名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
「もう……この教室は……」
痛めた腰をさすりながら、みくるは頭を上げて周囲を見渡した。
「音楽室?」
あんなとみくるは地図を広げ、現在地を確かめた。
「最初の教室は理科室」
「今いるのは音楽室」
「本当に、全然違う場所に通じてるんだ」
地図を見ていると、またゴウエモンの声が、どこからともなく音楽室に響き渡った。
『脱出せよ。ドアを開けるには鍵が必要。鍵を打て』
声と同時に、目の前の扉に音符型の鍵穴が出現。
「鍵を打て?どういうこと?」
「それも気になるけど、この『5本の線』はなんだろう?」
鍵穴は3つが縦に連なっており、それぞれが『5本の横線』の上に配置されている。
真ん中の鍵穴は一番下の線の位置。
上の鍵穴はそこから一本上の線に。
一番下の鍵穴は左右に小さな切れ込みがあり、5本線より下に位置していた。
「音楽室で見る5本線、『五線譜』じゃないかな?」
「ああ! 楽譜に書いてあるやつね!」
「そうなると、この鍵穴は『音符』を表していて、位置を五線譜と合わせると」
鍵穴の位置は、五線譜の第一線と第二線。
一番下の鍵穴の切れ込みは、『下一線』を示している。
「ド、ミ、ソ。鍵は『ドミソ』!」
音階まではたどり着いたが。
「で……ドミソの鍵を『打つ』って何?」
「そ、それは……?」
みくるは肝心のところで言葉に詰まった。
鍵を打つとはどういう意味なのか。
「うーん」
「もう少しでわかりそうなのに」
改めて音楽室を見渡した。
黒板、肖像画、ピアノ。
「……!」
何かに気づいたみくるのアホ毛が、ピンと跳ね上がった。
「ドミソの鍵……その在処は、そこ!……ピアノ!!」
「なんでピアノ?」
「正確にはピアノのここ!『鍵盤』!」
「え?」
「漢字でこう書くんだけど、この『鍵』という部分は『かぎ』とも読むでしょ!」
「そっか! 鍵を打てっていうのは、鍵盤を打てってことなんだ!」
「それとさっきの音符。このお団子みたいに一列に並んでいるのは『和音』といって、鍵盤ごとに別々になっている音を『同時』に鳴らすって意味なの」
「つまり……」
「ピアノで『ドミソの和音を奏でる』!」
あんな、みくる、ポチタンの三人は並んでピアノの前に立ち、それぞれが『ド』『ミ』『ソ』の鍵盤を同時に叩いた。
ポーン、と和音が響くと同時に、扉の音符の鍵穴が光に包まれて消滅し、扉が開いた。
「よし!」
「みくる、すごーい!」
「昔ピアノ習ってたから」
素直に拍手して褒めるあんなとポチタン。
褒められて、少し恥ずかしそうにしているみくる。
しかし、あんな達は気づいていなかった。
壁に飾られたバッハの肖像画。その『目元』だけが不自然に動き、覗き穴からあんな達の様子をじっと観察している者がいることに。
***
「そうこなくっちゃな」
隣の部屋で、ゴウエモンはあんな達の様子を見て楽しそうに笑っていた。
「ゴウエモン、楽しそう?」
少し首を傾げて、るるかが言葉を発する。
(この子は、素でこんな仕草を無意識にするんだから。本当にるるかは可愛いわ!)
