ノット・ローグライク、バット・ハック&スラッシュ 作:砂漠谷
死にたかった、といえばウソになる。
だってそれは、過去形だから。
生まれたのは、地獄だった。
誇張でもなんでもない。血と汗が乾いて汚れた、布団ともいえないような布の上で寝起きする。土くれのようなパンを頬張り、立って歩けるようになったら働かされる。
最初は針仕事だった。ノルマに達しないと『出荷』だ。指に針が刺さるのもいとわず、必死に縫った。
胸が少し膨らんだ頃。衝立のない共用便所で見張り番の男に襲われそうになった。それを制止したのがあの男だ。
AJ13。第一印象は、格好いい、だ。
だが、その印象は直後に裏切られる。
ブチ切れて刃物を取り出した見張り番にアイツは逆らおうともせず、こういったのだ。
「清潔な布と石鹸を下さい。綺麗にした彼女を用意します」
こうして。
私は生け贄になった。
憎たらしい兄貴分は、私の命と健康を、私の尊厳で購った。
恩とは思いたくないが、恩と認めるしかなかった。
それが、酷く悔しかった。
針傷だらけの手は、子供の治癒力もありすぐに治った。皮膚病一歩手前だった肌は玉のような艶を持った。
目の二線傷だけが少し気になるほどに。
エイジェイは私に謝った。
泣きそうな顔で私に土下座した。
曰く、私は生け贄なのだと。
綺麗な布と石鹸の余りは他の子どもたちに回すと。
私に個室が用意されるよう交渉すると。
許さなくて良い、だから、理解してくれと。
少女が襲われる代わりに、嬲られる女が選ばれるようになった。
どちらがマシかは今でも理解できない。理解できるふりをした。
彼には理解できるようだったから、彼の言う通りに動いた。
施設で、女児が死ぬことは、それでほとんどなくなった。
彼にたくさんのことを教わった。
外の世界のこと。念能力のこと。常識や道徳――と一般的に言われる社会通念。
室内で出来る色々な遊び。特に札遊びが私は好きだった。外の世界になれば、紙幣より高価な札があるのだとか。
彼とたくさんのことを語り合った。
この施設のこと。念能力のこと。どうやれば外に出られるか、その計画。
だけど、自分の内側に渦巻くこの気持ちは、言葉にしたら終わる気がして。
どこか察してくれたとは、思っているけど。
それから少ししたころ。
地獄から拾ってくれたのは彼女だった。
私と同じ場所に二線傷を持つ、私と似た顔の少女。
モレナ=プルードは、私と似ても似つかぬ刹那主義の少女だった。
私だけがこの地獄から掬われるのか。そういう僅かな罪悪感。
同時に、私を犠牲にして生き延びた奴らを見捨てる。微かな快感。
次いで、そんな気色の悪い感情を私に感じさせる、この世界への憎悪。
エイジェイが付いてくる、と言った時は驚いた。
でも、少しだけ、嬉しかった。
彼と彼女と私。
三人で。あの屋敷で暮らした一月弱。
楽しくない、と言えばウソになる。
そこに未来はなかったとしても。
この楽しさを、ずっと抱えて生きてられるほど、私の心は健全じゃない。
あの絶望から、ずっと目を背けて生きていけるほど、私の心は壊れちゃいない。
地獄で黒い眼は開かれた。
生まれてはじめて見た満月は、随分と小さかった。
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「『
私を直接甚振っていた末端~中堅の構成員は、発行者である私にとって信用が地の底についている。そのため、与えられたのはイエローカード。
ほぼ最低額の信用値は、『纏』や『練』を身に付けただけで上限に達し、構成員らの心臓は停まった。この能力は、都合のいい説明だけがカードに書かれている。都合の悪い部分は私の口からしか語られない。
気味が悪いと思っても破棄はできない。念能力を身に付けていなければ、高額に設定された年会費の返済をするオーラ量すらないのだ
