レベルMAXの百合サキュバスに転生した元・女子高生の異世界蹂躙録 〜冤罪の聖女様と『共犯者』になって、彼女を嵌めた悪党どもを物理的に分からせます〜 作:百合サキュバス好き
街を出てから、半日弱。
太陽はすっかり西の空へと傾き、辺りは夕暮れのオレンジ色に染まり始めていた。
道中、私たちは何度か短い休憩を挟みながら、順調に街道を進んでいた。
最初は「初めて見る外の世界です!」と目を輝かせていたセシリアだったが、ここ一時間ほどは、私が背中の巨大リュック越しに話しかけても「はい……」や「ええ……」と、短い返事が返ってくるだけになっていた。
(セシリアも、少し歩き疲れて口数が減っちゃったかな。そろそろ日も暮れますし、今日の野営地(キャンプ地)を探さないとですね)
私は歩みを止めると、「セシリア、そろそろこの辺りで――」と後ろを振り返り、そこでようやく、自分の決定的な過ちに気がついた。
「……っ、ひゅぅ、……はぁっ、……っ」
巨大なリュックの死角になっていて、気がつかなかった。私のすぐ後ろを歩いていたセシリアは、滝のような汗を流し、血の気の引いた真っ青な顔で、今にも倒れそうなほどフラフラと足元をよろめかせていたのだ。
「ちょっ、セシリアさん!? 顔真っ青じゃないですか! いつからそんな限界状態だったんですか!?」
慌てて駆け寄ろうとした私の目に、彼女が両手で必死に抱え込んでいるズッシリと重そうな革袋が飛び込んでくる。中に入っているのは、道具屋でセシリア自身が選んだ『魔物避けの香炉』と『分厚い羊毛の毛布』だ。
思えば、街を出る時に兆候はあったのだ。
私が「荷物は全部持ちますよ!」と言ったのに、彼女は「いいえ、自分の選んだ荷物くらい自分で持ちます。これでも聖女ですから!」と頑なに譲らなかった。その真面目さと責任感の強さが、こんな限界状態になるまで彼女の口を閉ざさせていたのだ。
「り、ぜっと、様……? 申し訳、ありません……わたしは、平気……です、から……っ」
平気なわけがない。考えてみれば当然だ。私はサキュバスの圧倒的なステータスがあるから平気だが、彼女はつい先日まで教会の奥深くで大切に育てられてきた、生粋の『箱入り娘』なのだ。
途中で何度か休んだとはいえ、それは「立ち止まって数分間水を飲むだけ」という、短い休憩のみだった。それをセシリアは、気合と根性だけで「問題ありません」と無理して笑顔を取り繕い、限界を超えても無言で私についてきていたのだ。
「なんで言ってくれなかったんですか! 『もう無理』って言ってくれたら、すぐに休んだのに!」
「だって……わたしは聖女、ですし……恩人であるリゼット様の、足手まといに、なるわけには……っ」
言いながらも、彼女はその細い腕で、重たい革袋を絶対に落とすまいとギュッと抱きしめている。その健気で不器用な姿に、私の胸の奥がギュッと締め付けられた。
「馬鹿言わないでください。あなたが足手まといなわけ、ないじゃないですか……っ!」
ついに糸が切れたように、セシリアの体がぐらりと前へ傾く。私は背中の巨大なリュックを乱暴に放り投げると、倒れ込む彼女の小さな体を、すかさずその胸に抱きとめた。
気を失いかけた彼女の体を抱きとめた私は、そのまま腕の裏と膝裏に手を通し、ひょいっと持ち上げた。いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ。私の背中には(今は幻影魔法で隠しているが)サキュバスのコウモリ羽があるため、おんぶをすると羽が押し潰されて少し窮屈なのだ。それに、こちらの抱き方の方が顔色もよく見える。
「あ、れ……? り、ぜっと様……?」
ふわりと宙に浮いた感覚に、セシリアがハッと目を覚ます。自分の置かれた状況(お姫様抱っこ)を理解した瞬間、真っ青だった彼女の顔が、みるみると林檎のように赤く染まっていった。
「お、降ろして、ください……っ! わたしは、歩け、ます……!」
ジタバタと細い足を動かして抵抗しようとするが、体力が限界を迎えている彼女の力など、小鳥が羽ばたいている程度にしか感じない。
「ダメです。セシリアさんは疲労困憊なんですから、今は黙って抱き上げられていてください」
「うぅ……っ」
私が有無を言わさぬ声でピシャリと言うと、セシリアはシュンと大人しくなり、恥ずかしそうに私の胸元に顔を埋めた。少し街道を外れ、道沿いに広がる森の中へと移動した私は、見晴らしがよく水場に近い木陰に、先ほど道具屋でセシリアが選んだ毛布を地面に敷き、その上に彼女をそっと寝かせた。
「さてと。それじゃあ、暗くなる前にチャチャッと野営(キャンプ)の準備をしちゃいますね」
「お、お待ちください……わたしも、手伝い……」
ふらふらと起き上がろうとするセシリアの両肩をポムッと押し、私は強制的に彼女を仰向けに押し倒した。
