(同時期/馬剃視点)
繰上げの電話をかける前に、三回、深呼吸をする。
一回目は、声のため。
二回目は、速度のため。
三回目は――番号の向こうにいる子の、この瞬間までの日々のためである。
補欠番号を持って春を待つ気持ちを、私は、少しだけ知っている。
番号の種類は違うが、私も十六年、待合室にいたからである。
合格でも不合格でもない場所で、取り下げも諦めもしないまま、電話が鳴るのを待つ。
あの椅子の座り心地を知っている人間は、受話器を、ゆっくり持つ。
台本の冒頭には、『三秒』と書き込みがある。
二月の練習の夜、彼の言葉を聞きながら、私が書き足した三文字である。
電話のたびに、この三文字を見る。
見ると、声が、正しい温度になる。
規程には書いていない温度の出どころは、つまり、隣の席である。
三月十七日、六件目の辞退の日。
繰上げ順位の一覧に、あの名前を見つけた瞬間、手が、〇・五秒、止まった。
雪の朝の、自転車の子。
膝から血を流して、それでも受けさせてくださいと言った子である。
どくん、と心臓が鳴って、それから、静かに熱くなった。
番号は、探さない。
探さないと決めていたのに、番号のほうから、一番上に来てくれた。
三回目の深呼吸を、いつもより長くしたのは、そのせいである。
「――おめでとうございます」
電話の向こうで、言葉になる前の音がした。
音を、急かさなかった。
待つことについてなら、私は、専門家である。
「膝の傷は、いかがですか」
台本にない一文が、口から出た。
出どころは、分かっている。
規程にない一文を足す勇気は、『慌てずに』の人から、この冬に教わったものである。
『……ほ、ほんとうですか』
「本当です」
『ほんとうに、ほんとうですか』
「事実です」
事実です、を、私はできる限り、やわらかく発音した。
事実というものは、届け方で、温度が変わる。
十六年待った案件の「事実」を、私はいつか、どんな温度で受け取るのだろう。
そんなことを、電話の向こうの泣き声を待ちながら、考えていた。
電話を切って、完了の印を捺した。
捺した印の横に、指を一秒、置いた。
いい番号だった、と思った。
番号に良し悪しはない、と主任としては言うべきだが、この一秒だけは、私用である。
島の男性陣が天井を見ているあいだ、私は下を向いていた。
下を向いていたのは、印のためではない。
目の防波堤の、角度の問題である。
三月十九日、課長に呼ばれた彼が、島に戻ってきた。
「三月六日の、局長室」
その一言で、キーボードの上の私の手が、止まった。
――ばれた。
二月三日の夜のことは、誰にも言わない予定だった。
単独会場の初日、彼のいない本部で、繰上げ期の体制の穴を数えながら、私はA4を三枚、書いた。
一枚目と二枚目は、本当に体制の話である。
三枚目の最後の一行を書くとき、指が、少しだけ震えた。
『次年度も、当該職員の専任配置を要望する』
役所の文章で包んだが、包みの中身は、私情である。
私情を役所の文章で包む技術だけが、文科省の十三年で、いちばん上達した技術かもしれない。
「……七割は、体制の話ですっ」
「三割は」
非公開です、と言うつもりだった。
つもりだったのに、彼の目が、まっすぐだった。
まっすぐな目に、包み紙が、負けた。
「……来年も、隣の席がいい、という話です」
言った瞬間、耳が、かっと熱くなった。
熱いまま、私は猛然とキーボードに戻った。
戻った先の画面の中で、来年度の計画書だけが、私の味方だった。
「……い、言ってしまいましたっ」
夜、帰り道で、独り言が出た。
出たが、取り消しの申請は、しなかった。
事実なので。
三月二十七日、番号たちの綴じ込みの日。
「四月は全員に来ます」
断言したのは、実績があるからである。
来てほしくなかった四月も、何度かあった。
告白の返事がないまま卒業した年の四月。彼が消えたと知った年の四月。文科省で枯れかけていた年の四月。
それでも四月は、毎年、律儀に来た。
来た四月の十八回目に、私はこの島にいて、十九回目を、あと五日で迎える。
八十一日の線の完走報告をしたのは、その日である。
線の先に、二年目の線を引いた夜、私は終点の欄を、初めて空白のままにした。
「しゅ、終点は……み、未定ですっ」
報告のとき、様式にない言葉を探して、少しつかえた。
つかえた私に、彼は、未定のまま長いのがいい、という顔で頷いた。
