名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
夜。
まことみらい市に建つ、『宝生(ほうしょう)美術館』。
館長室で、オーナーの宝生ちなみがオークションカタログを眺めながら優雅に微笑んでいた。
「ふふふ。次のオークションも素敵なこと! コレクター魂がうずいちゃうわぁ」
そこへ。
『シュッ!』と、一枚のカードが飛んできた。
カードは見事にカタログのど真ん中に突き刺さる。
「きゃあ!」
驚いて飛び退く宝生。
「な、なんですの!?」
恐る恐るカタログに刺さったカードを手に取ると、そこには美しい筆記体でこう書かれていた。
『明日夜8時、「星明かりのプリンセス」をいただく。怪盗団ファントム』
「怪盗団……ファントム?」
宝生は、文字の意味を理解した途端に顔面を蒼白にした。
「か、か、か、怪盗団!?」
そんな騒ぎが起きている館内をよそに。
美術館の外の暗がりで、黒いケープを風になびかせて佇んでいるるるか。
「予告状なんておしゃれね、るるか」
マシュタンが感心したように言う。
予告状を投げたのは、るるか自身だった。
しかし、るるかはマシュタンの言葉に無言のまま、冷ややかな瞳で巨大な美術館を見下ろしていた。
***
次の日。
キュアット探偵事務所の拠点部屋では、朝からテレビのニュース番組が流れていた。
『昨日、宝生美術館の宝生ちなみオーナーに、怪盗団ファントムと名乗る人物から予告状が届きました』
「えっ?」
予告状のニュースに、あんなとみくる、そしてポチタンが画面に釘付けになる。
『予告状には「明日夜8時、『星明かりのプリンセス』をいただく」と書かれており、美術館は警備員の増員や……』
「あんな、これって……」
「うん。みくる、ポチタン、美術館に行こう!」
「ポチ!」
あんなの号令で、三人は即座に準備を始めた。
***
一方で、怪盗団ファントムのアジト。
VIP席にはウソノワール、そして幹部席にはニジー、ゴウエモン、アゲセーヌの姿があった。
るるかとマシュタンはすでに現場の下見に行っているため、姿はない。
「アルカナ・シャドウ、わざわざ予告するとか超ありえない!」
るるかが予告状を出したのが気に入らないのか、アゲセーヌが髪をいじりながら文句を言っている。
怪盗とはいえ、事前に時間と場所を教えるなど、捕まりに行くようなものだ。
「いいじゃねえか。初陣で張り切ってるんだろうよ」
ゴウエモンは、からくり迷路での一件以来、少しだけるるかを認めているのか、彼女の行動を肯定した。
「はあー? なにそれ?」
アゲセーヌは納得いかず、唇を尖らせる。
「予告状……。それもまた一興」
ウソノワールは、仮面の奥で目を細め、何気にこの状況を楽しんでいるようだった。
るるかの行動を楽しんでいるウソノワールを見て、アゲセーヌはさらにほっぺを膨らませて嫉妬する。
「うぅー……」
***
その頃、あんなとみくるは宝生美術館の受付にやって来ていた。
制服姿の二人に、受付の女性が戸惑っている。
「探偵? あの、怪盗から首飾りを守ると……?」
女性は困ったように、奥にいるオーナーの宝生へ電話をかける。
「予告状なんて名探偵への挑戦ね。ファントムの好きにはさせない」
「うん!」
みくるの力強い言葉に、あんなも頷く。
「ポチタンもキュアミスティックの衣装着て、やる気満々だよ!」
「ポチポーチ!」
今日のために、あんなが手作りしたキュアミスティック風の小さなフリフリ衣装を着たポチタンが、得意げにポーズをとる。
「ふーん。この子たちが探偵……うん?」
監視カメラの映像を見ていた宝生が、画面に映るあるモノに目を留めた。
「まあ……!」
宝生は目を輝かせ、ドタドタと受付まで走ってきた。
「あっ、あれって」
「テレビで見たオーナーさんだよ」
あんな達の方へと向かってくる宝生。
「宝生さん、はじめまして。キュアット探偵事務所の小林みくるです」
「明智あんなです!」
「なんてかわいいポーチなの!」
「え?」
二人の挨拶には目もくれず、宝生はあんなの鞄にしがみついているポチタンに一直線に向かった。
「このフリフリもたまらないわ! 譲ってくださらない?」
「ええ!?」
初対面での無茶苦茶な要求に、あんなは慌ててポチタンを背中に隠した。
「ダメです! 友達ですから!」
「『星明かりのプリンセス』の警護はあーた達に任せるから。ね?」
買収にかかる宝生。
