(同時期/馬剃視点)
一月一日、実家。
到着から三十分で、私は茶封筒を渡された。
厚みで、中身の見当がついた。
三年ぶりに帰った娘のために、三年ぶんが用意されていたのである。
お見合い写真である。
私は「預かるだけです」とだけ申し上げて、二階に上がった。
受け取らないと、話が三時間になる家系である。
上がってから、封筒は開けずに、鞄の底に入れた。
開けない理由を、私は自分で分かっていた。
分かっているものを、正月の午前中から言語化する必要は、ない。
鞄の底のほうが保管条件として適切である、という整理を、私は三秒で作った。
三秒で作った整理は、たいてい、整理ではない。
午後、貴司の一家が来た。
三年前、下の子に「知らない人」と泣かれた私は、今年、対策を立ててきた。
二人が好きなアニメを、十二話まで視聴済みである。
結果を報告する。
下の子は、泣かなかった。
泣かないどころか、三十六番目の必殺技の話で、四十分持った。
上の子には「詳しすぎて怖い」と言われた。
調査は、時に、やりすぎるのである。
帰り際、貴司が言った。
「姉ちゃん、なんか変わった?」
「変わってません」
「そう? 前より、その、普通になった」
「普通で悪かったですね」
「褒めてんだよ」
「褒め方を勉強してください」
「姉ちゃんにだけは言われたくない」
正論だった。
弟に普通と言われて腹が立たなかったのは、たぶん、褒められていることが分かったからである。
普通、というのは、私が十六年、なりたかったものの一つだった。
二十一時、電話が鳴った。
画面に『志喜屋先輩』と出ていた。
月に一回の電話は、十二月にもう済んでいる。
済んでいるのに、鳴った。
この方が二回鳴らすときは、済んでいない用件があるときである。
「はい、馬剃です」
「……あけまして……」
「おめでとうございます」
「……よかった…… つづき……わからなかった……」
「毎年おっしゃっていますよね、それ」
「……うん……」
この方は十六年、同じ場所で言葉を落とす。
「……あした……」
「はい」
「……あえる……?」
「明日、ですか」
「……三人で……」
「三人」
「……会長には……もう……言った……」
「順番がっ!」
「……じゅんばん……?」
「私の返事より先に、会長へご連絡なさっていますよねっ!」
「……したら……断るでしょ……」
「……断りません」
「……嘘……」
嘘であった。
断ろうとしていた。
断ろうとした自分を、私は毎回、この方に先回りされる。
十六年、この方は私に、断る機会を与えない。
与えられないことに文句を言い続けている自分が、そのぶん楽をしているのも、私は知っている。
「……時間と場所を、伺えますか」
「……十四時…… 駅の……ちかく…… 会長が……きめた……」
「会長が」
「……ロボットのいる店……」
嫌な予感がした。
予感は、翌日、十四時七分に的中する。
一月二日、十三時三十分。
私は指定されたファミリーレストランに、三十分前に着いた。
三十分前行動である。
着いてみると、先客が一名いた。
背が高い。
姿勢が、十六年前と一ミリも変わっていない。
紺のコートを椅子の背に掛けて、水の入ったグラスを両手で持っている。
持たれているグラスに、ひびが入っていた。
「放虎原先輩」
「馬剃君」
名字で呼ばれた。
この方は昔から、私を名字で呼ぶ。
十六年ぶりの「馬剃君」は、思っていたより、ちゃんと私に届いた。
「お久しぶりです。……そのグラスは」
「割れていた」
「いま割れましたね」
「元から入っていたひびが、育っただけだ」
「育ちませんっ、ガラスはっ」
「そうか」
そうか、で全部が終わった。
終わらせてから、この方は店員さんを呼んで、丁寧に謝罪し、代金を申し出て、断られていた。
十六年前と、完全に同じ手順である。
「まずは、これを」
名刺が出てきた。
県立高校、教諭、陸上競技部顧問。
私は反射で名刺入れを開き、開いてから、本日が正月であることを思い出した。
「……申し訳ありません、本日は所持しておりません」
「正月に名刺を持ち歩く人間がいたら、私は心配する」
「持ち歩いております。……本日は、鞄が違うだけです」
「持っているんじゃないか」
「所持と携帯は、別の概念ですっ」
