(九月十四日〜十七日/馬剃視点)
私は、貸し借りを数える人間である。
四月一日から、数えている。
初日に自席まで案内された。これが一。
学食に連れていかれた。二。
電話を代わってもらった。三。
三日目で、私は数えるのをやめようとした。
やめようとして、やめられなかった。数えないと、返す量が分からなくなるからだ。
九月十七日の朝の時点で、私の帳簿には、百三十七件が記載されている。
うち、金額に換算できるものが十一件。
缶コーヒー二本、のど飴一袋、学食の日替わり一食、ゴミ袋四十七枚。
残りの百二十六件には、単位がない。
単位のないものは、返し方も分からない。
返済済みの欄は、まっさらである。
まっさらな欄を見るたびに、みぞおちのあたりが、きゅっと縮む。
悪心が始まったのは、九月十四日の夜だった。
日曜日である。
その前の週、私は総合型選抜の出願受付の準備を、自分の裁量で二重化した。
昨年度の出願四百三十件を洗い出して、不備を類型に分けて、想定問答を作った。
誰にも頼まれていない。
頼まれていないことをやるのは、私の悪い癖である。
文科省で十年、それをやって、それで私は自分の仕事を失った。
……分かっている。
分かっているのに、身体のほうが先に動く。
十四日の夜、胃のあたりが重くなった。
私はそれを、疲労だと判断した。判断の根拠は、そうであってほしかったから、である。
十五日。食事はゼリー一つ。
十六日。ゼリー一つと、コーヒー。
十七日。ゼリー一つ。
私は、これを誰にも言わなかった。
言えば、あの人が動く。
それが、いちばん、避けたいことだった。
三時に、桑原主査が飴を配った。
りんご味である。
私は、それを口に入れることができなかった。
包み紙を開けた瞬間、甘い匂いが、ぶわ、と喉の奥まで上がってきた。
上がってきて、そこで、つかえた。
机の端に置いた。
置いた瞬間に、きい、と大貫君の椅子が回る音がした。
……見られた。
ひやり、と背中が冷えた。
あの人には、たぶん、二分以内に伝わる。
その予測は、正しかった。
十四時四十分。
温水主任は、私の返事の時間を測りはじめた。
昼食の内容を聞いた。出勤時刻を、三日ぶん確認した。
この人は、心配だとは言わない。
言わずに、数える。
私は「気のせいです」と答えた。
〇・五秒で答えた。〇・五秒で答えたことが、この人には答えになっていた。
十五時二十分。
私は、複合機に向かって歩いた。
二歩目で、床が、ぐらり、と傾いた。
傾いたのは床ではなく私だと気づいたときには、視界の下から白いものが、ざあ、と上がってきていた。
――ああ。
私が最後に考えたのは、それだけである。
次に分かったのは、床が近いことと、右手が痛いことと、名前を呼ばれていることだった。
あの人は、謝るなと言った。
言って、私を横向きに寝かせて、上着を丸めて膝の下に入れて、足を上げた。
迷いがなかった。
十六年間、私はこの人の「迷いのなさ」を、二回しか見たことがない。
一回目は、十六年前の十二月。
私が無理な取引を持ちかけたときである。この人は断らなかった。断らずに、期限までにやり遂げた。
二回目が、今日である。
救急車を呼ばない、とこの人は言った。
大貫君が叫んだ。私も、内心で同じことを思った。
根拠が示された。意識、呼吸、脈拍、搬送先の選択可能性。
二十秒で四つである。
私は、床から車両管理規程の話をした。
あれは、正しさの話ではない。
私は、あのとき、この人に迷惑がかかることだけが怖かった。
公用車の私的使用で、この人が誰かに何か言われることが、怖かった。
第十一条が返ってきた。
「用度にいたんで」と、この人は言った。
……ずるい。
この人は、いつも、自分の行為に説明をつける。
職業病。前の部署。案内文。規程の但し書き。
全部、正しい。
正しいから、私は、それ以上、何も言えなくなる。
助手席で、私は背筋を伸ばして座っていた。
もたれていいと言われた。
