ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ 作:砂漠谷
三週間後。俺はエイ=イ一家本邸の一室で暮らし、時に睨まれ、時に殴られ、時に雑用を言いつけられ、なんとか順応していた。
モレナは、カードを使って『絶』『纏』『練』の初歩を購入した。
生まれつきオーラ量が一般人より少し多いようで、最初の月の支払いは、無事に終えていた。
そこで、俺はこう宣言された。
「という訳で、念能力?っての、身につけられたから。教育係はおしまい。あとは自分とシエルでやるわ」
――こうなることを予想すべきだった。
モレナの部屋の隣。修行部屋として借りた空き部屋の中で、跪く俺に彼女は言い放った。
「……自分は、如何様にすればよいでしょうか」
「パパに聞いて。私は知らないわ」
処分。死。それが、現実味を帯び始めた。
現状の俺の立場は、『モレナの影武者兼遊び相手に引っ付いてきたペット』である。
モレナの護衛の中で、一人だけ収容所生まれの、周囲にとって信頼のおけない男。ペットという地位が失われれば、すぐさま収容所に逆戻り。それか土の下に行くか、あるいは戸籍も後ろ盾も持たぬまま、遁走生活に移行するかのどちらか。
どちらにしろ、シエルの側にはいられない。
俎上の鯛、オーブンの中の七面鳥。
ドラム缶にコンクリート詰めにされた俺の身体は、ちゃんと東京湾の底に沈んだだろうか。
違う。今発すべき言葉は、遺言ではなくて。
彼女に目を向ける。倦んだ眼は、どこか別の場所を見ていた。
「お嬢様。私の念能力を、お伝えしてもよろしいでしょうか」
「銃弾を弾く力――は、"堅"っていうんだっけ。他に特殊能力があるのかしら」
「はい。私の念能力は【
能力のもう一つの中核、『継続的強化』の部分は省く。念使いでない人間に、分かりやすく特殊性を伝えるには、こちらの方がいい。
あの時撃たれた弾丸を取り出す。先端が潰れて不格好になっているが、その形状はあの時の攻防を思い起こさせた。
「この力で、お嬢様に必要なものを持ち運びいたします。今までよりずっと身軽になれるはず。――どうか、側使いとして」
薬物。銃火器。禁輸が掛かった貴金属。必要なものは何でも携行できる。
最強の密輸業者になれるという事実を、彼女に提示する。
だが、彼女の返答は、予想と少し違った。
「うーん……そうねぇ。あ、最近のニュース見た? クルタ族の大虐殺。例の強盗団の犯行だってね。世界七大美色、闇市場にまだ流れてない緋の眼。――パパへのプレゼントにもしたいな。見つけて、持ってきて」
「――時間を頂ければ、必ず」
否とは、言えなかった。
「若頭にも探してもらうから、早い者勝ちね」
緋の眼を取ってこい。期限は、アイジエン大陸最大のマフィア、エイ=イ一家が手に入れるまで。
それが、最初にして最大の
原作知識は大して参考にならない。幻影旅団が虐殺を行ったのかどうかすら不明瞭だからだ。
期限はそう長いとは思えない。緋の眼が市場に出回るまで、数週間、あるいは数か月か。電脳ページに繋いでみたが、現状、報道以上のまともな情報はなかった。
そして、俺自身が"肉"の地位にいることが最も問題だ。戸籍がない。社会的紐帯がない。あるのは、この両腕と念空間にある武装のみ。エイ=イ一家の笠を着て緋の眼について調査するのにも限度がある。
「
現在、十二月中旬。ハンターライセンスを取得するのが、最も手っ取り早い信用の獲得方法だった。
1995年のハンター試験。正直、体力や戦闘能力がものをいう試験は、念能力でおおむね何とかなるはず。
最大の関門は、真の試験会場までにたどり着くこと。次に、知識問題。調査能力と、この世界における専門知。それらが欠如していた。
とはいえ、原作での試験を見るに、知識を問うたメンチ・ブハラ両名は試験官として不適格とされていた。優先すべきは調査能力。
「使うかどうか……だな」
手元には、ブラックカードがあった。
シエルに相談しに行く。
