名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜   作:暁 蒼空

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第1話:動き出す時間、交差する光と影(後編)

「犯人が分かりました」

 

あんなの言葉に、店内の空気がピンと張り詰める。

 

「置物を盗んだ犯人は……」

「「あなたです!」」

 

あんなとみくるが真っ直ぐに指差した先には――男性店員の『卓也』がいた。

 

「ボ……ボクが? そんなわけないでしょ!」

「いいえ! あなたしか考えられない」

「今回の事件の謎をとく鍵は『スカーフ』です。あなたは置物を盗んで、搬入口から出ようとした」

 

みくるの推理に、あんなが続く。

 

「店員であるあなたなら、誰も変だと思わない」

「でも、出ようとした時に、トムさんにスカーフが欲しいと声をかけられて……」

「慌てたあなたは、置物をクッションの中に隠した。そこなら、置物は割れなくてすむから!」

 

息の合った二人の推理に、卓也は冷や汗を流した。

 

「そんな……言いがかりですよ!」

「卓也くんが、まさか……」

 

ちほが信じられないといった顔で呟く。

みくるは、トムに向かって静かに尋ねた。

 

「トムさん。卓也さんは、あの置物みたいな柄のスカーフをお母さんへのプレゼントに選んだって言いましたよね。見せてもらえませんか?」

「はい、これだよ」

 

トムが広げたスカーフ。

そこには、美しい『花』の柄が描かれていた。

 

「花……?」

「ねっ、あの置物とそっくりでしょ?」

 

卓也の言葉に、ちほが「えっ」と声を漏らす。

あんなが自信満々に笑った。

 

「卓也さんは、花の形をした置物だと思ってたの!」

「亀の置物なのにね」

「か……亀?」

 

卓也の顔が引き攣る。

みくるが最後の一撃を放った。

 

「それに、クッションの中から見つかった時、『6枚そろってる! どこも壊れてない』って言いましたよね」

「おかしいと思った。亀の頭と足・尻尾を6枚とは言わない……」

「花だと勘違いしてたから、6枚って言ったの。花びらを数えるみたいに!」

「店員の卓也さんが、お店の大事なシンボルをそんな間違いするはずがない」

 

あんなとみくるの眼差しが、偽者の卓也を射抜く。

 

「「あなたは、卓也さんじゃない!」」

「……チッ。マジチョベリバ~!」

 

次の瞬間、卓也の姿がぐにゃりと歪み、ド派手なギャルの姿――怪盗団ファントムのアゲセーヌへと変わった。

 

「そう! アタシは怪盗団ファントムのアゲセーヌ! これはいただいていくから~!」

 

アゲセーヌは驚異的な身体能力で店を飛び出し、逃走を図る。

 

「待って!」

 

あんなとみくるは、その後を全力で追いかけた。

 

***

 

「アハハッ! 超余裕っしょ!」

 

華麗な動きで建物を伝い、逃げるアゲセーヌ。

だいぶ距離を稼いだアゲセーヌは屋根から地面へと着地する。

そのまま走り去ろうとするアゲセーヌ。

しかし、その足が不意に止まった。

走っていった先にマシュタンを片手で抱きしめ、もう片方の手で静かにストロベリーアイスを食べているるるかの姿があった。

 

「アルカナ・シャドウ! あんたたち! なんで来たし!」

 

驚くアゲセーヌに対し、マシュタンが呆れたように告げる。

 

「ウソノワール様からの伝言。『ヤツらを倒して、華麗に盗め』」

「だって……。よろしく」

 

るるかは感情の読めない瞳でそれだけを伝えると、興味なさそうに背を向け、去っていった。

その後ろ姿を見送った直後。

 

「待てー!」

「逃がさないよ!」

 

あんな達が追いついてきた。

 

「面倒だけど、ウソノワール様のためなら、相手してやるっしょ!」

 

アゲセーヌはニヤリと笑い、黄色いハイビスカスを取り出した。

 

「嘘よ、覆え! チョベリグにしちゃって。ハンニンダー!」

「ハンニンダー!」

 