もたれられるわけがない。
もたれた瞬間に、私は自分が誰かに運ばれている人間だと認めることになる。
私は、二センチだけ、背中をつけた。
二センチが、その日の私の限界だった。
シートに触れた瞬間、じん、と背中が温かくて、私は慌てて姿勢を戻しかけた。
戻しかけて、やめた。やめたことに、また少し、罪悪感がわいた。
救急外来で、この人は別の人間になった。
いや、正確ではない。
別の人間になったのではなく、私が知らない四年ぶんが、そこに置いてあっただけである。
看護師長に名前を呼ばれた。
八年ぶりだと即答した。吸引器の見積もりを四回突き返した話で、二人が笑った。
そのあと、この人は、私の状態を三十秒で報告した。
時刻。持続時間。血圧。脈拍。体温。食事摂取。水分量。最終排尿。
私が、私自身について、その順番で説明できたことは、一度もない。
そのあいだ、私は車椅子の上で、口を半分開けていたと思う。
文科省の局議で、私は十年、事実を並べる訓練をしてきた。
その私が、自分の事実を、他人に並べてもらっている。
――この人は、私を見ていた。
三日前から、である。
悪心が始まった日から、この人は数えていた。
私が隠していたつもりのものは、全部、隣の机で記録されていた。
私は、車椅子の上で、選定療養費の話をした。
あれは、意識をつなぐためである。
黙ると、視界が狭くなる。喋っていれば、自分がまだそこにいることが確認できる。
通知の番号を聞いた。
この人は「そこまで覚えてるわけないでしょ」と言った。
私は「惜しいです」と返した。
返しながら、私は、この掛け合いが終わってしまうことが怖かった。
「喋っててください。俺、聞いてるんで」
……この人は、気づいた。
二分で、気づいた。
私は「はい」としか言えなかった。
顔が、かっと熱くなった。
熱のせいにできる状況で顔が熱くなるのは、卑怯なほど便利である。
喉の奥が、きゅうっと締まった。
それ以上言うと、たぶん、そこで泣いていた。
三十八度二分で、待合室で、泣く。
……それだけは、絶対に避けなければならなかった。
救急外来の待合室で泣いている職員は、翌週の噂の材料として、あまりに優秀すぎる。
診断が出た。
脱水。鉄欠乏性貧血。腸炎の疑い。
「最近、ちゃんと食べてました?」と医師が言った。
私は答えられなかった。
半年から一年だと、医師は言った。
その前に、私は二つ、致命的な質問を受けている。
一つは、常用薬である。
黄連解毒湯、と私は答えた。
答えてから、なんのために、と聞かれた。
言えるわけがない。
あれは十六年前、私が自分の体質に対して打った、最初にして唯一の対策である。
効いている。効いてはいるが、効いている理由を説明すると、私の社会的地位が終わる。
もう一つは、鼻血である。
医師が「鼻血、出ますか」と聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になった。
年に数回です、と答えた。
原因の心当たりは、と聞かれて、ありません、と答えた。
嘘である。
全部、心当たりしかない。
あのとき、あの人は壁のポスターを見ていた。
『手洗いは三十秒』と書いてあるポスターである。
三十秒も見るような掲示物ではない。
……知っているのだ、あの人は。
知っていて、見なかったことにする。十六年、ずっとそうである。
半年から一年である。
私が文科省を辞めたのが、一年半前。
通院をやめたのが、十か月前。
九割は平気だと、私は自分に説明してきた。
残りの一割は、電話と、原稿を読み上げるプレゼンと、あと一つだと。
数えられていなかった一つが、これである。
私は、食べていなかった。
食べていないことを、私は「忙しいから」と説明してきた。
説明が上手な人間は、自分にも嘘をつける。
九月七日に、この人は私の部屋を片付けた。
床が出た。ゴミ袋を四十七枚使った。
あの日、この人は冷蔵庫を開けて、五十二秒、動かなかった。