「ポ、ポチタンは譲りませんけど、『星明かりのプリンセス』は任せてください!」
「守ってみせます!」
あんなの後ろで、ポチタンが「譲られてたまるか」とばかりに、慌ててフリフリの衣装を脱ぎ捨てていた。
「まあ、気が変わったら譲ってちょうだい」
宝生は名残惜しそうにポチタンを見つめた。
美術館の中には、事件を一目見ようとする野次馬や客がたくさんいた。
「世界中から集めたあたくしのコレクションよ。皆さんにも観ていただいてるの。そして……こちらが『星明かりのプリンセス』」
宝生に案内された展示室の中央。
厳重なガラスケースの中に、それはあった。
「うわー」
「はなまるきれい……!」
深く透き通るような緑色の宝石が連なった、息を呑むほど美しい首飾りだった。
「歴史的な価値がある首飾りで、20億円は下らないわ」
「ええ?」
「に、20億円!?」
値段を聞いて、あんなとみくるは目を丸くする。
『うふふ、怪盗団ファントムが狙う首飾りか。キラキラしてすてきね、ダーリン』
『うーん、ハニー。君のほうがまぶしいよ』
お客さんの中に、町でよく見かけるラブラブなカップルの姿もあった。
「しかし、怪盗団なんて本当にいますの? 1999年7の月、ノストラダムスの大予言のような噂話では?」
宝生は、まだ半信半疑のようだった。
「最近話題になっていますよ。結婚式場やパティスリーに現れたって」
受付の女性がフォローする。
「その事件、私たちが解決しました」
「ええ、本当に!」
「はい、私ウソつかないんで! 今回もはなまる解決します!」
あんなが自信満々に胸を張る。
しかし、宝生は鼻で笑った。
「あーた方の出番はありませんわ。はい、カモン!」
宝生が手を叩くと、奥から屈強な警備員たちがズラリと現れた。
「「ええー!」」
「当美術館には優秀な警備員がいます。さらに防犯カメラで24時間監視。ケースは超強力な特殊ガラス製。ゾウがふんでも壊れませんことよ」
「「おー」」
「決め手はこちらのマシーン。あたくしの顔をカメラで読み取り、ケースが開く。超最先端のセキュリティーですわ」
「あっ、顔認証!」
「ご存じですの?」
「スマホによく付いてますよ」
「すまほ?」
未来の言葉を使ってしまったあんなを、みくるが慌ててフォローする。
「あ、あの! 気にしないでください!」
「とにかく、あーた方が必要ないのはわかったでしょ。ポーチを譲る気になられたら、いつでも声をかけて」
宝生は高笑いしながら去っていった。
「おーほほほほ!」
「「わっ!」」
警備員さんたちも、一糸乱れぬ動きで一瞬で帰っていく。
「ファントムが狙うってことは、マコトジュエルが宿ってるんだよね」
「きっとね。予告した時間は夜8時。それまで美術館を調査しよう」
「うん!」
「出入り口は防犯カメラが10台以上。予告状のおかげで記者もたくさん……よし」
みくるは、美術館の配置や状況を館内を回りながら、探偵手帳に細かくメモしていく。
あんなも、みくると手分けして館内の情報をメモしていた。
あんなは、『星明かりのプリンセス』が飾られている部屋の前の廊下にいた。
すると、あんなに不意に声がかかる。
「すごい人気ね。あの首飾り」
あんなが横を振り向くと、黒いケープを着た一人の女の人が立っていた。
るるかだった。
「ああ、そうですね。ファントムが狙ってて話題になってますし」
たくさんの人が、ガラス越しに首飾りを見つめている。
「だけじゃない。騒動になる前から、あの首飾りが好きな人はたくさんいたわ。なにがそう惹きつけるのかしら」
るるかの問いに、あんなは少し考えてから答えた。
「うーん、よく分からないけど……みんなの『想い』が集まって、キラキラ輝いているから……ですかね」
「…………」
その純粋な答えに、るるかは少しだけ目を細めた。
そこに、みくるが走ってくる。
「あんな」
「みくる。……失礼します」
あんなはるるかに軽く頭を下げて、みくるの元へ向かった。
「頑張って、名探偵さん」
「え?」
背後からの声に、あんながハッと振り向く。
しかし、そこにはもう誰の姿もなかった。
***
そして、夜。
予告の時間が迫っていた。
「予告した時間まで、あと10分」
みくるが時計を確認する。
「宝生さん、危ないのでここにはいないほうが……」
しかし、宝生は全く動じる様子がなかった。
「いいえ、一番安全ですわ。はい、カモン!」
宝生が手を叩くと、再び部屋を埋め尽くすほどの大量の警備員が現れた。
「「うわぁー」」