るるかの膝の上に座るマシュタンは、呆れ半分、微笑ましさ半分でるるかを見上げた。
そして同時に、ふと思い出す。
(そう言えば……こころちゃんも、こんな仕草良くしてたわね)
マシュタンの脳裏に、今は失われてしまった幸福な日々の記憶が蘇る。
***
こころ『ねぇねぇ、お姉ちゃん! 何やってるの?』
るるかに背中からぎゅっと抱きつき、るるかを見上げながらコテッと首を傾げて質問するこころ。
こころ『くれ姉、くれ姉。くれ姉が作ってくれるアイスとかお菓子って、どうしてこんなに美味しいの?』
キッチンにいるくれあに駆け寄って、お菓子がどうしてこんなに美味しいのか、キラキラした目で首を傾げて尋ねるこころ。
こころ『ねぇマシュタン。マシュタンの占いってよく当たるよね。どうして?』
こころ『ねぇねぇ、マシュタン。占った時のガラス玉って、どんな風に結果が映るの?』
こころがマシュタンに近づき、人差し指を口元に当てて、首を傾げて無邪気に質問してくる。
マシュタン『そうねぇ。なんて説明すればいいか難しいわね。私は占いの妖精だから、占いがよく当たるってしかいえないわね。まぁ、私が優秀なだけかもしれないけど!』
マシュタン『それとガラス玉じゃなくて水晶玉ね。占いは場面が見えるわけじゃなくて、文字が浮かび上がってくるって感じかしら』
こころ『おぉ~! よく分からないけど凄いね! まぁ、マシュタンが優秀なのなんて、私とお姉ちゃんが一番良く知ってるしね!』
目を輝かせながら純粋に拍手してマシュタンを褒めるこころ。
マシュタン『それよりも……こころちゃん。貴女って、わざとそんな仕草(首傾げ)してるの?』
こころ『何のこと?』
普通に言われている意味が分からず、また首を傾げるこころ。
この純度100%の無自覚な可愛さに、マシュタンは完全にノックアウトされていた。
マシュタン『いや、何でもないわ。この子は本当に……』
マシュタン(まぁ、これがこころちゃんの良いところの一つよね。純粋で曇りがなくて、可愛らしい)
こころ『あっ、お姉ちゃ〜ん!』
るるかを見つけて走り出すこころ。
るるか『どうしたの? こころ』
るるかも、妹につられたように小さく首を傾げて微笑む。
マシュタン(こころちゃんがあんな感じだから、最近はるるかにまで仕草が移っちゃったのよね。2人とも可愛いからいいんだけど♪ 私は……2人のおとも妖精になれて、本当に良かったわ!)
***
(……懐かしいわね。つい、この間のことのようだわ)
マシュタンは心の中で小さくため息をつき、すぐに意識を現在へと切り替えた。
いけないいけない。今は昔を思い出してる場合じゃなかった。
「ねぇ、ゴウエモン。あの妖精の力を見るんじゃなかったの?」
マシュタンがゴウエモンに疑問をぶつける。
「さーて、そろそろ俺の出番だな!」
「……全く話を聞いてないわね」
「聞いてないし、アタシたちは見物させてもらいましょ!」
「うん」
意気揚々と迷路へ向かうゴウエモンの背中を見送り、るるかとマシュタンは二人でのんびりと見学することに。
***
「さあ! 次の謎は!」
みくるがそう言うと、再びゴウエモンの声が響く。
『脱出せよ。ドアを開けるには鍵が必要。鍵は俺が持っている』
「俺が持っている?」
「あのゴウエモンって人を、見つければいいのかな?」
今度は『図書室』だった。本棚が迷路のように入り組んでいる。
「なら簡単ね。隠れてそうな場所を一つずつ探していけば……」
『おっと忘れていた。今回の謎の制限時間は1分。時間内に見つけられなければそこでゲームオーバーだ!』
天井に、巨大なタイマーが表示される。59、58、57……。
「ええー!」
「急にずるい!」
『スタート!』
「ど、ど、ど、どうしよう!」
