ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ 作:砂漠谷
路銀は尽きていたが、ハンター協会の好意で骨の罅を医師に診てもらい、その後一晩入院した。"絶"で回復力を高めたのが良かったのか、翌日には退院。
その日の夕方、天気は雨だった。
集合場所はハンター協会本部前――ではなく、スワルダニシティの市民公園。防風林で区切られた広い園の中には、屋根とベンチがある休憩所があった。
生憎の雨だ、わざわざ公園をぶらつく人間は少ない。休憩所には俺一人だった。
『君の師匠を呼んでおく。もっとも、師になってくれるかどうかは君次第だけどね』
パリストンにそう伝えられていた。彼の思惑は、十中八九、エイ=イの収容施設にいる『念能力者の子どもたち』を手駒として迎えること。
それ自体は阻止したい。だが、彼の力を借りなければ、彼らを救出することは難しい。
ある程度、パリストンの影響下に少年少女らが置かれることは許容しよう。だが、奴の好き勝手にはさせない。
つまるところ、必要なものは変わらない。
力。それだけだ。
――彼らには、俺の念空間への限定的アクセス権を与えている。彼らの血が染み込んだ布に、俺のオーラを込めた「スレーブホール」。
その出納記録の頻度から、彼らの生死を推定できる。
俺が、エイ=イの本家に迎えられて数ヶ月。
――犠牲者は、すでに二人。
「――焦るな。だが、急げ」
修行している暇などあるのだろうか。そう、思い悩みつつ、ベンチに座って、掌に『凝』。念空間のオーラ濃度を上げる日課。
「ふむ。修行と制約を兼ねるとは。なかなかに能力設計が巧いな……」
ベンチの後ろから声をかけられるまで、その存在に気づかなかった。
振り向くと、整った顔の黒人の男がそこにいた。
「もしかして、あなたが?」
「ああ……。パリストン氏から斡旋を受けて来た。エイジェイで合っているな? オレは
原作では数少ない除念師の一人で、そして冷静な知恵者。
アベンガネ、その男が傘を差して立っていた。
「どうした。有名人に会ったような顔だな。サインでもしようか? ……冗談だ、意味なく筆跡を残すつもりはない」
「あ、ああ。俺がエイジェイだ。あなたが俺を指導してくれるのか?」
「たしかに、二週間分の前金はパリストンから貰った……が、割が合わないと判断すれば依頼は蹴るぞ」
「何をすればいい」
「"練"を見せろ。お前の見せ札だ」
つまり、実力を見せろ、ということ。ただの"練"であれば見せ札にすらならないだろう。
「分かった。これが――全力だ」
【
壊れた個人用モーターボートを、呼び出す。
「ぐぅっ……」
アドレナリンが出ていない現状で、ここまで大質量のものを呼ぶと、背中に切り裂くような痛みが走る。
それでも、傷がないことが分かっているから耐えられる。
呼び出されたモーターボートは、休憩所の空間をかなり手狭にした。
「なるほど……。念空間に入れておくと"周"が籠っていく。分かりやすいな」
息を切らして、念空間にモーターボートを仕舞う。
休憩所の中心に座り込む。汗が石畳に流れるが、すでに雨で湿っている。
「指導してくれるなら、その方針に注文を付けていいか?」
「聞くだけ聞こう」
彼はベンチに座り、脚を組む。傘は畳まれ、ベンチの側に掛けられた。
「労力は惜しまないが、時間は惜しいんだ。――手っ取り早く、強くなる方法を教えてくれ」
「厳しい制約か、あるいは重い誓約を掛けろ……以上」
彼の目つきは厳しくなる。脚と腕を組み、こちらを見定める姿勢に入った。
「教えてほしいのは、意味のある制約の付け方だ。やみくもに命を懸けても、護り続けられない」
護り続け、の部分で、彼は片眉を上げた。
