名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
「文江さんの本当の姿は……」
「これだ」
あんなとみくるは、額縁を両手で持ち、萌絵の目の前でゆっくりと90度回転させた。
「萌絵さん。これが、この絵の『正しい向き』です」
「横向き?」
縦向きに描かれていたと思っていた自画像が、横向きになった。
「みんな勘違いをしていたんです。この絵は縦に見るものだって」
「でも、本当はそうじゃなかった。作者である文江さんの持っていた『手形』が残るほうが、正しい絵の持ち方。それが、この向きなんです」
「横になって、寝ている……?」
萌絵は信じられないといった顔で横向きの絵を見つめた。
「はい。はじめは靴を履いているし、なにかおかしいなって思ったんですけど……」
「萌絵さん、海外に住んでたんですよね。海外なら家の中で靴は脱がないですし、寝ていても不自然ではありません」
みくるの言葉に、萌絵は自画像の文江の姿を食い入るように見つめた。
横になって寝そべりながら、少しだけ身体を起こして、こちらに微笑みかけているような構図。
「そういえば、母はよくこの色のソファで……はっ!」
何かを思い出したのか、萌絵の瞳が大きく見開かれた。
記憶の底から蘇る、色彩豊かな風景。
子供の頃の萌絵が、少し形がいびつなマカロンを口いっぱいに頬張っている。
萌絵『美味しい! でもちょっと固いね!』
そんな幼い自分の姿を、大きなソファに横たわりながら、愛おしそうに見つめている母・文江の姿。
文江『そう? お母さん、やっぱりお菓子作りは向いてないのかしらね』
そう言って、母はふわりと優しく微笑んだ。自画像の顔と、全く同じ微笑み。
「そうだ……。母は……」
「母は、あの時……」
萌絵の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「忘れてた……。一緒にマカロンを食べて、美味しくないねって、二人で笑い合って……」
自分の好きなように生きた、自由な母。
でも、そんな母が最後に描いたのは、風景画ではなく、愛する娘と一緒に過ごした『最高の瞬間』だったのだ。
「あの頃を、思い出しました。最高の幸せって……あの瞬間のことだったのね、お母さん……っ」
母との温かい思い出を胸に抱き、萌絵は静かに涙を流した。
「ポチ? ポ、ポチ!」
「ポチタン?」
ポチタンが、何かに激しく反応して鳴き声を上げた。
次の瞬間、空中に虹色の光が収束し、美しい宝石の形となって絵画の中へと吸い込まれるように宿った。
「なに、これ」
「まさか……今の、マコトジュエル?」
「萌絵さんの想いとお母さんの想いが重なって、マコトジュエルが宿ったんだ!」
マコトジュエルが自然発生する、奇跡の瞬間だった。
『ピンポーン』
その時、マンションのインターホンが鳴った。
涙を拭い、萌絵が玄関のドアを開けた。
「きゃあっ!」
「ちょっと」
「「ああー!」」
萌絵が尻餅をつく。
玄関に立っていたのは、見覚えのある男だった。
「ファントム宅配便です。マコトジュエルを回収しにきました」
「ゴウエモン!」
堂々と正面から盗みに来たのだ。
「あなた、勝手に入るなんて……っ」
「すぐ出ていくさ。その絵を奪ったらな!」
「させない!」
あんな達は絵を抱え、ゴウエモンの横をすり抜けて家の外へと逃げ出した。
***
一方で。
公園のベンチで、未だにゴウエモンを待っているるるかとマシュタン。
「もぐもぐ……」
るるかは黙って待っていられず、本日二回目のアイスを買って黙々と食べていた。
「あれは……」
マシュタンが、絵画を抱えて走って逃げるあんなとみくるを見つける。
るるかはその二人へ視線を向けたが、あまり興味がないのか、それともアイスに夢中になっているのか、言葉を発せずただひたすらにアイスを食べ続けていた。
「ハア、ハア……っ」
走り続けてバテてきたあんな達。
「ここまでだな」
ついに、ゴウエモンが追いついてきた。
「だったら……オープン! プリキットミラールーペ!」
あんなは絵にルーペをかざした。
「はなまるコピー!」
