名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
「うまくいったわね」
「うん」
真っ暗になった美術館の中。
マシュタンと、女性警備員の変装をしたるるかは、騒ぎに紛れて階段から屋上へと逃げ出した。
「オープン! プリキットライト!」
それを追いかけ、屋上へ飛び出してきたあんなは、プリキットライトを召喚した。
「輪投げ!」
ライトから光の輪投げを作り出し、るるかへ向かって飛ばす。
るるかは、空中で身を翻して光の輪を鮮やかに躱し、音もなく着地した。
「なぜここ(屋上)が?」
無表情のまま、るるかが問う。
それに答えたのは、あんなの横に並んだみくるだった。
「美術館の入り口には10台以上の防犯カメラがある。外には、たくさんの記者がいる。屋上からの方が逃げやすい」
「……」
るるかは、みくるの冷静な推理を聞いて、ほんの少しだけ口角を上げた。
「やるじゃない」
るるかの身体が光に包まれ、女性警備員の変装が解除される。
現れたのは、黒いケープを纏った少女の姿。
「昼間の……!」
昼間、首飾りの前で会った女性だと気づき、あんなが目を見開く。
「それでは私を止められない。プリキュアになりなさい」
るるかは、手の中にあるプリキットグロスを見せつけながら、あんな達に促した。
「じゃないと……変装して街に溶け込み、逃げちゃうけど?」
「プリキットグロス……?」
自分達と同じ探偵道具である『プリキット』を敵が持っていることに、あんなとみくるは驚愕した。
「「……」」
二人は強く頷き合う。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーが、ビシッとるるかを指差した。
「私の答え、見せてあげる!」
「あなた一体誰?」
「どうしてプリキットグロスを持ってるの?」
変身を終えた二人が、次々と質問を投げかける。
「推理するのが探偵でしょ」
「答えを聞くだなんて、オシャレじゃないわね」
るるかとマシュタンが冷たく返す。
「マシュタン、預かってて」
るるかは、奪ったばかりの『星明かりのプリンセス』をマシュタンに預けた。
首飾りはマシュタンの力で光に包まれ、空中にプカプカと浮遊する。
るるかは、首から下げている漆黒のペンダントにそっと手を添えた。
「いいわ。今日は特別……『答え』を教えてあげる」
るるかの身体が、眩い紫の光に包まれた。
「……オープン……」
胸元のペンダントが強い光を放つ。
光は細く伸び、形を作り、るるかの手の中で長くしなやかな『杖』へと変貌した。
「ティアアルカナロッド」
その声と表情は大人びながらも、可愛らしい。
指先を添えた瞬間、るるかの身体はふわりと舞い上がる。
衣装は紫の光を帯び、周囲へと輝きを弾けさせる。
マコトジュエルを静かにロッドへ装着する。
円を描くように一回転。
足元に広がる魔方陣が妖しく光った。
「シャッフル」
ロッド上部のカードがくるりと回転した瞬間、るるかの髪は漆黒へ。
もう一度、指先でカードを弾けば、闇は一転して金色へ。
かきあげた髪の先には、鮮やかなピンク色のグラデーション。
「リバース」
髪はさらに長く伸び、ふわりと広がる毛先。
ロッドから流れる光がるるかの体を次々と包み込む。
ノースリーブのワンピースが身体を包み、黒を基調とした衣装と明るく揺れる髪が、お互いを強調し合う。
スカートには紫色の雫が散りばめられ、静かに揺れる。
カンッ。
ロッドを地に打ち付けた瞬間、露わだった脚は濃い紫色のサイハイソックスと濃紺色のショートブーツに包まれる。
祈りを捧げるように両手でロッドを握ると、手首には繊リストカフスが装着される。
頭には、黒いダイヤ型が並ぶ髪飾りを装着、その中央下には雫型の石飾りが付けられている。
目元へ右手を当てて下に下ろすと、瞳は紫から赤へと変化、瞳の奥にハートの光が宿っている。
耳元には雫型のピアス。
頭の後ろには黒い蝶の飾りを添えた薄紫のヴェールが静かに寄り添う。
ロッドの先端を胸元へと当てると、紫色の光が体を包み込む。