盗まれたマコトジュエルから、お花の怪人『ハンニンダー』が誕生する。

ハンニンダーが完全に姿を現した直後。

アゲセーヌを中心にして、透明な膜がドーム状に広がっていった。

空気が震え、光が歪む。半球状の結界が、周囲の空間を完全に包み込んだ。

 

「あ!?」

「どうなってるんだ!」

 

驚く三人へ、アゲセーヌは得意げに笑う。

 

「フフン……ファントムの新技術! あんた達以外いない密室! これで事件は迷宮入りっしょ!」

 

あんなとみくるは顔を合わせて頷き合う。

 

「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」

 

あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。

二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。

 

「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」

 

二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。

 

「サン!見つける!」

 

ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。

あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。

毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。

髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。

みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。

髪色は、明るいピンクに。

瞳の色も変化する。

あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。

 

「ロク、向き合う!」

 

長針が6を指す。

みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。

フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。

背中には、水色の大きなリボン。

あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。

 

「キュー!奇跡の二人!」

 

長針が9へ。

二人の足元に光が集まった。

あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。

あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。

その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。

みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。

指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。

 

「くるっと回して、キュートに決めるよ!」

 

長針が11へと進む。

あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。

みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。

そして同じく、両耳にピアス。

さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。

肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。

ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。

 

「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」

 

可愛らしい決めポーズを決める。

最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。

 

「「名探偵プリキュア!」」

 

アンサーが、ビシッと指を指す。

 

「私の答え、見せてあげる!」

 

キュアアンサーとキュアミスティックが、ハンニンダーへと立ち向かっていく。

 

***

 

その戦闘を、少し離れたビルの屋上から、静かに見下ろしている影があった。

屋上の縁に座り、アイスを食べながら戦況を観察しているるるかと、彼女の太腿の上に立つマシュタン。

 

「あの子たち、おもしろいわね」

「…………」

 

るるかはただ無表情に、アイスを一口齧った。

 

「あの娘達が……今の名探偵プリキュア……」

 

ハンニンダーがプリキュアを追い詰める場面もあったが、二人の息の合った連携により、ハンニンダーはあっけなく浄化された。

マコトジュエルは、無事にプリキュア達の手に回収される。

 

「クゥ……超むかつく~!」

 

アゲセーヌがハイビスカスの花びらと共に退却していく。

その後、覆っていたフィールドが解除される。

そしてハイタッチをして無邪気に笑い合うアンサーとミスティックの姿があった。

 

その仲睦まじい光景を見た瞬間。

るるかの胸の奥が、ギリッと音を立てて痛んだ。

 

『お姉ちゃん! 大好き!』

『私も大好きよ、こころ』

『ほら、るるかも。アイス溶けちゃうわよ?』

 

かつて、くれあと、こころの三人で過ごしていた時間。

自分達も、あの子達のように笑い合っていた。

何一つ欠けることのない、完璧な幸せだったはずなのに。

 

「あんな事が無ければ……私達は今も、あんな風に過ごせてたのかな……」

「るるか……」

 

どうしようもない喪失感と同時に、あの日、何もできずに倒れ伏すことしかできなかった己の不甲斐なさが、フラッシュバックして蘇る。

 

(私に力があれば。私が弱くなければ……)

 

るるかの瞳の色が、危険な暗い色へと濁っていく。

 

「……今から私が、あのマコトジュエルを手に入れられれば……」

 

ボソリと、るるかが呟いた。

 

「奪って、プリキュア達も倒してしまえば、もしかしたら……ウソノワールは、こころを助けてくれるかもしれない」

 

色んな後悔と、ベッドで虚ろな目をして縛り付けられているこころの痛ましい姿。

それらが頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、今のるるかは、いつもの冷静な判断力を完全に失っていた。

るるかが立ち上がりかけたその時。

 

「ちょっと、るるか!」

 

マシュタンの鋭い声が、るるかの思考を断ち切った。

 