私は、その五十二秒を、いまでも正確に覚えている。
あのとき、この人は何も言わなかった。
何も言わずに、閉めた。
……言ってくれれば、よかったのに。
言われていたら、私は、体温計を買ったかもしれない。
十七時の放送で、私はこの人を帰らせた。
規則だから、と言った。
規則だからである。
規則だから、というのは、私がずっと使ってきた、いちばん都合のいい言葉だ。
扉が閉まったあと、私は天井を見た。
白い天井だった。
……帰ってしまった。
そう思った自分に、私は驚いた。
帰らせたのは、私である。
二十時に、この人は戻ってきた。
許可を取ったと言った。
私は「面会時間は十七時までです」と言った。三回くらい言った。
三回言うと本当になるのだから、三回言えば帰ってくれると思った。
帰らなかった。
そして、この人は言った。
「附則まで」
息が、ひゅっと止まった。
心臓が、ばくん、と一回だけ大きく鳴って、そのあと勝手に速くなった。
点滴のせいではない。
四月一日である。
私が就業規則を通読したと言ったとき、この人は「全部ですか」と聞いた。
私は「附則まで」と答えた。
あの日から、五か月半である。
この人は、それを覚えていた。
覚えていて、五か月半、使うところを待っていた。
……それは。
それは、私がしていることと、同じである。
私は、この人の癖を記録している。
嘘のつき方。返事の長さ。マグカップを持つ回数。
記録して、使えるところを待っている。
同じことを、この人もしていた。
「温水さん」と、私は呼んだ。
呼んでしまった。
業務中は「温水主任」である。私はその線を、四月一日から一度も越えていない。
越えた。
この人は、何も言わなかった。
何も言わずに「うん」と答えた。
……気づいている。
気づいていて、何も言わない。
この人の、そういうところが、私は。
二十時半に、志喜屋先輩からメッセージが来た。
『秋……沈む……』
私は、既読をつけたまま、五分ほど画面を見ていた。
この方は、なぜ、いつも当たるのだろう。
十六年間、私はこの人からの連絡に、一度も適切に返信できていない。
返信の様式が、存在しないからである。
私は『恐れ入ります』と返した。
既読がついた。返事はなかった。
……たぶん、これで合っている。
二十二時に、熱が上がった。
寒かった。
骨の内側から、がちがち、と震えが上がってきた。
毛布を掴もうとした指が、うまく閉じない。
ぴん、とナースコールの鳴る音がした。
私は押していない。
午前一時ごろ、私は目を覚ました。
喉が渇いていた。
トイレにも行きたかった。
私は、点滴のスタンドを引いて、一人で立った。
押さなかった。
夜勤が二人しかいないことを、私はナースステーションの掲示で確認していた。
……いつもこうである。
誰かの負担が見えると、私は自分の要求を取り下げる。
文科省での十年で、私はそれを完成させた。完成させて、いなくなった。
廊下は薄暗かった。
トイレから戻る途中、ナースステーションのカウンターが見えた。
あの人が、いた。
紙を一枚、前に置いて、ペンを持っていた。
書いていなかった。
止まっていた。
私は、そこで足を止めた。
止めて、数えた。
癖である。私は、意味もなく、時間を数える。
二十秒。
数えているあいだ、私の心臓は、とくとく、と妙に静かだった。
静かなのに、指先だけが冷たかった。
二十秒たって、あの人のペンが動いた。
二文字か、三文字である。それだけ書いて、紙を看護師長に渡した。
私は、見なかったことにして、病室に戻った。
戻って、布団に入って、目を閉じた。
目を閉じて、二十秒のことを考えた。
この人は、何を書けばいいか、分からなかったのだ。
……私も、分からない。
私も、二十秒では、たぶん足りない。
午前二時四十分に、私は起きていた。
あの人も起きていた。
「二時に起きているのは、十年間、そうでしたので」と、私は言った。
言ってから、しまったと思った。
