名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」
雨上がりの冷たい空気を切り裂くように、みくるは走り続けていた。
ようやく、見慣れた学園の校門が視界に入る。
息が荒く、胸が焼けるように苦しい。
それでも、彼女は迷わず校門をくぐり抜けた。
向かう先はただ一つ。
ツバメの像が置かれていた、中庭の広場。
校内はすでに静まり返っていた。
生徒たちは全員下校したのだろう、夕闇の迫る校庭に人の気配はどこにもない。
(ここに……いるはず……)
警戒しながら広場へと足を踏み入れた、その時だった。
「フフフ……証拠を探しに戻ってくる。思った通りだ」
「……!」
芝居がかった笑い声が聞こえた。
「待っていたよ、探偵さん」
「ニジー!」
みくるが到着すると、木の陰からニジーが姿を現した。。
向こうから姿を見せてくれたのなら話は早い。
みくるはすぐに構えを取った。
けれど。
ニジーの余裕の態度は、まったく崩れなかった。
むしろ、獲物がかかったことを楽しんでいるかのように、口角を吊り上げている。
「おっと! 落ち着いてよ、ベイビー」
ニジーは、大げさに両手を広げてみせる。
「ボクはただ、とびきり素敵なショーへ招待しに来ただけさ!」
「……素敵なショー?」
みくるは油断なく周囲を見回した。
だけど、広場にはニジーしかいない。
ハンニンダーの姿もない。
どこか別の場所に隠しているのか。
それとも……もうマコトジュエルは、ウソノワールという人物の手に渡ってしまったのか。最悪の不安が頭をよぎり、みくるの表情が険しくなる。
そんなみくるの焦りを見透かしたように、ニジーは芝居がかった仕草で腕を広げた。
「マコトジュエル……つまりは、『二羽のツバメ』をご覧に入れるよ」
「え!?」
思わず声が出た。
正直、予想外だった。
ツバメの像を取り返すとは言ったけれど、すでにウソノワールという黒幕の手に渡ってしまっているんじゃないかと、薄々覚悟していたからだ。
ニジーはくるりと背を向け、ゆっくりと歩き出した。
「会場は……」
肩越しに振り返り、ニヤリと不敵に笑う。
「この街が誇る美しい浜辺、虹ケ浜!」
「……っ!」
「ロマンティックだろう?」
「くっ……!!」
勝手に戦いの舞台を決められた。
しかも、あからさまに挑発するような笑み。
本当に腹が立つ。
……でも。ここで感情的になって飛び出したらダメだ。
それこそニジーの思う壺。
みくるは、ギュッと拳を握りしめ、必死に気持ちを抑え込んだ。
すると、ニジーが大きく跳躍した。
軽やかに、一瞬にして距離を取っていく。
「待ちなさい!!」
みくるは思わず叫んだ。
ニジーは空中で振り返り、気取った仕草で手を振る。
「お待ちしているよ! ベイビー!」
その一言だけを残して、ニジーは夕闇の中へ消えていった。
再び静まり返る広場。
さっきまでそこにいたはずの男は、もうどこにもいない。
……でも。
あの煽るような表情を思い出すだけで、どうしようもない怒りが込み上げてくる。
(……挑戦状ってことだよね)
みくるは、握りしめた拳にさらに力を込めた。
(……なら、受けて立つ!)
