レベルMAXの百合サキュバスに転生した元・女子高生の異世界蹂躙録 〜冤罪の聖女様と『共犯者』になって、彼女を嵌めた悪党どもを物理的に分からせます〜 作:百合サキュバス好き
「ひっ、いやぁっ! 誰か、助けてぇっ!」
私は悲痛な叫び声(演技)を上げながら、必死に逃げるふりをして裏路地を駆け出した。
表の活気ある大通りとは打って変わって、スラムに近いこの一帯は昼間でも薄暗い。石畳はひび割れ、鼻をつくような生ゴミと下水の饐えた臭いが漂っている。こんな場所に、上等な絹のドレスを着た世間知らずの令嬢が逃げ込めばどうなるかなど、火を見るより明らかだった。
「ギャハハ! 逃げたって無駄だぜお嬢ちゃん! 大人しく俺たちと遊ぼうや!」
後ろからは、下品な笑い声を上げながらゴロツキ三人組が追いかけてくる。私は怯えてパニックになったふりをしながらも、頭の中は極めて冷静だった。視線を鋭く巡らせ、周囲から完全に死角になる『袋小路』を探す。
(あまり速く走りすぎても怪しまれますからね。適度に、ゆっくりと……っと)
私のステータスで本気で走れば、彼らなど一瞬で引き離してしまう。私はあくまで『か弱い令嬢』の速度を保ちつつ、それでいて彼らに追いつかれない絶妙なペース配分で裏路地を縫うように走った。
やがて、高い石壁と積み上げられた木箱で塞がれた、人目につかない薄暗い行き止まりを見つけると、そこへと転がり込んだ。
「ああっ……! 行き止まり……っ」
「へへへっ。ほーらな、言わんこっちゃない。俺たちのシマで逃げられるわけねぇだろ?」
私がわざとらしく壁に手をついてへたり込むと、ゴロツキたちがニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら距離を詰めてきた。完全に私を追い詰めたと確信し、下劣な欲望を丸出しにしている。
(……よし。ここなら大丈夫そうですね)
「さぁて、まずはその上等なドレスを剥ぎ取って……って、あ?」
ゴロツキの一人が私に手を伸ばそうとした、その瞬間。私は指を鳴らし、自ら幻影魔法を解除した。
私がプレイしていたVRMMOに実装されていたこの『幻影魔法』だが、発表当時から大部分のプレイヤーが『そんなの実装されたらヤバいでしょ(悪用されるに決まってる)』と運営に抗議メールを送っていたいわくつきの魔法だ。
案の定、実装直後から『街のNPCの姿に化けて初心者を騙してアイテムを巻き上げる詐欺師』や『ボスの姿に化けて他のプレイヤーをパニックに陥れる愉快犯』が山ほど出現し、ゲーム内は一時無法地帯と化した。結果、アップデートのたびに激しい弱体化(ナーフ)をされ続けていた悲しき魔法である。
その弱体化仕様の一つが、『幻影を維持したままでは敵対行動(攻撃)をとれない』というものだ。つまり、この人族に変装している状態では一切戦えないため、わざわざこんな袋小路まで誘導してきたのである。
人が多い場所で魔法を解除し、人族の街に魔族が現れたとなれば大パニックになってしまう。だからこそ、誰の目も届かないこの場所が必要だったのだ。
パァンッ、とガラスが割れるような乾いた音と共に、清楚なドレス姿の令嬢が霧散する。そしてその下から現れたのは、頭から生えた艶やかな角、背中のコウモリの羽、お尻から伸びる長い悪魔の尻尾。そして豊満な肢体を煽情的な衣装で隠したサキュバスの真の姿だった。
「……は? 魔族、だと……?」
突然目の前に現れた、人族と戦争中の憎き『魔族』を前にして、男たちの顔から下卑た笑みが消え、代わりに絶望的な恐怖が張り付く。それも当然だ。この世界の一般的な認識では、人型に近い中級魔族を一人討伐するのに、熟練の兵士が五人以上必要だと言われている。さらに彼らは知る由もないが、極限まで育成されたゲームキャラである私は、そんな中級魔族の大群に囲まれても無傷で殲滅できるだけの理不尽な力を持っているのだ。
「ごきげんよう、殿方。わざわざこんな袋小路まで誘い込まれていただき、ありがとうございます」
「ちょっ、まっ……! 逃げ……っ!」
脱兎のごとく逃げようとするゴロツキたちに対し、私は冷たく微笑む。同時に圧倒的な速度差で彼らの背後(出口側)へと回り込み、ゲーム上では対象をノックバックさせる効果を持つ『突風魔法(ウィンド・ブロウ)』を放った。
「「「グベェッ!?」」」
三人まとめて袋小路の奥へと吹き飛ばされ、ドサッ! と積み上げられた木箱や石壁に激突する。一人は頭を強く打ったのか、白目を剥いて完全に気絶してしまった。
「ヒッ……!? な、なんだテメェ!? 魔族がなんでこんな街に……っ!」