「いいえ、セシリアさんはそこで横になって、大人しく休んでいてください。これは命令です」
「め、命令……っ」
押し倒されたまま、セシリアがコクコクと素直に頷く。やはり、真面目な彼女にはこれくらい強引に出るのがちょうどいいらしい。
私は巨大なリュックから、重たいキャンバス地のテントと木の骨組みを取り出した。本来なら、この異世界のテントは分厚くて重く、大の大人数人がかりでロープを引っ張って設営するものらしい。しかし、極まったステータスを持つ私にかかれば、そんな常識は関係ない。
「よいしょ、っと。ペグ(杭)は手で直接地面に押し込めばいけますね」
私は分厚い布を片手で軽々と持ち上げると、硬い地面に素手で木の杭をズブズブと押し込み、あっという間に一人でテントを完成させてしまった。
続いては火起こしだ。拾い集めた薪を組んだところで、私は買ってきた火打ち石を取り出し……そのままそっとリュックの奥底にしまった。
(無理です! 元・日本の女子高生に、火打ち石なんて高度なサバイバル技術が使えるわけないじゃないですか!)
そんな前世の常識に従い、私は指先を組んだ薪に向けて、ごく弱い初級の火魔法を発動させた。ボワッ、と小さな炎が生まれ、いとも簡単に焚き火が完成する。
「ふぅ。やっぱり魔法って便利ですね。水もすぐ出せますし、火も簡単に起こせる。……あーあ、地球でも使いたいですね、コレ」
パチパチと爆ぜる火を眺めながら、私が誰に聞かせるでもなくポロリとこぼした、その時だった。
「……ちきゅう?」
背後から、不思議そうなセシリアの声が聞こえた。
(やっ、ば……っ!?)
しまった。前世の女子高生としての本音が、完全に口から漏れていたらしい。ビクッと肩を揺らして振り返ると、毛布の上に身を起こしたセシリアが、小首を傾げてじっとこちらを見つめていた。
「あ、あの、リゼット様。その『チキュウ』というのは……魔族領にある地名、ですか? 教会の書物でも聞いたことがない名前ですが……」
「えっ!? あ、あああーっ! そ、そうです! 私の故郷の……すっごく田舎の地名です! だから魔法がちょっと珍しくて……って、アハハハハ!」
私は滝のような冷や汗を流しながら、無理やり笑って誤魔化した。
「……そう、だったのですね」
セシリアはふうむと顎に手を当て、パチパチと燃える焚き火越しに私をじっと見つめている。その透き通るようなアメジストの瞳の奥で、彼女が一体何を考えていたのか。焦って心臓がバクバク言っていた私には、知る由もなかった。
「よ、よし! 火も起きましたし、夕食に……と言いたいところですが、その前に汗を流してさっぱりしましょうか!」
私はボロが出ないうちに、半ば強引に話題を切り替えた。
「えっ? 汗を流すといっても、ここは野外ですし、すぐ近くに街道が……」
「大丈夫ですよ。街灯なんてないこの世界じゃ、夜中に街道を歩く人なんていませんし。それに、周囲から絶対に見えないようにしますから!」
心配そうなセシリアの前で、私は再び魔法を行使した。土魔法で地面をすり鉢状に凹ませて即席の浴槽を作り、そこに水魔法で大量の水を出し、先ほどの火魔法で適温まで温める。最後に、周囲から見えないように闇魔法で真っ黒な『暗幕の結界』を張れば、あっという間に即席の露天風呂の完成だ。
「わぁっ……すごい、です……っ!」
「ふふん、魔法って本当に便利ですよね。さぁ、一緒に入りましょう!」
「い、一緒に……ですか?」
私が服に手をかけると、セシリアは宿屋での出来事を思い出したのか、ギュッと自分の襟元を掴んでジリッと一歩後ずさった。
「ちょっ、なんで警戒してるんですか!? いくら私でも、こんな疲労困憊のセシリアさんにそんな野暮な真似しませんよ!」
「ほ、本当ですか……?」
「本当ですってば! 今日は純粋に背中を流すだけですから!」
私が慌てて弁解すると、セシリアはようやくホッと胸を撫で下ろしてくれた。
宣言通り、私はあくまで良き保護者としてセシリアの背中を優しく流し、二人で今日の疲れと汗を綺麗に洗い流したのだった。
「ふぅ、さっぱりしましたね! それじゃあ、そろそろ夕食にしましょうか!」
お風呂上がりですっかり綺麗になった私たちは、焚き火の前で夕食の準備に取り掛かった。休ませたおかげで、セシリアの顔色はずいぶんと良くなっている。
「はい、リゼット様。わたしにお茶の準備をさせてください」
「ふふっ、それならお願いしようかな。私はメインディッシュを作りますね」
私はリュックから野営用の鍋を取り出し、水魔法で満たした水を焚き火にかける。お湯が沸き立ったところで、大量に買い込んだ『干し肉』をナイフで細かく刻んで投入し、さらに石のように『硬いパン』をちぎって放り込んだ。
(前世で読んだライトノベルの知識によれば、ファンタジーの野営食といえばコレですよね! 硬い保存食も、こうして煮込めば柔らかくなりますし、お肉の出汁も出て一石二鳥です!)