「相変わらずだな」
相変わらず、と言われた。
言われて、胸の奥が、ふ、と軽くなった。
十六年ぶりに会った人に相変わらずと言われるのは、たぶん、褒め言葉である。
褒め言葉として受領しておくことにした。
「御校の進路指導室に、弊学の資料は届いておりますでしょうか」
「馬剃君」
「はい」
「今日は、仕事の話は禁止だ」
「……禁止が早すぎませんか」
「先手を打った。君は放っておくと、大学案内を出す」
出すつもりだった。
鞄に、三部入っている。
十四時七分、志喜屋先輩が来た。
入口から席までの二十メートルを、一分半かけて歩いてきた。
「……さむい……」
「一月ですので」
「……しんだ……」
「生きておられます」
「……いま……しんだ……」
「生きておられますっ」
この方は気温が十二度を下回ると、動作が三割落ちる。
本日の豊橋の最高気温は、九度である。
三割では済まない。
私はドリンクバーに立って、ホットミルクティーと、自分の紅茶を作って戻った。
置いた瞬間、志喜屋先輩の両手が、ミルクティーのカップを包んだ。
「……天愛星ちゃん……」
「はい」
「……おぼえてた……」
「十六年、同じものしか召し上がりませんので」
「……えらい……」
えらい、と言われた。
十六年、同じボタンを押しているだけである。
押しているだけのことを、この方は毎回、えらい、と言う。
言われるたびに、私は次の一年も同じボタンを押す。
構造としては、単純すぎる。
単純なので、十六年もった。
カップを包んだまま、志喜屋先輩の左手が動いた。
テーブルの下を通って、私の背中のほうへ、である。
「阻止しますっ!」
私は椅子ごと三十センチ下がった。
「……はやい……」
「十六年、備えてまいりましたのでっ」
「……せいちょう……」
「褒めていませんよねそれっ!」
「……ほめてる……」
「褒め方に、重大な問題がありますっ!」
「馬剃君。志喜屋も、正月くらいは大目に見てやりたまえ」
「先輩は、いつも大目に見すぎですっ!」
「そうか。……しかし、私は嬉しいぞ」
「なにがですか」
「十六年たっても、二人が続いていることがだ」
紅茶が、喉の途中で止まった。
「続いておりませんっ!」
「隠さなくてもいい」
「隠していませんっ! 始まってすらおりませんっ!」
「私は、二人の嗜好を尊重している」
「尊重の対象が存在しませんっ!」
「うむ」
うむ、が出た。
この方の「うむ」は、了解ではない。
記録でもない。
議事録に残らないまま、原案どおり可決される、あの音である。
十六年前から、私はこの音に一度も勝てていない。
「志喜屋先輩っ、先輩からも訂正をっ」
「……うん……」
「うん、ではなくっ」
「……ながいこと……いってない……」
「なぜですかっ」
「……たのしいから……」
「先輩っ!」
十六年分の誤解の原因が、たったいま、判明した。
判明したところで、訂正が通らないのが、この卓である。
注文が来て、話は近況になった。
近況は、三分で尽きた。
尽きた三分の先で、私は自分から、鞄の底の封筒を出した。
出した理由は、いまでも分からない。
分からないが、この卓でなら出せる、と思ったのだと思う。
「これは」
「……お見合い写真です」
「ほう」
「昨日、実家で渡されました」
「見たのか」
「見ておりませんっ」
「では、見よう」
「なぜですかっ」
放虎原先輩は、封を丁寧に開けた。
丁寧に開けて、中身を一枚ずつ、真剣に検分しはじめた。
真剣であった。
真剣であることが、いちばん困った。
「……この方は、走りそうだな」
「走りませんっ、写真ですっ」
「腸腰筋がいい」
「どこをご覧になっているんですかっ」
「私は人を見るとき、まず走れるかどうかを見る」
「見ないでくださいっ、そこはっ」
志喜屋先輩が、写真を一枚だけ、指で引き寄せた。
引き寄せて、三秒見て、戻した。
「……ちがう……」
「……何がですか」
「……天愛星ちゃんの……すきなかたち……じゃない……」
「そういう情報を、お持ちにならないでくださいっ!」
「……もってる……」
持っているらしい。
十六年、月に一回、私はこの方に何を喋ってきたのか。
電話の議事録を、いまさら開示請求したい気分になった。
放虎原先輩が、写真を封筒に戻した。