特質系の容量だ、他にも念能力を作っているかもしれない。あるいは、カードで念能力を与えた相手を紹介してくれるか。
シエルの部屋に行くと、彼女は黒いドレスを着ていた。モレナの普段着る服と同じ趣向になっている。
「――そう。ハンター試験を受けるの」
「ああ。社会的信用が必要だ。お嬢様の調査に、応えるために」
「そう。惚れた? あの女に」
「いいや。お前が――シエルだけが、俺の側に立ってくれた。だから俺も、側に立ち続けるよ。そのためだ」
「ふふ」
知らない人が見れば、儚い笑みだと受け取るだろう。違う。
この薔薇は、組織に深く、根を張っていた。
「現状、末端構成員も含めれば、30人ほどにカードを渡せたわ。寝てるうちに、ってのもあれば、同意の上で、ってのもある」
「シエル。お前、何を」
「で、そのうち二人は使い切ってくれた。先月末にカードが焦げ付いて」
「何をするつもりだ。いや、何を計画している?」
「心不全のように亡くなったわ。どちらも高齢だったから、寿命に見えたでしょう」
シエルは二枚のカードを取り出す。
「彼らが遺したカードが、これ」
シエルは、そのカードの一枚にオーラを籠める。
カードは膨れ上がり、人の輪郭を象る。そして、それは――人間の姿になった。
剥げた頭をした、体躯の大きな老人で、ギョロついた目つきをしている。その顔にはいくつか切り傷があった。
「これは……」
見覚えがある。エイ=イの相談役の一人。俺とも少し関係がある。
グンカ=ニークラ。元武闘派の現相談役。大規模抗争なども何度か経験している。俺に対しては、怒鳴りつつ殴りつつだが、無理のない範囲の雑用を言いつけて、一家への順応を助けてくれた。怨と恩であれば、ギリ後者が勝る相手。
その姿をした念人形が、ぼうっとした目つきで突っ立っていた。
「彼の購入した念能力は、一定の特徴を持った人物の捜索に特化したもの。破産した際に徴収したオーラは人間一人分だから、能力を使わせ切ったらカードは減価
「おい……何を。一体何を言って、いや、何を言っているかは分かる。何故、人を死に追いやる真似をしておいて」
笑っているんだ、シエル。
「だって。ここにいるみんな、悪者ですし」
悪い人は、倒されるべきだよね?
嘯く彼女は、少し寂しそうに首を傾げていて。
『悪人』の組織に順応しかけていた俺を非難するように、こちらを見ていた。
ああ、そうだ。
この子は、子供だったんだ。
十五歳。前世では、まだ義務教育のうち。
ずいぶんと大人びていたから、忘れていた。
「? どうしてそんな、泣きそうな目でこちらを見ているんですか。使えるものは使いましょう」
そういって、念人形の頭に触れ、人形をカードに戻したものを渡してくる。
そのカードには、モノクロの相談役、グンカの顔が印刷されていた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。応援してますよ?」
自室に戻る。
ベッドの上に座る。明かりは付けない。
手の中には二枚のカード。ブラックカードとグンカのカードだ。
自分から生け贄にしておいて。
必要だからと理解して犠牲になってくれる、無力で聡い少女に、惚れていた。
ああ、そうだ。肉体年齢が十八にもなっていないから、忘れていた。言い訳にもならない。
俺は大人だ。子供の側に立つんじゃなくて。子供の前に立たなきゃいけない。
バブル期に財を築いた成金老人に、口八丁で安物の布団を高値で売りつける。
不法入国の外人どもに、最賃未満の仕事を斡旋する。
ギャンブル中毒相手の闇金の貸し剥がし。詐欺の掛け子のマニュアル作り。
ずっと、他人を犠牲にすることばかりやっていた。その果てに、反社のシノギに手を出して死んだ。故郷の孤児院に入れていた金は、多分、俺を殺した奴らに回収されただろう。あるいは、子供ごと。
倫理の一線を越えて、次の一線を引く。その一線を見て『まだ大丈夫』と安心する愚者。それが前世の俺だった。
生まれ変わっても、何も変わっちゃいない。
「そうだ。悪い大人は、殺さなきゃいけない」