「護り続けたい相手がいると、なるほど……。『護身具を与える』能力を、放出系の身で考えた結果がソレか。巧いと言ったのは撤回する。……下らない能力だ」
「どういうことだ」
先程は褒めて、今は貶す。アベンガネの意図を掴み損ねていた。
「やみくもに武力をバラ撒くだけならソレで正解だ。お前がやりたいのが死の商人なら、一流の念能力者と言えたかもしれない……だが」
アベンガネは一呼吸おいて、断言する。
「お前の意図と、能力設計は致命的にズレている。助けたいなら放出系でも転移型の能力、守りたいなら"円"を活用する類の能力、というのが定石……。道具しか入れられない念空間を作ったところで、救出任務において出来る貢献は薄い。どうせ人間は入れられないんだろ?」
「――それは」
次の言葉が、出ない。
「お前の念能力には、将来性がありすぎる。"周"という基礎技術に着目し、それを半永続させるために、念空間に道具を貯蔵し、オーラを浸透させておく。実に秀逸。だがな……お前は、自分のポテンシャルを高めるために、手っ取り早い救出能力を削り取ったんだ」
反論は、しようとも思わなかった。
自分の念能力を考えるのは、楽しかった。
戦闘のため。救命のため。そう口にしながら、自分のできることの幅を広めることを、前提としてしまって。
彼らを助ける最短距離を、自分から放棄したことに、ようやく気がついて。
その罪の重さに絶望する。
「……今から。どうすれば、いい、ですか?」
手札は自分から捨ててしまった。残ったものはあるのかもしれない。
それでも、現状の一寸先を見通せてすらいなかった。
目の前の男に縋る。いまだ師になるかすらわからない男に。
どうしても、あの子どもたちを助けたい。その気持ちに偽りはなかった。
有刺鉄線の外を知らない子ども。血の赤は知っていても、花弁の赤を知らない子ども。
あの子たちに、希望を与えたかったんだ。
地面には湿ったタイル。流れ落ちるのが汗か涙か雨漏りかは、分からなかった。
「それを考えるのはお前の仕事だ、と言いたいところだが。才覚と熱意だけの勘違い独学型放出系バカを矯正するのも面白そうだ。二週間、休めるとは思うなよ」
顔を上げる。目の前のアベンガネは、背もたれに手を置き、愉快そうにこちらを眺めていた。
彼は傘を差し、防風林の奥に歩みだす。念空間から傘を取り出し、俺もそれについていく。
「"凝"を怠るな」
黙って頷き、両の眼にオーラを集める。
アベンガネの指先――そこに、雨でも消えぬ炎が生まれる。
それを呼び水ならぬ呼び火として、アベンガネのモノではないオーラが集まっていた。
それは周囲の空間から、生まれているように見える。実際には、林の大気中のオーラが凝縮しているだけなのだろうが。
「これはオレの部族に伝わる信仰――を、念能力として再解釈したものだ。万象には命が宿るというのは典型的なアニミズムだが、事実として、少なくとも森には薄っすらと生命力が散らばっている。それを集合させるこの技能を、オレは"
「燐光の燐、ですか」
「鬼火の光の意味もある。森に湧く妖精。ウィル・オ・ウィスプとも呼ぶそうだな。お前には、これを一週間で会得してもらう」
見よう見まねで、指先にオーラを凝めて周囲のオーラを凝集させようとするが、うまくいかない。まるで霧を掴むような離れ業だ。これを、一週間でやれ、と。
「オレは習得まで半年掛かったが――徴収型は放出系能力の範疇。まあ、慣れればオレより早いだろう。何か質問は?」
森でだけ使えても、意味がない。俺にとってはそう思えた。
だが、植物ではなく森、という部分に引っかかりを覚える。
「植物、だけが対象ですか?」
「いや? 森には多くの生命が溢れている。蚯蚓に、鳥の糞に、虫の死骸。それらもオーラとも呼べないほど微弱な生命エネルギーを宿し、森に吸収される過程でばら撒いている」
