ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ 作:砂漠谷
籠手を装着し、万年筆を弾こうとするも装甲に突き刺さる。幸いというべきか、貫通はしなかった。
「オーラを込めた様子はなかった、それでいて鎧の強度は上がっている……
パリストンは、顎に手を当てて考察を進める。
「あらあら、ガラス戸壊しちゃって。こういうのは大切に」
砕けたガラスを踏み越えて。スーツの男は、こちらに鋭い視線を遣る。
俺は念空間から日本刀を取り出す。ステゴロで相手をしたら死にかねない相手。このサイズの取り出しであれば、制約の痛みにはもう慣れた。
彼は、刃物を見ても、警戒にも値しないといった風にこちらに近づいてくる。
「うーん、銃刀法違反で通報してもいいですか?」
「オーラで強化した万年筆投げつけておいて、何が銃刀法だァ!?」
余裕の差を縮めるため、軽口を叩かざるを得なかった。
「ちょっとした悪戯じゃあないですか……拳で行きましょうよ、拳で」
相手が無刀を選ぶというのなら……殺す気は、ないのだろう。
致し方ないと刀を念空間に仕舞い、拳を構えて――次の瞬間には空を舞っていた。
足への衝撃で、大外刈りからの投げをやられたと気づいたのは、受け身を取ったあとだった。
「おお、受け身は上手い」
「拳じゃねーのかよ……」
「投げも徒手空拳ですよ」
「わぁーってるよ……ますよ」
……実戦、ではない。
これでは、稽古じゃないか。
正拳突きは当然のように躱され、次いでの手刀、裏拳もひらりひらりと。
襟を掴もうとしても軽く受け流され、ならば一歩引いての、"凝"を使った回し蹴り、はただの"纏"の腕で弾かれる。
念空間から取り出す、収容施設から盗んだスプーンだけは警戒したようで、手首を握りつぶされる勢いで取り押さえられた。
十数分が経過したか。
肩で息をし、ところどころ痣があり、いくつか骨に罅が入った俺と、笑みを崩さず、スーツに皺一つ作っていないパリストン。
「――実力の差、すか」
「実力の定義にもよります。念空間を造れるだけで能力者としては一流です。それだけに、武器に頼る意識が強すぎたんでしょうか」
そう、肩をすくめる。
人を壊すことに愉悦を覚える異常性はなりを潜め。
心源流の有段者としての態度を感じた。
「まあ、才覚はかなりある方かと。矯正していけばいいでしょう。ね? 会長」
パリストンの視線の方向へと――自分の後ろへと――振り向く。
腰に手を当てた矮躯の老人、アイザック=ネテロがそこにはいた。
「おぬし、儂に気づいてから指導に切り替えおったじゃろ」
「おや、バレてましたか。流石に敬愛する会長の前で刃傷沙汰はまずいかな、と」
「ふん、いいよるわ」
その老人の表情は柔和。まるで孫の悪戯に手を焼いているかのよう。
「で、エイジェイと言ったか。お主に一つ詫びることがある」
老人はこちらに向き直る。その視線が真正面から俺に突き刺さった。
「こやつが言った特別試験というのは嘘八百。ハンター協会に、そのような試験はない」
こやつは副会長に
老人はそういい捨てた。
その言葉に俺は目を剥く。
権限がない――つまり、嘘ということ。
騙されていた。
甘い言葉に抗い、必死に頭をひねっているつもりで。
そもそも前提すら虚構だったのだ、と。
「あの、一次試験パスって……」
