ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ   作:砂漠谷

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三日間、連続投稿します。


九死に……って、後七回死にかける、ってコト!?

 籠手を装着し、万年筆を弾こうとするも装甲に突き刺さる。幸いというべきか、貫通はしなかった。

 

「オーラを込めた様子はなかった、それでいて鎧の強度は上がっている……蓄念型(チャージタイプ)ですか」

 

 パリストンは、顎に手を当てて考察を進める。

 

「あらあら、ガラス戸壊しちゃって。こういうのは大切に」

 

 砕けたガラスを踏み越えて。スーツの男は、こちらに鋭い視線を遣る。

 俺は念空間から日本刀を取り出す。ステゴロで相手をしたら死にかねない相手。このサイズの取り出しであれば、制約の痛みにはもう慣れた。

 

 彼は、刃物を見ても、警戒にも値しないといった風にこちらに近づいてくる。

「うーん、銃刀法違反で通報してもいいですか?」

「オーラで強化した万年筆投げつけておいて、何が銃刀法だァ!?」

 

 余裕の差を縮めるため、軽口を叩かざるを得なかった。

 

「ちょっとした悪戯じゃあないですか……拳で行きましょうよ、拳で」

 

 相手が無刀を選ぶというのなら……殺す気は、ないのだろう。

 致し方ないと刀を念空間に仕舞い、拳を構えて――次の瞬間には空を舞っていた。

 

 足への衝撃で、大外刈りからの投げをやられたと気づいたのは、受け身を取ったあとだった。

 

「おお、受け身は上手い」

 

「拳じゃねーのかよ……」

 

「投げも徒手空拳ですよ」

 

「わぁーってるよ……ますよ」

 

 ……実戦、ではない。

 これでは、稽古じゃないか。

 正拳突きは当然のように躱され、次いでの手刀、裏拳もひらりひらりと。

 襟を掴もうとしても軽く受け流され、ならば一歩引いての、"凝"を使った回し蹴り、はただの"纏"の腕で弾かれる。

 念空間から取り出す、収容施設から盗んだスプーンだけは警戒したようで、手首を握りつぶされる勢いで取り押さえられた。

 

 十数分が経過したか。

 肩で息をし、ところどころ痣があり、いくつか骨に罅が入った俺と、笑みを崩さず、スーツに皺一つ作っていないパリストン。

 

「――実力の差、すか」

 

「実力の定義にもよります。念空間を造れるだけで能力者としては一流です。それだけに、武器に頼る意識が強すぎたんでしょうか」

 

 そう、肩をすくめる。

 人を壊すことに愉悦を覚える異常性はなりを潜め。

 心源流の有段者としての態度を感じた。

 

「まあ、才覚はかなりある方かと。矯正していけばいいでしょう。ね? 会長」

 

 パリストンの視線の方向へと――自分の後ろへと――振り向く。

 腰に手を当てた矮躯の老人、アイザック=ネテロがそこにはいた。

 

「おぬし、儂に気づいてから指導に切り替えおったじゃろ」

「おや、バレてましたか。流石に敬愛する会長の前で刃傷沙汰はまずいかな、と」

「ふん、いいよるわ」

 

 その老人の表情は柔和。まるで孫の悪戯に手を焼いているかのよう。

 

「で、エイジェイと言ったか。お主に一つ詫びることがある」

 

 老人はこちらに向き直る。その視線が真正面から俺に突き刺さった。

 

「こやつが言った特別試験というのは嘘八百。ハンター協会に、そのような試験はない」

 

 こやつは副会長に内(・)定(・)し(・)て(・)い(・)る(・)とはいえ、ただのトリプルハンターよ、と。

 

 老人はそういい捨てた。

 

 その言葉に俺は目を剥く。

 権限がない――つまり、嘘ということ。

 騙されていた。

 甘い言葉に抗い、必死に頭をひねっているつもりで。

 そもそも前提すら虚構だったのだ、と。

 

「あの、一次試験パスって……」

「それ自体は正規の試験官が言った言葉じゃ。だが、甘い言葉に釣られて二次試験に参加しなかった。それが不合格の理由、では不満かな?」

 髭を撫でつつ、俺に冷たい指摘を投げかけるアイザック=ネテロ。

 

「不満……そりゃ不満ですけど」

 

 それでも。

 抗弁の気概は、潰えていた。

 ハンター試験とは、騙し裏切り足の引張り、なんでもありだというのは知っていたじゃないか。

 それでも、甘く見ていた。自分が主人公たち(プロハンター)と比べて見劣りすると、如実に理解した。

 