蚯蚓、鳥の糞、虫の死骸。分解するものと、されるもの。
つまり、生態系が構築さえしていれば、森ではなくとも、"燐"の対象。
俺の視線に、アベンガネはにやりと笑う。
「気がついたか。だが、オレは"燐"で集めたエネルギーを、森林でしか使えない。海辺で集めたエネルギーを使うなら全く別個の念能力になるし、それをゼロから構築するような余裕はないからな。お前は、どんな環境で念能力を使うつもりだ?」
答えは、決まっている。あの収容所。
「人がたくさん死ぬところ。まともな墓も造られない、土の下に骨肉が埋まった屠畜場――それを、潰す」
師を見つめる。
彼の指先に集まった森の生命力は、一匹の蝶に姿を変じていた。
「いい眼だ。修行の前に、お前の念空間を一度リセットする。今のままでは、お前の目的にとって帯に短しだ」
? それは、どういう――。
「【
蝶がこちらに近づく。
「いや、待て、待ってくれ」
「問答をしている時間はないんだろ?」
その蝶の羽ばたきに危機感を覚える――が、俺は咄嗟に手で払いのけることしかできず。
手に触れた瞬間、その蝶は燐光に解けて戻り。
俺の念空間の中に、這い込んだ。
違和感は、異物感に変じ。
それは、即座に神経を直接掻きむしられるような激痛へと転じた。
俺は膝をついて痛みに耐える。
「あ、がああああああああああああああああ!」
「荒療治だ。耐えろ」
俺の念空間は、俺以外のオーラを取り込まないはずだ。何故!?
そういった疑問も、痛みで塗りつぶされる。
念空間が、内包されたオーラと、そして刀剣甲冑も含めた道具類が、内側からゴリゴリと食いつぶされていく感覚。
「森の中で息をして、汗をかき、オーラを散らす……お前も森の一部になっていただろ? その蝶は、お前の中に這入れて当然だ」
「い、一体、何を、ぉご!」
「具現化系能力において、能力の調整をするには、具現化したものを一度抹消する必要がある。だが、放出系の念空間は常時発動型の場合が殆ど。こうやって、無理やり外殻を喰らって消す必要がある」
「う、ぐぅうう!」
「助けたいんだろ? 手っ取り早く強くなりたいんだろう? なら、その程度耐えてみせろ」
「ぐ、ぎ……」
耐える。舌を噛まないように、袖を噛み。声を堪えて耐える。
そして十数分。痛みは収まった。蝶が羽ばたく違和感は、まだ僅かにある。
「ぜぇ、はぁ……」
「出してみろ」
それに頷き、深呼吸したのちに、内側の念獣を外に吐き出す。
「う、ぎ!」
瞬間。頭蓋の内側で手榴弾が弾けたような衝撃。
今まで続いた痛みの、十数倍に近い一瞬の痛み。
先ほどの痛みで慣れていなければ確実にショック死していた。それだけの質量に伴う誓約痛。
意識は遠のく。
腐葉土に倒れ込む直前、アベンガネの腕が俺を支えたこと。
そして、消滅した念空間から吐き出した念獣は、蝶の蛹のような姿をしていたこと。
この二つだけは、辛うじて認識できた。
気絶する直前、スレーブホールが、念空間ではなく、
| 念能力:【 |
| 概要:自身のオーラを呼び火として、森の生命エネルギーを凝集させ、それを用いて、対象の念能力を捕食できる念獣を具現化する。原作で【 |
| 既知の制約:死後強まる念は捕食できない。能力の解除条件達成もしくは対象の死亡まで、念獣は能力者に懐き、その世話をしながら維持オーラを支払う必要がある。 |
| 本作における制約: 念獣の能力はその森に棲む生命の能力の総和を超えることはない。 また、捕食の過程として、その森の生命が持ち得ない手段は念獣も持ち得ない。電気を食べる性質の虫がいなければキルアの雷掌などには対抗できない、などがある。 |
四回目