空白のまま提出する工程表は、人生で初めてだった。
初めてだが、怖くなかった。
未定のまま長い線を、私はもう、いいものだと知っている。
三月三十一日の朝は、四時に目が覚めた。
目覚ましは六時である。
二時間ぶんの覚醒を、私は装備の点検に使った。
赤いシュシュ。三月中随時、の最終日。
鏡の前で結びながら、手帳の、あの頁を開いた。
『二月十四日。督促、送達。期限、設定さる。三月三十一日。』
『※どんな返事でも、受理する。』
どんな返事でも。
四十五日前の私は、いい覚悟を書いた。
書いた覚悟を、今日、実行する。
「……どんな返事でも、ですっ」
鏡に向かって、復唱した。
復唱の声が、少しだけ震えたのは、朝の冷えのせいとする。
昼休み、給湯室で一人になったとき、独り言が出た。
「……ほ、本日が、期限ですが」
誰にともなく、確認した。
「さ、催促は、しませんっ。督促は二月に済んでいますっ。さ、催促と督促は、別の様式ですのでっ」
様式の区別を給湯室の壁に説明している時点で、私の平常心は、すでに定時前だった。
定時後の島に、二人が残った。
大貫さんの「なんとなく」三連は、気遣いとして粗削りだったが、志は、手帳に記録した。
記録し終えたとき、彼の椅子が、回った。
「馬剃さん」
「はい」
「今日が、期限です」
心臓が、どくん、と大きく鳴って、そのまま走り出した。
背筋が、勝手に伸びた。
伸びた背筋の先で、彼が、立ち上がった。
立って言う人を、私は見上げた。
見上げながら、どっどっどっ、と速くなる鼓動の中で、朝の復唱を、もう一度した。
どんな返事でも、受理する。
どんな返事でも――
「好きです。付き合ってください」
時間が、止まった。
その前に、紙が出てきたのである。
四つ折りの、擦り切れた紙。
一月の券売機の前で、彼が床に落としかけて、私が一歩引いた、あの紙である。
あの日の私は、聞かなかった。
聞けば、彼が困ると思ったからだ。
十六年前の私なら、腕をつかんで階段の下まで連れていって、白状させていた。
連れていかなくなった自分を、私は大人になったのだと思っていた。
違った。
諦め方を、覚えただけだった。
だから今日は、一歩、踏み込んだ。
「……み、見せて、いただけますか」
開かれた紙の真ん中に、私の字があった。
『好きな人』
息が、止まった。
十六年前、橋の上で渡した、借り物競走のお題である。
渡して、返事をもらえなくて、彼はいなくなった。
私はずっと、こう思っていた。
あの人は、あの日の紙も、あの日の私も、東京行きの荷物に入れなかったのだと。
十六年、片側だけが生きている関係なのだと。
違った。
定期入れを三回買い替えて、そのたびに移された紙が、ずっと、彼の上着の内側にいた。
胸が熱い、というのでは足りない。
熱いものが、十六年ぶんの高さから、いっぺんに落ちてきた感じだった。
待っていたのは、私だけではなかった。
持ち歩いていた人が、いた。
用意していた受理の様式が、頭の中で、白紙になった。
白紙の口から出たのは、様式のどこにもない一音だった。
「……へ」
へ、である。
十六年と四十五日待った返事への第一声が、へ、だった。
この一音を、私は生涯、手帳に書かない。
書かないが、忘れもしないと思う。
承諾です、と彼は言った。
それから、いまのは俺からの申請でもあります、と。
じわ、と視界の下から熱いものがせり上がってきて、三秒で、堤防を越えた。
越えたものを、止めなかった。
止める規程が、見当たらなかったからである。
泣きながら、私は思っていた。
待つ側だった十六年の、最後の日に、申請される側になった。
番号の向こう側に、私は今日、初めて立ったのである。
繰上げでも、補欠でもなく。
電話を待つ側から、答えをもらう側へ。
この移動の距離を、私は、番号の子たちの誰よりも、長く歩いた自信がある。
手帳に一行書くのに、三回かかった。
一回目、手が震えて、線になった。
二回目、涙で滲んで、頁を替えた。
三回目で、書けた。
『三月三十一日。両件、受理。』
その下に、もう一行だけ、書き足した。
『借り物競走。返却、確認。』
返却されたのは紙ではなく、十六年ぶんの、片側だった。
書いてから、二月十四日の頁に戻った。
『※どんな返事でも、受理する。』の下の、消した『※でも』の跡。
その隣に、小さく、一行足した。
『※でも、は、不要になった。』
