『世界くらい救ってこい!』と送り出した子分、十年経ったら様子がおかしい 作:べべべのすけ
「テオ」
テオの家に踏み込む。俺が来るとは思ってなかったのか、テオは目を丸くしていた。
「リタちゃん……」
「お前、猶予ってなんだよ」
「聞いてたの」
テオがわずかに顔色を悪くする。
俺は落ち着くために、一度深呼吸をした。
「あ、まずお前謝れな。昨日俺のこと気絶させたろ」
「あ、うん、えっと、ごめんなさい……」
突然の話題の転換に、テオは目を白黒させている。
俺はさっきまで美少女が座っていた、テオの対面の椅子に腰を下ろした。
「お前、帰ってきた理由があるんだろ」
「……リタちゃん、口調……」
テオはちょっと嬉しそうだった。俺はため息をつく。
「あの喋り方だと、お前が話にならねぇから。特別な」
俺の予想では、俺が昔の俺の振る舞いをしたらテオは喜ぶと思った。こいつが、今の俺を好ましく思っていないのはさすがに察している。
が、予想に反してテオは表情を曇らせた。なんでだ。
向かいに座るテオの脛を軽くつま先で小突く。
「なんだその顔」
「リタちゃんは、唯我独尊じゃないといけない。リタちゃんは僕に影響されない」
「は? めんどくさ……」
頬杖をつく。その仕草にテオは少しだけ嬉しそうにした。ガチでウザい。なんでこんなやつ子分にしてたんだっけ。
「で?」
俺がそう言うと、テオは首を傾げた。
「帰ってきた理由だよ。さっきの美少女とのやりとり、聞いてたからな」
「ああ……」
テオは気恥ずかしそうにした。
「そんな難しい話じゃないよ。今代の魔王が強すぎて封印するしかないから、僕がその人柱になるってだけ」
「は?」
「……その前に、ちょっとでも約束を叶えられたらなって思って、帰ってきたんだ」
「おい待て」
席を立つ。ガタンと椅子が倒れた。
「……人柱? お前、何言ってんだよ」
「……? 魔王が倒せないなら、封印するしかない。封印の要は、予言の子である僕。……当然の話だよね?」
「お前、なんでそれ黙ってた。俺に関係ないとか言って……!」
テオは硝子玉みたいな目をしていた。それが悲しかった。
「だって、関係ないよ。リタちゃんは、
「っ……!」
咄嗟の行動だった。テオと俺の間にあるテーブルをこえて、テオの頬を叩く。ぶん殴ったつもりの一撃は、ぺちんという小さな音を立てただけだった。
「……俺だって、お前なんてもう知らない。知らないんだからな!」
誰に向かって言ったのか。もしかすると俺自身に対する言葉だったかもしれない。
俺はテオの家を飛び出していた。
村の広場を通って、なんとなくたどり着いた場所で座りこむ。
泣きたい気分だった。けど、泣き虫だったあいつが泣いてないのに俺が泣くのは違うと思った。
「……こじれちゃった?」
背後から声をかけられる。視線だけ向けると、そこにいたのはさっきの美少女だった。
「ぁ……」
「わたし、ティアって言います。勇者のパーティーメンバー。……ちょっと、お話ししてもいい?」
ティアにそう言われて、どうしたんだっけ。気がつくと、俺は自分の部屋でティアと向かい合って座っていた。
「勇者はさぁ、ずぅっとリタちゃんリタちゃんうるさくてぇ」
「へー……」
ティアはその間ずっと喋り続けていた。俺は音の洪水に晒されて、生返事しか返せない。
「……ごめんなさい」
ティアが突然そう言って顔を覆う。
「わたしたちが力不足だから。勇者は、今代の勇者は今までで最も強いと言ってもいいの。それなのに、封印なんて手段を選ばないといけないのはわたしたちが……弱いから……」
ティアは俺の反応を待たずに畳み掛ける。
「リタちゃんから勇者を奪うのは、わたしたち。恨んでくれていい。本当にごめんなさい」
「……あの」
ぼうっとする頭で口を開く。
「どうして、テオのことを勇者と呼ぶんですか。テオと呼んであげないんですか」
「……それは」
「テオは勇者です。確かに予言の子です。けど、その前にテオなんです」
スラスラ言葉が出てきた。俺ってこんなふうに思ってたんだっけ、なんて思いながらも。
「……リタちゃんのこと、勇者——ううん、テオドールが慕うのもわかるかも」
そこでティアは軽く頭を振った。
「そんなにテオドールのこと考えてくれてるリタちゃんが、『例の約束』を叶えてないってことは——テオドールがなんかしたでしょ。違う?」
「……約束」
今度は俺の顔が曇る番だった。ティアが気まずそうに笑う。
「あ、あれ? 約束……してたんだった、よね?」
「……忘れちゃって」
「えぇ!?」
「テオは、その約束……そんなに大事にしてたんですか?」
「それはもう! こっちがドン引きするくらい!」
ティアがぶんぶんと音がするくらい首を縦に振った。
『リタちゃんは、約束を忘れてるんだから』
さっきのテオの言葉が、さっきと違う温度で反響した。