次の世代が悪意を知らずに、生き残れるように。
後ろを振り返るイメージ。
踏み越えた一線は年輪のように重なって、それでも消えちゃいなかった。
緋の眼の回収。マフィアの令嬢、モレナの特命。今はそれに従う。
理由は、シエルに危険を及ばせないため。そして、なるべく早くあの収容所から、子供たちを助け出すため。
今すぐにも、武装をして収容所に突撃したい。だが、それをすると十中八九シエルが連座として殺されるだろう。救い出した子供たちが追跡されて殺されることもありうる。
結局。あの漫画の、有刺鉄線を冠にした女は正しかったのだ。
目標は『乗っ取り』。エイ=イは、シエルの手に収まるべきだ。
俺は、シエルの前に立って、手を汚すだけ。せめて、共犯者ではい続けよう。
あの頃に戻ることなど、できやしないのだから。
翌日。洗面所で顔を洗う。鏡の中の俺は、随分と醒めた目をしていた。
目を細めると、少しだけシエルに似る気がした。
俺は、エイ=イの本邸を出ることを決めた。
武器庫に"絶"で忍び入り、拳銃、マガジン1ダース、スタングレネード二個を持ちだす。この程度であれば、発覚しても大騒ぎにはならないだろうというラインを、勘で設定した。
ハンター試験は、大まかな開催地点だけはネットカフェの電脳ページで把握できた。今年はミンボ共和国の地方都市で開催されるらしい。
飛行艇の場合、パスポートを要求される。行くべきは海路による密入国。
小型モーターボートと原付バイクを購入し、それぞれ両手で持ち上げ――どちらも意外と軽かった――念空間に投入する。おおよそ一週間あれば強化の仕込みは完了するだろう。
GPSも購入する。通話機能付き。電脳ページへの接続機能は省き、強度を優先。これも念空間に投入。通信機能は向上するだろうか。電子機器は強化が通用するか分からない。
あとは武器だ。
拳銃などの明確に違法な武具は、カキン帝国の闇市場にもなかなか売っていない。そもそも違法な武具はハンター試験には持ち出せない。
だが、"それ以外"であるならば購入は難しくない。
"凝"で業物を見抜き、購入する。太刀や脇差など、
「――これは、甲冑ですか?」
露店に座る好青年は、俺の容姿――額に縫い傷――に少し驚くが、朗らかに応えてくれる。
「はい! 実戦にも耐えられる、強化鉄鋼仕込みの鎧甲冑ですよ! ――ちょぉ~っと重いですけど、まあインテリアとしてもお勧めです! 床が抜けないように気を付けてください!」
「……おいくらですか?」
「そうですね。本当のところは三十万ジェニーなんですけど、う~む。お兄さんがこの甲冑を着てくれたら、十五万にしましょう! いや、売れなくて困ってたところなんですよ」
今の財布の中身――モレナから貰った小遣いの残額――は二十万程度であった。割引がないと、買えない。
「そうですか。では、着てみましょう」
「え、マジですか」
冗談のつもりだっただろうが、撤回はさせない。有無を言わさず着付けてもらう。
うん、オーラを流してもいい感じだ。籠手、脛当て、胴着、面頬、兜まで着用する。
赤黒い漆色もいい感じだ。鉄板の重みも心地いい。分解すれば、"絶"状態でも片手で持てる。合計重量は三百キロ近いだろうが。
「嘘だろ、本当に着やがった……」
「まあ、鍛えてるんで」
"絶"状態だと怪しかったかもしれない。もっとも、"纏"で十分に持てる。
オーラ無しで持てるように、もう少し鍛える必要があるな。
「は……はい、十五万ジェニーで、お買い上げでよろしいでしょうか」
「お願いします。ああ、額当ても……一万ジェニーですね。二つ頂きます。このまま帰るので、この甲冑立ても頂いていいですか?」
「は……はい。お買い上げ、ありがとうございました!」
職人の青年を背に、路地裏に入る。
人気のなくなったところで、籠手を外して持ち、念空間に入れる。脛当て、胴着、面頬、兜も同様に。
額の傷隠しに、額当てだけ常用にしようと思う。二つ買ったから、交互に念空間でオーラに漬ければ強化も蓄積される。
