『世界くらい救ってこい!』と送り出した子分、十年経ったら様子がおかしい 作:べべべたろう
前世の俺は男だった。ここで問題なのは、前世の俺の人間性とか人生とかじゃない。ただ男だったという点だ。恋愛対象が女だったという点だ。
転生した俺の肉体は女だった。俺は結果としてそこまで苦労せず順応したと思う。ことなかれ主義が幸いした形だ。
村娘の『リタ』として十九年生きてきた。十九年だ。前世の日本ならもう成人年齢。この村でももう立派に大人の一人として数えられている。
俺は、村の人たちからの「結婚しろ」という圧をテオを利用して避けてきた。けどテオが帰ってくると聞いたとき思ったはずだ、「俺、あいつと結婚するのか」と。
——別にいけるな。
……そう思った。あれ、いけちゃうな。
結婚するってことは手を繋ぐってことで、キスするってことで、それ以上のアレがあって、……。
別に、テオ相手ならいけるな。
その結論に至ったとき、最初の感想。「マジか」。次の疑問。「いや、いけるのはわかった。じゃあ俺はテオと……その、キスとか、『したい』のか?」
結論。
俺自身がテオとキスしたいかはわからん。が、テオとティアがイチャコラしとるところを想像するとハラワタが煮えくりかえった。以上。
今日のリタちゃんはこれ以上考えられません。閉店ガラガラ。
俺への好意を過去形で語って、しんみりしているテオの隣でそんなことを考えていた。正直痴女である。
ちらり、隣のテオを盗み見た。
……まつ毛は長い。さっきも思った。
鼻筋がスッと通っている。羨ましい。
肌の色は白くて、爽やかな感じがする。
……こいつ、こんなかっこよかったっけ。
『き、キスされちゃうかと思った……』
さっき、胸ぐらを掴んだときにテオがそんな戯言を言った。その時は鼻で笑い飛ばしたが、……。
膝を抱えて座っていたテオが俺の視線に気づき、俺の方を見る。
…………。
ハッ!?
危ない。唇をガン見してしまった。ガチで痴女じゃねえか。
「リタちゃん、そんなに見られると、その、さすがに……恥ずかしい……」
テオが恋する乙女みたいな顔で頬を赤らめた。
「みみみみみ、見てねーし!」
俺は小学生男子みたいなごまかしを選んでしまった。何かありますと言っているようなものだ。
テオも昔は小学生男子みたいな時期があったろうに、俺への情けはないみたいだった。
「……ほんと?」
テオの目が雄みたいに光る。さっきまでのしんみりした空気が嘘みたいだ。
「あわ、あわわわわわわ」
しかし俺は戦略で勝つことにした。ここまでテンパっている女にテオは無理強いなどしないだろう。しないでいてほしい。するな。
俺の祈りが通じたのか、テオはふっと空気を緩めて笑った。
「ごめん。からかっちゃった」
「……生意気なんだよ、お前っ」
俺は負け惜しみでテオのつむじを押してやった。下痢にでもなれ。
☆☆☆
しばらく他愛もない話をした。テオは俺がまたテンパらないように大変気を遣っているようで、ものすごく子分に徹していた。
俺はちょっとだけ寂しかった。ようやくテオの本音を聞けた気がしたのに、また線引きをされたみたいで。
「……とりあえず、一度王都に戻るね。どうするにしろ、パーティーメンバーと相談しないといけないから」
「……ああ」
「リタちゃんは村で待ってて」
「なんでだよ。一緒に行くよ」
「……えっと、王都では、僕がリタちゃんのあることないことをこの十年言いふらしまくってて」
これを俺を王都に向かわせない方便だとは受け取れなかった。なぜなら今日の昼間に会った、テオのパーティーメンバーと名乗るティアなる美少女が俺のあることないことを知っていたからだ。こいつはガチでやっている。
「……じゃあ、待ってる」
テオは飼い主を見つけた犬みたいに嬉しそうにした。
「じゃあ今から行ってくる」
「……夜だぞ? 危ないだろ」
「早い方がいいからね。心配しないで」
月明かりの下、満天の星の下で、テオは立ち上がった。
その姿が、十年前にここで泣いていたテオと重なる。
そんなわけない。そんなわけないけど……。
また十年、会えなくなるかもしれない。
いや、それどころか、もう村に帰ってこないかも。勝手に人柱になろうとするテオのことだから、何かしら説得されて勝手に犠牲になるとか……。それか他の女と駆け落ちとかしちゃうかも……。
待ってるって言ったけど、不安になってきた。
だから俺は——、
「テオ」
テオの名前を呼ぶ。
「うん?」
テオが振り返る。
テオの首元に手を伸ばして、ぐいっとこっちに引き寄せて、それで。
本当はロマンチックになると思った。けど現実は、
ガチン。
「痛ってぇ!」
ロマンチックにキスするつもりが、目測を誤って歯と歯がぶつかった。ガチでめちゃくちゃ痛い。やるんじゃなかった。
テオは目を白黒させている。
俺は気恥ずかしくて、それ以上テオの顔を見られなかった。
「……絶対帰ってこいよ! 俺が待ってるんだからな!」
それだけ言って、俺はスタコラサッサと逃げ出したのだった。