『世界くらい救ってこい!』と送り出した子分、十年経ったら様子がおかしい 作:べべべたろう
テオはぽつりぽつり語った。訓練はやっぱり厳しかったとか、魔物とたくさん戦って、救えなかった人がたくさんいて。そういう、人間としての痛みの記憶がたくさんあるみたいだった。
「……リタちゃんは?」
「え?」
「リタちゃんは、どうやって過ごしてたの。手紙も……くれなかったから、僕は何も知らない」
「手紙ぃ? あれはお前側が返信不可っつってたんだよ。居場所バレが良くないからって」
テオはそんなことも知らされていなかったみたいだった。じゃあ何か、テオの中で俺は手紙すらよこさない薄情者だったわけか。そんな薄情者にせっせと手紙を送りつけてたわけか。
……ん? こいつ、かなり俺のこと好きか?
まあいい。テオは俺の十年について聞きたがっている。
「俺の方は……そうだな、口調直したり、スカートの裾気にしたりするようになったな」
「……僕は、そのままのリタちゃんが好きなのに」
「お前が帰ってくるかどうかわかんねーじゃん。嫁に行くかもと思ったら周りの目も気になるし」
ちなみにちょっと嘘だ。テオが帰ってこなければ「テオに操を立てたんです……」で生涯独身ルート開拓しようと思ってた。
「……結婚」
「お前わかってねえかもだけど、このままだと俺たち結婚させられるからな。嫌なら嫌って言っとけ」
テオが人柱になってしまうならそんなことも言ってられないのはわかってる。けど、とりあえず今だけでもそのことは忘れたかった。
「リタちゃんは、僕と結婚してくれないんだったよね」
テオがぐちぐち言い始めた。
「この間言ったことか? あれは……」
「ううん。子どもの頃も言ってた。『俺は守られるタイプの子が好みだ』って」
え? そんなこと言ったっけ。覚えてない上に、ガキの頃のテオってまんま『守られるタイプ』じゃん。
幸いテオはその点に気づいてないみたいだった。藪を突いて蛇を出すのは本意ではないので俺もスルーしとこ。
「僕もリタちゃんに守られたいって言ったらすごく怒ってしばらく口をきいてくれなかった……」
スルーさせろや。
「それはお前が悪いだろ。親分に子分が生意気なこと言うからだ」
覚えてねえけど。とりあえず、親分の強権を発動させておく。
テオが口をもごもごさせて黙った。こいつは都合が悪くなるといつもこうだ。
——何だか心地が良かった。離れていた十年を埋めて、お互いに十年前の仕草を見つけて。
沈黙が流れる。頭上には十年前と同じ星空があった。
「……リタちゃん」
「ん」
「十年前言えなかったこと、言っていい?」
「いいよ」
なんとなく察しはついている。そう思って頷いた。
「僕、リタちゃんのこと」
——憧れてた、とかか?
「——ずっと好きだったんだ」
「…………」
「ずうっと。ずうっと好きだった」
「…………」
「リタちゃん?」
どぅえええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!???!?!?!?!?!?!???!?!???!???
「あ、エト、ソノ」
「リタちゃんが僕のことそういう目で見てないのも知ってる」
「イヤ、エト、マッテ」
「ううん。僕どころか、他の誰だってそういう目で見てないよね。僕はそれで安心してたんだ」
「——ちょっと待て!」
俺は肺の中の空気を全入れ替えする気持ちで呼吸した。スハースハー。
テオは律儀に黙って待っている。
「待て、俺はさ、こんな口調だし、なんならあの」
前世は男だったし。
……さすがにそれは言えなかった。
それを知ってなお、テオが俺を好きだと言ったとき、拒絶しきれる自信がなかったからだ。
「リタちゃんは……どんなでも、リタちゃんだよ。かっこよくて、僕の手を引いて走ってた、リタちゃん」
『リタちゃんはそんなこと言わない』
十年ぶりの再会の日、テオが俺に言った言葉。今の俺を否定する言葉。
けど、今目の前のテオは俺を受け入れてくれた。俺が村の価値観に負けて、自分を曲げてしまったことすら、受け入れて——。
待て待て待て待て! このまま流されたらヤバい! 何がヤバいかわかんないけどとにかくヤバい!
落ち着いて、こういう時は一旦素数を数えよう。いち、に、さん、ご、なな、きゅう……あれ?
「……返事がほしい、とは言わない」
テオが言った。俺があまりに混乱するので哀れに思ったのか、眉を下げている。
「でも知っておいて。僕がリタちゃんを好きだったこと」
その言葉は、まるで死ぬことがわかっているみたいに響いた。いや、事実そうだった。
俺は何も言えなかった。