ニジーと決着をつけるべきだ。彼がいつまでも待ってくれる保証はない。
もし痺れを切らしてアジトへ帰ってしまったら、マコトジュエルを取り返すチャンスは、もう永遠に失われてしまう。
「虹ケ浜……!」
目的地を定めたみくるは、濡れた靴下も気にせず、再び全速力で走り出した。
***
キュアット探偵事務所。
ポチタンは、あんなの腕の中で静かに眠っている。
小さな体が規則正しく上下しているのを見ていると、ほんの少しだけ心が落ち着いた。
……でも。
それでも胸の奥のざわつきは、一向に消えてくれない。
一体、どれくらいこうしていただろう。
時間の感覚がよくわからなくなっていた。
「うーん、ダメだ。いくら調べてもなにもわからない……」
扉が開き、ジェット先輩が部屋に戻ってきた。
その手には、あのガジェット『プリキットミラールーペ』が握られている。
さっきまで、研究室でポチタンの光とルーペの反応について調べていたのだ。
でも、その渋い表情を見る限り、ルーペが光った理由は結局わからなかったらしい。
ジェット先輩は軽く息を吐いてから、あんなの方を見た。
「ん?みくるは?」
「……マコトジュエルを、探しに行った」
驚くほど、力のない声だった。
空っぽみたいな声。
あんなは、自分だけが安全な場所にいて、ただ座っている。
そのことが、どうしようもなく落ち着かなかったし、自分が嫌になった。
「ったく……。あんなとポチタンを残して……」
「違うの」
あんなは、ジェット先輩の言葉を咄嗟に遮った。
こうなった原因は、全部、元を辿れば。
「私が……私が悪いの……」
気づけば、後悔の言葉が口からこぼれていた。
「みくるに、声をかけられなかったから……っ」
自分の声が、情けなく震えているのが分かる。
ジェット先輩が心配そうにあんなを見た。
「あんな……」
あんなは、ポチタンを抱きしめる腕に少し力を込めた。
「っ……笑ってたの」
涙が、目に溜まってくる。
「友達と……わたしの見たことない、知らないみくるで……」
涙で視界が歪む。
「だから……わたしが知らない、みくるの世界があるんだって……。出会ったばかりなんだから……知らなくて当然だよね……」
ぽろり、と堪えきれなくなった涙がこぼれ落ちた。
「邪魔しちゃいけないって思って……っ、1人で事件を調査したら……っ……」
息が詰まる。
「言い合いに、なって……っ!」
「ううー、あべこべだな」
「え?」
泣いているあんなに、ジェット先輩が呆れたように言った。
「あんなとみくる、逆になったみたいだ。みくるのこといろいろ考えたから、動けなくなったんだろ?」
その言葉を聞いて、あんなは涙で濡れた瞳でじっと先輩を見つめた。
ジェット先輩は少し考えるように目を細め、続けた。
「みくるみたいじゃないか」
「はっ!」
「みくるは飛び出して1人で行っちゃうし、それじゃまるであんなだ」
ジェット先輩は、どこか嬉しそうに口角を上げた。
「影響し合ってるってことだ。出会ったばかりなのに……ホント、びっくりするくらい」
「…………」
お互いが影響し合っている証拠。
出会ってまだそんなに時間が経っていないのに。
みくるの「深く考え込んでしまうところ」が、あんなに染み込んでいる。
あんなの「直感ですぐに行動してしまうところ」が、みくるに染み込んでいる。
(わたしたち……無意識のうちに、ちゃんと相手のことを想っていたんだ……)
ジェット先輩は、ふっと小さく笑う。
「ボクは、『見たものしか信じない』って言っただろ?」
そう言って、あんなの方をまっすぐ見た。
「短い間だけど、お前たちを見てきたボクにはわかる。お前たちは運命の……奇跡の2人だ」
「……ジェット先輩……!」
胸がじんわりと温かくなる。
張り詰めていた心が、ゆっくりと解けていくのを感じた。
