レベルMAXの百合サキュバスに転生した元・女子高生の異世界蹂躙録 〜冤罪の聖女様と『共犯者』になって、彼女を嵌めた悪党どもを物理的に分からせます〜 作:百合サキュバス好き
私が洗面所の扉の前で『これからは清楚で常識的な大人の女性として生きる』と固く決意した、その直後だった。
ガチャリ、と扉が開き、セシリアが洗面所から出てきた。いくつか試着してみたのだろう、彼女は私が買ってきた中で一番似合うと思っていた、淡い水色のワンピースに身を包んでいた。
「あ、あの……セシリアさん?」
「…………」
おそるおそる声をかけると、セシリアはふいっと私から視線を逸らした。水で冷やしたはずの彼女の頬や耳の先は、まだほんのりと赤く染まっている。
(ああっ、まだ怒ってますよね!? 洗面所に引きこもって顔が赤くなるくらい、私のセクハラ発言に腹を立てて……っ。い、いや、ここは言い訳せずに誠心誠意謝らないと!)
私は彼女の赤い頬の理由が『極度の恥ずかしさ』であることになど微塵も気がつかず、慌てて手元にあった紙袋の中から“ある物”を取り出した。
「セシリアさん! さっきはデリカシーのない発言をしてしまって、本当にごめんなさい! これ、お詫びの印ですっ!」
「……え?」
私が両手で恭しく差し出したのは、街で服と一緒に買っておいた、この辺境の街で一番人気らしい『焼き立てのアップルパイ』だった。まだほんのりと温かい包み紙から、甘く煮詰められたリンゴとバターの芳醇な香りがふわりと漂う。
「服を買ってきた帰りに、屋台からすごくいい匂いがしたのでつい買っちゃったんです。セシリア、甘いもの好きかなって思って……」
「…………っ」
セシリアの肩がビクッと揺れた。彼女はジト目を保とうと必死に努めているようだが、その視線はどう見ても私の手にあるアップルパイにガッツリと釘付けになっている。
「……別に、物で釣られるわけではありませんが。あなたが反省しているというなら、あのデリカシーのない発言についてはこれで許してあげます」
「よ、よかったぁ〜! ありがとうございます、セシリアさん!」
意外にもあっさりと許しの言葉を口にして、セシリアはそっと私の手からアップルパイの包みを受け取った。
「……んっ」
小さく一口齧った途端に、彼女の顔からジト目が消え去り、ふにゃりと幸せそうな笑顔が咲く。どうやら無事に、ストップ安まで暴落していた好感度を少しだけ買い戻すことに成功したようだ。本当にチョロくて……いや、素直で可愛い。
「……それで、リゼット様。服もお金も手に入りましたが、これからどうするのですか?」
口元についたパイ生地をハンカチで上品に拭き取りながら、セシリアが首を傾げる。私は居住まいを正し、真剣な顔で頷いた。
「はい。資金も手に入りましたし、セシリアの目的を果たすためにも、このお金で旅の準備をして聖都に出発しましょう。確か、ここから聖都まではそこまで遠くはないですよね?」
「はい。馬車を使わなくても、街道沿いに歩けば数日の距離のはずです」
セシリアが真剣な顔でこくりと頷く。私はパチンと指を鳴らし、自分自身に『幻影魔法』をかけた。魔族の象徴である立派な角とコウモリの羽が掻き消え、代わりに上質な革鎧を纏った、見習い女剣士の姿が浮かび上がる。
「わぁ……リゼット様、とてもかっこいいです……!」
「ふふっ、ありがとうございます。セシリアが魔法使いのローブを着ていますし、これなら『駆け出しの剣士と魔法使いのバランスの良い二人組』に見えて怪しまれないでしょう。では、道中の食料などを買って、すぐに出発しましょうか!」
こうして私たちは意気揚々と宿を出て、大通りへと足を踏み出した。
太陽が高く昇った辺境の街は、平民たちの活気ある喧騒に包まれている。教会の奥深くで箱入りとして育ってきたセシリアにとって、こうした雑多な市場の空気は珍しいのだろう。彼女は少しだけ緊張した様子で私の革鎧の裾をきゅっと掴みながら、周囲の屋台や行き交う人々を興味深そうに見回していた。
その小動物のような仕草がたまらなく可愛くて、私はすっかり保護者のような温かい気持ちになりながら、冒険者御用達の道具屋の暖簾をくぐった。
しかし、買い出しを始めて数十分後――――ここで、一つの大きな誤算が生じてしまう。
元・現代日本の女子高生だった私と、教会の箱入り育ちであるセシリア。私たち二人は、この世界での長旅に必要となる『適切な物資の量と種類』というものを、根本的にわかっていなかったのだ。
(どうせ教会の裏金や裏組織にあった汚いお金ですし、必要なものはケチらずにどんどん買っちゃいましょう!)
