名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
「犯人が分かりました」
あんなの言葉に、店内の空気がピンと張り詰める。
「置物を盗んだ犯人は……」
「「あなたです!」」
あんなとみくるが真っ直ぐに指差した先には――男性店員の『卓也』がいた。
「ボ……ボクが? そんなわけないでしょ!」
「いいえ! あなたしか考えられない」
「今回の事件の謎をとく鍵は『スカーフ』です。あなたは置物を盗んで、搬入口から出ようとした」
みくるの推理に、あんなが続く。
「店員であるあなたなら、誰も変だと思わない」
「でも、出ようとした時に、トムさんにスカーフが欲しいと声をかけられて……」
「慌てたあなたは、置物をクッションの中に隠した。そこなら、置物は割れなくてすむから!」
息の合った二人の推理に、卓也は冷や汗を流した。
「そんな……言いがかりですよ!」
「卓也くんが、まさか……」
ちほが信じられないといった顔で呟く。
みくるは、トムに向かって静かに尋ねた。
「トムさん。卓也さんは、あの置物みたいな柄のスカーフをお母さんへのプレゼントに選んだって言いましたよね。見せてもらえませんか?」
「はい、これだよ」
トムが広げたスカーフ。
そこには、美しい『花』の柄が描かれていた。
「花……?」
「ねっ、あの置物とそっくりでしょ?」
卓也の言葉に、ちほが「えっ」と声を漏らす。
あんなが自信満々に笑った。
「卓也さんは、花の形をした置物だと思ってたの!」
「亀の置物なのにね」
「か……亀?」
卓也の顔が引き攣る。
みくるが最後の一撃を放った。
「それに、クッションの中から見つかった時、『6枚そろってる! どこも壊れてない』って言いましたよね」
「おかしいと思った。亀の頭と足・尻尾を6枚とは言わない……」
「花だと勘違いしてたから、6枚って言ったの。花びらを数えるみたいに!」
「店員の卓也さんが、お店の大事なシンボルをそんな間違いするはずがない」
あんなとみくるの眼差しが、偽者の卓也を射抜く。
「「あなたは、卓也さんじゃない!」」
「……チッ。マジチョベリバ~!」
次の瞬間、卓也の姿がぐにゃりと歪み、ド派手なギャルの姿――怪盗団ファントムのアゲセーヌへと変わった。
「そう! アタシは怪盗団ファントムのアゲセーヌ! これはいただいていくから~!」
アゲセーヌは驚異的な身体能力で店を飛び出し、逃走を図る。
「待って!」
あんなとみくるは、その後を全力で追いかけた。
***
「アハハッ! 超余裕っしょ!」
華麗な動きで建物を伝い、逃げるアゲセーヌ。
だいぶ距離を稼いだアゲセーヌは屋根から地面へと着地する。
そのまま走り去ろうとするアゲセーヌ。
しかし、その足が不意に止まった。
走っていった先にマシュタンを片手で抱きしめ、もう片方の手で静かにストロベリーアイスを食べているるるかの姿があった。
「アルカナ・シャドウ! あんたたち! なんで来たし!」
驚くアゲセーヌに対し、マシュタンが呆れたように告げる。
「ウソノワール様からの伝言。『ヤツらを倒して、華麗に盗め』」
「だって……。よろしく」
るるかは感情の読めない瞳でそれだけを伝えると、興味なさそうに背を向け、去っていった。
その後ろ姿を見送った直後。
「待てー!」
「逃がさないよ!」
あんな達が追いついてきた。
「面倒だけど、ウソノワール様のためなら、相手してやるっしょ!」
アゲセーヌはニヤリと笑い、黄色いハイビスカスを取り出した。
「嘘よ、覆え! チョベリグにしちゃって。ハンニンダー!」
「ハンニンダー!」
盗まれたマコトジュエルから、お花の怪人『ハンニンダー』が誕生する。
ハンニンダーが完全に姿を現した直後。
アゲセーヌを中心にして、透明な膜がドーム状に広がっていった。
空気が震え、光が歪む。半球状の結界が、周囲の空間を完全に包み込んだ。
「あ!?」
「どうなってるんだ!」
驚く三人へ、アゲセーヌは得意げに笑う。
「フフン……ファントムの新技術! あんた達以外いない密室! これで事件は迷宮入りっしょ!」
あんなとみくるは顔を合わせて頷き合う。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーが、ビシッと指を指す。
「私の答え、見せてあげる!」
キュアアンサーとキュアミスティックが、ハンニンダーへと立ち向かっていく。
***
その戦闘を、少し離れたビルの屋上から、静かに見下ろしている影があった。
屋上の縁に座り、アイスを食べながら戦況を観察しているるるかと、彼女の太腿の上に立つマシュタン。
「あの子たち、おもしろいわね」