黒いケープが肩を覆い、胸元にはネクタイ型のリボンが可憐に結ばれる。
「神秘と秘密で包み込む――『キュアアルカナ・シャドウ』」
ロッドのカードに映るのは、彼女の横顔。
一歩、また一歩と進むだけで、神秘が満ちていく。
ロッドをくるりと回し、持ち替える。
「さあ……迷宮へ誘いましょう」
変身を終えたキュアアルカナ・シャドウ。
先程まで曇っていた空が晴れ、満月の月明かりが彼女の姿を白々と照らし出す。
その姿は幻想的で、まるで天使……いや、圧倒的な強さと美しさを持つ『堕天使』とでも呼ぶべき存在だった。
「えっ!?」
「キュアアルカナ・シャドウ?」
「プリキュア……なの?」
敵の幹部が、自分達と同じ『名探偵プリキュア』だったという信じがたい事実に、二人は戦慄した。
「さあ、来なさい」
ティアアルカナロッドを構え、アルカナ・シャドウが挑発する。
二人は頷き合い、意を決してアルカナ・シャドウへと向かっていく。
「「はああああぁぁぁっ!!!」」
駆け出してパンチを繰り出す。
しかし、それをアルカナ・シャドウは涼しい顔で、紙一重で避けてみせる。
その瞬間、二人の前から姿が消える。
急いで振り向く二人だが、そこにはもうアルカナ・シャドウの姿はない。
トントン。
ミスティックの肩が、後ろから叩かれる。
「えっ?」
「むっ」
ミスティックが振り向くと、ポツンと頬に指先が当てられた。
アルカナ・シャドウはミスティックの背後に回り込み、人差し指で頬をつついていたのだ。
ふわりと可愛らしい笑顔を見せられ、敵だと分かっていながら、ミスティックは思わず見惚れてしまいそうになる。
「はああああぁっ!!」
アンサーが地面を蹴る。
そのまま全力で拳を突き出す。
だが、わずかにアルカナ・シャドウの体が揺れただけ。
ほんの数センチ。
その無駄のない最小限の動きだけで、攻撃を完璧に躱される。
「動きが単純すぎ。次の一手……答えが透けて見える」
まるで、未熟な後輩を指導しているかのような言動。
「くっ……!」
アンサーは歯を食いしばる。
ミスティックと視線を交わす。
言葉は要らなかった。
地面を強く蹴り、二人は一気に跳び上がる。
「「はあああああぁぁぁ!!」」
キュアアルカナ・シャドウへと急降下。
全力の蹴りを、叩き込む。
轟音が屋上を揺らし、コンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れる。
砕けた破片が跳ね飛び、砂埃が視界を覆い尽くした。
「……っ!」
しかし、手応えがなかった。
「……」
アルカナ・シャドウは、二人の頭上の宙を舞っていた。
無駄のない軌道で身体を翻す。
軽やかに宙返りを決め、屋上の塔屋の上へ、着地した。
優雅で余裕に満ちている。
アンサー達の連携を、まるで遊びのように避けきったのだ。
その圧倒的な実力差という現実が、じわじわと、二人の体の奥を冷やしていく。
完全に、見下ろされている。
「動きが大きくてワンパターンね」
短い一言。
その言葉が妙に重く、アンサーとミスティックの胸の奥に沈んでいく。
アルカナ・シャドウは、ティアアルカナロッドのカードをくるりと回した。
ティアアルカナロッドを反時計回りに回す。
その瞬間、彼女の背後に、紫色の光の陣が出現。
内周に7個、外周にさらに12個。
19個の星が巨大な円を描くように展開され、その一つ一つが不気味なほどに輝いている。
「アルカナスターレイン」
19個の星全てから、一斉に光が迸る。
無数のレーザーが、空間を貫いた。
「「きゃあっ!?」」
直撃はしていない。
それでも、着弾の衝撃波だけで二人の身体が木の葉のように吹き飛ばされた。
地面に足を叩きつけ、必死に踏ん張るが、後退は止まらない。
靴底がコンクリートを削りとる。
二人は地面に手をつき、膝を折る。
「随分と一生懸命なのね……『偽物』なのに」
ぽつりと呟かれたアルカナ・シャドウの言葉。
その意味が、すぐには理解できなかったアンサー達。
「「え?」」
二人の声が重なる。
***
一方で騒ぎになっている美術館の館内。
「オーナー、警察をよびましょう!」