「それ自体は正規の試験官が言った言葉じゃ。だが、甘い言葉に釣られて二次試験に参加しなかった。それが不合格の理由、では不満かな?」
髭を撫でつつ、俺に冷たい指摘を投げかけるアイザック=ネテロ。
「不満……そりゃ不満ですけど」
それでも。
抗弁の気概は、潰えていた。
ハンター試験とは、騙し裏切り足の引張り、なんでもありだというのは知っていたじゃないか。
それでも、甘く見ていた。自分が
「……まあ、もとはといえばパリストンの暴走。未来ある少年の希望を絶っては酷じゃろう。おぬし、なにかほら、詫びとか、誠意とかないのか」
「ふむ……アマチュアとしての仕事の斡旋、師匠の紹介、武器の譲渡……協専の元締めとして、これくらいですかね、出せるのは」
提示されたのは実利。だが、目的はプロハンターとしての社会的信用で。
収容所にいる子どもたちと、そしてシエルの救出からは遠ざかった。
俺がエイ=イから彼ら彼女らを解放する唯一の手段。
それが、今では遠く霞んで見えた。
後は、他人に頼るしか――。目の前のアイザック=ネテロに救出を懇願すべきだろうか。
彼であれば、パリストンと違って信頼は置ける。だが、依頼を受けてもらう道理も報酬もない。
事情をどう語るべきか。頭の中で言葉を練っていると、壊れたガラス扉をぴょんと飛び越えて、ビーンズ氏がこちらに呼びかけてきた。
「あの……お電話です……」
「ふむ、どちらから?」
パリストンが電話を取ろうとするが、ビーンズはその手から逃れてこちらに携帯を渡してきた。
「プルードさんという方から、エイジェイに繋いで、と言われています」
その電話は。
あの救いがたい少女から垂らされた、蜘蛛の糸だった。
『ねぇ、エイジェイ、あなたがハンター試験に行くと聞いて、びっくりしたわ』
「申し訳ありません、お嬢様」
とにかく頭を下げる。このろくでなしに逆らってよいことはない。
『私のためにそこまでしてくれるなんて!』
……しかし、帰ってきたのは喜色に溢れた返答だった。
『私もやってみたいわ、ハンター! きっと、つまらない繰り返しの日々からはおさらばできるはず! お父様とは最近あまり会ってないし……悲しいけれど、私のふりをしたシエルがいれば問題ないわ』
そう、まくしたてて。
『エイジェイのとこに行くわね!』
最後の一言で、以前と違い、俺の名前をモレナが呼んでいることにようやく気がついた。
だがその直前に、ブツリと電話は切られた。
「プルード。どこかで聞いた名じゃが……」
「ほら、十老頭のお嬢様ですよ。エイジェイ君はそこの収容施設の出らしく」
「なるほどの。そこで成り上がって、同胞を助けたいと。……ちまこいの、考えが」
髭の長く、背筋がしっかりと伸びた老人は、瞬きする間に視界から消える。
そして、後頭部に軽い衝撃が乗せられた。後ろを振り返ると、ネテロが俺の頭をはたいた音であることが分かった。
「お主。プロではないとしても、ハンターじゃろう? 身一つでも、同胞の安全を、慕う女子を、ハントしてみせろよ」
「慕う? まさか」
まさか。仮にあり得たとしても、一時の気の迷いだ。美男子の人生など、いくらでも手に入る彼女が、俺など。
「明らかにお主を好いている声音じゃったろうに。ハンター協会の会長が言っても、信じぬかね?」
距離があっても携帯の声を聞き取る聴力、それ以上に。
あの、モレナ=プルードが?
薬に溺れ、『肉』とされた子どもたちに同情の欠片も示さなかった女が?