「…………」
るるかはただ無表情に、アイスを一口齧った。
「あの娘達が……今の名探偵プリキュア……」
ハンニンダーがプリキュアを追い詰める場面もあったが、二人の息の合った連携により、ハンニンダーはあっけなく浄化された。
マコトジュエルは、無事にプリキュア達の手に回収される。
「クゥ……超むかつく~!」
アゲセーヌがハイビスカスの花びらと共に退却していく。
その後、覆っていたフィールドが解除される。
そしてハイタッチをして無邪気に笑い合うアンサーとミスティックの姿があった。
その仲睦まじい光景を見た瞬間。
るるかの胸の奥が、ギリッと音を立てて痛んだ。
『お姉ちゃん! 大好き!』
『私も大好きよ、こころ』
『ほら、るるかも。アイス溶けちゃうわよ?』
かつて、くれあと、こころの三人で過ごしていた時間。
自分達も、あの子達のように笑い合っていた。
何一つ欠けることのない、完璧な幸せだったはずなのに。
「あんな事が無ければ……私達は今も、あんな風に過ごせてたのかな……」
「るるか……」
どうしようもない喪失感と同時に、あの日、何もできずに倒れ伏すことしかできなかった己の不甲斐なさが、フラッシュバックして蘇る。
(私に力があれば。私が弱くなければ……)
るるかの瞳の色が、危険な暗い色へと濁っていく。
「……今から私が、あのマコトジュエルを手に入れられれば……」
ボソリと、るるかが呟いた。
「奪って、プリキュア達も倒してしまえば、もしかしたら……ウソノワールは、こころを助けてくれるかもしれない」
色んな後悔と、ベッドで虚ろな目をして縛り付けられているこころの痛ましい姿。
それらが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、今のるるかは、いつもの冷静な判断力を完全に失っていた。
るるかが立ち上がりかけたその時。
「ちょっと、るるか!」
マシュタンの鋭い声が、るるかの思考を断ち切った。
「冷静になって! 今、そんな風に動いてもいい事なんて何も起きないわよ!」
「……っ!」
「ウソノワール様は、『未來自由の書』に沿って動いてる。まだ、私達が動くときじゃないわ!」
マシュタンの必死の説得に、るるかはハッと我に返った。
「あれ、私……どうして……そんな事……」
「るるかが、こころちゃんを大切にしている事は分かってる。私だって一緒に過ごしていたんだから、尚更ね」
マシュタンは、るるかの頬に小さな手を当てた。
「でも、だからこそ、いつもの様に冷静になって。勝手な事をしたら、ウソノワール様が何をするのか分からないわ。それこそ……こころちゃんを助ける事が、出来なくなるかもしれないのよ」
「そうだね……ありがとう、マシュタン」
るるかは深く息を吐き出し、拳を強く握りしめた。
「私、思った以上に駄目みたい。どうしても、こころの事を思うと冷静になれてなかった。いつもありがとう、マシュタン」
「さっ、帰りましょう」
「うん」
るるかは、もう一度だけ、笑い合う新しい名探偵プリキュアたちの姿を見下ろした。
そして、今度こそ完全に背を向け、アジトへと帰っていった。
***
アジトの大広間へと戻ってきたるるか。
「アルカナ・シャドウ」
VIP席から見下ろすウソノワールに名前を呼ばれ、るるかは立ち止まった。
「初任務ご苦労だった。私の命令を聞いた褒美として、特別に貴様の大切な妹と『今日1日』過ごすことを許そう」
「えっ……」
るるかは弾かれたようにウソノワールの方を振り向いた。
「いいの……?」
「今回は特別だ。ただし、今後も私の命令や任務を成功させたなら、特別措置も考えてやろう」
「ありがとう……ございます」
深く頭を下げると、るるかは足早にこころの部屋へと向かった。
その後ろを、マシュタンが慌てて追いかける。
「良かったわね、るるか」
「うん」
早足で歩くるるかの横顔は、ほんの少しだけ嬉しそうに綻んでいた。
鉄の扉の前に辿り着き、そっと開ける。
「こころ……入るね」
部屋へと入るるるかとマシュタン。
「ただいま、こころ」
ベッドに横たわるこころは、いつも通り何の反応も示さない。
しかし、るるかはすぐに「何かがいつもと違う」という異変を察知した。
「こころ……?」
近づいていくるるかの耳に、浅く、ひどく苦しそうな呼吸音が届く。
「こころ!」
慌ててベッドに駆け寄る。
虚ろで何も映していない瞳は相変わらず開かれたままだったが、こころの顔は異常に赤く火照り、額にはびっしりと汗が滲んでいた。
るるかは急いで自分の手をこころの額に当てた。
「熱い……! 熱が出てる!」
「こころ、大丈夫? しっかりして!」