「……まあ、もとはといえばパリストンの暴走。未来ある少年の希望を絶っては酷じゃろう。おぬし、なにかほら、詫びとか、誠意とかないのか」

 

「ふむ……アマチュアとしての仕事の斡旋、師匠の紹介、武器の譲渡……協専の元締めとして、これくらいですかね、出せるのは」

 

 提示されたのは実利。だが、目的はプロハンターとしての社会的信用で。

 収容所にいる子どもたちと、そしてシエルの救出からは遠ざかった。

 俺がエイ=イから彼ら彼女らを解放する唯一の手段。

 それが、今では遠く霞んで見えた。

 

 後は、他人に頼るしか――。目の前のアイザック=ネテロに救出を懇願すべきだろうか。

 彼であれば、パリストンと違って信頼は置ける。だが、依頼を受けてもらう道理も報酬もない。

 

 事情をどう語るべきか。頭の中で言葉を練っていると、壊れたガラス扉をぴょんと飛び越えて、ビーンズ氏がこちらに呼びかけてきた。

 

「あの……お電話です……」

 

「ふむ、どちらから?」

 

 パリストンが電話を取ろうとするが、ビーンズはその手から逃れてこちらに携帯を渡してきた。

 

「プルードさんという方から、エイジェイに繋いで、と言われています」

 

 その電話は。

 あの救いがたい少女から垂らされた、蜘蛛の糸だった。

 

『ねぇ、エイジェイ、あなたがハンター試験に行くと聞いて、びっくりしたわ』

「申し訳ありません、お嬢様」

 

 とにかく頭を下げる。このろくでなしに逆らってよいことはない。

 

『私のためにそこまでしてくれるなんて!』

 ……しかし、帰ってきたのは喜色に溢れた返答だった。

 

『私もやってみたいわ、ハンター! きっと、つまらない繰り返しの日々からはおさらばできるはず! お父様とは最近あまり会ってないし……悲しいけれど、私のふりをしたシエルがいれば問題ないわ』

 

 そう、まくしたてて。

 

『エイジェイのとこに行くわね!』

 

 最後の一言で、以前と違い、俺の名前をモレナが呼んでいることにようやく気がついた。

 だがその直前に、ブツリと電話は切られた。

 

「プルード。どこかで聞いた名じゃが……」

「ほら、十老頭のお嬢様ですよ。エイジェイ君はそこの収容施設の出らしく」

「なるほどの。そこで成り上がって、同胞を助けたいと。……ちまこいの、考えが」

 

 髭の長く、背筋がしっかりと伸びた老人は、瞬きする間に視界から消える。

 そして、後頭部に軽い衝撃が乗せられた。後ろを振り返ると、ネテロが俺の頭をはたいた音であることが分かった。

 

「お主。プロではないとしても、ハンターじゃろう? 身一つでも、同胞の安全を、慕う女子を、ハントしてみせろよ」

 

「慕う? まさか」

 まさか。仮にあり得たとしても、一時の気の迷いだ。美男子の人生など、いくらでも手に入る彼女が、俺など。

 

「明らかにお主を好いている声音じゃったろうに。ハンター協会の会長が言っても、信じぬかね?」

 

 距離があっても携帯の声を聞き取る聴力、それ以上に。

 あの、モレナ=プルードが?

 薬に溺れ、『肉』とされた子どもたちに同情の欠片も示さなかった女が?

 

「いや、あの子は……退屈から逃れるためなら、何にでも縋るだけで……好かれている訳では」

 

「じゃから、退屈な日常から連れ出してくれる王子様、っつーことじゃろ」

 

 王子様? あいつに、そう思われている、とでも。

 

 残酷で、ようは善悪を知らない少女。

 横暴で、たぶん叱られたことのない子ども。

 

 ――そうだ。

 彼女も子どもだった。薬物に手を出す娘を放って置く大人たちの群れ。

 無知で、愚かで、人を人とも思わない。

 それでも、まだ子どもで。

 それでも、もう悪の側にいて。

 

 ……彼女が、本当に、俺に惚れてくれているのだとしたら。

 俺は、また罪を重ねるだろう。

 子供の恋愛感情を利用して、為すべきことを為す。

 すでに一線は何度も越えた。躊躇は、なかった。

 

 急いで携帯を操作する。着信履歴をたどり、再度のコール。

 

 二回、三回――繋がった。

 

「モレナ――」

 

『なぁに? 私、渡航の準備で忙しいんだけど?』

 

