(同時期/馬剃視点)
引き継ぎの五日間は、二十五日から二十九日まで、休みの二日を含んでいた。
含んでいたが、二人とも出た。
二十七日の朝、守衛さんに「お二人とも、年末ですよ」と言われた。
「存じております」
即答したのは、存じていたからである。
存じた上で来ている、ということまでは、守衛さんには言わなかった。
引き継ぎの相手が、新しい緑のマフラーで毎朝現れる年末を、私は、悪くない年末だと思っていた。
思っていたところに、金曜の昼休みが来た。
十二月二十六日、金曜日の昼休み。
「温水さん、何年ぶりですか」
「……さあ」
「さあ!? 自分のことですよ!?」
「さあ」
大貫さんと温水さんのやり取りを、私は卵焼きを割りながら聞いていた。
さあ、と二回言った。
この人の「さあ」は、知らないの意味ではない。
数えたくない、の意味である。
九か月隣にいれば、それくらいは分かる。
何年も帰っていない人が、ここにもいた。
三年帰っていない私の、斜め向かいに。
その事実を、私は昼休みのあいだ、卵焼きと一緒に、ゆっくり消化した。
消化しながら、一つの考えが、芽を出した。
芽を出した考えに、私はまだ、名前をつけなかった。
名前をつけると、実行しなければならなくなるからである。
午後、名前をつけた。
つけた名前は、『移動効率の最適化』である。
……我ながら、往生際の悪い命名だった。
十五時の休憩の十分間で、エクスプレス予約の商品一覧を確認した。
確認して、見つけた。
二名以上、こだま限定、割引。
商品説明を三回読んで、規約を二回読んで、それでも不安だったので、コールセンターに電話をかけた。
「あの、『ファミリー』とありますが、家族でなくても」
『同一行程の二名様以上であれば、ご利用いただけます』
「同僚でも」
『ご利用いただけます』
「本当に、同僚でもですか」
『……ご利用いただけます』
オペレーターの方の声に、二回目から、少し困惑が混ざった。
混ざっても、確認はする。
私はこれから、この商品名を盾に、同僚を年末の新幹線に誘うのである。
盾に穴があっては、戦えない。
駅弁の比較資料も、この日の休憩の残りで作った。
評価項目に「においの強度」を入れたのは、過去に出張の車内で実害を被ったからである。
被害者の知見は、次の計画に活かす。それが資料というものである。
定時までの残り時間で、移動のA4一枚に三案をまとめた。
まとめながら、自分に言い聞かせた。
これは、経済合理性の話である。
二千百三十円の話である。
一緒に帰りたい、という話では――
……順番だけ、白状しておく。
一緒に帰りたい、が先だった。
二千百三十円は、あとから見つけた。
見つけたときの安堵は、二千百三十円では買えない種類のものだった。
十八時過ぎ、島に二人になった。
私はA4を持って、立ち上がった。
立ち上がるまでに、座ったまま三回、呼吸を整えた。
省で大臣説明に入るときより、整えた回数が多かった。
「温水さん。三十日の移動計画を伺います」
「計画ってほどのものはないよ。昼までに着けばいいから、適当に」
「適当」
適当、と聞いた瞬間、用意していた説得の一枚目が、怒りに変わった。
変わってくれて、助かった。
怒っているあいだは、緊張が引っ込むのである。
「適当!? 年末の東海道新幹線を、適当で乗り切れると思っているんですか!」
乗車率百三十パーセントも、繁忙期のリスク分散も、手土産の運搬効率も、全部本当のことである。
本当のことだけで塗り固めた提案書の、いちばん下の一行だけが、書いていない本音だった。
彼は、途中で「分かった。一緒に行くよ」と言った。
言われた瞬間、提案書の残りの理由が、宙に浮いた。
「まだ理由が二つありますっ」
浮いた理由を、私は最後まで読み上げた。
承諾のあとに理由を聞かせるのは、非効率である。
非効率だと分かっていて、やめられなかったのは、読み上げているあいだ、頷いてくれた事実を噛みしめていられるからだった。
最後に、私は言った。
「……訂正します。七割が、経済合理性です」
「残りの三割は」
「非公開ですっ!」
その夜、帰宅してから、私は比率を計算し直した。
計算の結果は、七対三の、逆だった。
訂正は、していない。
訂正の様式には、期限の定めがないのである。