あんなが感謝の笑みを向ける。
「……フン!」
ジェット先輩は、プイっと顔を背け、ポケットから飴を取り出して舐め始めた。
よく見ると、耳の裏までほんのり赤くなっている。照れくさいのだろう。
その様子が少しだけかわいくて、そして、どうしようもなく嬉しかった。
ジェット先輩のおかげで、あんなはまた一つ成長できる。
そう思った瞬間、胸の中にあった迷いが、すっと完全に消えていった。
「……ポチ」
すると、小さな声が聞こえた気がした。
「……!」
腕の中で眠っていたポチタンの瞳が、ゆっくりと開く。
そして、ニコっと。
いつもの愛らしい笑顔を見せてくれた。
「……ポチ!」
「ポチタン……!」
胸の奥に溜まっていた最後の不安が、一気にほどけていく。
ポチタンは、無事だった。
安堵で力が抜けそうになるあんなの前に、ジェット先輩がしゃがみ込んだ。
その声は、優しくて、でも、どこか強く背中を押してくれるような響きがあった。
「ポチタンは任せろ!」
「行けよ。みくるのところに。お前たちは2人で『名探偵プリキュア』だろ!」
「……!」
あんなは強く頷いた。
「うん! わたし行ってくる!」
急いで部屋を飛び出し、私服に着替える。
そして、探偵のガジェットを取り出した。
「オープン! プリキットボイスメモ!」
通話ボタンを押す。
数秒の沈黙。そして――通話がつながる。
『……あんな!?』
すぐに聞こえてきた声。
それは間違いなく、みくるの声だった。
胸がいっぱいになる。
でも今は、喜んでいる場合じゃない。
あんなはすぐに叫んだ。
「みくる! どこにいるの!?」
『浜辺に向かってる! ニジーが来いって!』
「……!」
浜辺。
その言葉を聞いた瞬間、あんなの頭の中に地図が浮かんだ。
事務所の2階で見た地図。
あんなが住んでいた未来のマコトミライタウン。
その近くにある、唯一の海水浴場。
「虹ケ浜……!」
きっと、そこだ。
ニジーはそこにいる。
「……わたしも行く!!」
『え、ポチタンは!?』
「ジェット先輩がいるから大丈夫!!」
あんなは、事務所を飛び出し、全速力で走りながら叫んだ。
「……急いで行くから!」
通話を切る。
場所はわかった。
あんなは、相棒の元へと向かって、水たまりを蹴立てて走り出した。
***
耳に届くのは、荒々しいさざ波の音。
空には、重く垂れ込めた分厚い暗雲。
そして、鉛色にうねる荒れた海。
人影のない虹ケ浜で、ニジーは一人、気取ったポーズで佇んでいた。
その後方。
少し離れた堤防の上に、マシュタンを抱いたるるかが腰掛けていた。
「どうしてここに呼び出したの?」
疑問を持つマシュタン。
「海か……なるほど」
るるかは、海岸の地形と空を舞う鳥の影を見ただけで、ニジーのくだらない策の全貌に見当がついたのか、一人で小さく納得していた。
(僕の策に気づいたというのか?)
背後からの気配に、ニジーの眼光が鋭くなる。
「どういうこと?」
るるかが一人で納得しているが、理解できていないマシュタンが尋ねる。
それに答えたのは、ニジーだった。
「ふん。ちなみに今回は、ウソノワール様にはご覧いただかない。完全なる『シークレットライブ』とする」
ニジーは、誰もいない海に向かって少し大げさに腕を広げた。
「プリキュアを倒し、マコトジュエルを二つ持ち帰って……」
大げさに声を張る。
「サプラ~~イズ!!」
「…………」
るるかは、心底呆れたように小さくため息をついた。
この男は、自分がいかに浅はかで愚かな行動をとっているのか、全く理解していないのだ。
「好きにして。さっさと終わらせて」
怒りすら滲む冷え切った声でそう言い捨てると、るるかはスッと立ち上がり、堤防の後ろへと飛び降りてニジーの視界から姿を消した。
「言われなくても、そのつもりさ」