 ……冷静に聞いてみると、確かに。惚れているかは知らないが、喜色に満ちた声色であった。

 

「助けてくれ。助けたい人が、いるんだ」

 

『ふぅん? あなた、そこまで偉くなったのね?』

 

 しまった。読み違えだったか? そんなはずは……。

 

『いいわよ! その代わり』

 

 読み違え、ではなかったようだ。

 余計な要求をされる前に、断言をする。

 過不足なく。俺の全てを捧げる。

 貴女が利用され、踏みにじられるのは、恋心だけだと、せめて誓う。

 

「分かってる。俺の全て――生涯を捧げる。だから、君の助けが欲しい」

『――言っている意味、分かってる?』

「ああ、当然だ」

 

 俺の人生は、シエルたちの――同胞らのために。

 善を教わっていないだけの、傲慢な少女すら利用する。

 詐欺師は詐欺師でも、結婚詐欺は初めてだな。

 自嘲は横隔膜をすり抜け、肺を経て吐息に変わった。

 

『うふふ、うふふふふ! その言葉、すっごく素敵ね! あ、シエルに代わるわね!』

『……一体、ウチのお嬢様に何を言っているのかしら? エイジェイ?』

 

 あ。まずい。

 

「いや、待て。違、いや違わないが」

『モレナ様の説得はあなたが旅(・)行(・)している間に済ませました。余計なことをせず、ハンター証を得ていれば……。モレナお嬢様が二線者としてのコネクションで改革派の王子にエイ=イの悪行をタレ込み、その調査依頼をあなたが受ける、そういう計画もありました』

 

 シエルの声音は平坦だ。それは怒声よりも俺に恐怖を感じさせた。

 地面を見つめて謝罪する。俺の自尊心は地の底にあった。

 

「いや、それは……すまない。ハンター試験は、落ちた。アクシデントがあって、いや、アクシデントに対応しきれなかったから、落とされた」

 

『エイジェイ……一体何をやっているんですか?』

 

 いや、ここからだ。まだ挽回できる。俺の力で、施設で今も苦しんでいる彼らを救命(ハント)し――。

 

 顔を上げると、満面の笑みのスーツの男が、聞き耳を立てていますよといわんばかりのポーズで目の前にいた。

 パリストンは俺から一瞬で携帯を奪取すると、明朗な声でシエルに語りかけた。

 

「もしもし、モレナさん……の付き人の方ですか?」

『どちら様で?』

「私(わたくし)。ト(・)リ(・)プ(・)ル(・)ハンターのパリストン=ヒルと申します。お話は聞かせていただきました。出る予定のその依頼、私がハントさせて頂きましょう。エイジェイくんは私の部下として動いてもらいますので、モレナさんには遠慮なくタレこんでいただければ」

『ほう。ウチのエイジェイも最低限の仕事はしたようですね。――(ちょっと! 私のエイジェイなんだけど?)――静かに。条件については如何程で? トリプルの方を十分な待遇で迎えたいのはやまやまですが…』

 

 俺の意志が介在しないところで、どんどん話が進んでいく。

 困惑は自らの力不足を痛感させ、それは少しずつ情けなさに変わっていく。

 それでも、シエルの交渉力への信頼と、パリストンの政治力に受けた圧倒が、俺の口を封じていた。

 

 ネテロ会長はビーンズ氏に一言二言告げ、そのまま自ら車を運転してどこかに去った。

 去り際に、「来年と言わずとも、また受けに来るといい」と言われ、俺は頷くことしかできなかった。

 

 電話を通じた会話はしばらく続き、その後さらに十分ほどして電話は切られ。

 パリストンは俺に振り返って、ニタリと嗤った。

 

「エイジェイ君。明日から君の師匠を呼んで特訓だから、そのところよろしく。ああ、お嬢様用の師匠も兼ねるからね」

 

 無様に、唐突に。

 俺の意志が介在しないところで、俺の師匠が決定した。

 

「――まさか、あんたじゃないよな? あんただったら断るが」

 

 稽古として骨に罅を入れるところはまだ良い。こいつに都合の良い方に、成長を誘導させられることを危惧した。

 

「残念ですが、そこまで暇じゃないんですよ。この仕事が終わったら、しがらみだらけの副会長です」

 演技じみた残念顔は、豹変する。

 

「たのしいたのしい、最後のフリーハント――、本気でいかないとね」

 

 それは笑みだったか。

 ぞっとするほどの口角の歪みの形は、妙に記憶に残るものだった。




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