戻して、封をきちんと折り直してから、私のほうへ滑らせた。
「馬剃君。これは、君が決めることだ」
「……はい」
「私は、君が決めたことなら、何でも支持する」
「……はい」
「ただし、決めていないことを、決めたことにするのは、やめたまえ」
グラスの水面が、揺れた。
揺らしたのは、私の手である。
「……天愛星ちゃん……」
「はい」
「……いい人……いるの……?」
答えられなかった。
います、とは言えない。
事実ではないからである。
事実ではないことが、こんなに悔しいのは、生まれて初めてだった。
いません、とも言えない。
こちらは、嘘だからである。
私は公文書に嘘を書いたことがない。
書いたことがないので、口頭でも、書けない。
結果として、私は黙った。
黙るというのは、私の様式では、最大級の情報開示である。
「……そう……」
志喜屋先輩は、それだけ言った。
言ってから、ミルクティーを一口飲んだ。
「……いるけど……」
喉が、鳴った。
「……まだ……じぶんのじゃない……」
胸の真ん中を、正確に貫かれた。
どく、と心臓が一つ、痛いくらいに鳴った。
鳴った音が、耳の奥まで届いた。
この方は十六年前からそうである。
誰も言語化していないものに、いちばん短い言葉で名前をつける。
つけられた名前は、取り消せない。
「……先輩」
「……なに……」
「……その、透視を、おやめくださいっ」
「……とうし……?」
「見えているじゃないですかっ!」
「……みえてない……」
「見えていますっ!」
「……天愛星ちゃんの顔に……かいてある……」
「書いていませんっ!」
書いてあった。
顔に書いてあるものを消す技術を、私は十六年、一度も習得できていない。
「志喜屋。馬剃君が困っている」
「……こまってる顔……すき……」
「先輩っ!」
放虎原先輩が、コーヒーカップを置いた。
置いた音が、思ったより大きかった。
カップの取っ手が、取れていた。
「……先輩」
「これは元からだ」
「元からではありませんっ」
この方の周囲では、器物が定期的に短命を迎える。
迎えるたびに、この方は元からだと言い張る。
言い張るところまで含めて、十六年、変わっていない。
「馬剃君。一つ、白状することがある」
「白状」
「私は十年ほど前から、志喜屋に君のことを聞いていた」
私は、顔を上げた。
「電話をするたびに、馬剃君はどうしているか、と聞いていた」
「……なぜ、私に直接」
「君は、心配されるのを嫌うだろう」
「……嫌いません」
「嘘だな」
「……嘘です」
即答した。
即答したあとで、目の奥が、じわりと熱くなった。
「文科省を辞めたと聞いたときは、電話をかけようとした」
「……かけて、くださればよかったのに」
「三回かけようとして、三回やめた」
「三回」
「君がまだ、誰にも言っていない時期だったからだ」
私は、テーブルの木目を見た。
あの一年半、私は誰にも言わなかった。
言わなかったことをこの方は知っていて、知ったうえで、待っていた。
待たれていたことを、私はいま、十六年ぶりの卓で、初めて聞かされている。
「……先輩」
「なんだ」
「……ずるいです」
「そうか」
「そうか、で終わらせないでくださいっ」
「うむ」
うむ、が出た。
私の抗議は今日も、可決されずに、原案どおり通っていった。
十六時、店を出た。
外は九度だった。
志喜屋先輩は、出て三歩で、動作がさらに二割落ちた。
落ちた歩幅に合わせて、私たちは駅まで、ゆっくり歩いた。
「……天愛星ちゃん……」
「はい」
「……しばらく……でんわ……できない……」
「なぜですか」
「……とおいから……」
「どちらがですか」
「……ないしょ……」
内緒であった。
内緒にされると、私は聞き返せない。
この方の内緒は、たいてい、あとから重い意味を持って戻ってくる。
戻ってくるまで、私はそれを手帳に書けない。
書けないものが、この冬、少しずつ増えている。
「馬剃君。また会おう」
「……はい」
「次は、十六年空けるな」
「空けませんっ」
「うむ」
最後の「うむ」だけは、ありがたく可決された。
改札で二人と別れて、私は一人になった。
一人になってから、耳の奥に、まだあの一言が残っていた。
いるけど、まだ、じぶんのじゃない。