「た、助け――」
残る二人が悲鳴を上げて這いずり逃げようとするが、私は彼らに向けてサキュバスの得意魔法である『魅了(チャーム)』を放った。
「————『魅了(チャーム)』」
甘いピンク色の魔力が二人を包み込んだ瞬間、彼らの動きがピタリと止まる。この魔法は、かけられた相手の認識を強制的に書き換え、私を『絶対的な味方・親友』だと思い込ませる性質の状態異常だ。
「あれっ? なんだ、姉御じゃねえか! こんなところで何してんだ?」
「ほんとだ姉御だ! 奇遇っすねぇ!」
先ほどまでの恐怖など完全に忘れ去り、気さくな笑顔で私にすり寄ってくる男たち。だがその瞬間。私の中に、とてつもない『拒絶反応』が嵐のように巻き起こった。
「…………ッ!! ぐ、うぅっ……! き、気持ち悪っ……!?」
私は思わず口元を押さえ、胃液が込み上げてきそうなほどの強烈な吐き気に襲われた。
それは例えるなら、真夏の生ゴミに群がる巨大な害虫の群れが、カサカサと音を立てながら一斉に自分に向かって這い寄ってくるのを見た時のような……いや、それ以上の、魂の底から湧き上がる本能的な『おぞましさ』と『生理的嫌悪感』だった。
「おえぇっ……! む、無理無理無理! こっち来ないで! 近寄らないでくださいぃっ!」
(そ、そうでした……! 私のキャラクターはサキュバスとヴァンパイアの変な所が合体した、女の子しか対象にしない『百合サキュバス』。男を魅了したり、男から精気を吸収しようとしたりすると『とてつもない嫌悪感』が湧き上がるとか、そんな設定があったような……!)
ゲーム時代は単なるフレーバーテキスト(面白設定)としてしか認識していなかったが、それが現実の肉体感覚としてフィードバックされるのは地獄だった。私は虫酸が走るのを必死に堪えながら、これ以上男たちを近づけさせないよう、片手を突き出して制止する。
「ストップ! そ、そこから動かないで! ちょっとアジトの場所をド忘れしちゃったから、今すぐ教えてくれる!?」
「えっ? しょうがねぇなぁ姉御は。西通りの外れにある、廃倉庫の地下っすよ」
「用はそれだけ! ありがとう、さようならっ!」
ドスッ、ドスッ!!
必要な情報を引き出した瞬間、私は一切の躊躇なく、誤って殺してしまわないよう補助スキル『生かさず殺さず(手加減)』を発動しつつ、二人の首筋に強烈な手刀を叩き込んだ。バッタリと石畳に崩れ落ちる男たちを見下ろし、私は彼らの懐から慰謝料代わりにじゃらじゃらと小銭が入った財布を抜き取る。
(…………ふぅ)
一息つきながら、私は自分の両手を見つめた。
前世の私は、喧嘩すらしたことがないごく普通の女子高生だった。なのに、今こうして男たちを容赦なく殴り倒して、財布まで奪っているというのに、恐怖感も罪悪感も全く湧いてこないのだ。
(まるで、VRMMOでキャラクターを操作していた時みたいに、身体が自然に動く……。リアルではこんなこと絶対にできないはずなのに、なんでこんなに冷静なんでしょうか)
自分の精神がどこまで『元の人間』で、どこからが『ゲームのバケモノ』なのか。その解離に得体の知れない恐怖感を覚える。
だが……。
(まあ、今は都合が良いから、深く考えるのはやめておきましょう!)
今の私には、この理不尽な力が必要なのだから。この世界に転生してからサキュバスとして精気を吸う事が出来ず、飢餓感に苛まれていた私を助けてくれた、セシリアのために。
自分が人間かバケモノか。今は考えても仕方がないと思考をあっさりと放棄した私は、奪った財布の中身を確認する。銀貨が数枚と、銅貨が少々。
「ちっ……。これっぽっちじゃ、セシリアに可愛い服をたくさん買ってあげるには全然足りませんね」
私は舌打ちをして男たちを路地裏のゴミ箱の裏へ蹴り込むと、再び自身に『ワケアリ令嬢』の幻影魔法をかけ直した。
(……そういえば、この世界にいる一般的なサキュバスは、人間社会に溶け込むための『人化』の能力を標準で持っているらしいですが、私にはそんな便利なスキルはありません。何故なら、私がプレイしていたゲームは『人族も魔族も関係なくパーティーを組める仕様』だったため、わざわざ種族を偽装するようなスキルの必要性が全く無かったからです!)
そのせいで、人族の街を歩くためだけに、いちいち魔力を消費する『幻影魔法』で代用しなければならない。私はゲームの仕様に悪態をつきながら、彼らが吐いた『西通りの外れにある廃倉庫』へと向かって歩き出した。
目的は一つ。可愛い聖女様に服を買うための、追加の『資金調達(物理)』である。