ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ 作:砂漠谷
訪れてきた女は、シエルとよく似た顔をしていた。
年若い、少女とも言える年齢。年齢は十四前後だろうか。
黒服の護衛を連れ、施設を我が物顔で歩く。看守たちは視線を合わせないように俯き、敬礼の姿勢を取る。
貌には二本の縫い傷跡。周囲に敬意を払われている――ということは、王族の血縁にして、表社会に出ることを禁じられた者。
これこそが。『本物の』二線者。
原作で名を奪われた女。
モレナ=プルード、その人だと、察することができた。
彼女は、食堂で栄養補給をしていたシエルに迷いなく歩みよる。
黒服は首根っこを掴んでシエルを起立させる。
俺は無視されただけだったが、空気を読んで地面に座り、土下座スタイルに移行した。
反社とはいえ、貴人扱いされている人種。これに不愉快は感じないだろう。
「ふうん、確かに似ているね」
彼女は、シエルの顔を覗き込む。
ちらりと二人の顔を覗き見るが、シエルの顔はこちらからは見えない。モレナの顔は、冷え切った無表情だった。
「はっ! こいつは『肉』共の取りまとめもしております! お嬢様の日常生活を叩き込む程度の頭はあるかと!」
「誰が喋っていいと言った!」
看守が黒服に殴られる。そのやり取りで、なぜモレナがここに来たのかを察した。
影武者。貴人たるモレナ=プルードの身代りとして、シエルを使おうというのだ。
――シエルと、離れるのか。
目の前には、選択肢が二つあった。
一つは、シエルを諦め、ここで子供たちを管理し、なるべく丁寧に消費していく仕事を続けること。
もう一つは、自分の有用性をアピールし、影武者の正体を知る
子供たちを管理できる存在は、シエルと俺の他には――いない訳ではないが、少し心配が残る。
それでも。数年間、部屋を共にして暮らしたシエルを、俺は諦めきれなかった。
「お待ちください!」
「なんだ餓鬼! 口を開くな、殺すぞ!」
土下座したまま制止の声を出す。黒服に思い切り蹴られるが、頭部をオーラで守っていたため、特に負傷なく済んだ。
頭を上げる。
こちらを見下すモレナ=プルードを、俺は確かに見据えていた。
「お願いがあり――」
「口を開くなっつったよなァ!」
黒服が懐から取り出すのは、拳銃。血の気が多いな。
冷静に、頭部・頸部・胴体急所に攻防力を置く。四肢なら最悪後でどうにでもなる。跳弾の可能性も考え、手で弾くことは諦める。
額に弾丸が当たる。衝撃が頭蓋を揺らすが、弾丸自体は貫通することなく、ぼとりと手の中に落ちた。【
「んなっ……」
黒服の驚愕。モレナも僅かに目を見開く。
「……っ、お願いが、あります。私をお連れしていただけないでしょうか。この"力"で、身を挺して貴女様を御守りします。シエルと共に」
驚きを収めたモレナは、俺ではなくシエルに問う。
「ふぅん、この子、シエルって言うの」
「はい。番号名はCL72、通称はシエルです」
「で、こいつは?」
「彼はAJ13、エイジェイです」
「あなたも、"コレ"、使えるの?」
「彼ほどではないですが、少しは」
そのやり取りの後、モレナは俺に視線を向けた。
「へぇ……、ねぇ、君」
こちらを覗きこむ、シエルに似た瞳。
だが、世界を憎んでいるのではなく、倦んでいる眼だ。
「私にも教えてよ」
その眼に、好奇が灯った気がした。
その日から数日後。
十六年間いた施設から、娑婆に出た。
子供たちのうち、重要な立場の少年少女たちには、血のついたハンカチを使って「スレーブホール」を与えた。銃器などは手に入るわけもないため、食器ナイフやハサミを紐付けておいた。
俺たちがいなくなったことで、彼らの生活はより苛烈な搾取に晒される。
それでも僅かな希望として、武器を渡しておいた。
「なるべく使うな」
「それ、シエルお姉ちゃんにも言われた!」
疑問を覚える。シエルも彼らに何かを渡したのか。もしや、念能力?