あんながみくるの肩を激しく揺さぶり、みくるが目を回している。
「そ、そうだ……プリキット!」
「あっ、そっか!」
「オープン! プリキットミラールーペ!」
『なぬ? あれがプリキュアの探偵道具、プリキットか』
図書室の暗闇から、隠れているゴウエモンがその光景を覗き見ていた。
「ジェット先輩いわく、ミラールーペがあれば大事な手がかりを見逃さない!」
ルーペのレンズ越しに床を覗き込むと、肉眼では見えない足跡がはっきりと見えた。
「はなまる発見!」
「この形は、ゴウエモンの下駄の跡ね!」
『あんな使い方もあるのか。まあいい、かくれんぼの天才と言われたこのゴウエモン、はたして見つけられるかな?』
「あ、ここで消えてる」
足跡が消えた本棚のあたりを必死に探すあんな達。
「他に足跡は……あー! あと10秒しかない!」
「ポチ〜!」
「ええーい!」
焦ったあんなが、ヤケクソで手当たり次第に棚の奥を探る。
すると、本棚の隙間を覆っていた布らしきものを掴み、勢いよく剥がした。
「「見つけた!!」」
忍者布で同化して隠れていたゴウエモンを、見事に(物理で)引きずり出した。
「ふっ、さすが名探偵。この俺にかくれんぼで勝つとはな。ほめてやるぜ!」
「えへへ……(ヤケクソだったとは言えない……)」
「図書室の謎、クリア!」
その後も、家庭科室で『鍵を編み出せ(毛糸で鍵を編む)』、美術室で『鎖の付いた扉(下から持ち上げて開ける)』という謎を次々とクリアし、二人はついに元の場所へと戻ってきた。
「あれ、体育館?」
「最初に来たところだよね」
『これが最後の謎だ。脱出せよ。正解のドアを選べ』
ステージの上に、五つの扉が横一列に出現した。
『前へ進むには後ろへ戻り、道なき道を作り出せ』
「進むには戻る?」
「ヒントだとは思うけど……」
「ポチ!」
ポチタンが何かに気付き、扉を指差した。
「ドアにマーク?」
「ボチボチ」
「そっちにも」
五つのドアにはそれぞれ、『●』『▲』『★』『♪』『✖』のマークが描かれていた。
「このマークとさっきの言葉の意味……」
「『行き詰ったらはじめから考える』。みくるが前に言ってたでしょ。つまり、今までの謎を振り返れってことだよ!」
「そっか! まずはここまで通った教室とマーク……あっ! 音楽室で謎を解いたから『♪』マークが正解とか?」
「でも、ゴウエモンが言った『道なき道を作り出せ』。これが関係あると思う」
「道かぁ」
「ここはからくり迷路。迷路を抜けるには、謎を解いて前に進む……」
みくるが二枚の地図を見つめ、ハッと閃いた。
「あっ、分かった!」
「どうしたの?」
「今まで謎を解いた場所、そこを結んでみるの。最初は体育館、その次が理科室、音楽室、図書室、家庭科室、美術室、で体育館に戻ってきて……」
来た順に、地図の教室に線を書き込んでいくみくる。
「うーん?」
「意味はあるはずなんだけど……」
「ポチ、ポ、ポ、ポックション!!」
突然、ポチタンが大きなくしゃみをした。
その風圧で、机の上にあった地図の一枚がヒラリと飛び、もう一枚の地図の上に重なった。
それを見たみくるの目に、強い光が宿る。
「はっ! そっか、重ねるんだ!」
「え?」
「地図のこと。1階と2階の地図。1枚ずつだと意味のない線に見えるけど、2つを重ねれば道が繋がるのよ!」
みくるが、光に透かして二枚の地図をぴったりと重ね合わせる。
すると、それぞれの地図に描かれた線が合わさり、一つの大きな『マーク』が浮かび上がった。
「「見えた! これが答えだ!」」
浮かび上がったのは、『★』のマーク。
「『★』のマークのドア!」
「行くよ!」
「ええ!」
二人は迷うことなく『★』の扉のドアノブを握り、勢いよく開け放った。