プリキットミラールーペが眩く光る。
「プリキットミラールーペのコピー機能! どんなものでも、そっくりそのまま増やせちゃう!」
光が収まると、萌絵の絵画が全く同じ姿で『4つ』に増えていた。
「な、なんだと!?」
驚くゴウエモン。
「これならどうだ!」
「どれが本物だ!?」
あんなとみくるが、2つずつ絵画を持って左右に散って逃げ始めた。標的が分身し、あたふたするゴウエモン。
「早くマコトジュエルを回収したら?」
いつの間にかベンチから立ち上がり、ゴウエモンの近くまで飛んできたマシュタンが呆れたように急かす。
「お前ら! そうは言ってもだな!」
「簡単ね。『本物なら、絶対に守る』」
アイスを食べながら歩いてきたるるかが、感情の読めない声でゴウエモンにヒントを出した。
「そうか!」
るるかの言葉で閃いたゴウエモンは、扇子から桜吹雪の突風を発生させた。
それを、あんな達ではなく、公園にある大きな噴水に向かって放つ。
『ザパーンッ!!』
噴水から大量の水飛沫が発生し、逃げる二人の頭上へ雨のように降り注いだ。
「うわっ、きゃー!」
水に濡れた途端、コピーした3つの絵がポンッと音を立てて煙となり、消えてしまった。
「みくる!」
「あっ!」
あんなの方にも大量の水が降りかかる。
あんなは咄嗟に、自分が持っていた最後の1枚の絵を庇うように身体を丸め、その勢いで転倒してしまった。
「これが本物か」
「しまった……!」
倒れたあんなの手から、ゴウエモンが絵を軽々と奪い取る。
「ちょろいもんだ」
ごきげんなゴウエモン。
「返して!」
「そいつはできない相談だな。」
「ウソよ覆え! 来やがれハンニンダー!」
イーゼルの上にキャンバスが乗った形をした、奇妙なハンニンダーが誕生した。
「「うん」」
あんなとみくるは深く頷き合い、ペンダントを握りしめる。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
ミスティックが、ビシッとハンニンダーを指差した。
「私の答え、見せてあげます!」
「ハンニンダー!! ハァァァ!!」
キャンバス型のハンニンダーが、急降下で二人を押し潰さんと迫る。
アンサーとミスティックは左右に飛び退いて回避。
ハンニンダーはそのまま地面に激突し、激しい砂埃が辺りに舞い上がった。
「ハンニン、ダー!!」
砂埃の中から、ハンニンダーの頭部から怪光線のビームが発射された。
躱したアンサーを確認する間もなく、続けてビームが放たれる。
それもアンサーが間一髪で躱したが、後ろにあった公園のベンチにビームが直撃した。
すると、ベンチはたちまち平面の『キャンバスに描かれた絵』へと変貌してしまった。
「え!?」
「ハンニン……ダー!!」
「うわっ!?」
驚くアンサーに構わず、ハンニンダーは次にミスティックへと標的を移す。
連続で放たれるビームに、ミスティックは逃げるしかない。
巻き込まれた木々が、次々と平面の絵に変わっていく。
「絵になった!?」
「2枚のプリキュアの絵か……。マコトジュエルと一緒に持ち帰れば、ウソノワール様もきっと喜んでくださるぜ!」
ゴウエモンが高笑いする。
そんな様子を、アイスを食べながら少し離れた所で観察しているるるかとマシュタン。
(喜ぶのは、マコトジュエルを持ち帰れればの話だけどね)
るるかは、ゴウエモンの無駄な寄り道を冷めた目で見つめる。
「名探偵プリキュアと関わらずに、さっさと持ち帰った方が評価は上がるはずなのに」
そうボソリと呟く。
「ハンニン……ダー!」
続けざまにビームが放たれ、プリキュアが逃げる背後で、木もゴミ箱もベンチも、片っ端から絵に変えながら二人を翻弄していく。
プリキュアが駐車してあった車を跳び越えて身を潜めたが、ハンニンダーは気にせずビームを発射した。
「「うわ!?」」
車ごとキャンバスの中に閉じ込め、遮るものがなくなった二人へさらに追撃が襲いかかる。
それでも、二人はアクロバティックな動きでギリギリで回避し続けた。
ハンニンダーの猛攻が一段落し、両者が睨み合う。
「うん!」
「うん!」
また、お互いに頷き合う二人。