「ど、どうしよう……どうすれば……っ」
かつてはどんな難事件の前でも冷静さを失わなかった『天才探偵』の面影はない。
大切な妹の命の危機を前に、るるかは完全にパニックに陥っていた。
「るるか、落ち着いて!」
マシュタンが鋭い声で制止する。
「まずは薬を飲ませないと。救急箱の中から熱冷ましの薬を探して! 私は水を持ってくるから」
「わ、わかった……!」
マシュタンが水を汲みに飛んでいく。
るるかは震える手で、部屋の隅にある救急箱を引っ張り出した。
「どこ……どこにあるの……っ」
焦るあまり、救急箱の中身を床にすべてぶちまけ、這いつくばるようにして薬を探す。
「あった!」
「はい! お水よ」
マシュタンが小さなコップに水を入れて戻ってきた。
るるかは急いでこころの上半身を抱き起こし、錠剤を口に含ませようとする。
「こころ、お薬だよ。飲んで……」
しかし、心を失い、自発的な行動が一切できなくなっているこころは、薬を飲み込むという動作すらできなかった。
口に含ませた水は、無情にもこころの口の端からツツーッとこぼれ落ちてしまう。
「どうしよう……どうすれば……」
「このままじゃ……こころが……っ」
パニックになりかける頭を必死に回し、るるかはある一つの方法を思い浮かべた。
「こころ、ごめんね」
るるかは、薬の錠剤とコップの水を、自らの口の中に含んだ。
そして、そのまま顔を寄せ――こころの小さな唇に、自分の唇をぴったりと重ね合わせた。
るるかが思いついたのは、口移しだった。
自分の口に含んだ水と薬を、直接こころの喉の奥へとゆっくりと流し込み、嚥下を促す。
喉がほんの僅かに動き、無事に薬を飲ませることに成功したるるかは、ホッと安堵の息を吐いて唇を離した。
その後、二人は桶に水を汲んできて、汗をかいているこころの身体を濡れタオルで丁寧に拭き始めた。
同時に、汚れた包帯も新しいものへと交換していく。
「ごめんね、こころ。こころが苦しい時に、側にいてあげられなくて」
「駄目なお姉ちゃんでごめんね……」
汗を拭き終わり、新しい包帯を巻き直していくうちに、るるかの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
自分よりもずっと小さかった妹。
その身体は無数の傷に覆われ、痛々しいほどに痩せこけてしまっている。
改めてこころの身体の状態を目の当たりにし、るるかの胸はギリギリと締め付けられた。
『お姉ちゃん!』
『お姉ちゃん! 大好き!』
満面の笑顔で自分に抱きついてきてくれた、あの日のこころの姿が脳裏をよぎる。
「私の事を恨んでくれてもいい。これは、私の罪だから……」
るるかは、包帯を巻き終えたこころの細い腕を、そっと両手で包み込んだ。
「それでも、私はこころの事が大切だから。だから……必ず助けてみせるから」
熱い涙が、こころの腕にぽたりと落ちる。
「今日はね、特別に一緒にいても良くなったの。だから……今日一日はずっと側にいるから。こころの側にいるから……」
「今はゆっくり休んでね」
るるかの声が届いたのか、あるいは薬が効き始めたのか。
ずっと虚空を見つめていたこころの虚ろな瞳が、ゆっくりと、静かに閉じていった。
「お休みなさい、こころ」
穏やかな寝息を立て始めた妹を見届け、マシュタンがるるかの頬に触れた。
「るるか……自分の事、責めすぎないで」
「うん。でもね、マシュタン」
るるかは、自嘲するように弱々しく笑った。
「やっぱり……どうしても私のせいだって思っちゃうよ。くれあも、こころも、私のせいで傷ついたって思っちゃうの。だから……だよね。さっきみたいに、冷静になれなくなるの」
「昔ならこんな事なかったのに、今の私は駄目だね」
「あまり一人で抱え込まないで。私も一緒よ、るるか」
「うん。そうだね、マシュタン」
るるかは、ベッドの隣に椅子を引き寄せ、そこに静かに腰を下ろした。
マシュタンも、いつものようにるるかの太腿の上へとちょこんと座る。
眠っているこころを、今日はこのまま、片時も離れずに側で見守り続けるつもりだった。
明日になれば、また面会時間は冷酷に制限されてしまうだろう。
でも、任務に成功すれば色々変わっていくかもしれない。
まだ、ウソノワールの命令に心から従えるほど、完全に悪に染まりきったわけではない。
しかし、たった一日の面会時間という『餌』を与えられただけで、間違いなくるるかの心の中は大きく揺らいでいた。
(こころを救うためには……ファントムとして任務をこなすしかない)
るるかは、愛おしそうにこころの頭を優しく撫でた。
彼女が『怪盗』として完全に覚醒する日は、そう遠くない未来に迫っているのかもしれない。