「おじさん、干し肉と日持ちする硬パンに各種調味料を多めに! あと水袋を複数と、火打ち石にロープ、それから野営用のナイフもお願いします!」
「……おいおい、聖都までは街道沿いに歩けば四日もかからねえぞ? そんなに買ってどうやって運ぶんだい」
「道中、何があるか分かりませんからね! 備えあれば憂いなしです!」
私の少し過剰な発注に、道具屋の店主が呆れた顔をしている。すると、隣で魔法使いのローブを着たセシリアが、真面目な顔で手を挙げた。
「あの、魔物避けの香炉と、一番分厚い羊毛の毛布も二枚お願いします。あと……こちらの木箱に入ったティーカップと紅茶の葉のセットも」
「セシリア? 香炉はともかく、分厚い毛布やティーセットなんてかさばりません? (というかその陶器のカップ、歩いてる途中で絶対に割れますよね!?)」
「教会に治療を受けに来ていた冒険者の方が言っていたんです。『春先の夜の森を舐めると、寒さで凍死する』と。それに、野宿で心を休めるためにも、ティーセットは必須アイテムのはずです」
……なるほど。少しズレている気もするが、現場の生の声(聞きかじり)である。確かにそれは説得力があった。
結果として。私たちの目の前には、成人男性の背丈ほどもある、パンパンに膨れ上がった巨大なリュックサックが完成していた。ご丁寧に外側には、野営用の鍋やフライパン、予備のランタンまでがジャラジャラと括り付けられており、誰がどう見ても『形から入った初心者の過剰装備』である。
「……お嬢ちゃんたち。悪いこたぁ言わねえ、荷物を減らすか、大人しく馬車を雇いな。そんなモン背負って歩けるわけ――」
「よいしょっと。うん、意外と軽いですね! じゃあおじさん、お釣りは取っておいてください!」
「はぁっ!?」
私が巨大なリュックをヒョイッと片手で持ち上げ、背中に担いでみせると、道具屋の店主は目玉が飛び出そうなほど驚愕して声を上げた。
極限まで極まったステータスの前では、この程度の荷物、空箱を背負っているのと大差ないのだが……一般人からすれば異常な光景だったらしい。
「そ、その馬鹿力……別嬪のお嬢ちゃん、さては『天恵(ギフト)』持ちか?」
「へっ?」
隣にいるセシリアも絶世の美少女なのだが、彼女は変装用のつば広帽子を目深に被って顔を隠しているため、店主の目には私の顔しか見えていないらしい。
「いや、見かけによらねえなと思ってよ。『剛力』か、それとも『身体強化』の天恵(ギフト)かい? そんだけの力があるなら、確かにその荷物でも道中安心だな」
てんけい。ぎふと。聞き慣れない単語に、私は内心で首を激しく傾げた。
(……ギフト? 天恵? ――あ、そういえば! サキュバスの里にあった『人間について』の書物に、そんな記述があった気がします。たしか、数百人から数千人に一人くらいの割合で、生まれつき特殊な能力を持っている人族が出る、とか……!)
ゲームキャラである私の力は、単なるレベルアップとステータスの暴力によるものだ。しかし、ここで「違いますよ、魔族の筋力です」などと馬鹿正直に答えるわけにはいかない。私は引きつりそうになる顔の筋肉を笑顔で固定し、慌ててぶんぶんと縦に首を振った。
「えっ、あ、はい! そ、そうなんですよー! 私、そういう特別な力に目覚めちゃったみたいで!」
「ははっ、そりゃすげえや。天恵(ギフト)持ちなら冒険者でもすぐに出世できるぜ。気をつけてな!」
陽気に笑う店主に手を振り返しながら、私はセシリアと共にそそくさと道具屋を後にした。
(あ、危なかったです……。知識としては知っていましたが、まさか私がそう勘違いされるとは。思わず軽く持ってしまいましたが、もう少し人族の女の子というのを気にしないと、普通に怪しまれそうですね。ボロを出さないためにも、あとでこっそりセシリアに『天恵』についてもっと詳しく教えてもらいましょう……)
私は心の中でそう決意しながら、背中の巨大なリュックを揺らして街の門へと歩き出す。
街の出口を警備していた門番の兵士は、私たちの姿と巨大なリュックを見るなり、吹き出しそうになるのを必死に堪えるような顔をした。
「お、お嬢ちゃんたち……その荷物で聖都まで行くのかい? まぁ、街道沿いを歩けば魔物は少ないが……無理はするなよ」
「はい! ありがとうございます!」
元気よく返事をして門を抜ける。街の防壁を一歩外に出ると、そこには見渡す限りの草原と深い森、そしてどこまでも続く未舗装の街道が広がっていた。頬を撫でる風には、土と緑の青々とした匂いが混じっている。
ピカピカの新品装備に身を包んだ、見習い女剣士と魔法使い。そして、身の丈に合わない巨大な荷物。過剰に見える私たちの荷物に、すれ違うベテラン冒険者らしき人物たちは、旅慣れていない新米冒険者を応援するような、微笑ましそうな目を向けてくる。
これなら訳ありの逃亡者だと疑われる心配もない。意図していたわけではないが、完璧なカモフラージュの完成である。
「よし、私たちの新しい旅の始まりですね!」
「はい、リゼット様! 一日でも早く聖都へ向かいましょう!」
意気揚々と街道を歩き出す私たち。しかし、その数時間後――――温室育ちのセシリアの体力が早くも限界を迎え、道端にへたり込むことになるのを、この時の私はまだ知らなかった。