現在、埋葬カードは59枚。なぜこんなにも多いのか。
「ひ、たすっ、助けてっ」
「何でです? とにかく、このカードを上限まで使い切ってください。使い切らなければ、もぉ~っと酷い目に遭いますよ」
「お前らっ、なんでぼうっと見てる! こいつをなぜ殺さない!?」
暗い部屋でも、この言葉だけでだいたいの状況は分かるだろう。
私は、エイ=イの組長を襲撃している。
念人形状態の『埋葬カード』と共に。
やり口は簡単だ。末端のヤクザの念人形を複数体連れて、中堅ヤクザの部屋を訪れて、彼を拷問し無理やりカードを上限まで使わせることで念人形を造る。
これを何度かやった後、中堅ヤクザの念人形を複数体連れて幹部の部屋を訪れて、幹部を拷問し無理やりカードを上限まで使わせて念人形を造る。
そして今。幹部の念人形を複数体連れて、組長の部屋を訪れ、カードを与えた。そして上限まで使わせようとする。その寸前。
窓が開く。夜風が飛び込み、カーテンが広がる。
その隙間から、月の光が差し込んだ。
同時に、滑り込むように部屋の中に踏み入る男。
「何を――してやがるんだ?」
横に広がったセンターパート。サングラスの奥には大きな三白眼。柄シャツが妙に月びかりを反射して、それが印象に残る。
「どちら様?」
「俺を知らねぇとは……モグリか、それとも新参者か」
念能力者であるのは間違いがない。それも雑魚ではなく、それなり以上のレベル。
屋敷の周囲に念人形をニ十体は配置したはず。それを倒したか、あるいはすり抜けたのだろうか。
「新参者の方ですね。最近
「んな訳ねぇだろ」
冗談は通じない模様だ。もっともこの状況で通じる方が怖いが。
「もう一度お尋ねします。――どちら様で?」
「梟、っつーもんだ」
「陰獣の方、ですか」
男――梟は、大きな風呂敷を具現化する。
包み込まれると不味いのは馬鹿でもわかる。
こういう手合いは距離を取るに限る。具現化系なのだ、念弾攻撃はまずないと見ていい。
窓から離れる。念人形らを盾に――だが。
ふわりと広がる布は、念人形を大きく包み込み――畳み込まれた。
「な――」
単なる収納系じゃあない。自在に広げて操れる、これほどの練度とは。
部屋には私と、運よく風呂敷から逃れられた二体の念人形。そして椅子に縛られたエイ=イの組長。
部屋の中心にいる組長を挟み、じりじりと部屋の中を回るようにして互いの距離を測る。流石に部屋の端から端まで風呂敷は届かないようだ。
「てめぇ、一体何もんだ? ここまで忍び込んで、屋敷を半ば乗っ取って――何をするつもりだ?」
「フフ、それ聞きます?」
「……いや、いい。敵は敵だ」
照明のスイッチの場所に梟がたどり着き、彼はそれを押した。
押し入った側である彼にとって、罠があるかもしれない部屋は明るい方がいい。そう判断したのだろう。
私の顔が部屋の照明で照らされる。それを見て、梟はただでさえ大きい目を見開いた。
「は――? お嬢……、じゃあ、ねぇな? 影武者か――あるいは」
「モレナ様のことでしたら、ご旅行中ですよ。しばらくは帰らないでしょう」
彼女の知り合いか。敵対は避けられないだろうが、油断と困惑を誘うために事情を小出しにする。
だが、その一言に、彼は憤怒の形相で叫んだ。
「永遠に、の間違いだろうが……てめぇ、
「何の話でしょうか」
彼の頭の中で思考がすっ飛んだ、そういう音がした感じだ。彼は窓の外で風呂敷を一振りする。そうして念人形を捨て、空になった風呂敷を振り回してこちらに突撃してくる。
危険だが――チャンスでもある。
二体の念人形をカード状に戻す。そのうち一体は、生前『発』――固有の念能力を購入していた。
「『
すでに能力は露わになっている。
なら、コレで対処できる。
「『
「――は?」
