名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
プロローグ1話:脆くも温かい、ひだまりの記憶
「お姉ちゃん、見て見て! ほら!」
キュアット探偵事務所の静かな午後に、弾むような声が響いた。
声の主は、森亜るるかの1歳下の妹、森亜こころ。
彼女は得意げな顔で床に座り込むと、すっと滑らかに両脚を前後へ180度開き、見事なフルスプリットをしてのけた。骨盤は床にぴったりとつき、その姿勢には微塵の苦し気な様子もない。
「どう! 前は出来なかったけど、最近出来るようになったんだ」
こころは昔から運動神経が良く、身体の柔軟性にも長けていた。接近戦、特に足技を得意とする彼女ならではの身体能力だ。
パッと体勢を戻したこころは、ひだまりのような眩しい笑顔を浮かべると、ソファに身を沈めていたるるかへと駆け寄り、甘えるようにぎゅっと抱きついてきた。
優しくて、人懐っこくて、るるかのことが大好きな、るるかの自慢の妹。
キュアシンシアとして共に戦う彼女は、るるかにとってかけがえのない存在で、大切な家族で、誇りでもあった。
「ふふっ、すごいねこころ。でも、あまり無理しないでね」
るるかは、胸元にすり寄ってくる妹の頭を優しく撫でてやる。こころはくすぐったそうに目を細め、えへへ、と笑い声を漏らした。
「平気だよ! 私、お姉ちゃんと一緒ならどんな事でも出来るよ!」
「そっか。私もだよ、こころ」
真っ直ぐな妹の言葉に、るるかの口元にも自然と柔らかな笑みが浮かんでいた。
よく晴れた休日の昼下がり。まことみらい市の広場にあるベンチには、穏やかな時間が流れていた。
隣に座るこころが、満面の笑みで焼きたてのクレープを差し出してくる。
「くれ姉(ねえ)、お姉ちゃん! はい、あーん!」
「ふふっ、ありがとうこころちゃん。甘くてとっても美味しいわ」
「ん、美味しい。こころ、ありがと」
るるかと、彼女がロンドンのキュアット探偵事務所で初めて出会い、そして直接スカウトした助手であり相棒の帆羽くれあ。
二人は差し出されたクレープを一口ずつ頬張ると、愛おしそうにこころの頭を撫でた。
嬉しそうに目を輝かせるこころは、くれあのことも本当の姉のように慕っていた。
「ほら、るるかも。アイス溶けちゃうわよ? はい、あーん」
「っ、くれあ、自分で食べられるってば……ん、美味しいけど」
くれあが差し出したチョコミントアイスを口に含み、るるかは少し照れくさそうに視線を逸らす。
「あははっ! お姉ちゃん、お顔赤いよ! こころにもアイスちょうだい!」
「もう、しょうがないなぁ。はい、こころちゃんも、あーん」
るるかの大好きなチョコミントアイスを、三人で笑い合いながら食べさせ合う。
笑うくれあと、無邪気にはしゃぐこころ。照れ隠しで少しムスッとした表情を作りながらも、るるかの口元からは抑えきれない笑みがこぼれていた。
るるか達の側では、お供の妖精であるマシュタンとシュシュタンが、ぬいぐるみのふりを徹底しながらも、その光景を嬉しそうに見守っている。
るるかにとって、こんな風に笑い合って過ごす時間は、何よりも得難い宝物だった。
その日の夜。
るるかの部屋のベッドで、こころは姉に抱きつくようにして、すうすうと穏やかな寝息を立てていた。
昔の自分と同じように白いシャツに薄紫のベストを着て、何でもお揃いにしようとしていた可愛らしい妹。
寝顔は昔から少しも変わらない。
「……ふふっ、本当に甘えん坊なんだから」
るるかはそっと、先に眠ってしまった妹の柔らかい頬を撫でた。
「そんなこころちゃんを甘やかしてる、るるかも大概だと思うけど」
呆れたような声を出したのはマシュタンだった。
「うん。でも、しょうがない。こころが可愛すぎるのがいけない」
「こころちゃんは姉バカだけど、るるかは、妹バカね」
「マシュタン。私は妹バカじゃない。ただ、こころが好きなだけ」
「はいはい、ごちそうさま。ほら、寝ましょう。あまり話しすぎてると、こころちゃんを起こしちゃうかもしれないし」
「そうだね。おやすみ、マシュタン、こころ」
るるかもまた、温かいこころの身体をそっと抱きしめ返す。
どんなに困難で厳しい事件があっても、この温かい寝顔を見ているだけで、すべての疲れが吹き飛んでいく気がした。
ずっと、この笑顔を守りたい。
くれあと、こころと、マシュタンと、シュシュタンと。5人で、明日も明後日も笑い合っていたい。
るるかは暗闇の中で、強くそう願った。
――そのささやかな願いが、どれほど脆い幻だったのかを。るるかはもう間もなく、強く、残酷なまでに思い知らされることになる。
それから暫くの時が経過したある日。
ウソノワールがマコトジュエルの在処を突き止め、それを奪取すべく動き出したという情報を手に入れたるるか達は、最悪の事態を阻止するべく目的地である湖へと急行していた。
しかし、その道中。木々が開けた道の真ん中に、二つの影が立ち塞がった。
「邪魔はさせないよ。プリキュア」
キザな所作で赤い薔薇をもてあそぶニジー。
「せっかく、ウソノワール様がマコトジュエルを手にする時が来たんだ。悪いがこれ以上は進ません」
扇子を片手に、立ちはだかるようにして見得を切るゴウエモン。
ウソノワールの下へ向かわせまいとする怪盗団ファントムの幹部二人を前に、るるか達の足が止まる。
その緊迫した空気の中、真っ先に前に出たのはこころだった。
「お姉ちゃん。くれ姉。先に行って! ここは私が!」
「何言ってるの。こころを置いていくなんて出来るわけ……」
妹を置いていけないと、即座に拒絶しようとするるるかの言葉を、こころは強い視線で遮った。
「お姉ちゃん。ウソノワールがマコトジュエルを手に入れたら大変なことになる。それだけは阻止しないといけない」
その瞳には、姉を想う純粋な優しさと、プリキュアとしての揺るぎない覚悟が宿っていた。
「それに…私はお姉ちゃんの妹だよ。そんな簡単にやられたりしないよ。信じて、お姉ちゃん」
「こころ……」
まばゆい光がこころの身体を包み込み、名探偵キュアシンシアへと変身を遂げる。
身構えるニジーとゴウエモンを見据え、シンシアは背中越しに叫んだ。
「行って!」
「……ありがとう、こころ!」
妹の覚悟と強さを信じ、るるかは地を蹴った。くれあ、マシュタン、シュシュタンと共に、ウソノワールの元へと急ぐ。
残されたシンシアへ、ニジーが鼻で笑うように視線を送った。
「キュアシンシア。1人で僕たちをどうにか出来ると思っているのかい」
「そうだよ。それに貴女達こそ、あまり私を舐めないでよね。私の強さ、知ってるでしょ!」
シンシアは重心を低く落として臨戦態勢をとる。
「確かに! 何度も邪魔されたからな。それじゃ、こっちも気合いれるか!」
ゴウエモンが扇子を広げ、ニジーが不敵に笑う。
風が吹き荒れる中、キュアシンシアと二人の幹部による激しい戦闘の火蓋が切って落とされた。