十二月二十九日の夜、母に電話をした。
「三十日の昼に着くから」
『あら』
三回目の「あら」だった。
あら、の三回目は、一回目より、含有物が濃い。
濃い含有物の正体に、私は薄々、見当がついていた。
ついていたので、荷造りをしながら、帰省の憂鬱を、キャリーケースの底に一緒に詰めた。
詰めても、翌朝は五時に目が覚めた。
目覚ましは六時に設定してあった。
一時間ぶんの覚醒を、私は、東京駅で消化することにした。
七時三十三分にホームに着いたのは、そういう経緯である。
三十分前行動、と彼には言ったが、実態は、六十分前行動の残りだった。
七時四十六分、彼が来た。
首元に、六日目の緑があった。
巻き方は、完璧だった。
完璧だったので、検品の指摘は、何もせずに済んだ。
済んだのに、私の目は、三秒、そこにいた。
三秒のあいだ、胸のあたりが、ぽかぽかと勝手にあたたかかった。
私の編んだものが、この人の朝の一部になっている。
その事実は、何度確認しても、確認のたびに、胸のどこかがふわりと浮いた。
三秒は、時計の点検で覚えた長さである。
覚えた長さの、私的流用だった。
羊羹は、前日に三候補から選んだ。
羊羹、最中、カステラ。日持ちと、好みの分散と、切り分けの手間で採点して、羊羹が勝った。
のし紙は、三十分迷った。
御歳暮は違う。御礼も重い。結論、無地。
無地ののしに三十分かける人間の帰省が、軽いはずがないのである。
駅弁は、資料の三案を捨てて、売店で深川めしにした。
資料は、判断を変えるためにある。
昔、資料どおりに買って後悔した弁当が、私には一つある。
後悔の再発防止策が「現物を見て決める」である。対策として正しい。
正しいが、彼に「名言かな」と言われて、なぜか腹が立った。
褒められて腹が立つ自分の仕組みは、いまだに解明できていない。
車中のことは、正確に記録できる自信がない。
正確でない記録は残さない主義だが、あの区間だけは、例外とする。
「馬剃さんは、結婚とか、考えてないの」
質問が来た瞬間、心臓が、どきん、と跳ねた。
跳ねた音が、相手に聞こえたのではないかと思うほど、大きかった。
私は、水筒の蓋を閉めていた。
閉め終わっていたのに、手が勝手に、もう一周回した。
一周ぶんの時間で、心拍数を数えようとして、速すぎて数えられなかった。
耳の奥で、どっどっど、と自分の鼓動だけが鳴っていた。
なんで、そういうことを聞くのか。
聞いた本人に聞いたが、本当に聞きたかったのは、質問の意図ではない。
質問の先である。
先を聞く勇気は、私にはなかった。
なかったので、キレた。
キレたあとに、静かになった車内で、私は答えを絞り出した。
「考えて、いなくも、ない、です。人並みには」
人並みには、と付けたのは、保険である。
保険を付けても、声は蚊になった。
蚊になった声の借りを返すために、私は反撃した。双務契約は、あの瞬間に立法した。
立法の甲斐は、あった。
「考えてなくも、ない。……最近は」
最近。
最近、である。
その二文字が耳に入った瞬間、心臓が、跳ねた。
跳ねて、そのまま、速いままになった。
頬が、かっと熱くなって、私は窓の外を見るふりで顔の角度を変えた。
最近、という副詞を、私は熱海から三島まで、頭の中で再生し続けた。
再生するたびに、副詞の指す範囲を検討した。
最近とは、いつからか。九か月か。三か月か。それとも――
検討は、結論に達しなかった。
達しなかったが、検討している自分の口元が緩んでいることだけは、窓の反射で確認できた。
確認できたので、熱海の到着を宣言して、誤魔化した。
時刻の共有は基本である。
基本は、こういうときのためにある。
その前の、おばの件も記録する。
「え、じゃあ馬剃さん、おばなんだ」
彼の返事に、〇・五秒の間があった。
間を、私の検知器が拾った。
拾ってしまったので、キレた。
検知器の感度を恨んだのは、キレたあとである。
感度が悪ければ、気づかないふりの選択肢もあったのに、私の検知器は、彼に関してだけ、異様に高性能なのである。
眠気が来たのは、緊張の反動だと思う。
反動で傾いた頭の、五センチ手前で、私は三回、姿勢を戻した。
五センチは、私が設定した距離ではない。
あれは、理性の残量だった。
五センチ手前で目が覚めるたび、心臓が、どきりと冷たく鳴った。