私が具現化したのは、彼と同じ大風呂敷。一つ彼のものと違うのは、モノクロの色合いをしているところ。
それは彼の風呂敷と重なり。
バチャリ。泥が跳ねたような音と共に、双方とも掻き消えた。
再度具現化する隙は与えない。床を踏み砕く勢いで距離を詰め、意表を突く。
拳で顎を揺らす、だが、膝をつきつつも気合で耐えられた。
次いで、頭を持って鼻骨を右膝で砕く。だが、直後に足首を掴まれ、そのまま寝技に持ち込まれる。
鼻から血を噴き出しながら、私に組み付きにかかる梟。四肢に身体に力は入っておらず、気迫だけで握力を維持し、私にしがみつく。
「お嬢を……お嬢をか゛え゛せ゛……!」
服が血塗れとなった男を蹴飛ばしながら、少し憐れみを覚え、誤解を解くために事実を述べる。
「絶賛下剋上タイムの真っ最中ですけど、モレナ様個人に影武者として拾われた恩は一応まだ感じていますよ。旅行というのも普通の観光ですし」
「は……はは……。そ、うか、無事か――」
『お嬢』の無事を知り、気迫は途切れる。ガクリ、と梟は白目を剥いて気を失った。
彼を地面に横たえて、本来の目的に向かう。
庇護者のいない組長――モレナの父の処分だ。
「ま、待て! モレナへの恩は感じているのだろう!? モレナを悲しませたくないのか?」
「うーん、それですけど。あなた、私とモレナ様の顔の区別、ここ最近付けられていませんでしたよね?」
「そ、それは……しかし、ワシは父親だぞ! 父親を大切に思わない娘などおらぬ!」
その言葉に首を傾げる。意味が分からない。そんな道理があれば世界平和はとっくの昔に実現していただろう。
「ああ、なるほど。これは私の推測ですけど……あの
彼の肩に手を添える。
父親である彼の方がよくわかっているはずだ。薬物中毒の娘を放置する父親は、外界への無関心にとっくの昔に気づいて、とっくの昔に匙を投げていた。
「そ、それは……それは……」
「飽きられたら、あの子の中ではもう死んだのと同じ扱いなんです。私とモレナ様を間違えた時点で、モレナ様の中で、あなたはもう死んでいます。私が容赦をする道理もありません。何より――私の生まれ、知ってますよね?」
「クソ……『肉』風情がァッ」
おおっと、手が滑った。彼の首をついへし折ってしまった。
六十枚目は、埋葬カードになることなく、憑依相手を失い、消失した。発行枠は増えたから損にはならないものの、目標からは遠ざかる。
「七十二枚目まで、遠いわね……」
七十二。私を指す番号。
CLという番号の『肉』が、私の前に71人いた証。
それに到達すれば、私は終われる。
この命を、ゲームセットに持っていける。
この大陸に根を張る、気に喰わないものを巻き込んで。
| 念能力:【 |
| 概要:オーラでできた対象と同じ形状のものを『シャドウ』として具現化する。シャドウが対象に接触した場合、対象とシャドウが双方共に消失する。念能力そのものではなく、それを構成するオーラが消失する。 |
| 能力の限界:複数人が関わっている念能力は消失しない。死後強まる念は消失しない。形状が極端にシャドウと異なる場合は完全には消失しない。 |
| 制約:対象をその目で見て、その能力の発動を実際に見るか、頭の中で明確にイメージする必要がある。 |
| 解説:被害者はこれを購入し、シエルの『愛のレンタル《オロカナマイソウ》』を消失させようと試みたが、シエルと被害者という二者が関わる複雑な念能力であったため、加えて能力の発動の瞬間が明瞭にイメージできなかったため、消失させるのに失敗した。 |
| 余談:能力名はラップミュージックとスマホカードゲームから。『ライム読み』『後出しじゃんけん』『ドッペルゲンガーは同一人物に遭遇すると消える』あたりからインスピレーション。 |
就活地獄の合間の合間で執筆いたしました。
次話は年を越すかと思われます。