その数に、あんなとみくるはただ驚くしかなかった。
一方。宝生美術館の屋上。
「さてと。作戦開始の前に、占っとくわ!」
マシュタンが魔女のような帽子を被り、自慢の水晶玉を用意した。
恒例の占いの時間だ。
「わぁー」
るるかが、パチパチと可愛らしい笑顔で拍手をする。
マシュタンの占いは、彼女にとっても楽しみの一つだった。
「マシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュ……マシュー!」
マシュタンの呪文と共に、水晶玉が怪しく光る。
「見えたわ。るるか、あなたの前に『おじゃま虫』が現れるって」
「ありがとう。マシュタンの占いはよく当たるもんね」
マシュタンの占いは信用できる。
ハッキリとした具体的なことまでは結果として出ないが、マシュタンの占いが過去大きく外れたことなど一度もない。
るるかは、自分とこころのパートナーであるマシュタンを絶対的に信頼していた。
「でも、私に失敗はないわ」
るるかは、静かに探偵のガジェットを取り出した。
「オープン。プリキットグロス」
かつては変装して潜入捜査をするために使っていた道具。
唇にグロスを塗ると、るるかの身体を眩い光が包み込む。
光が収まると、そこには黒いケープの少女ではなく、制服を着た『女性警備員』の姿に変装したるるかがいた。
「行こう、マシュタン」
「任せてるるか。作戦開始!」
るるかは最後にサングラスをかけ、変装を完璧なものにした。
ついに、怪盗キュアアルカナ・シャドウの作戦が開始される。
るるかは警備員に紛れ込み、マシュタンは別行動をとった。
「電気室に行って、8時ぴったりに美術館の電気を止めて真っ暗にする……ここね」
目的の電気室の前に着いたマシュタン。
ドアノブに全体重を乗せて飛びかかる。
「硬くて開かなーい!」
不味い。
真っ暗に出来なかったら、るるかの作戦の前提が崩れて失敗してしまう。
そんな事になれば、るるかのウソノワールからの評価に関わり、こころとの時間が奪われてしまうかもしれない。
すると、廊下の奥から足音が聞こえてきた。
「はっ、まずい」
マシュタンは咄嗟に床に転がり、ぬいぐるみのふりをした。
「うん? ぬいぐるみ?」
やってきた警備員に、マシュタンが拾われる。
(拾われちゃった! アタシが可愛いばっかりに……!)
「落とし物か?」
「あと1分」
みくるの声。時間は刻一刻と迫っている。
警備員は、マシュタンを持ったまま、巡回のために電気室の中へと入っていった。
マシュタンを机の上に置き、電気室の奥を見回りに行く警備員。
「チャンスだわ」
電気室へ上手く入れたことにホッとしながら、マシュタンは素早く動き出した。
「あと10秒」
警備員に変装したるるかが、時計を見つめる。
「9、8、7、6」
「5、4、3、2」
マシュタンが、主電源の巨大なブレーカーへと飛び乗る。
「1」
マシュタンの小さな両手が、ブレーカーのレバーにかけられた。
『カチッ!』
美術館中の電気が、一斉に消えた。
「停電?」
「あらまぁ」
「すぐに非常電源を!」
宝生の指示で非常電源に切り替わり、部屋に薄暗い明かりが灯る。
「あっ、あれは!」
「ファントムのカードだ!」
『星明かりのプリンセス』が入っているガラスケースに、一枚のカードが貼り付いていた。
あんながカードを読み上げる。
『怪盗団ファントム参上! 「星明かりのプリンセス」はすり替えられた偽物。あしからず?』
「なんですって!」
「大変!」
宝生が慌てて顔認証のマシーンの前に立つ。
「はっ、ダメ! 罠です!」
みくるが何かに気付いて叫んだ。
「偽物だと思わせ、確認のために『鍵を開けさせる』! でも中身はまだ本物……!」
「そのとおり」
暗闇から、静かな女の人の声が響く。
「鍵を開けた瞬間に、ケースの中身をもらう。古典的なトリックよ」
ガラスケースの前に、警備員に変装したるるかが現れた。
宝生が顔認証をしてロックを解除した一瞬の隙を突き、るるかが強烈な煙幕玉を床に叩きつける。
『ポンッ!!』
部屋中に白い煙が充満し、誰も前が見えなくなる。
「ゲホッ、ゲホッ!」
やがて煙が晴れると、開いたケースの中には、もう首飾りはなかった。
「マコトジュエルがとられたの?」
走り出そうとするあんな。
「待って」
みくるが、階段を降りようとするあんなの腕を強く引き止めた。
みくるの瞳には、名探偵としての鋭い光が宿っていた。
何か考えがあるようだ。