***
「★」のマークが描かれた扉を抜けると、そこは広々としたグラウンドだった。
どんよりと曇っていた空は晴れ渡り、春の柔らかな日差しが降り注いでいる。
「出られた?」
あんなとみくるが周囲を見回していると、背後から拍手の音が聞こえた。
「やるじゃないか。妖精についてはよく分からなかったが、マコトジュエルは頂いていくぜ!」
からくり迷路を創り出した張本人、ゴウエモンが空から舞い降りてきた。
「ウソよ覆え! 来やがれハンニンダー!」
ゴウエモンが扇子を振るうと、傍らに立っていた巨大な『桜の木』が禍々しい光に包まれ、ハンニンダーへと姿を変えた。
「桜の木が!」
「みくる、行こう!」
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
ミスティックが、ビシッとハンニンダーを指差した。
「私の答え、見せてあげます!」
「ハンニンダーっ!!」
桜の木から変異したハンニンダーの巨大な右腕が、空気を震わせて唸りを上げた。
「「はあああぁぁっ!!」」
アンサーとミスティックは地を蹴り、高く跳躍する。
ハンニンダーの重い拳は空を切った。二人はそのまま弧を描くように頭上を取り、重力ごと体重を乗せてハンニンダーの頭を左右から同時に踏み抜いた。
「っ……ニン……ダー!」
地鳴りのような声と共に、巨体が大きく傾ぐ。
しかし、ハンニンダーはすぐに体勢を立て直し、無数の鋭い花びらによる『桜吹雪』を発生させて反撃してきた。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックが素早く結晶のバリアを展開し、花びらの弾幕を防ぐ。
「小賢しい」
ゴウエモンが扇子を振るい、ハンニンダーの攻撃に合わせて突風を巻き起こす。
桜吹雪の勢いが何倍にも増し、バリアが押され始めた。
「桜吹雪に溺れちまいな!」
「ミスティック!」
バリア越しに迫る猛攻に、アンサーが少し不安そうな声を上げる。
「大丈夫!」
ミスティックはバリアを解除せず、そのまま前方へと弾き飛ばすように『ミスティックリフレクション』を押し返した。
飛んできた結晶のバリアを、ハンニンダーが巨大な拳で粉砕する。
「いくよ!」
「うん!」
二人は一気に間合いを詰める。
「逃がすか」
ゴウエモンが扇子で再び突風と桜吹雪を発生させ、二人の視界を完全に奪った。
「前が、見えない!」
ゴウエモンの攻撃で発生した砂ぼこりと桜の花びらで、視界が完全に遮られる。
その煙幕の中からハンニンダーが巨大な腕を振り下ろしてきたため、二人は上に飛んでギリギリで躱した。
「そこか!」
しかし、それはゴウエモンの罠だった。
空中に逃げた二人を狙い、ゴウエモンが扇子から攻撃を放つ。
「きゃあっ!」
空中で躱しきれず、攻撃を食らった二人は地面へと叩きつけられ、ダメージを受ける。
「どうすれば……」
「大丈夫、あのからくり迷路を出られたんだもん。私たちならなんでもできる!」
「うん!」
二人が立ち上がり、左右にぱっと散る。
アンサーがゴウエモンの方へ、ミスティックがハンニンダーの方へと向かって突っ込んでいく。
「食らえ!」
アンサーへ向けて、ゴウエモンの扇子からビームが連続して放たれ、校庭の地面を次々に抉っていく。
アンサーは走った。
ただ躱しているのではなく、特定の場所へと確かめるようにジグザグに足を運んでいる。
ミスティックも同じだった。
ハンニンダーの追撃を避けながら、アンサーの動きを横目で追い、自分もまた特定の地点へと誘導するように動く。
二人の動きが、静かに揃っていく。
「ちょこまかと逃げやがって……!」
苛立ちを滲ませたゴウエモンの声と同時に、二人の足がピタリと止まった。
