名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
まことみらい学園。
二年一組の教室には、朝のざわめきが満ちている。
「はい! ということで、今日からこのクラスで一緒に過ごすことになりました」
担任の先生がそう言うと、先生の隣に立つ女の子は、背筋をまっすぐに伸ばし、黒板を前にしていた。
その声は教室の隅々まではっきりと届いた。
「明智あんなです。よろしくお願いします!」
教室のあちこちから、温かい声が上がった。
「こちらこそよろしくね!」
「よろしくな!」
「わからないことがあれば何でも聞いてね!」
明るい声が先陣を切ったのは、クラスメイトの『りえ』だった。
すると間髪入れず、後ろの席の男子が続いた。
「ただし、俺には勉強以外で!」
どっと笑い声が広がる。
教室全体が揺れるみたいに。
あんなの肩から、ふっと力が抜けていくのが見えた。
さっきまで強張っていた表情に少しずつ、確かに笑みが滲んでくる。
「それじゃ挨拶も済んだところで、明智さんの席だけど……小林さんの隣ね」
みくるが小さく手を振る。
「はい!」
席に着き、最初の授業の準備をしていると、早速声がかかった。
「ねえねえ!」
顔を上げると、鮮やかな赤い髪の女の子が前のめりになってこちらを見ていた。
りえだ。
以前、雨の日に傘を届けに行ったとき、みくると楽しそうに話していたあの子だ。
「明智さんって、どこから来たの?」
「えっ……」
一瞬、あんなの言葉が止まった。
『どこから』か。
正直に言えば「2027年の未来から来たよ」になるのだけれど、それを口にした瞬間どうなるかは考えるまでもない。
教室が騒然となって、収拾がつかなくなるだろう。
「えっと……理事長が入れてくれて……」
なんとか遠回しに説明しようとした、その矢先。
「部活とかやってた?」
「携帯持ってる? メル友になろう!」
いつの間にか、あんなの周りに人が集まってきていた。
次々と質問が飛んでくる。
「め、メル友……?」
メル友。
その言葉が、あんなの頭の中を素通りしていく。
知らない。自分のいた2027年の時代では、聞いたことのない単語だ。
そういえばこの前、怪盗団ファントムのアゲセーヌがギャル語で話していた時も、半分以上意味がわからなかった。
1999年という時代に慣れるには、もう少し時間がかかりそうだ。
携帯、と言われても当然持っていない。
代わりに持っているのは通信できる『プリキットボイスメモ』だけれど、これはプリキュアとしての探偵道具だから、見せてもきっと何のことかわからないだろうし、そもそも見せるべきではない。
「「「「「私も!!」」」」」
「わあぁぁぁぁぁ!?」
気づけば、さらに大勢の生徒に取り囲まれていた。
転校生が初日に体験するあの『一斉に話しかけられる構図』が、まさに今完成していた。
(メル友って何て答えればいい? 『知らない』って言った方がいい? でもみんな知ってるみたいだし、変に思われないかな? いや、でも……そもそもメル友って――)
「あんな! ゆっくり答えていこ!」
肩に温かい手が乗った。みくるだった。
混乱でぐるぐるしていた頭が、その一言でふっと落ち着く。
本当に、救世主みたいなタイミングだった。
「ごめんね、この時期に転校してくるのって珍しいからつい!」
「あんなって呼んでもいい?」
「うん! もちろん!」
そう返すと、赤髪のりえと、ポニーテールのゆみが嬉しそうに顔を見合わせた。
このポニーテールの子もあの時、みくると話していた子だ。
以前、みくると話しているのを遠くから見たとき、心のどこかで少しだけ複雑な気持ちになっていたのは確かだ。
でも、こうして面と向かって話してみると、二人ともとても良い子だということがすぐにわかって、胸のどこかがほぐれていった。
「オカルトとか信じる? 7の月の噂とか?」
今度は、近くに立っていた男子が突然そんなことを聞いてきた。
「7の月?」
「最近話題になっているんだよ。1999年の7の月、地球に恐怖の大王がやってくるってお話」
「あくまで噂だけどね」
「へぇー」
オカルトの話で盛り上がっていると、りえが思い出したように尋ねてきた。
「そういえば、2人って同じ家に住んでるんだよね。どんな関係なの?」
その質問に、あんなとみくるは顔を見合わせて「フッ」と笑い合った。
「何を隠そう」
「私たち、実は」
互いにすっと背中を合わせて、同時に探偵手帳である『プリキットブック』を手に取る。
「「探偵やってるの!」」
「こちらをどうぞ!」
あんながビシッと名刺を差し出す。
「「「えええ〜!」」」
「探偵!?」
「すごいじゃんみくる! なんで言ってくれなかったの!」
驚く生徒たちに、二人は得意げに胸を張る。
「どんな事件も、はなまる解決!」
「キュアット探偵事務所に、なんでもおまかせ!」