八月二十九日に、私はこの人に二時間半、その話をしている。
主語を全部抜いて、話した。
この人は、そのとき、一度も「それは君のことか」と聞かなかった。
今日も、聞かなかった。
代わりに、点滴の滴数の話に乗ってくれた。
……ずるい。
この人は、私が逃げる方向に、先回りして道を作る。
作って、自分は何も言わない。
十六年前から、そうである。
午前四時五十分。
熱が下がっていた。
私は目を開けて、あの人がまだそこにいることを確認した。
「寝てた」と、この人は言った。
嘘である。
私は「あなたは、本当に隠したいときだけ、短くなります」と言った。
四月に、この人が私に教えたことだ。
教えられたときは、少し腹が立った。
腹が立って、その日のうちに手帳に書いた。
五か月半、私はそれを持っていた。
お茶が飲みたい、と言った。
あの人が、机の上を指した。
ペットボトルが、二本。
水と、スポーツドリンクである。
――八月二十九日。
私が酔って、この人に部屋まで運ばれた夜である。
あの人は、私を布団に下ろして、鍵を私の手のひらに置いて、帰った。
枕元に、ペットボトルを二本、置いて。
水と、スポーツドリンク。
あのときも、コップは探して、見つからなかったはずだ。
私の部屋には、コップがなかったからである。
同じ二本だった。
「安いんですよ、それ」
あの人は、そう言った。
そのあとに、こう続けた。
「あと、この階の自販機、二台あって。二十円違ったんで、遠いほうで買いました」
私は、そこで、決壊した。
ぶわ、と目の奥が熱くなって、そのあとは、もう何も間に合わなかった。
四月一日である。
この人が私に最初に言った業務外の言葉は、自販機の缶コーヒーの値段だった。
二台あって、どちらも同じ値段だという、何の役にも立たない事実確認である。
あのとき、私は思った。
この人は、十六年たっても、こういうことしか言わない人なのだと。
その人が、いま、三十八度の熱を出した同僚のために、深夜の病院で、自販機を二台とも見に行っている。
二十円のためではない。
二十円を確認しないと、この人は、自分がここにいる理由を説明できないのだ。
……この人は、十六年、何も変わっていない。
高校一年の冬。
この人は、私の成績票を拾った。
弱みを握られたと思って、私は階段の下に連れこんで問い詰めた。
この人は、脅さなかった。
脅さずに、勉強を見てくれる人を紹介して、クレープを奢った。
私は、あのクレープを、いまでも覚えている。
「馬剃さん、それ何味にしたの」
「一番上に書いてあったものです」
「選んでないじゃん」
「選ぶ基準を、持っていませんので」
「じゃあ次から、二番目にしてみたら」
「なぜですか」
「一番上って、店が売りたいやつなんだよ。二番目のほうが、だいたいうまい」
「……出典は」
「俺です」
あれが、最初である。
私が「出典は」と聞いて、この人が「俺です」と答えた。
いま私がやっているあの言い方は、この人から取ったものだ。
十六年、私はそれを自分の癖だと思っていた。
「私、クレープというものを、食べたことがありませんでした」
「え」
「人生で、初めてです」
「……そうなんだ」
言ったあとで、この人は何も聞かなかった。
なぜ食べたことがないのかも、なぜ成績が悪いのかも、聞かなかった。
私は、それで、話してしまった。
周りについていけないことを。
どんどん離されていくことを。
誰にも言ったことのないことを、クレープ一つで話してしまった。
あれから、十六年である。
私は、この人に、何も返していない。
六月も。八月も。九月も。
十六年前も。
私は、それを口に出した。
出しながら、涙が止まらなかった。
罪悪感である。
この人の時間を、私は奪っている。
この人は、十二年間、定時で帰る権利を守ってきた人である。その人が、いま、椅子で夜を明かしている。
私のせいで。
それと、もう一つ。
嬉しかった。
……最低である。