「? シエルにも何かもらったのか?」
「うん! なんでも買える券!」
そうか。シエルにも、そんな微笑ましいところがあったか。
その言葉に、少しだけ安心していた。不安に蓋をして安心したかった側面は、否定できない。
有刺鉄線の外側は広かった。
空気が美味しい、とか、空が綺麗、とか。そういうのはなかった。
エイ=イ一家の本事務所は広かった。
首都郊外にある、千坪では収まらないだろう豪邸。『お嬢様』であるモレナの部屋から、二つ離れた狭い部屋。それが、俺に割り当てられた個室だった。
「――ふぅ」
明日から、モレナの護衛、兼念能力の教育係としての生活が始まる。
だが、気になるのは、『何故本職の心源流有段者に教わらないのか』だ。
子供ゆえに、念能力の存在を知らなかった。教えてもらった相手を教育係として選んだ。これはよい。
だが、周囲の大人――エイ=イ一家の組長や若頭など――は、念能力について知っている。より適切な教育係を雇い、俺は不要として処分すればいい。
なぜそれをしないのか。答えは翌日に、あっけなく判明することになった。
「『燃』? 面倒なのは嫌」
「邪法? 危ないのも嫌」
「瞑想? 眠くなっちゃいそう」
彼女は、あまりにも修行という過程に向いていなかった。
心源流の師範代でもこれには匙を投げるだろう。シエルという人質を握った、圧倒的に立場が下の俺に、手取り足取り教えさせる。モレナの父親である現組長は、外部の人間に頼ることを諦めていたのだ。
こちらとしては都合が良い。発現してもしなくてもどうせ変わらないのだから、適当に教えておいて、自分の修行や組内部での地位の向上にリソースを注ぎ込めばよい。
と思っていたのだが。
「あ、ひと月以内に身に付かないなら、お前殺すから。一応遺言考えておいて」
――シエルに泣きつくことにした。
「なるほど。修行は嫌、邪法も嫌――となると、私の『発』しかないですね。修行での発現より幾分か制約が掛かるんですけど、お嬢様は特に問題ない感じです?」
「たぶん大丈夫――だと思う。あ、ここ防音は」
「壁は分厚かったですよ。『円』でも確認済みです。盗み聞く価値を見出されてませんね。私の念能力――【
「お前も"発"を身に着けたのか」
「はい、それでエイジェイにも、何かしら見せ札を"買って"もらいます。キスするんで、あーん」
「……それが条件かよ。分かった」
目を閉じ、相手に身を委ねる。
『乙女か』という突っ込みの後に、口腔内に舌がねじ込まれた。同時に掌を五指で握られる。
舌が歯茎を這いまわる異物感を黙って耐える。一通り終わった後目を開くと、特に顔色の変わっていないシエルがいた。
気がついた時には、手元に黒いカードがあった。
「エイジェイの信用値はマックスなので、ブラックカードです。毎月使いすぎないこと。使った後は、すぐに返済してくださいね」
「なるほど……、つまり『そういう』能力だな?」
「はい、『そういう』能力です」
「一つ、話がある。ーー子供たちにも、与えただろ?」
「はい。あの子達には、未来の伸びしろよりも、今を生き抜く希望が必要ですから」
そうか。
それについて、俺が口を出す資格はなかった。
「OK. お嬢様にクレジットカードのプレゼントだ」
次の日。午後3時から5時までは、訓練のために開けてもらっている。
俺は、モレナの部屋の扉をノックした。背後にはシエルが控えている。
「失礼します、お嬢様! 本日の稽古のお時間になります!」
返事はない。だが、内側から鍵がかかっている。
もう一度、強めにノック。返事はない。
扉に耳をそばだてると、彼女のうめき声が僅かに聞こえた。
「まずい、暗殺者か!?」
護衛として焦る。まさか自室内で襲われるとは思わないが、念がある世界で推論は危険だ。最悪を考え、扉をタックルでこじ開けた。
モレナの部屋。内装は整ってはいれど無機質。棚は殆ど空だったが、物理学の専門書らしきものが数冊だけ。
ベッドの上には、モレナが横たわっていた。
枕元には注射針。モレナの胴体は浅く上下しており、気持ちよさそうに涎を垂らし、寝返りを打ってうめいていた。
「…」
「……」
――どうやら、お嬢様は思った以上のろくでなしだったらしい。
シエルがお嬢様の唇に顔を近づけていたのは、見なかったことにする。
部屋から出る時にはすでに、モレナの手元には白いカードがあった。
勘違いということもあり、俺は扉の損壊の罪状を名目としてタコ殴りにされたが、それ以上のお咎めはなかった。
シエルは、キスがバレなかったこともあり、傷つくようなこと
「――何かいうことは」
「すまない……言い訳もできない」
「まあ、結果よければ全てよし、ですかね。幹部の方にもカード渡せましたし。使いまくって早めに破産してくれればベスト」
「――すまない」
「気にしなくていいですよ? 結果的に私の利益はかなり大きいので」
「そういうことじゃない」
「うるさいなぁ」
シエルの唇が突撃してきた。歯が当たって痛い。
顎を両腕で強く掴まれ、口腔内を蹂躙される。