言葉などなくても、それだけで意志疎通ができるレベルにまで二人の絆は仕上がっている。
今度は、プリキュアの二人が空高く跳び上がった。
「ハンニンダー!!」
上空では身動きが取りにくい。
ハンニンダーは一度に大量のビームを拡散させて、逃げ場を塞ごうとする。
触れれば絵にされて一発アウト。
しかし、二人は激しい弾幕の中を急降下しながら、紙一重ですべてのビームを躱していく。
体の自由が効きにくい空中で、見事な連携と身体能力を見せつけた。
「いっ!!?」
驚くゴウエモン。
そして、その戦いを見ているるるか。
「……やるわね」
想像以上に、二人の成長が早いと思った。
(でも……この程度なら、特に問題はないわ)
自分の目的の邪魔はされないはずだ。
「萌絵さんのお母さんは、あの絵に『最高の瞬間』を残したかった!!」
「ハン!!?」
急降下の速度に乗ったミスティックの鋭いキックが、ハンニンダーの頭部に直撃する。
強烈な一撃で、ハンニンダーが大きく仰け反った。
「二人で過ごした時間が何よりも幸せだと伝えたくて、自画像を描いた!!」
「ニン!?ダー!」
アンサーの重いキックも直撃し、ハンニンダーはその場にドスンと尻餅をつく。
「大切な絵なんだ」
「絶対に渡さない!」
「ふーん」
二人の強い決意の言葉を聞き、るるかは本日3回目のアイスを口に咥えたまま呟いた。
「絶対に渡さない……か……」
(私にも、あんな時期が……)
かつての自分達の姿が重なる。
(今の私は、その逆ね。自分の大切な物の為に、他人の大切な物を『盗む』ことすら容認しているんだから)
少しだけ、るるかの表情に暗い影が差す。
その僅かな変化に、マシュタンは即座に気付いた。
「コラ!」
「えっ」
「また1人でそうやって落ち込む! 貴女は本当に!」
マシュタンの怒った声に、るるかはハッとして我に返る。
「ごめん。私にもあんな時期があったなって思って。今の私は逆の事をしてるから。こころの為に盗むことすら容認してるなって、思ってたの」
「全く。何でもちゃんと言うって約束したでしょ。まぁ、素直に言ってくれたから許してあげるけど。ちゃんとアタシに相談するのよ!」
「……分かってる。ありがとう、マシュタン」
るるかの瞳に、再び強い光が戻る。
「だからこそ、奪いがいがあるってもんよ!」
ゴウエモンの合図で、ハンニンダーから巨大なビームが放たれる。
「ミスティックリフレクション!」
「私たちが守るんだ!」
結晶の盾でビームを完璧に防ぐミスティック。
その防壁を盾にして、ハンニンダーへと一直線に駆け出すアンサー。
「はあー!」
アンサーの渾身のパンチが直撃し、ハンニンダーが大きく吹き飛ばされる。
「「オープン! プリキットミラールーペ!」」
「「ポチタン!」」
「「マコトジュエル!」」
二人がマコトジュエルをセットし、ルーペの鏡を開く。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!!」」
「「これが私たちの答え(アンサー)だ!」」
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
巨大な白い鳥の光が空を切り裂き、ハンニンダーを正確に撃ち抜いた。
「「キュアット解決!!」」
ハンニンダーは浄化され、マコトジュエルはポチタンへと吸収される。
「ほう、やるじゃねえか」
ゴウエモンは、どこか楽しそうに笑いながら風と共に撤退していった。
その様子を、るるかは遠くから冷めた目で見つめていた。
無事に事件は解決し、萌絵の元へ母の愛情が込められた真実のキャンバスが戻った。
***
その日の夜。
静かな三日月が、街を青白く照らしていた。
ビルの屋上から、ある巨大な建物を見下ろしている人物の姿があった。
「ふふん」
るるかとマシュタンの二人。
マシュタンが、得意げに鼻を鳴らす。
ビル風に黒いケープをなびかせているのは、るるかだった。
彼女の首元にある、ティアアルカナロッドを小さくした漆黒のペンダントが、月明かりを反射して一瞬鋭く光る。
「さあ、始めましょうか」
天才探偵・森亜るるか。
彼女が『怪盗』として、ついに自らの意志で動き出す時が訪れる。