背中合わせ。
アンサーとミスティックが互いの背を預け合い、その二人を挟む形で、ゴウエモンとハンニンダーが向かい合って一直線に並んでいる。
砂埃はまだ漂っていて、視界は悪い。
「ハンニンダーぁぁっ!!」
咆哮と共に、ハンニンダーが二人に桜吹雪の衝撃波を放つ。
「今だよ!!」
「ジャンプ!!」
二人は同時に地を蹴った。
高く、まっすぐ。
砂埃を抜けて視界が開ける。
二人がいた場所を通り抜けたハンニンダーの桜吹雪は、そのまま前方へと直進する。
先に立っていたのは、ゴウエモンだった。
「ぬおお!」
ゴウエモンは、自分のハンニンダーの攻撃に真正面から巻き込まれ、その場で攻撃を防いでいる。
視界不良を利用した、見事な同士討ちの誘導。
「ハ、ハンニンダー!?」
主であるゴウエモンに攻撃を当ててしまい、ハンニンダーが困惑して動きを止めた。
「ぬう……ん? 扇子がない!?」
ゴウエモンが、手元から扇子を落として慌てふためいている。
その最大の隙を、名探偵が逃すはずがない。
「アンサーアタック!」
「ニンダァァァッ!」
空から急降下したアンサーの強烈な蹴りが炸裂し、ハンニンダーが大きく吹っ飛ぶ。
「ポチ!」
「「オープン! プリキットミラールーペ!」」
「「ポチタン!」」
「「マコトジュエル!」」
二人がマコトジュエルをセットし、蓋を開く。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!」」
「「これが私たちの答え(アンサー)だ!」」
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
巨大な白い鳥のエネルギーが、ハンニンダーを正確に撃ち抜いた。
「「キュアット解決!」」
ハンニンダーは浄化され、元の美しい桜の木へと戻った。
マコトジュエルはポチタンへと無事に吸収される。
「ふっ、おもしれえじゃねえか!」
敗北したにも関わらず、ゴウエモンはからくり迷路での知恵比べと戦闘をどこか楽しんだような顔で、そのまま風のように撤退していった。
***
その一連の戦いを。
学校の屋上から、るるかとマシュタンが静かに見物していた。
「やっかいな力ね」
マシュタンが、ポチタンの力を借りた必殺技を見て呟く。
しかし、るるかは冷ややかな声で返答した。
「想定内よ。あの程度の力なら、まだまだ未熟ね。私やこころの方が、もっと強かった」
「…………」
「あの程度で勝てるほど、怪盗団ファントムは甘くないわ」
るるかの顔に、暗く濃い影が落ちる。
ギリッと、黒いケープの中で両手を、爪が手のひらに食い込むほど強く握り締める。
「それに……怪盗団ファントムの本当の恐ろしさは、私が身をもって知ってるもの……」
「るるか……」
マシュタンが心配そうにるるかを見上げる。
「ハンニンダーを使ってくれてるからこそ、あの子たちはまだ何とかなってる。でも……さっきのゴウエモンの様に、幹部達が最初から本気で戦えば、あんな結果にはならない」
るるかの声が、微かに震え始める。
「ずっと疑問だった。どうして……皆、本気で戦わないんだろうって。特に理由はないんだろうけど……直接戦ったほうが何倍も厄介で、絶望的だってことを、私は知ってる」
ゴクリと息を飲み、るるかは言葉を紡ぐ。
「あの時も……こころがニジーとゴウエモンの対処を言い出さなければ、二人で戦うつもりだった。そうしなければいけないほど、ファントムの幹部達は強いの。そして……」
脳裏に、最も恐ろしい存在の姿がフラッシュバックする。
「ウソノワールは……もっと強い」
ニジーとゴウエモンを引き受けたこころ。
そして、自分はウソノワールを止めるために一人で挑んだ。
自信があった。