甲冑を念空間にしまったところで、バスと電車に揺られて、カキン帝国沿岸に移動する。この間数日。
海岸経由で、ボートに乗り、ミンボ共和国へ。
数日の浅漬けでも、一人用電動ボートで外洋の波はなんとか乗り越えられた。
もっとも、乗る俺の騎乗力が強化される訳ではなく、ボートから落ちることは何度かあったが。能力者とはいえ、悪魔の実を食べた訳ではなく、すぐに復帰できた。
カロリーバーを齧りながら、一週間ほどでたどり着いた。
ミンボ共和国の地方都市、ダスゲトン。
1995年のハンター試験は、この日、この付近で開催される。
ここからは、コレの出番だ。
グンカのカードを左手に当てる。念能力の一覧をタップすると、そこには一つの表示が。
内容を確認すると、概ね以下のような形だった。
念能力(放出系・操作系):【
概要:障害物をすり抜ける念弾を発射する。念弾は老人の顔がデフォルメされた意匠を持っており、特定の外見および挙動を持った人物を発見すると、それに向かって突撃する。念弾に当たった相手は特定の条件下の限り、カードから位置を確認できる。
制約:
・念弾の威力は皆無である。
・すり抜けられる障害物は、オーラのない無生物のみであり、厚みは50cm未満である必要がある。
・念弾が持つ発見能力と航続距離の合計は込めたオーラ量に比例する。
・念弾が当たった相手は、"絶"状態ではない、かつ日光を浴びている状態に限り、カードから位置を確認できる。
・念弾およびカードの位置確認は個人を区別できない。あくまで、「この特徴を持つ人」という分類のみ可能。
・念弾が当たった以外の原因で消滅した場合、消失したタイミングと場所だけが分かる。人物は分からない。
誓約(死亡により無効・内面指定不可):
・この能力は、生涯において念弾一発だけ『外見ではわからない内面の性格や能力』を条件として指定することが可能である。二発以上指定した場合、死亡する。
話を聞く限り、グンカは生涯独身だった。好いてくれる
この誓約は、それゆえだろうか。同意を得ずに対象を特定し、それでいて傷つけることはしない。
屋内でのストーキングをしないのは、理性ゆえか、それとも知りたくない事実から目をそらすためか。
同情はしない。多くの人間をその手に掛けた武闘派のやくざ者。
それでも、老いた果てに、死を覚悟して望む能力がこれか。
その事実に、少し考えさせるところはあった。
「使わせてもらう」
カードにオーラを込めて、遺された口座の中身を引き出す。
念人形を具現化せずとも、その念能力のみ引き出せた。
「"トンパ"という名前で周囲から呼ばれる、40歳程度の肥満体ででかっ鼻の男を探せ」
カードに内包されたオーラ量の半分を費やし、十数の念弾をカードから放つ。
名前だけだと内面になりうるため、名前を周囲から呼ばれている、という挙動の指定としたら通った。名前を呼ばれる状況を念弾が掴むために、調査能力に重点を置く。
トンパ。ジュース缶に下剤を仕込む男。ハンター試験35回連続出場――今は30回程度か。
今年も参加しているはずだ。彼を追えば、本試験会場にたどり着ける。
数時間後。
――見つけた。
座標は、ダスゲトン郊外のビジネスホテルの共有スペース。窓の近くにいるようで、追跡条件を満たしている。
移動先は、ダスゲトン中心部から反対側。
やはりか。
俺は彼を追跡する。原付に飛び乗り、十分な距離を取って、人気ないの道路を走行する。
そうしてさらに数時間。周囲は田畑だ。もはや郊外というより
道路の側に、ジュース缶が転がっていた。空き缶かと無視し、ハンドルはそのままに――その時。
ジュース缶から、オーラが一瞬漏れ出るのが、"凝"なしで見えた。
「っ……!?」
咄嗟に原付から飛び降り、受け身を取る。その反応は正しかった。
轟。その缶を基点として、爆発が道路を吹き飛ばし、オーラで強化されていたはずの原付のフレームを大きく歪ませた。
土煙の向こうから、ノイズの混じった声がする。
『おう。おめーだろ?
酒焼けした、中年男の声だった。
十一にたどり着けるのか……?
次話、初戦闘。