ニジーの声が、一段と低くなる。
その一言だけで、彼が本気でプリキュアを倒す覚悟が伝わってきた。
『ザッ』
濡れた砂を力強く踏みしめる足音が響く。
みくるが、虹ケ浜に到着したのだ。
「ふっ、待っていたよ。プリキュア」
「みくる!」
「あんな!」
遅れて到着したあんなも、息を切らしながら合流する。
ニジーは、二人が揃ったのを見てニヤリと笑った。
「おや? ベイビー妖精がいないようだが? まあいい、好都合というもの」
「……っ!」
「ハンニンダー!」
ニジーの叫びと共に、奪われた二つのマコトジュエルから、二体の『ツバメ』のハンニンダーが登場した。
あんなとみくるは顔を見合わせ、深く頷いた。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーが、ビシッと指を指す。
「私の答え、見せてあげる!」
「いけ、ハンニンダー!」
「「ハンニンダァァ!!」」
ニジーの指示と同時に、二体のハンニンダーが動き出した。
翼を広げ、砂を巻き上げながら猛スピードで突進してくる。
それに合わせるように、名探偵プリキュアも体勢を低く落として身構えた。
二体のハンニンダーが左右に分かれた。
じりじりと旋回しながら間合いを詰め、アンサーとミスティックを両側から挟み撃ちにしようとしている。
完全に逃げ場を潰す、空を飛ぶ鳥ならではの狩りの動きだ。
「アンサー」
「うん……せーのっ!!」
ハンニンダーが接触する刹那、二人は同時に砂浜を蹴った。
砂が飛び散る。足場が悪い中、二人はギリギリ拳の届かない高さまでタイミングを合わせて高く跳躍した。
ハンニンダーは、その猛スピード故に急には止まれなかった。
『ドシーン!!』
左右から全速力で突っ込んだ二体が、プリキュアという標的を失い、真正面から激しくぶつかり合った。
轟音が砂浜に響き渡り、衝撃で砂埃が円く広がる。
「「ハ……ハンニンダ〜〜」」
目を白黒させながら、二体がふらふらと揺れている。
その千載一遇の隙を、名探偵が逃すはずがない。
「「はあああっ!!」」
「「ハンニンダー!?」」
急降下。
二人の体が矢のように落ち、アンサーとミスティックの両足が、それぞれハンニンダーの背中を強烈に踏み抜いた。
砂煙が舞い上がり、辺りが一瞬白く染まる。
「ちっ……なら、これはどうかな!」
着地した二人を見下ろし、ニジーの視線がハンニンダーへと走る。
合図を受けた一体が、最初とまったく同じ軌道で、再び二人へ向かって突っ込んできた。
「同じ手には乗らないよ!」
アンサーが叫び、二人は再び同時に地面を蹴った——はずだった。
『ずぶっ』
足元の砂が、大きく沈み込んだ。
跳ぼうとした力が柔らかい砂に吸い込まれ、体がほとんど浮き上がらない。
「な!?」
「しまっ……!」
「ハン!!」
ハンニンダーの強烈な体当たりが、逃げ場を失った二人を正面から捉えた。
衝撃が全身を貫き、二人の体が上空へと大きく弾き飛ばされる。
「「うっ!?」」
空中で体勢を立て直す間もない。
「ニン!!」
真上から、二体目が容赦なく落下してきた。
「「ああああっ!!」」
連続の衝撃。
空中でまともに受けた一撃は、砂浜でのそれとは比べ物にならないほど重かった。
アンサーとミスティックは力を失い、そのまま冷たい海面へと激しく叩きつけられた。
水柱が激しく立ち上がり、そして、すぐに静まる。
***
その戦いを、堤防の陰から座って見ているマシュタンとるるか。
距離は離れており、ニジーやプリキュア達には気付かれない死角にいた。
るるかは、マシュタンを膝に乗せて座り、黙々と『9段アイス』を食べて観戦していた。
「これがニジーの狙い」
「え?」
「海岸の柔らかい砂で足場を奪って動きを封じ、海に落としてトドメを刺す。単純だけど、理にかなってる」