人に迷惑をかけて、嬉しいと思っている。
私は、そういう人間だったのか。
でも。
十六年ぶりに、あの日と同じ場所に、この人がいた。
十六年が経って、髪も生活も職場も何もかも変わって、それでも、この人は、同じ位置に立っていた。
私の、少し斜め後ろである。
振り返らないと見えない位置。
振り返れば、必ずいる位置。
胸のなかが、いっぱいになった。
いっぱいになって、あふれた。
あふれたぶんが、目から出た。
それだけのことである。
それだけのことを、私は、はじめて経験した。
「俺、四年間、この病院にいたんですけど」
あの人は、そう言った。
「一回も、誰かに付き添ったことないんですよ」
「今日が、初めてです」
……やめてほしい。
この人は、自分が何を言ったか、分かっていない。
分かっていないから言える。
分かっていたら、この人は絶対に言わない。
私は、二枚目のティッシュを受け取った。
鼻をかんだ。
思ったより、大きい音がした。
三十八度九分まで出した人間の鼻のかみ方ではない。
私は、その音で、我に返った。
……見られた。
私は、逆上した。
かあっ、と顔じゅうに血が上った。
三十八度九分から下がったばかりの顔である。上げる余地が、まだあったらしい。
自覚はある。
私はいま、患者衣で、点滴を刺したまま、逆上している。
しかも売店の一件では、この人に「変な気を起こさないでください」と言った。
三十八度二分の人間に対して、いったい誰が何を起こすというのか。
自覚はあるが、あのとき、私にできることは、それしかなかった。
見た、見ていない、を四往復した。
記録するな、と言った。していない、と返ってきた。
手帳は。持ってきてないです。
メモ帳は。ないです。
頭の中は。
……我ながら、何を没収しようとしているのか。
私は、たぶん、記録されていてほしかった。
「趣味です」と、この人は言った。
最低である。
二回言った。
二回言うと本当になる、と私は言った。
上限を勝手に引き下げた。
出典は、私である。
三回目は、言わなかった。
言わなかった理由は、書かない。
二日目の朝、七時三十分。
あの人が、病室に来た。
「面会時間は、十四時からです」
「知ってる」
「なぜいらっしゃるんですか」
「通り道なんで」
「病棟は、通り道ではありません」
「五階が」
「ここは八階です」
「エレベーターが混んでて」
「三階ぶん、混みませんが」
「……すいません」
「謝罪の対象が、不明です」
あの人は、椅子に座らなかった。
鞄も置かなかった。
置かないということは、五分で帰るつもりだということである。
私は、そこまで読んで、少しだけ、胸のあたりがつめたくなった。
「引き継ぎを、申し上げます」
「もう済んだ」
「……は」
「不備の照会、七件。全部済んでる」
「三件は、締切が本日です」
「昨日のうちに出した」
「二件は、電話が通じませんでした」
「二十時に、もう一回かけた」
「……二十時に、あなたは、ここに」
あの人は、そこで、少しだけ視線を逸らした。
「廊下で、かけた」
「…………」
「あと、様式が旧版のままだったんで、統合しといた。馬剃さんの案のやつ」
「……あれは、まだ決裁を」
「取った。課長、三秒」
「三秒」
「『いいわよ』だった」
私は、何も言えなかった。
言えないでいるうちに、あの人は「じゃ、行ってきます」と言って、出ていった。
五分どころか、三分だった。
……行ってきます。
その言い方は、業務の言い方ではない。
私は、その四文字を、天井を見ながら、たぶん十回くらい再生した。
再生するたびに、じわ、と目の奥が熱くなるので、途中でやめた。
二日目の午前中、唐沢さんが病室に来た。
救急外来の看護師長だが、朝の申し送りのついでだと言った。
体温計を脇に入れて、その三十秒のあいだ、この方は私の顔を見ていた。
「あなた、温水君の何なの」
「……同僚です」
「ふうん」
三十秒が鳴った。
三十七度一分だった。