「そしてそして、さらになんと私たちは名探偵プリキュ――」
「わあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
みくるの絶叫が、あんなの言葉を完全に掻き消した。
「プリキュアだって事は秘密だよ!!」
みくるが小声で慌てて耳打ちする。
「あっ、そうだった」
『ポチポチ……』
「何の音?」
「携帯?」
『ポチポチ……』
周りの生徒たちが一斉にキョロキョロし始めた。
あんなは恐る恐る視線を落とした。机の横にかけている鞄が、まるで意思を持っているかのように激しく揺れていた。
「「わあ!」」
「え〜と、え〜と……!」
「これは、その……!」
焦る二人。
キーンコーンカーンコーン……。
その時、絶妙なタイミングで授業開始のチャイムが鳴った。
「あ、鳴っちゃった」
「また後で話そうね!」
各々が自分の席に戻っていく。
ほっと一息ついたあんなが鞄を開けると。
「ポチ!」
鞄の中には、当然のようにポチタンが入っていた。
「やっぱり……」
「シーッだよ!」
「ポチー」
***
一方で。
怪盗団ファントムのアジト。
VIP席で『未來自由の書』を静かに眺めるウソノワール。
指先のネイルを確かめるように見つめるアゲセーヌ。
そ完全に自信を失って沈み込んでいるニジー。
るるかはただ無言で椅子に座り、自分の膝に座っているマシュタンの頭を一定のリズムで撫でていた。
マシュタンは、この行動が今のるるかにとって『落ち着きを取り戻すための行動』なのだと理解していた。
あの夜に話してくれたトラウマ。
ウソノワールを前にした時の身体の震えを見せないための、必死の自己暗示なのだと。
細かい部分を除けば、今日もいつも通りだった。
「フム……『違う時代から来たプリキュア』か……」
ニジーの報告を受けてからというもの、ウソノワールは違う時代のプリキュアのことが頭から離れていない様子。
「ウソノワール様」
ゴウエモンの声が響く。
「『未來自由の書』が示した、今回のマコトジュエルの在処。そこへ向かうのは、このゴウエモンにお任せを!」
そして、ゴウエモンの視線がるるかの方へと向けられた。
「新人。お前たちにも来てもらう」
「はぁぁ!? なんでアタシたちが?」
即座に声を上げたのはマシュタンだった。
るるかの膝から飛び立ち、ゴウエモンを睨む。
ウソノワールからの出撃命令を受けてもいないのに、勝手に同行させようとするゴウエモンの態度が気に食わないのだろう。
でも、るるかは違った。
「うん、わかった」
「え!? ……るるかが言うなら……」
反論していたマシュタンが、るるかの言葉を聞いて矛を収める。
未来から来たプリキュアのことは、るるか自身も気になっていた。
キュアアンサー。
違う時代から現れた存在。
直接確かめられる丁度良い機会かもしれない。
『未來自由の書』に載らない謎の存在。
もしかしたら、こころを救うことに繋がる存在になるかもしれないからだ。
(……いや、違うわね)
るるかは、心の中でそっと首を振った。
(私が、この場から少しでも離れたいだけよ)
ウソノワールの側にいると、あんな悪夢を見てしまったせいで、普段よりも落ち着いていられる自信がなかった。
震えが悟られないか、ずっと怯えてしまう。
だから、少しでも気分を変えたい。
ただそれだけだった。
「必ずや、マコトジュエルを手に入れてみせましょう。 ライライサー!」
「ライライサー」
ゴウエモンの掛け声に、ウソノワールが静かに返す。
いつものやり取りが終わったのを確認して、るるかは腰を上げた。
暗い劇場から、新たな戦いの舞台へと歩みを進める。
***
「それにしてもこの学校、すっごく広いよね……」
最初の授業が終わり、あんなはみくるに校内を軽く案内してもらっていた。
みくるに傘を届けようとした雨の日から薄々感じてはいたが、改めて歩いてみるとその規模に圧倒されるあんな。
中等部、高等部、広場、校庭、体育館、それに広大な寮。
あまりの広さに驚く。
「次は理科室だっけ? 移動のたびに迷っちゃいそう」
次の授業は、あんなにとって初めての教室移動である。
どこに何があるか把握しておかないと、学校の中で迷子になりそうだった。
「えへへ、そう言うと思って! じゃーん!」
みくるが嬉しそうに、二枚の紙を取り出して広げて見せる。
「これって! 学校の地図だ!」
「私も転校してきたとき迷っちゃったから、自分で作ったの」
「さすがー! ……うん? これって?」
あんなは、地図の隅に一つの絵が描いてあることに気がついた。
「私が描いたの! もちろん、ポチタン!」
「ポチー!?」
みくるが描いたものだった。
普通の人が見れば「似ている」とは言わないだろう、独特の画伯っぷり。
ポチタン本人は、自分の似顔絵を見て相当ショックを受けている。
「へえぇぇぇ~、似てるね!」