マシュタンが海の方へ目を向ける。
ニジーは、海に沈んだ二人を見下ろし、腰に手を当てて高笑いしていた。
周囲を二体のハンニンダーが旋回し、この空間全体を支配しているかのように立っている。
「フフっ……足場のない海は、飛べない君たちには不利に働く。対してこちらは、空を自由に舞うツバメ。さあどうする?」
一方的な優位を突きつけるニジーの声に、嫌な余裕が滲んでいた。
「……ん!?」
次の瞬間、二人が沈んだ海中から、まばゆい光が溢れ出した。
静かだった海面が輝きを帯び、光の円盤が水しぶきとともに次々と空へ向かって飛び出す。
まるで海そのものが息を吹き返したかのように。
「なんだ!?」
「「はあああああっ!!」」
円盤を追うように、アンサーとミスティックが水面から躍り出た。
二人は『光の足場』を階段のように踏み台にしながら、弾かれたように上空へと舞い上がる。
それぞれの手に握られているのは、小さく光る『プリキットライト』だった。
探偵のガジェットを応用し、空中に足場を作り出したのだ。
それを眺めていたるるかは、小さく呟いた。
「やるじゃない」
そして、9段アイスの最後の一口をパクッと食べ終わる。
「それよりるるか」
「うん?」
「アイス食べすぎ。もう少し量を減らしなさい。」
マシュタンは、るるかがアイスをおいしく食べれていないことは分かっていた。
心を落ち着かせる為に食べてるかもしれないが、それでも異常な量について注意した。
「むっ、これでも減らしてる。」
マシュタンの小言に、るるかは少しだけむくれてみせた。
「足場を作ったというのか!」
「反撃だよ!」
驚愕するニジーへ向け、アンサーはジュエルキュアウォッチの針を勢いよく回した。
「アンサーアタァァァック‼」
「ハンニンダーぁぁぁ!?」
アンサーの拳が、ハンニンダーの顔面を真正面から撃ち抜いた。
乾いた衝撃音が響き渡り、ハンニンダーの体が大きな弧を描いて吹き飛ぶ。
そのままコンクリートの堤防へと激突し、重い音を立てて崩れ落ちた。
「い……っ!?」
ニジーが息を呑む。
だが、プリキュアの反撃は止まらない。
「ハンニンダー!!」
もう一体が、ミスティック目がけて一直線に突進してくる。
空中の足場では、受け止める隙などあるはずがない……そう見えた。
ミスティックが、冷静にジュエルキュアウォッチの針を回す。
「ミスティックリフレクション!!」
宝石の輝きが弾けた。
ミスティックの体の前に展開した強固な結晶のバリアが、ハンニンダーの全体重を真正面から完璧に受け止める。
バリアが光とともに弾け、ハンニンダーは来た方向へと激しく弾き飛ばされた。
そのままザパーンッ!と海へと落ちていく。
「マコトジュエルを返して!」
「ツバメの像を返しなさい!」
空中で並び立ち、ニジーを見下ろす二人。
「はは、まだ幕は上がったばかりさ!」
形勢は逆転されたはずだった。
なのに、ニジーの顔にはまだ余裕の笑みが貼り付いていた。
さっきまで焦りを滲ませていた表情は、どこへ消えたのか。
その笑みの意味を考える間もなく、堤防に叩きつけられたハンニンダーと、海へ沈んだハンニンダーが、ほぼ同時に空へと舞い上がった。
『パチン』
乾いた音が響いた。
ニジーが指を鳴らした瞬間、二体のハンニンダーが強烈な光を放ちながら、空中の中心の一点へと引き寄せられていく。
「ハンニンダー!!!」
光が収束し、二体のハンニンダーが『合体』して巨大な一体へと変貌した。
「力を合わせるとはこういうことさ」
合体したハンニンダーの背中に、ニジーが飛び乗る。
「いけぇ!」
ニジーを乗せたハンニンダーが、二人へ向かって猛スピードで突っ込む。