「絶対にダメ!」
宝生は、受付の提案を即座に却下した。
「『星明かりのプリンセス』はすり替えられた偽物……ある意味当たってるのよ」
「えっ?」
「美術館の展示品はね、全部『偽物』なの」
「ええ!? 偽物って、いつから……!」
「展示された時からずーっとよ。みんなに自慢したいけど、とられたら嫌だから。本当、コレクター魂って複雑よねぇ」
***
そして再び、屋上。
「偽物の、ウソの首飾りが人を惹きつけ、マコトジュエルが宿るなんて。……ウソもまんざら悪いものじゃない」
アルカナ・シャドウは妖しい笑みを浮かべながら、二人を言葉で揺さぶる。
「そう思わない? 名探偵さん」
「あっ、でも……」
怪盗でありながらプリキュアという存在。
そして圧倒的な力と言葉の揺さぶりに、ミスティックの心が折れそうになる。
「違う!」
「……っ!」
アンサーの強い声に、ミスティックはハッとした。
「ウソをついて人の物をとるなんて、許されることじゃない!」
「アンサーアタック!」
アンサーは、迷いを振り切ってアルカナ・シャドウへと向かっていく。
その真っ直ぐな攻撃を、アルカナ・シャドウは涼しい顔で、ロッドの柄で簡単に受け止めた。
しかし、アンサーの言葉でミスティックはやる気を取り戻し、二人は再び強く頷き合った。
「……」
その様子を見て、アルカナの表情が僅かだが変化していた。
まるで、世の中の理不尽さを知ったような、大人の顔。
何も知らない子供が、綺麗な理想論だけを語るなとでも言いたげな、暗く冷たい瞳。
マシュタンだけが、その危うい変化に気づいていた。
(アルカナ……)
やり取りを聞いていて、マシュタンはるるかの心がさらに闇へと傾いていくのを心配した。
「あーあ! 予告状なんて出すから……」
「あ!?」
マシュタンの背後から突然、聞き覚えのある声が降ってきた。
「チョー面倒なことになってるし~!」
「ちょっと!!」
預かっていた首飾りを、マシュタンの手から横取りするアゲセーヌ。
「「アゲセーヌ!?」」
「アゲが決めてあげる!」
アゲセーヌは、奪った首飾りを高く掲げた。
「ウソよ覆え! チョベリグにしちゃって。ハンニンダー!」
次の瞬間、『星明かりのプリンセス』から、巨大な胴体を持ち、長い縄のような紐を手にしたハンニンダーが出現した。
「ハンニンダー!!」
召喚されたハンニンダーは、即座に縄を振り下ろし、アンサーとミスティックへ向けて叩きつけてくる。
飛び退いて回避したものの、状況はさらに最悪になっていた。
「アタシの占いに出てた『おじゃま虫』って、アゲセーヌのことだったのね!?」
マシュタンの言葉も気になる。
でもアンサー達は、それどころじゃなかった。
アルカナ・シャドウとハンニンダーに、完全に挟まれている。
いつ攻撃が来てもいいように備えてはいるけれど、勝てる自信が全くない。
正直に言えば、足元が少し、恐怖で震えていた。
「ハン……ニン……!」
ハンニンダーが強力なビームを発射しようと力を溜め始めた。
顔が光り輝いていく。
まずい、二人がそう思った瞬間だった。
視界の端で、黒い影が弾けた。
アルカナ・シャドウが、一瞬で距離を詰めてくる。
反応が遅れたわけじゃない。
見えていたはずなのに、二人の身体が思考についてこない。
防御の構えすら間に合わない。
ミスティックの目の前にはハンニンダー。
アンサーの目の前にはアルカナ・シャドウ。
逃げ場なんてなかった。
やられる、そう覚悟した瞬間だった。
『ビュンッ!』
アルカナ・シャドウは、アンサーとミスティックをかすめるように通り過ぎ、そのままハンニンダーの方へと一直線に向かっていく。
「え……!?」
アルカナ・シャドウはそのまま高く跳び上がり、強烈な回し蹴りをハンニンダーの顔面へと振り抜いた。
『ドガァァァッ!!』
直撃を受けたハンニンダーが、大きな悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。
その予想外の行動に、アンサー、ミスティック、そしてアゲセーヌの三人は完全に言葉を失った。