あんなが屈託のない笑顔で「似ている」と肯定してしまったことで、ポチタンはさらにショックを受け、ガーンと効果音がつきそうな顔になった。
「ポチ!!?」
「えーっと……ここを渡って右に曲がると理科室……ん?」
地図を頼りに渡り廊下へ出た、その瞬間、ふわりと何かが目の前を横切る。
淡いピンク色の、桜の花びらだった。
視線を向けると。
「わああぁぁ! おっきな桜!」
存在感を放つ、立派な桜の木が立っていた。
満開のピンクが春のそよ風にゆっくりと揺れて、花びらがふわふわと漂っていく。
「学校が創立した時からあるんだって」
「へぇぇ、すごいね」
まことみらい学園は、かなり歴史のある学校。
この桜は、何十年も生徒たちを見守ってきたことになる。
いつまでも見ていたい、そんな温かい気持ちになった。
「って!? 授業始まっちゃうよ!」
「そうだった!」
あんなとみくるは、理科室へ向かって走り出した。
***
その微笑ましい様子を。
るるかは、桜の木の太い幹に座りながら、静かに、ただ静かに眺めていた。
花びらがひとひら、彼女の黒いケープの上にゆっくりと落ちる。
「学校……か……」
ポツリと、るるかが呟いた。
「どうしたの? るるか」
隣に座るマシュタンが尋ねる。
「私も……こころも……。学校に、通ったことがないから……」
探偵としての過去の出来事を思い返す。
二人は『姉妹探偵』として、物心ついた時からロンドンで難事件の解決に奔走してきた。
普通の子供が経験するような、学校生活や同世代との交流など、一切無縁の世界で生きてきたのだ。
「何事もなく平和に出来たなら、こころも……今頃は、あの子達みたいに、あんな風に学校に通って笑ってたのかな……」
るるかの脳裏に、かつてのこころの眩しい笑顔が過る。
『お姉ちゃん!』
『ほら! 行こう、お姉ちゃん!』
『お姉ちゃん! 大好き!』
満面の笑顔を向けて、自分の手を引いたり、ぎゅっと抱きついてきてくれていた、太陽のような妹。
「私が……こころから、あったかも知れない未来を、奪ったのかな……」
るるかの顔が、深い後悔の闇に曇っていく。
「そんなこと……!」
マシュタンは即座に否定しようとしたが、言葉を飲み込んだ。
今のるるかに何を言っても、きっと心の奥底には届かないと思ったからだ。
(そういえば!)
マシュタンは、買っておいたアイスの存在を思い出し、るるかに渡そうとした。
大好きなアイスでも食べれば、この暗い気分が少しは晴れるかもしれない。
マシュタンは小さな手で、棒が二本ついたダブルソーダアイスを半分に割ろうと力を込めた。
暗い表情で下を向いているるるか。
すると、頭上からの野太い声が聞こえ、るるかはハッとして表情を切り替えた。
ゴウエモンが、桜の木のてっぺんに立っていたのだ。
「ほう、プリキュアがいるとは。さっさとマコトジュエルを手に入れて……」
「待って」
動きかけたゴウエモンを、るるかは短く制した。
ゴウエモンが、木のてっぺんからるるかの隣の幹へと飛び降りてきた。
「なんだ新人?」
「違う時代から来たプリキュア、気にならない?」
そう言いながら、マシュタンが「パキッ」と綺麗に割ってくれたダブルソーダアイスの、片方を受け取る。
氷の冷たさが指先に伝わってきた。
マシュタンが気を使ってくれたんだと直ぐに理解し、るるかは心の中でそっと感謝した。
るるかは、こころと過ごす時間を手に入れたことでほんの少しだが心の中で安心が生まれ、味覚が戻り始めていた。
味を感じれなくなっていた大好きなアイスを舐めて、味が感じれることに喜びを感じる。
「この前ニジーが負けた時といい、あの妖精には何か秘密がありそうね」
るるかは、プリキュアの他に、あの『妖精(ポチタン)』のことも気になっていた。
ウソノワールが気にしている存在。
るるかの言葉に、ゴウエモンが腕を組んで黙り込む。
「フム……ならば考えがある。プリキュアがピンチになったとき、あの妖精がどんな反応を見せるか……」
何かを思いついた顔で、ゴウエモンが再び高く跳び上がった。
桜の木の上から、広大な学校全体を見下ろす。
「確かめてやるぜ! オレのとびっきりの技でな!」
ゴウエモンは、扇子を思いきり投げつけた。
直後、扇子が刺さった地点から、奇妙な結界のようなものが広がり、学校全体を包み込んでいった。
ゴウエモンにこんな絡め手のような技があったことに、るるかは密かに驚いた。
「さて、そろそろ行くか!」
ゴウエモンに続いて、るるかも桜の木から降り、移動を開始した。
***
「急げ急げ~!」
廊下を走っているあんなとみくる。
ようやく『理科室』と書かれた目的の扉の前へとたどり着いた。
「間に合っ……た?」
みくるが扉を引いた。
「理科室じゃない!?」
扉を開けた目の前に広がっていたのは、見慣れた理科の実験机ではなく、高い天井を持つ『体育館』だった。
困惑するあんなとみくる。
ガタン!!
