲3m四方からオーラが立ち上っているのがわかった。当然ながら、ダムロックのオーラではない。
熟練の念能力者の“練”並のオーラが迸っているが、“凝”を使ったり、直接ポイントに触れないと全くわからないほど、完璧な“陰”だ。
「この規模のオーラを“隠”で誤魔化すなんて……どうなってるんだ、コレは」
「よっぽど騙し討ちしたい奴がいるらしいな。どうする? 俺ずっとここにいるか?」
「そんなの非現実的だ。能力者の姿も見えないし……くそッ、どうする?」
アザが必死になって思考を巡らせる。
一方で、ダムロックは自身の経験則からある程度の目星を立てていた。しかし、それを証明するにはダムロックにも経験の無いやり方を試す必要がある。「過程」さえ乗り越えれば簡単だが、その過程がとことん険しいやり方だ。
だが、やるしかない。ダムロックは覚悟を決めていた。
「アザ」
「どうした、なぜこの距離で無線を」
「言いたいことは2つ。────」
『!……わかったが……お前、どうやって』
「決まってんだろ」
ダムロックはスコップを構える。
「掘って確かめるのさ」
・
放出系能力。使用者はダムロック=ラナ。
神字を刻印した物品の位置を入れ替えることができる。
能力に距離制限は存在しない。ダムロックは「大陸の端から端へでも入れ替えができる」と豪語している。
神字は1〜2回能力を発動すると消滅してしまうが、ダムロック愛用のスコップのみ何度使用しても刻印が消えることはない。
生物には使用することができない。神字の刻印には時間がかかり、最低でも2時間は必要。その間は物品を握り込み続けなければならず、途中で手放してしまえば最初からやり直しである。