「冷静になって! 今、そんな風に動いてもいい事なんて何も起きないわよ!」

「……っ!」

「ウソノワール様は、『未來自由の書』に沿って動いてる。まだ、私達が動くときじゃないわ!」

 

マシュタンの必死の説得に、るるかはハッと我に返った。

 

「あれ、私……どうして……そんな事……」

「るるかが、こころちゃんを大切にしている事は分かってる。私だって一緒に過ごしていたんだから、尚更ね」

 

マシュタンは、るるかの頬に小さな手を当てた。

 

「でも、だからこそ、いつもの様に冷静になって。勝手な事をしたら、ウソノワール様が何をするのか分からないわ。それこそ……こころちゃんを助ける事が、出来なくなるかもしれないのよ」

「そうだね……ありがとう、マシュタン」

 

るるかは深く息を吐き出し、拳を強く握りしめた。

 

「私、思った以上に駄目みたい。どうしても、こころの事を思うと冷静になれてなかった。いつもありがとう、マシュタン」

「さっ、帰りましょう」

「うん」

 

るるかは、もう一度だけ、笑い合う新しい名探偵プリキュアたちの姿を見下ろした。

そして、今度こそ完全に背を向け、アジトへと帰っていった。

 

***

 

アジトの大広間へと戻ってきたるるか。

 

「アルカナ・シャドウ」

 

VIP席から見下ろすウソノワールに名前を呼ばれ、るるかは立ち止まった。

 

「初任務ご苦労だった。私の命令を聞いた褒美として、特別に貴様の大切な妹と『今日1日』過ごすことを許そう」

「えっ……」

 

るるかは弾かれたようにウソノワールの方を振り向いた。

 

「いいの……?」

「今回は特別だ。ただし、今後も私の命令や任務を成功させたなら、特別措置も考えてやろう」

「ありがとう……ございます」

 

深く頭を下げると、るるかは足早にこころの部屋へと向かった。

その後ろを、マシュタンが慌てて追いかける。

 

「良かったわね、るるか」

「うん」

 

早足で歩くるるかの横顔は、ほんの少しだけ嬉しそうに綻んでいた。

鉄の扉の前に辿り着き、そっと開ける。

 

「こころ……入るね」

 

部屋へと入るるるかとマシュタン。

 

「ただいま、こころ」

 

ベッドに横たわるこころは、いつも通り何の反応も示さない。

しかし、るるかはすぐに「何かがいつもと違う」という異変を察知した。

 

「こころ……?」

 

近づいていくるるかの耳に、浅く、ひどく苦しそうな呼吸音が届く。

 

「こころ!」

 

慌ててベッドに駆け寄る。

虚ろで何も映していない瞳は相変わらず開かれたままだったが、こころの顔は異常に赤く火照り、額にはびっしりと汗が滲んでいた。

るるかは急いで自分の手をこころの額に当てた。

 

「熱い……! 熱が出てる!」

「こころ、大丈夫? しっかりして!」

「ど、どうしよう……どうすれば……っ」

 

かつてはどんな難事件の前でも冷静さを失わなかった『天才探偵』の面影はない。

大切な妹の命の危機を前に、るるかは完全にパニックに陥っていた。

 

「るるか、落ち着いて!」

 

マシュタンが鋭い声で制止する。

 

「まずは薬を飲ませないと。救急箱の中から熱冷ましの薬を探して! 私は水を持ってくるから」

「わ、わかった……!」

 

マシュタンが水を汲みに飛んでいく。

るるかは震える手で、部屋の隅にある救急箱を引っ張り出した。

 

「どこ……どこにあるの……っ」

 

焦るあまり、救急箱の中身を床にすべてぶちまけ、這いつくばるようにして薬を探す。

 

「あった!」

「はい! お水よ」

 

マシュタンが小さなコップに水を入れて戻ってきた。

るるかは急いでこころの上半身を抱き起こし、錠剤を口に含ませようとする。

 

「こころ、お薬だよ。飲んで……」

 