読点を除いて、十四文字である。
数えてしまったので、たぶん、一生忘れない。
忘れないものを、私は手帳に書かなかった。
書くと、事実として確定してしまうからである。
確定していないことにしておきたい項目が、この冬、一つだけある。
一月三日、九時五十分。
私は豊橋駅の新幹線ホームに立っていた。
集合は十時十分である。
二十分前は、三十分前行動の私としては、むしろ遅刻に近い。
遅れた理由は、家を出る直前まで、鞄に入れるものを迷っていたからである。
迷っていたのは、お見合い写真の封筒だった。
実家に置いていくか、持って帰るか。
置いていくと、母が「預かっているだけ」と言い続ける。
持って帰ると、処分の決定権が私に来る。
決定権は、自分で持つ主義である。
昨日、あの卓で、封は一度開けられている。
開けられたうえで、封筒は私のほうへ戻ってきた。
戻ってきたものの処分先は、所有者が決める。
封筒を鞄の底に入れて、私は家を出た。
……車中で、この封筒の存在を白状することになるとは、このときは思っていなかった。
白状したのは、聞かれたからではない。
言いたくないもの、と自分から言った。
言いたくないなら黙っていればいいのに、あの人の前だと、私の申告制度は自動で作動するのである。
制度の欠陥だと思う。
欠陥の修正予定は、ない。
十時十分、彼がホームに来た。
鞄のほかに、紙袋を提げていた。
紙袋の中身の予感は、なかった。
なかった、と記録しておく。
予感があったと記録すると、あの十秒の破壊力の説明がつかなくなるからである。
掛川を過ぎたあたりで、彼が包みを二つ出した。
一つ目は、妹さんからのちくわだった。
羊羹のお返しが、ちくわ。
格が違う、と抗議しかけて、私は豊橋人としての己に負けた。
あのちくわは、格が違わないのである。
駅の近くの、あの店のである。
悔しいが、一理あるどころか、二理くらいある。
「妹が、『お相手によろしく』って」
お相手。
訂正は「承知しました」で記録されたと聞いた。
訂正が通らない語を、私はいま、三つ知っている。
母の「あら」、妹さんの「承知しました」、そして先輩の「うむ」。
三つとも否定の語を一つも含んでいないのに、こちらの否定を全部無効にする。
日本語には、そういう音がある。
つまり、あちらのご家族の中で、私は「羊羹の人」であり「お相手」なのである。
出席した覚えのない家族会議に、私の議題が、二件も上がっていた。
欠席裁判である。
欠席裁判なのに、判決に控訴する気が起きないのは、どうしたことか。
「それで、こっちが本題」
二つ目の包みが出てきたとき、彼は言った。
「渡す前に、申告があります」
……申告。
「九百八十円です」
心臓が、どきり、と大きく鳴った。
鳴った直後に、息が、止まった。
それは、私の様式である。
十二月二十四日に、私が鎧として着たものである。
鎧を、この人は、覚えていた。
覚えていて、同じ場面で、着てみせた。
盗まれた、のではない。
覚えられていた、のである。
その違いの大きさを、私は、様式の持ち主として、誰よりも正確に理解してしまった。
理解した結果、出た言葉が「様式の無断使用ですっ!」だったのは、我ながら情けない。
情けないが、ああでも言わないと、掛川と静岡のあいだで、目の防波堤が決壊するところだった。
包みの中から、赤が出てきた。
毛糸の、シュシュだった。
小さくて、少し不格好で、三段目に、編み直しの跡がある。
私は、動けなくなった。
胸が、いっぱいになった。
いっぱいになったものが喉までせり上がってきて、言葉が、一つも通れなくなった。
シュシュを持つ自分の手が、小さく震えているのが見えた。
見えたのに、止められなかった。
動けない十秒のあいだに、編み目が、全部を教えてくれた。
初心者の目である。
揃えようとして、揃いきっていない。
三段目の跡は、一度ではない。二度、いや三度、ほどいている。
ほどいて、編み直して、それでも完成させた誰かの、十二月の私と同じ形の時間が、そこに編み込まれていた。
「……編んだの、俺」
知っていた。
編み目を見た瞬間から、知っていた。
知っていたのに、言葉にされた瞬間、心臓を、正面から射抜かれた。
どく、どく、と速くなる鼓動の奥で、目の奥が、じわりと熱くなった。