シエルは一度顔を離し、こうのたまった。
「じゃあ、
かなり乱暴にされたことだけ、述べておく。
「シエルと~?」「エイジェイの…」
「「クレカの使い方講座~!」」
節々が痛い。空が黄色い。各所がヒリヒリする。噛み跡は結構残りそうだ。
シエルの方を見れば、彼女にも噛み痕や縄の後がいくつも。これは俺の付けたものではない。そういった痕がつくことは、彼女にとって日常であることを察させた。
「ピロートークがこれかよ」
ブラックカードを手で弄びながらあくびをする。眠気と疲労もひどい。
「おっ、凌辱された後にしては元気そうですね。私のときは――まあいいや。ほんじゃあやっていきまっしょう」
闇の深い発言にこちらの憂鬱が深まるが、シエルの表情は朗らかだ。
肩をガシっと組まれ、ブラックカードを奪われる。
「これ、壊れません」
シエルはブラックカードをぐにぐにと曲げるが、折れずにもとに戻る。オーラで強化したはさみで切ろうとしても刃が通らない。堅くはないが、壊れない。無敵型であった。
「これ、奪えません」
シエルがブラックカードを窓の外に投げるが、俺の手元にいつのまにか戻っていた。
「これ、能力買えます。はい、カードを手の甲に添えて」
「こうか?」
右手でカードを持ち、左手の甲に掲げる。ピッと。
すると、そこからオーラで象られた画面が浮かぶ。下部のタスクバーには四つの字がある。画面端には、カードにハサミを入れるアイコンもあったが、灰色になっておりクリックできない。
「絶・纏・練・発、ってありますよね? 発をクリック」
「はい」
念じれば、その項目を選択できた。
「現状持ってる発は表示されてます?」
「ああ、ちゃんと【
「それとは別の能力を要件定義して、
「いや、しかしなぁ」
「ま、純粋に修行をした方がコスパはいいんですけど。タイパの側面も考えると、発現修行はカードに丸投げして基礎修行を徹底、とかの選択肢もありだと思います」
「そうか。返済はオーラ量か?」
「そうですね。自然回復するやつじゃなくて修行だけで増えるやつ。年会費もありますが、ブラックカードなら微々たる額です。――使わないです?」
こちらを覗き込む瞳。愛しさでラッピングした、綯い交ぜになった失望と期待。
ここで、使わない、と言うのは簡単だ。
だが、彼女からの信頼を取り戻したいと。そう考えた。
「これ……能力の発現修行の一部だけスキップして、後は自分でやる、とかは無理か?」
「無理ですね」
「じゃあ、別の能力――今の能力を基盤にした、小さな追加の能力を組む、とかは」
尋ねた時。彼女の瞼が、僅かに細まった気がした。
「YES。可能です」
「そうか」
それきり、二人の会話は途絶えた。
彼女は服を纏って、自分の部屋へと戻っていった。
俺はカードをポケットに仕舞った。
不必要にカードの手触りを確かめることは、しなかった。
念能力(特質系):【
概要:クレジットカード状の具現化物を発行し、対象に貸与する。
カードの所持者は
信用値が底をついた月の月末、返済の可否を問わず所持者の心臓は停止し、カードは『埋葬カード』状態に移行する。
制約(購入について):
・カード所持者が購入できる能力は、『絶』『纏』『練』、および任意の『発』の四大行のみであり、応用技は購入できない。『発』の購入時に
・購入後、念能力が身に付くまでには時間がかかる。カード所持者の適性と能力によって、体得までの時間は左右される。
・体得までの時間を短縮する場合、追加の信用値を支払う必要がある。
・カードの所持者は、信用値を月末に返済することができる。信用値は、消費総額と同値の潜在オーラ最大値を減らすことで返済できる。
・返済によって潜在オーラ量最大値が0となった場合、所持者は死亡する。
・カード所持者は、信用値の返済を拒否することができる。この時、信用値の消費額が1.5倍になる。
制約(貸与について):
・カードの貸与には、対象との粘膜接触が必要である。
・カードは、『信用値』が消費されていない状態でのみ、所持者の一存で破棄できる。
・信用値は、貸与時と年末に、年会費として一定値のみ減る。
・発行者の一存でカードの剥奪を行う場合、信用値の返済を自身が肩代わりする必要がある。
・カードの所持者は、下記の『埋葬カード』を除き、『死後強まる念』として念能力を遺すことはできない。
『埋葬カード』の詳細:(欠損)
その他詳細:
・毎月の末日は、カードが『所持者の潜在オーラ最大値』『必要返済量』『残存信用値』を提示され、その日の正午に返済するか否かを選択させる。沈黙は否定と取られる。
・信用値が残っていたカードが何らかの手法で破棄・除念された時、発行者は破棄されたカードの所持者とその所在地を知ることが出来る。
・カードは『埋葬カード』状態に移行する前に、2mまで浮遊移動することができる。
発行者側の誓約:
・同時に発行してよいカード数は、通常カードと埋葬カードを合計して71枚までであり、72枚目を発行すると死亡する。この誓約で死亡した場合、(