塩で軽く味を調えれば、あっという間に『干し肉とパンの即席煮込みスープ』の完成だ。木の器によそって手渡すと、セシリアはフーフーと息を吹きかけてから、小さく口に運んだ。
「……っ、美味しいです! 硬いパンがお肉の旨味を吸って、すごく柔らかくなっています」
「でしょう! 道具屋のおじさんには呆れられましたけど、干し肉と硬パンを大量に買っておいた私の判断は間違っていませんでしたね!」
「ふふっ、本当に。リゼット様はすごいです」
セシリアが花が咲いたような笑顔を見せる。うんうん、やっぱり美味しいご飯は正義だ。これなら過剰に買い込んだ食料も、無駄にならずにしっかりと消費できそうである。
「リゼット様、食後の紅茶が入りましたよ」
スープを食べ終えた絶妙なタイミングで、セシリアがティーカップを差し出してきた。野性味あふれる焚き火の隣に、不釣り合いなほど上品な白い陶器のカップ。そこからは、ほのかに甘く優雅な茶葉の香りが漂っている。
「……んーっ、美味しい。すごく落ち着きます……」
「よかったです。やはり野宿であっても、こうして心が休まるお茶の時間は必須アイテムでしたね」
「あはは、完敗です。……かさばるって文句言って、ごめんなさいね。ティーセット、買って大正解でした」
私が素直に謝ると、セシリアは「ふふん」と少しだけ誇らしげに胸を張った。過剰な食料と、野宿には不釣り合いなティーセット。世間知らずな私たちが選んだ『無駄な荷物』は、こうして見事に、私たちの初めての野営を豊かで温かいものにしてくれたのだった。
――そして、夜。
焚き火の火を落とし、二人でテントの中に入ったものの……私たちはなぜか、お互いに身を固くして、暗闇の中で天井を見つめていた。
理由は一つ。夜の森が、予想以上に冷え込んだのだ。
春先とはいえ、ここは手付かずの自然が残る辺境の森。日が落ちると急激に気温が下がり、薄着のままではとてもじゃないが寝付けないほどの寒さだった。
ここで役に立ったのが、セシリアが買っていた『一番分厚い羊毛の毛布(二枚)』である。二人でしっかりと毛布に包まり、さらにテントの周囲には、私がやり込んでいたゲームの知識を応用して『敵意感知の結界』を張ってある。悪意を持った魔物や人間が近づけば私の頭の中に警報が鳴るため、見張りを立てずに二人で眠っても安全なのだ。
準備は完璧。あとは寝るだけ、なのだが。
「……あの、リゼット様」
暗闇の中で、セシリアがモゾモゾと毛布を擦らせて、私のすぐ隣へと身を寄せてきた。さらに、彼女の細い腕が、私の背中にギュッと回される。
「セ、セシリアさん?」
「夜の森は、冷えますから……。それに、リゼット様はいつも、とても温かいので……抱きついて、寝てもいいですか?」
それは、宿屋の時よりもずっと大胆で、甘えるような声だった。
今日一日、大荷物を持ったまま文句も言わずに限界まで付き添って、最後は倒れ込んだ彼女を抱きとめて。その積み重ねが、彼女の中の『警戒』を溶かし、私に対する強い『信頼(デレ)』へと変わってきているのがはっきりと伝わってくる。
「……もちろんです。いっぱい温まってくださいね」
私がそっと抱きしめ返すと、セシリアは「はい……」と嬉しそうに呟き、私の胸元にすっぽりと顔を埋めた。
抱きしめた小さな体から伝わってくる、先ほど入ったお風呂の石鹸と、ほんのりと甘い紅茶の香り。初めての野営の夜。私も、慣れない長旅と巨大なリュックサックの運搬で、気がつけばすっかり疲労困憊だったらしい。
冷え込む森の中、腕の中にいるセシリアの心地よい温もりと寝息に包まれているうちに、私の意識はゆっくりと、穏やかな微睡みの中へと溶けていった。