知っていて、言葉にされたら、駄目だった。
駄目だったので、私は彼の指先に、視線を逃がした。
逃がした先に、絆創膏が二枚あった。
「……指」
「紙で切った」
同じ嘘だった。
十二月に、私がついたのと、一言一句、同じ嘘。
「……私も、十二月に、そう言いました」
声が震えないように、一音ずつ、置くように言った。
置き終えた息が、少しだけ、揺れた。
自分の嘘を、私は初めて、自分から明かした。
明かせたのは、目の前に、同じ嘘の持ち主がいたからである。
同じ嘘を持つ者同士は、訂正をしなくていい。
その免除規定を、私たちはあの車内で、無言のうちに制定した。
師範は妹さん、監督は久遠うさぎ先生、と聞いた。
聞いた瞬間、私の思考は、二秒ほど停止した。
停止した二秒のうち、一秒は「先生が」であり、もう一秒は「先生に知られている」であった。
二日前、私は精文館書店の隅で、あの方に家宝を作っていただいた。
その同じ手が、翌日から、この人の三段目を監督していたのである。
世間の狭さの問題ではない。
私の周辺の密度の問題である。
密度が高すぎて、逃げ場がない。
逃げ場がないまま、こたつで編み棒を持つ彼の姿が、頭に浮かんだ。
浮かんだ画は、危険物だった。
妹さんと先生に挟まれて、指に絆創膏を貼って、三段目で遭難しながら、それでも編み続けた三が日。
私の十二月と、同じ形の時間である。
同じ形の時間を、今度は私が受け取る側になっている。
受け取る側が、こんなに、息が苦しいとは知らなかった。
検品は、した。
させてもらった、というのが正確である。
三段目の緩みを指摘したのは、基準を曲げないためであり、それから、この編み目をもう少し近くで見ていたかったからである。
後者は、帳簿に載せない。
「大合格です」
合格、では、足りなかった。
私の等級表に、この赤を格納できる欄が、なかったのである。
なかったので、新設した。
等級の新設は、本来、規程改正を要する。
要するが、あの瞬間の私は、立法も改正も、独断で執行できる気がしていた。
「なんで、赤なんですか」
聞いたのは、答えの予感があったからである。
予感どおりの答えが、来た。
「……似合うと思ったから」
どきん、と、今日いちばん大きく、心臓が跳ねた。
跳ねた勢いのまま、頬が、燃えるように熱くなった。
それは、私の言葉である。
十二月に、私が緑に対して使った言葉である。
自分の言葉の威力を、私は、発射された側で初めて知った。
知った結果、返却の範囲が広すぎる、と抗議した。
抗議しながら、返却されたすべてを、一つも返す気がなかった。
「ただ、その、あれだ。休みの日、髪が少しゆるいときがあるから。そういう日に、もし」
見られていた。
休みの日の髪を、である。
いつのことか、私は三候補まで特定を試みた。
十一月の休日出勤。十月の代休明けの土曜。それとも――
特定は、途中でやめた。
三候補もあること自体が、答えだったからである。
三回も見られていて、三回とも、気づかなかった。
検知器の感度が、聞いて呆れる。
試着を申し出たのは、私である。
検品には試着が含まれる、という規定を、その場で二秒で作った。
二秒で作った規定の下で、私は自分の髪をほどいた。
新幹線の座席で、である。
正気ではない。
正気ではないと分かっていたのに、手のほうが先に動いていた。
「見ないでください」と言えたのは、私の理性が、その日最後に果たした仕事である。
仕事を終えた理性は、そのあと三十分ほど、席を外していた。
三十秒と申告して、二十二秒で完了した。
前倒しは、得意である。
得意なのに、最後の一結びだけ、二回やり直した。
鏡がなかったからである。
……鏡がなかったから、ということにしておく。
「似合う」
と、あの人は言った。
言われた瞬間、頭の中が、白くなった。
白くなった場所に、遅れて、じん、と熱が広がった。
「思ったより」の五文字に噛みついたのは、防衛反応である。
噛みつかなければ、あの車内で、私は音を出していた。
どういう音かは、書かない。
噛みついた結果、返ってきたのが「編みながら、想像してたとおりだった」であった。
防衛が、裏目に出た。
裏目どころではない。