「あ、ありえないんだけど……!?」
困惑するアゲセーヌ。
静かに着地するアルカナ・シャドウ。
「邪魔しないで」
アルカナ・シャドウは無表情のまま冷静にそう言っているが、静かに、しかし確実に怒っていることが分かった。
アルカナ・シャドウは「はぁ」と小さくため息をつく。
すると、再びアンサー達の後ろに跳び、元いた塔屋の上へと戻った。
位置的には、アルカナ・シャドウからプリキュアとハンニンダー、全てが視界に捉えられている状態だ。
攻撃するつもりも、倒すつもりも最初は無かったアルカナ・シャドウだったが、アゲセーヌの横槍。
そして、プリキュア達が自分の想像よりもずっと未熟で弱かったこと。
全てが自分の想像よりも期待外れな結果に終わり、彼女は少し落胆していた。
アルカナ・シャドウは、再びティアアルカナロッドのカードをくるりと回した。
「ちょっ、ちょっと!?」
アゲセーヌは、アルカナ・シャドウが『無差別に攻撃しようとしている』ことを理解して焦る。
「アルカナスターレイン」
またさっきの攻撃が来る。
そう思い、ガードしようとするミスティック。
「ミスティックリフレクション!」
しかし、放たれた無数のレーザーは、先程とはスピードも重さも全く違った。
そして何より、さっきまでと違い『間違いなくトドメを刺すつもり』で放たれたレーザーだった。
『パリーンッ!!』
ミスティックの張った強固な結晶の盾は、紙屑のように簡単に破られ、無数のレーザーが直撃する。
「「うわぁーっ!!」」
そして、ハンニンダーにも容赦ないレーザーの雨が降り注ぐ。
ハンニンダーはそのまま為す術もなく倒され、首飾りとマコトジュエルへと分離してしまった。
煙が晴れると、アンサーとミスティックは屋上に倒れ伏し、動けなくなっていた。
「ア、アルカナ・シャドウ……マジチョベリバ……っ」
ハンニンダーまで巻き込む無慈悲な攻撃に恐れをなし、アゲセーヌは即座に逃亡した。
何とか起き上がろうとするアンサーとミスティック。
二人の前にゆっくりと歩みを進め、落ちているマコトジュエルを拾い上げるアルカナ・シャドウ。
「これで……2つ目」
マコトジュエルを強く握りしめ、かつての『あの絶望の日』を思い出すように、小さく呟いた。
アンサーとミスティックが、フラフラとしながら立ち上がる。
「マコトジュエルを……」
「返して……!」
二人は、最後の力を振り絞ってアルカナ・シャドウへと駆け出す。
「はぁ……」
小さくため息をつくアルカナ・シャドウ。
「さっきも言ったはずよ。動きが単純だって」
スッ、と。
目の前からアルカナ・シャドウが消える。
「「えっ!?」」
そして二人の背後に音もなく現れたアルカナ・シャドウは、容赦なく強烈な回し蹴りを放った。
「「うわぁーっ!!」」
吹き飛ばされる二人。
地面を激しく転がり、今度こそ完全にダメージで立ち上がれなくなってしまった。
倒れ伏すアンサー達の方へ振り返り、アルカナ・シャドウは冷たく見下ろすように言葉を放った。
「はっきりわかった。今のあなた達では……ファントムには絶対に勝てない」
絶望の事実だけを告げて、アルカナ・シャドウとマシュタンは、夜の闇へと溶けるように去っていった。
何とか身体を起こした二人。
「なんで……プリキュアが、怪盗なの……?」
「くっ……」
絶対的な力を持つ敵に、疑問と絶望を抱くキュアアンサー。
何もできずに敗北し、悔しさに唇を噛むキュアミスティック。
二人の心に、かつてないほどの大きな壁が立ちはだかった。
***
そして、今回の事件により、美術館の展示品が『全て偽物』だったという事実が世間にバレてしまった宝生オーナー。
美術館の前で、記者たちから質問攻めに遭っていた。
「美術館のスタッフによると、展示品がすべて偽物だったようですが!?」
「それは……自慢したいけど盗まれるのが怖くて! これからは本物を展示するから、許して遊ばせ!」
テレビでその中継を見て。
「……今回、予告して世間を騒がせたから、結果的に『本物』が展示されることになった」
「アルカナ・シャドウ……もしかして、最初からこれが目的だったの?」