鳴ったあとに、鳴った理由を考えると、今度は頬が熱くなった。
忙しい心臓である。
三回目に戻したあと、私は頭の傾く方向を、通路側に変更した。
安全策である。
安全とは、彼にとってではなく、私にとっての安全である。
窓側に傾け続けたら、四回目の残量が保証できなかった。
豊橋のときわ通りで、クレープ屋は、まだそこにあった。
三年前の年末、夜行バスの乗り場に向かう夜道で、私は閉まったこの店の前を、通った。
通って、三分、立ち止まった。
シャッターの前で、高校の冬の、チョコバナナの味を思い出していた。
思い出しながら、あのとき隣にいた人が、いまどこで何をしているのかを、考えないようにして、考えた。
三年後に、その本人と、開いている店の前に立つことになるとは、シャッターの前の私は、思ってもいなかった。
「覚えてるよ。えらい勢いで食べてたから」
「わーっ! わーっ!」
わーっ、と言ったのは、勢いの記憶の先に、もっと危険な記憶が繋がっているからである。
あの日の私は、クレープを頬張りながら、生まれて初めて、人前で弱音を吐いた。
空腹と、甘さと、隣の人の聞き方が、全部反則だった。
勢いを掘られると、その先まで掘られる。
だから、抹消を要求した。
要求は、事実は変わらない、で棄却された。
棄却された瞬間、悔しさと一緒に、胸の奥が、じん、と熱くなった。
覚えていてくれたことが、抹消したいほど恥ずかしくて、抹消したくないほど、嬉しかった。
両立しない二つを抱えて、私はクレープの角度を直した。
嬉しかったほうは、内緒である。
クレープの重心を、私は工学で処理した。
包み紙を九十度回して、バナナの角度を調整して、真剣な顔で食べた。
工学で処理したのは、構造のためではない。
高校の味と同じ味を、素の顔で味わったら、防波堤が保たない予感があったからである。
工学は、感情の応急処置に使える。
この知見は、どの教本にも載っていない。
店先で「同僚です」と先回りしたことは、夜、少しだけ反省した。
先回りは、時に、しないほうが自然である。
自然にできない理由が、同僚です、の四文字の側にあるのか、私の側にあるのかは、審議を保留した。
会計は、先を越された。
「ずるいですっ! 高校のときもそうやって……っ」
そうやって、の先は、こうである。
そうやって、先に優しくする。
先に優しくされると、返す側は、利子の計算が一生終わらない。
言えなかったので、ご馳走さまでした、に着地した。
着地の技術だけは、この九か月で上達した。
帰り道の、あの言葉のことも、記録しておく。
「……誰かさんが、三年ぶりに帰るって言うから。負けてられない気がして」
「わ、私のせいですかっ」
「せい、じゃなくて、おかげ」
おかげ。
その二文字が、胸の真ん中に、まっすぐ落ちてきた。
落ちた場所から、熱いものが、ぶわ、と広がった。
広がった熱で、足が止まった。
私は、二歩、歩けなかった。
歩けなかった二歩ぶんの時間で、私の三年ぶりの帰省が、意味を一つ増やした。
憂鬱だった帰省が、誰かの何年ぶりかの、理由になっていた。
理由に、なれていた。
二歩遅れて歩き出したとき、前を向いていたのは、顔の温度の問題である。
温度の問題は、豊橋の冬の風でも、解決しなかった。
駅の東口で、彼と別れた。
復路の予約のことは、最後に言った。
最初から言わなかったのは、確信犯である。
往路の車中で言えば、復路までの四日間、彼に断る時間を与えてしまう。
別れ際に言えば、既成事実である。
省で覚えた技術の中で、いちばん私的に流用された事例だと思う。
反省は、していない。
東口で別れて、バス乗り場まで歩くあいだ、振り返りたい衝動が三回来た。
三回とも、振り返らなかった。
振り返らなかった自分を、三回とも、少しだけ恨んだ。
実家の玄関で、母が言った。
「あら、天愛星。……あんた、なんか顔が違うね」
「疲れてるだけ」
「あら」
四回目の、あら、だった。
四回目は、追及しない、の合図である。
合図に甘えて、私は三年ぶりの自分の部屋に、荷物を置いた。
その夜、赤いマフラーを畳みながら、手帳に一行書いた。
『十二月三十日。二千百三十円、二名分。』
金額の下に、比率の訂正は、書かなかった。
期限の定めのない訂正は、急がなくていいのである。