自分で地雷を掘り出して、自分で踏んだのである。
踏んだ瞬間の私の顔は、記録しない。
記録しないが、四十センチ先で、一部始終が観測されていた。
距離を座席の規格のせいにしたのは、我ながら苦しい弁明だった。
苦しかったが、あれ以外に、逃げ道が一つもなかったのである。
新横浜で、私は髪を元に戻した。
戻したのは、東京駅の人混みに、あの状態で降りたくなかったからである。
あの状態で降りると、たぶん、道の途中で立ち止まる。
立ち止まる自分を、私は今日、すでに何度も目撃している。
これ以上の目撃は、精神衛生上、好ましくない。
シュシュは、コートの内ポケットに入れた。
鞄は、網棚に上げる可能性がある。網棚は、視界の外である。
……という理屈を三秒で組み立てたが、本当のところは、単純である。
近い場所に、置きたかった。
内ポケットは、ちょうど、心臓の上である。
布一枚の下で、速いままの鼓動と、不格好な赤が、隣り合っていた。
理屈の訂正は、しない。
窓の外に、富士山が出た。
「……富士山、視認しました」
完全視認の工程は、失敗した。
視界に、水分の問題が生じたからである。
水分の原因については、調査を行わない。
行わなくても、分かっているからである。
東京駅が近づいたころ、彼が言った。
「往復とも、ありがとう。手配」
「二千百三十円、二回ぶんですので」
「金額の話じゃなくて」
「……存じております」
存じております、は、私の防具の中で、いちばん使用頻度が高い。
高いのに、あのときだけ、防具の硬度が、二割落ちた。
落としたのは、わざとである。
金額の話ではないことくらい、最初から、存じていたのである。
東京駅の分岐で、別れ際に、私は言った。
「大切に、しますので」
使います、では、足りなかった。
使う、という動詞には、消耗が含まれる。
大切にする、には、含まれない。
含まれない動詞を選ぶのに、ホームから改札までの三分を、まるまる使った。
三分かけた甲斐のある選語だったと、思っている。
別れて歩き出してから、私は一度、コートの胸元に触れた。
確認したのは、シュシュの存在ではない。
存在は、疑っていない。
確認したのは、今日という日が現実かどうか、である。
胸元の小さな凹凸が、現実だと答えた。
部屋に帰って、手帳を開いた。
受領の頁に、一行書く。
『一月三日。受領。九百八十円。』
書いてから、金額の横に、注記を足した。
『※価格は参考値。実価値は、算定不能。』
算定不能、と書くのは、会計を志す者として、敗北である。
敗北だが、この項目に関しては、生涯、再計算の予定がない。
最後に、使用開始日の欄を、しばらく睨んだ。
休みの日用、と彼は言った。
言ったが、装備の運用規程は、所有者が決めるものである。
私は、欄にこう書いた。
『使用開始日:勝負の日』
書き終えてから、私はもう一度、髪にシュシュを着けて、鏡の前に立った。
車内には、鏡がなかった。
鏡がなかったので、あのとき自分がどんな顔で「どうですか」と聞いたのかを、私は知らない。
知らないまま、鏡の前に立った。
着けた瞬間、胸の奥が、とくん、と小さく鳴った。
鳴ったまま、しばらく、鏡の前から動けなかった。
鏡の中の自分が、どんな顔をしていたかは、記録しない。
記録しない項目が、この冬、帳簿に増え続けている。
増え続けているのに、帳簿が軽くなっていく気がするのは、会計として、実に不思議な現象である。
それから、修繕の工程表も、確認した。
預かっている十六年物は、帰省には連れて行かなかった。
実家で家族に見られたら、説明が三時間では済まないからである。
工程は、ほつれの補修、毛玉の除去、端の始末。
切り詰める端は、捨てない。
捨てないで、何にするかは、もう決めてある。
採寸の結果、二つ、作れる分量だった。
一つ目の行き先は、決まっている。
二つ目の行き先は、帳簿に書かない。
書かないが、私用の鞄の、内側のファスナーの寸法だけは、もう測ってある。
職場には、持ち込まない。
持ち込むと、装備の出所を、私の顔が申告してしまうからである。
勝負の日は、さっそく、二週間後に来る。
一月十七日。
百十四個の時計と、四百ページの要領と、私の最初の共通テストの朝である。
その朝の装備が、たったいま、決まった。