四十五日前の私の消し跡が、今日、正式に成仏した。
成仏を見届けて、私は顔を上げて、聞いたのである。
「じゅ、受理しますっ。……受理して、いいんですよねっ!?」
受理していいに決まっている場面で確認を取るのが、私という人間である。
どうぞ、と言われて、受理した。
人生で、いちばんの受理だった。
その夜、部屋で、私は一人で、もう一度言った。
「……受理、しましたっ」
言ってから、枕に顔を押しつけた。
押しつけたまま、足が、勝手に少し動いた。
動いた足の記録は、残さない。
残さないが、本日の私の帳簿は、記録しない項目だけで一頁が埋まった。
埋まった頁ごと、今夜は抱えて寝ることにした。
土曜日、豊橋に、と彼は言った。
行き先の意味は、二秒で分かった。
報告をしに行く場所は、この世に一つしかない。
こだまで行きましょう、と言ったのは、経済合理性ではない。
十六年と四十五日の答え合わせに向かう道は、長ければ長いほど、いいからである。
四月四日、向山大池の橋。
桜は七分咲きで、欄干の位置は、記憶のままだった。
十六年前の私は、この欄干の前で、告白をして、三秒待って、手を差し出した。
差し出した手は、取られなかった。
取られなかった手の形を、私は十六年、覚えていた。
覚えていた場所に立って、私は、十六年前の私に、報告をした。
あなたの申請は、受理されました。
それから――よく、待ちました。
待ったことを、様式ミスだと言った夜もあった。
期限を切らなかった弱さだと、名前を変えた冬もあった。
今日から、名前を戻す。
あれは、待つと決めた私の、十六年の工程だった。
工程は、完了した。
登録名の変更は、橋の上でした。
『温水主任』の五文字を消すとき、指が、少し震えた。
この五文字は、この一年の私の、公式の呼び名だった。
公式の下に本音を格納する運用を、一年、続けた。
続けた運用の、最終日である。
『和彦さん』
打ち終えて、確定ボタンの上で、指が止まった。
「……か、確定ボタンが、お、重いですっ」
重いのは、ボタンではない。
十六年ぶんの、格納容器の蓋である。
押した瞬間、かこ、と小さい音がして、蓋が、開いた。
開いた画面の向こうで、彼も、自分の画面を見せてくれた。
『天愛星さん』
どきん、と心臓が跳ねて、口元を、両手で覆った。
準備ができたら、声で呼ぶ、と彼は言った。
準備なら、できている。
十六年前、この橋の上で告白した日から、ずっと、できている。
できていることを、私は今日、初めて口に出した。
「天愛星さん」
初めて呼ばれた声を、私は、体のいちばん奥の棚に、そっとしまった。
この棚の在庫は、これから、増えていく予定である。
帰り際、橋を渡り切る手前で、彼が手を差し出した。
十六年前、差し出したのは私で、取られなかった。
今日、差し出されたのは私で――
取るまでに、〇・五秒かかった。
かかった〇・五秒は、ためらいではない。
十六年前の私に、見せてあげていた時間である。
ほら、と。
手は、こうやって、取られる日が来る。
「……取りましたっ」
「申告しなくていいよ」
「し、しますっ。大事な受領はっ、必ずっ」
繋いだ手のひらから、彼の体温が伝わってきた。
材料費ゼロ円、実価値算定不能の温度である。
算定不能の在庫が、私の帳簿に、また一つ増えた。
増えるばかりで一向に減らないこの帳簿を、私は、生涯かけてつけていくのだと思う。
クレープ屋では、聞かれてもいないのに、申告をした。
「……つ、付き合ってますっ」
口が、勝手に動いたのである。
十六年、先回りして「同僚です」と言い続けた口が、更新された情報を、一刻も早く配信したがった。
配信先が、クレープ屋のおばちゃんだったことについては、様式上の問題を認める。
認めるが、後悔はしていない。
知ってたよ、と言われて、おまけまで付いた。
自主申告には、時に、おまけが付くのである。
夜、東京の部屋に帰って、私は台所に立った。
昆布を、水に浸す。
いつもの、である。
十六年、一人で作り続けた味噌汁を、今夜も作った。
作って、写真を一枚、撮った。
送信の前に、少しだけ迷って、文面を足した。
『十六年ぶんの、一枚目です』
返信は、三十秒で来た。
『毎週、楽しみにしてます』
毎週、という言葉に、期限はない。
期限のない毎週を、私は今日から、数えずに重ねていく。
数えなくても、負けない日々が、始まったからである。