しかし、心を失い、自発的な行動が一切できなくなっているこころは、薬を飲み込むという動作すらできなかった。

口に含ませた水は、無情にもこころの口の端からツツーッとこぼれ落ちてしまう。

 

「どうしよう……どうすれば……」

「このままじゃ……こころが……っ」

 

パニックになりかける頭を必死に回し、るるかはある一つの方法を思い浮かべた。

 

「こころ、ごめんね」

 

るるかは、薬の錠剤とコップの水を、自らの口の中に含んだ。

そして、そのまま顔を寄せ――こころの小さな唇に、自分の唇をぴったりと重ね合わせた。

るるかが思いついたのは、口移しだった。

自分の口に含んだ水と薬を、直接こころの喉の奥へとゆっくりと流し込み、嚥下を促す。

 

喉がほんの僅かに動き、無事に薬を飲ませることに成功したるるかは、ホッと安堵の息を吐いて唇を離した。

 

その後、二人は桶に水を汲んできて、汗をかいているこころの身体を濡れタオルで丁寧に拭き始めた。

同時に、汚れた包帯も新しいものへと交換していく。

 

「ごめんね、こころ。こころが苦しい時に、側にいてあげられなくて」

「駄目なお姉ちゃんでごめんね……」

 

汗を拭き終わり、新しい包帯を巻き直していくうちに、るるかの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。

自分よりもずっと小さかった妹。

その身体は無数の傷に覆われ、痛々しいほどに痩せこけてしまっている。

改めてこころの身体の状態を目の当たりにし、るるかの胸はギリギリと締め付けられた。

 

『お姉ちゃん!』

『お姉ちゃん! 大好き!』

 

満面の笑顔で自分に抱きついてきてくれた、あの日のこころの姿が脳裏をよぎる。

 

「私の事を恨んでくれてもいい。これは、私の罪だから……」

 

るるかは、包帯を巻き終えたこころの細い腕を、そっと両手で包み込んだ。

 

「それでも、私はこころの事が大切だから。だから……必ず助けてみせるから」

 

熱い涙が、こころの腕にぽたりと落ちる。

 

「今日はね、特別に一緒にいても良くなったの。だから……今日一日はずっと側にいるから。こころの側にいるから……」

「今はゆっくり休んでね」

 

るるかの声が届いたのか、あるいは薬が効き始めたのか。

ずっと虚空を見つめていたこころの虚ろな瞳が、ゆっくりと、静かに閉じていった。

 

「お休みなさい、こころ」

 

穏やかな寝息を立て始めた妹を見届け、マシュタンがるるかの頬に触れた。

 

「るるか……自分の事、責めすぎないで」

「うん。でもね、マシュタン」

 

るるかは、自嘲するように弱々しく笑った。

 

「やっぱり……どうしても私のせいだって思っちゃうよ。くれあも、こころも、私のせいで傷ついたって思っちゃうの。だから……だよね。さっきみたいに、冷静になれなくなるの」

「昔ならこんな事なかったのに、今の私は駄目だね」

「あまり一人で抱え込まないで。私も一緒よ、るるか」

「うん。そうだね、マシュタン」

 

るるかは、ベッドの隣に椅子を引き寄せ、そこに静かに腰を下ろした。

マシュタンも、いつものようにるるかの太腿の上へとちょこんと座る。

眠っているこころを、今日はこのまま、片時も離れずに側で見守り続けるつもりだった。

 

明日になれば、また面会時間は冷酷に制限されてしまうだろう。

でも、任務に成功すれば色々変わっていくかもしれない。

まだ、ウソノワールの命令に心から従えるほど、完全に悪に染まりきったわけではない。

しかし、たった一日の面会時間という『餌』を与えられただけで、間違いなくるるかの心の中は大きく揺らいでいた。

 

(こころを救うためには……ファントムとして任務をこなすしかない)

 

るるかは、愛おしそうにこころの頭を優しく撫でた。

彼女が『怪盗』として完全に覚醒する日は、そう遠くない未来に迫っているのかもしれない。

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