「あ!?」
振り返ると、開けたはずの扉が勝手に大きな音を立てて閉まっていく。
「どういうこと……?」
「ようこそ、からくり迷路へ!」
不意に、ステージの方から声が降ってきた。
反射的に顔を上げた先、体育館のステージの中央に、ゴウエモンが待ち構えていた。
両腕を組み、余裕ありげな笑みを口元に貼り付けている。
「怪盗団ファントム!!」
「またマコトジュエルを盗りに来たのね! ……って、からくり迷路?」
「このゴウエモンの力で、学校全体を謎が犇めく異空間、からくり迷路に変えてやったのさ!」
「これからお前たちには謎を解いてもらう。どれか一つでも謎が解けなければ、永遠にこの迷路から出られない!」
「永遠に?」
「そんな……!」
「さっそく、最初の謎へと招待してやろう」
ゴウエモンがパンッと手を叩いた。
次の瞬間、あんな達の足元の床がスッと消え去った。
「えっ」
床に巨大な穴が開き、みくるとあんなはそのまま重力に引きずられるように、穴の中へと落ちていく。
「「うわぁぁぁぁぁ!!?」」
二人の悲鳴が重なる。
暗闇の中を落下したあんな達は、どさりと別の部屋の床へと放り出された。
「いたた……」
打ちつけた腰をさすりながら、ゆっくりと顔を上げる。
「ここは……理科室?」
さっきまで行こうとしていた理科室。
あんなとポチタンが慌ててドアを開けようとするが、ドアは動かない。
「ポチポチ〜」
「開かないよー!」
「あっちのドアも開かないみたい」
「閉じ込められたってこと?」
「何とかしないと……!」
「ポチ!」
「あっ、鍵穴だ」
すると、どこからともなくゴウエモンの声が響いてきた。
『脱出せよ。ドアを開けるには鍵が必要。理科室の注意を守り、鍵を見つけよ』
「ここから出るには、鍵を見つけないとってことね」
「よーし、そうと分かれば!」
あんなとみくるは、即座に理科室内を探し始めた。
「ない、ない、ない! どこにもなーい!」
「理科室の注意を守り鍵を見つけよ……理科室の注意……うん?」
みくるが、壁に貼られた一枚のポスターに気がついた。
「あんな、こっち」
「どうしたの?」
「これを見て。ファイヤーは火のことだけど、注意を守るってこれのことじゃない?」
ポスターには、燃え盛る炎のイラストと英語の文字が描かれていた。
「たしかに、理科室って実験とかで火を使うし気をつけなきゃだよね」
「もし大きな火が出ちゃったら、すぐに消さないとだし」
「火を消す……」
あんなが何かに閃いた。
「この火を消せばいいんだよ!」
「ポスターの火を? どうやって」
「それは、こう!」
あんなはビーカーに水を汲むと、ポスターの炎の絵に向かってバシャッと水をかけた。
すると、ポスターに描かれていた炎の絵が消え、文字も消えていく。
そして、その裏から小さな鍵が出現した。
「「あっ! 鍵だ!」」
「「やった〜!」」
見つけた鍵でドアを開き、見事最初の謎をクリアして喜ぶあんな達。
『まずまずだな。だが、次の謎がお前たちに解けるかな?』
ゴウエモンの声が響く。
「みくる!」
「ええ。どんな謎だって!」
「「解いてみせる!」」
「ポチー!」
息の合った二人は、いざ次の部屋へ向かうため、開いた扉へと勢いよく飛び込んだ。
すると。
「「えっ、またー!?」」
再び足元の床が消え、二人は暗闇の中へと落下していくのだった。