更に追撃として、ハンニンダーの全身から、ツバメの形をした紫色のエネルギーが無数に生まれ、渦を巻きながら二人へと殺到した。
「うっ!?」
「ああっ!」
空中の足場では避けきれない。
数が多すぎる。
直撃したエネルギー弾の連射が、二人の体を再び容赦なく砂浜へと叩きつけた。
光の足場は残らず砕かれ、二人は完全に逃げ場を失った。
「フフフ、また一雨来そうだね。この空はまるで、君たちの心を映しているかのようだ」
曇天の空を見上げ、ニジーは勝利を確信して嗤った。
「…………」
倒れたまま、アンサーが静かに口を開く。
「みくるに、傘を……届けに行ったんだ」
「えっ」
「そしたら……友達といるみくるを見て、邪魔しちゃダメだって。でも、誰よりも思ったの」
アンサーの目から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「この時代で……この世界で、ひとりぼっちなんだって。だから、1人で調査して……ごめんね」
「あっ……」
アンサーの涙を見て、ミスティックは初めて、彼女が抱えていた『孤独』に気がついた。
「知らなかった……。そうだよね。1999年に、この時代に来て……心細いよね、不安だったよね」
「…………」
「なのに私、1人で……ごめん」
ミスティックもまた、自分の身勝手さを恥じて謝罪した。
「ミスティック……」
お互いの本音を打ち明け、二人の心は再び強く結びついた。
「さあ、そろそろショーも終わりの時間だよ。プリキュア!」
二人の下へ、ハンニンダーとニジーがゆっくりと降りてくる。
その絶体絶命のピンチへ。
「待て!」
ポチタンを連れたジェット先輩が駆けつけてきた。
「ポチー!」
「ここで登場か、ベイビー妖精。だが、舞台にはあげないよ」
ニジーが指を鳴らすと、ツバメの形をしたエネルギーが無数に生みだされ、ジェット先輩達を狙う。
「なんだよ、あれ!」
「ポ、ポチ」
「これ、届けたいんだろ! あんなとみくるに」
ジェット先輩は、手に持っていたプリキットミラールーペをポチタンに渡した。
「ポチ!」
「ここは僕にまかせろ! 行け、ポチタン!」
ポチタンはルーペを抱え、二人の元へと真っ直ぐに飛んでいく。
(名探偵プリキュアには、それを支えるおとも妖精がいる。名探偵の身近にあるものとなり、いつもそばで見守る存在)
ジェット先輩は、ポチタンの小さな背中を見つめた。
(ポチタンは、頑張ってなろうとしてるのか? アンサーとミスティックのおとも妖精に)
「あいつらの邪魔はさせない。来るなら来てみやがれ!」
ジェット先輩へ向けて、ツバメの形をしたエネルギーが迫る。
その中の一つが、飛んでいるポチタンへ向かって一直線に向かっていった。
(しまっ……!)
ジェット先輩が身構えた、その時だった。
『ドガガガガガッ!!』
突然、空間から放たれた無数の『紫色の光のビーム』が、迫り来るエネルギー弾をすべて撃ち落とし、消し去った。
「えっ?」
ジェット先輩が驚いて後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。
少し離れた、誰からも見えない堤防の死角。
そこで紫色の光が弾ける。
そこには、るるかの姿があった。
エネルギーを消し去ったのは、るるかの仕業だった。
「いいの? あんな事しちゃって」
マシュタンが心配そうに尋ねる。
「今、時空の妖精をやられる訳にはいかない」
るるかは、遠くを飛ぶポチタンの姿を冷ややかな瞳で見つめた。
「あの子の力に、興味があるの。私の目的の為に……利用できるかもしれない」
「るるか……」
「あの子を……こころを救うことに、もしかしたら必要になるかもしれないから……」
全ては、たった一人の大切な妹のために。
怪盗に堕ちた名探偵の瞳の奥で、黒く危うい執念の炎が揺らめいていた。