「あの子ね、うちに四年いたの」
「伺いました」
「一度も残業しなかったのよ」
「……はい」
「有名だったの。定時の温水って。病院で定時に帰る事務職員なんて、あの子だけだったから」
「存じています」
「昨日、五時半に、まだ廊下にいたのよ」
私は、答えられなかった。
「私ね、目を疑ったの。八年ぶりに見た顔が、その時間にそこにあったから」
「……」
「それだけ」
唐沢さんは、記録を書いて、立ち上がった。
立ち上がってから、思い出したように言った。
「続柄の欄ね」
「……はい」
「あの子、ずいぶん迷ってたけど」
「……」
「あなた、なんて書いてほしかったの」
「……存じません」
「即答じゃないのね」
唐沢さんは、それだけ言って、カーテンを閉めて出ていった。
……即答ではなかった。
私は、一秒を超えると相手が不安になるという理由で、返事を〇・五秒から一秒に設計している。
四月からの達成率は、九十六パーセントである。
いまのは、たぶん、四秒だった。
四秒である。
二日目の夕方、大貫君がゼリーを八個持ってきた。
私は、一日一個ずつ消費すると宣言した。
あの子は「入院、明日までですよ」と叫んだ。
……正しい。
あの子は、たまに正しい。
九月十九日、金曜日。
退院した。
会計で、この人は限度額適用認定証の説明をした。
私は全部メモした。
制度は、使う予定がなくても知っておくものである。
――と、私は言った。
本当の理由は、違う。
この人が説明しているあいだは、この人が、私のために喋っているからである。
帰りの車で、私は続柄の話をした。
聞かなければよかった、といまは思う。
選択肢は三つだった。
家族。親族。その他。
この人は、その他に丸をして、括弧の中に『知人』と書いた。
……知人。
四月一日の「知り合い程度です」から、五か月半である。
三百二十分の一から、知人になった。
私は、窓の外を見た。
――でも。
この人は、二十秒、迷った。
私は、それを見ている。
選択肢の中に、書きたい言葉がなかったから、迷ったのだ。
なかった言葉が何なのかを、私は知らない。
この人も、たぶん、知らない。
「二十秒も、迷わないでください」と、私は言った。
言ってしまってから、私は寝たふりをした。
名前を二回呼ばれた。
私は答えなかった。
答えたら、今度こそ、何か言ってしまう。
信号が赤になった音が、聞こえた気がした。
音などしないのに。
あの人は、青になるまで、何も言わなかった。
二十秒くらい、何も言わなかった。
部屋に帰って、私は手帳を開いた。
今日の欄に、業務の引き継ぎ事項が十一行ある。
その下に、一行、書き足そうとした。
書き足そうとして、ペンが止まった。
十六年前と、同じである。
あのときは、駅の待合室で十分迷って、結局、書いた。
今日は、二十秒迷って、書かなかった。
私には、もう一冊ある。
青いノートである。
思ったことを、そのまま書く。数日置いてから読み返す。
読み返すと、当時の自分が事実と願望を混同していたことが分かる。分かれば、現実に戻れる。
十六年、それで持たせてきた。
この一年は、うまくいっていない。
書いて、数日置いて、読み返して、「そんなはずはない」と結論づける。
結論づけたはずのものが、翌週にまた書かれている。
同じ人のことが、二十三回である。
療法とは、回数が減っていくものを言うのだと思う。
私は、ペンをしまった。
しまってから、鞄の内ポケットに、紙が一枚入っていることを思い出した。
付き添い許可願の、患者控えである。
続柄の欄に、『知人』と書いてある。
……処分しなければならない。
個人情報である。保管の必要も、規程上の根拠もない。
私は、その紙を、内ポケットのいちばん奥に押しこんだ。
押しこんでから、手帳を閉じた。
……明日、体温計を買おう。
私は、そう思って、電気を消した。
この一年、私は毎日、何かを明日に回している。
明日買うものが、はじめて、自分のためのものだった。