あの美しくも恐ろしい堕天使の真意は、深い闇の中に隠されたままだった。
***
宝生美術館での任務を終え、アルカナ・シャドウは冷たい夜風を纏いながらアジトへと帰還した。
アジトには、ウソノワールを中心に、ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンの姿があった。
ふと視線を感じて横を向くと、戻ってきたアゲセーヌが少しだけ頬を膨らませ、親の仇のようにこちらを睨みつけていた。
(ウソノワールに注意でもされたのかな。それとも、私の攻撃に巻き込まれた事への恨みかしら)
アルカナ・シャドウは涼しい顔でその視線を受け流した。
「よっ、新人。どうだった?」
ゴウエモンが、気安い調子でアルカナ・シャドウへと尋ねる。
るるかは無言で変身を解除し、元の黒いケープ姿に戻った。
そして、ポケットからマコトジュエルを取り出した。
「マコトジュエルは、持ってきたわ」
るるかが手を掲げると、ウソノワールの手元へとマコトジュエルがふわりと飛んでいく。
るるかは静かに俯き、主の言葉を待った。
「これで2つ目。ご苦労だった、アルカナ・シャドウ」
ウソノワールは満足げに宝石の輝きを眺めた後、るるかを見下ろした。
「今回だが、一部始終は見ていた。ゆえに、既に貴様への『措置』はしておいた」
るるかが、ハッと顔を上げる。
「いつまでもあんな冷たい鉄の部屋にいさせれば、病人の体調は悪くなるだろうからな。新しい部屋へと移しておいた。今後はそこで生活するといい」
るるかは、言葉にならない喜びを噛み締めながら、ウソノワールに深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
足早に、新しい部屋へと向かう。
任務をこなし、マコトジュエルを捧げるたびに、少しずつこころに関する待遇が良くなっていく。
怪盗としての罪を重ねるほどに、妹の環境が改善されていくという矛盾。
それでも、歩くスピードは自然と上がっていた。
教えられた部屋の扉を開ける。
そこは、今までのような冷たい牢獄のような部屋ではなく、暖かな照明が灯る、清潔感のある部屋だった。
家具もそれとなく揃っており、柔らかなベッドの上で、こころが静かに眠っていた。
るるかは、部屋の環境が劇的に変わったことに心からホッとし、肩の力を抜いた。
「ただいま、こころ」
こころへと近づく、るるかとマシュタン。
るるかはベッドサイドに跪き、こころの柔らかい髪を愛おしそうに撫でた。
「良かったね、こころ。今日からこの部屋が、私達が暮らす部屋だよ。ここなら清潔感もあって、もっとこころのことを安心して居させられる」
「良かったわね、るるか」
「うん」
るるかは、穏やかな笑みを浮かべた。
「それに、どちらかと言えば順調に事が運んでる。上手く行けば……いつか二人のマコトジュエルも、手に入れられるかもしれない」
「まぁ、今はこの部屋になったことを素直に喜びましょう」
「そうだね」
るるかは、こころの顔を覗き込んだ。
「こころ、傷も良くなったから、今日からお風呂に入ろうね。久しぶりかもしれないけど……お姉ちゃんが洗ってあげるから」
あの日から時間が経ち、こころの外傷はずいぶんと良くなっていた。
深い傷に関しては痛々しい傷跡が残ってしまったが、砕けた骨もようやくくっつき、重々しかったギプスや包帯を外すことができるようになったのだ。
「こころ。少し抱き上げるからね」
点滴を一時的に外し、反応を示さないこころの身体をベッドから抱き起こす。
るるかの腕の中に収まったこころの身体は、ひどく痩せ細り、羽のように軽かった。
「こんなに痩せてしまったのね……それに、物凄く軽い……」
るるかの胸がチクリと痛む。
それでも、るるかはこころをしっかりと抱き抱えながら、部屋に備え付けられた綺麗な浴室へと向かった。
脱衣所でこころの服を脱がせ、温かな浴室の中へ。
「さぁ、洗うよ」
自分で目を閉じることすらできないこころの為に、るるかは子供用のシャンプーハットを丁寧にかぶせた。