「いや、あの子は……退屈から逃れるためなら、何にでも縋るだけで……好かれている訳では」
「じゃから、退屈な日常から連れ出してくれる王子様、っつーことじゃろ」
王子様? あいつに、そう思われている、とでも。
残酷で、ようは善悪を知らない少女。
横暴で、たぶん叱られたことのない子ども。
――そうだ。
彼女も子どもだった。薬物に手を出す娘を放って置く大人たちの群れ。
無知で、愚かで、人を人とも思わない。
それでも、まだ子どもで。
それでも、もう悪の側にいて。
……彼女が、本当に、俺に惚れてくれているのだとしたら。
俺は、また罪を重ねるだろう。
子供の恋愛感情を利用して、為すべきことを為す。
すでに一線は何度も越えた。躊躇は、なかった。
急いで携帯を操作する。着信履歴をたどり、再度のコール。
二回、三回――繋がった。
「モレナ――」
『なぁに? 私、渡航の準備で忙しいんだけど?』
……冷静に聞いてみると、確かに。惚れているかは知らないが、喜色に満ちた声色であった。
「助けてくれ。助けたい人が、いるんだ」
『ふぅん? あなた、そこまで偉くなったのね?』
しまった。読み違えだったか? そんなはずは……。
『いいわよ! その代わり』
読み違え、ではなかったようだ。
余計な要求をされる前に、断言をする。
過不足なく。俺の全てを捧げる。
貴女が利用され、踏みにじられるのは、恋心だけだと、せめて誓う。
「分かってる。俺の全て――生涯を捧げる。だから、君の助けが欲しい」
『――言っている意味、分かってる?』
「ああ、当然だ」
俺の人生は、シエルたちの――同胞らのために。
善を教わっていないだけの、傲慢な少女すら利用する。
詐欺師は詐欺師でも、結婚詐欺は初めてだな。
自嘲は横隔膜をすり抜け、肺を経て吐息に変わった。
『うふふ、うふふふふ! その言葉、すっごく素敵ね! あ、シエルに代わるわね!』
『……一体、ウチのお嬢様に何を言っているのかしら? エイジェイ?』
あ。まずい。
「いや、待て。違、いや違わないが」
『モレナ様の説得はあなたが
シエルの声音は平坦だ。それは怒声よりも俺に恐怖を感じさせた。
地面を見つめて謝罪する。俺の自尊心は地の底にあった。
「いや、それは……すまない。ハンター試験は、落ちた。アクシデントがあって、いや、アクシデントに対応しきれなかったから、落とされた」
『エイジェイ……一体何をやっているんですか?』
いや、ここからだ。まだ挽回できる。俺の力で、施設で今も苦しんでいる彼らを
顔を上げると、満面の笑みのスーツの男が、聞き耳を立てていますよといわんばかりのポーズで目の前にいた。
パリストンは俺から一瞬で携帯を奪取すると、明朗な声でシエルに語りかけた。
「もしもし、モレナさん……の付き人の方ですか?」
『どちら様で?』
「
『ほう。ウチのエイジェイも最低限の仕事はしたようですね。――(ちょっと! 私のエイジェイなんだけど?)――静かに。条件については如何程で? トリプルの方を十分な待遇で迎えたいのはやまやまですが…』
俺の意志が介在しないところで、どんどん話が進んでいく。
困惑は自らの力不足を痛感させ、それは少しずつ情けなさに変わっていく。
それでも、シエルの交渉力への信頼と、パリストンの政治力に受けた圧倒が、俺の口を封じていた。
ネテロ会長はビーンズ氏に一言二言告げ、そのまま自ら車を運転してどこかに去った。
去り際に、「来年と言わずとも、また受けに来るといい」と言われ、俺は頷くことしかできなかった。
電話を通じた会話はしばらく続き、その後さらに十分ほどして電話は切られ。
パリストンは俺に振り返って、ニタリと嗤った。
「エイジェイ君。明日から君の師匠を呼んで特訓だから、そのところよろしく。ああ、お嬢様用の師匠も兼ねるからね」
無様に、唐突に。
俺の意志が介在しないところで、俺の師匠が決定した。
「――まさか、あんたじゃないよな? あんただったら断るが」
稽古として骨に罅を入れるところはまだ良い。こいつに都合の良い方に、成長を誘導させられることを危惧した。
「残念ですが、そこまで暇じゃないんですよ。この仕事が終わったら、しがらみだらけの副会長です」
演技じみた残念顔は、豹変する。
「たのしいたのしい、最後のフリーハント――、本気でいかないとね」
それは笑みだったか。
ぞっとするほどの口角の歪みの形は、妙に記憶に残るものだった。
本話には能力表記がありません。