自分ならウソノワールに、自分たちなら怪盗団ファントムに勝てると。
しかし、自分の力が全く通用せず、虫ケラのように敗北した。
こころは、ニジーとゴウエモンを退けて私を助けに来てくれた。
そしてこころは、私達を助ける為に、無謀な戦いを一人で挑んだのだ。
私は、目の前でボロボロになるこころを、ただ見ていることしかできなかった。
連れ去られて、アジトで理不尽な拷問を受けて。
助けに行ったはずだった。
絶対に助け出すつもりだった。
でも……。
こころの精神は、私の目の前で、完全に砕け散った。
マコトジュエルもこころの中から出ていき、ウソノワールの元へ。
マコトジュエルに入った無数のヒビが、こころがどれだけ絶望し、つらい思いをしていたのかを物語っていた。
助けを求めていた……透明な壁越しに手を差し伸べてきたこころの手を……私は、掴んであげられなかった。
私は、目の前で狂うように苦しんでいた妹を、救うことが出来なかったのだ。
「あっ……あぁ……っ」
るるかは、自分の両腕で身体をきつく抱きしめ、その場にしゃがみ込んでしまった。
顔を真っ青にして、歯の根が合わないほどガタガタと震えている。
「るるか! 大丈夫、大丈夫よ」
マシュタンが慌てて寄り添い、るるかの背中を小さな手でさする。
「落ち着いて。ゆっくり深呼吸をして!」
「はぁっ……はぁっ……っ」
「るるか……」
マシュタンは唇を噛んだ。
(やっぱり、あの時の事を思い出すとこうなるのね……。貴女のトラウマが、こんなに酷いものだったなんて……)
「大丈夫よ。私がそばにいるわ」
マシュタンの必死の励ましと温もりに触れ、るるかは少しずつ、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
「はぁっ……はぁっ……。ごめん、マシュタン」
膝をついたまま、るるかは荒い息を吐き出す。
「ごめん、話を戻すね。……あの程度の実力なら、今の名探偵プリキュアは脅威にはならないわ」
「でも……ウソノワール様は警戒している。あの時空の妖精と、『未來自由の書』に載らないあの子達の事を」
「まぁ、私が気にすることでもない。今はウソノワールから命令が下るまで、じっくり観察させてもらうわ」
「そうしましょうか」
るるかはゆっくりと立ち上がり、屋上から眼下に広がる学校の景色を見下ろした。
先ほどハンニンダーから元に戻った、満開の巨大な桜の木。
それはとても綺麗で、圧倒されるような存在感を放っていた。
「綺麗ね」
「えっ?」
「桜」
「確かにそうね。それにあの桜の木は、他の木に比べて凄く立派だものね」
「うん」
るるかの瞳が、ふと優しく和らぐ。
「こころにも……見せてあげたかったな」
「……」
「いつか、見せてあげれる日が来るのかな……」
ポツリとこぼした言葉と共に、るるかの頬を静かに一筋の涙が伝い落ちた。
マシュタンは、暗く悲しい表情になっているるるかを見て、わざと明るい声で励ました。
「るるか……。大丈夫よ。きっと来るわ!」
「え?」
「こころちゃんと、あの綺麗な桜を一緒に見る日は、きっと来る。その願いを、るるか自身が信じなくてどうするの?」
その言葉に、るるかはハッと息を呑んだ。
「そう……だね。私が信じなくて、どうするんだろうね。……きっと来るよね」
「そう。きっとその日は来るわよ」
「うん」
るるかは涙を拭い、もう一度だけ桜の木を瞳に焼き付けた。
「さぁ、帰りましょう」
「そうだね。帰ろう」
るるかの横顔に、もう迷いはなかった。
「そうだよね……きっと来る。いや、絶対に手に入れる」
「こころと……また一緒に過ごす時間を……必ず……!」
風に舞う桜の花びらを背に、るるかとマシュタンは、光の届かない暗いアジトへと帰っていった。