マシュタンも、万が一お湯が入らないように、こころの目元に清潔なタオルを当ててサポートする。
シャワーの温かいお湯をかけ、優しく洗い始めるるるか。
「気持ちいいね、こころ。ようやく、お風呂に入れたね」
頭を洗い、痩せた身体の傷跡を撫でるように、そっと泡で包み込んで洗ってあげる。
洗い終わり、るるかはこころを抱き抱えたまま、二人で温かい浴槽の中へと身を沈めた。
「ふぁぁ……」
まともに動く事が出来ないこころの身体を、るるかが後ろからしっかりと支えてあげる。
「どう、こころ。久しぶりのお風呂だよ。気持ちいいかな?」
返事はないが、温かいお湯に包まれ、こころの強張っていた筋肉が少しだけ解れたように見えた。
しばらく、静かなお湯の音だけが浴室に響く。
「久しぶりだし、のぼせちゃうから、そろそろ出ようね」
お風呂から上がり、脱衣所で身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かす。
新しい清潔なパジャマに着替えさせ、ふかふかのベッドへと運んだ。
「ふふっ。気持ちよかったね、こころ。私も久しぶりにこころとお風呂に入れて嬉しかった」
るるかは、こころのサラサラになった髪を撫でた。
「待ってて。必ず助けるから。そして……私の目的を果たしてみせる」
「『私の』……じゃなくて、『私達の』……でしょ」
傍らにいたマシュタンが、すかさず訂正する。
「……そうだね。うん。その通りね。必ず私達が……貴女を……」
るるかは、再びこころの腕に点滴の針を慎重に刺し直した。
***
その後。
マシュタンとるるかは二人で夕食を食べ終わり、後片付けをして、歯磨きを済ませて寝間着に着替えた。
るるかは自分のベッドに腰を掛け、隣で眠るこころの横顔を穏やかな目で見つめていた。
その膝の上にはマシュタンがおり、るるかは無意識にマシュタンのふわふわした頭を撫で続けている。
「んふふ……気持ちいい……」
撫でられているマシュタンよりも、撫でているるるかのほうがよっぽど気持ち良さそうにだらしない顔をしていた。
「ところで、るるか」
「何、マシュタン」
るるかの手は止まらない。
「るるか。アタシ思うの。貴女、そろそろ『アイス食べる量』減らさない?」
「…………へ?」
るるかの手がピタリと止まり、信じられないものを見るような目でマシュタンを見た。
「何言ってるの、マシュタン。冗談はよしてよ」
「冗談なんて言ってないわよ。貴女のアイスの食べる量は異常よ。今日も二つも三つも食べてたし……栄養のバランスも悪いし」
るるかはムッとして言い返した。
「そんな事ない。アイスは万能なの。色んな味があって、フルーツもミルクも入ってるからバランスがいいの」
「バランスが悪いってそういう事じゃなくて!」
「……」
「アイスばかり食べ過ぎると、体の調子も段々悪くなるわよ」
「そんな!? でも……アイスは世界一美味しい食べ物なんだよ。お手頃で食べやすくて、それが世界一美味しいんだから、こんなにすごい食べ物ないんだよ」
るるかは、並外れた語彙力をフル動員してアイスの素晴らしさを力説する。
どんなにマシュタンが正論を並べても、頑なに食べ過ぎをやめようとはしない。
マシュタンがるるかの膝の上から飛び、目の前に浮いてくる。
「るるか! 貴女最近、成長が止まったなって思わない?」
「えっ……」
図星を突かれ、るるかは言葉を失った。
「確かに、身長も伸びなくなったし、体も……でも……」
「確かに歳的にも成長が落ち着く年齢だけど、それでももう少し本来なら成長してもいいはずよ。るるか、アイスの食べ過ぎはね、体の成長と発育に対して『栄養不足』になるから良くないのよ」
「えっ……、そうなの……」
るるかは、あからさまにショックを受けた顔をした。
「るるか。貴女って頭は良くて知識も豊富な筈なのに、何でこんな初歩的な事が分からないの。……もしかしなくても、自分に不都合そうな事は、わざと覚えないようにしてるでしょ」
「あ、あはは……」
るるかの紫色の瞳が、あからさまに泳ぎまくっている。
無意識に現実逃避していたのがバレてしまった。
「これに懲りたら、成長の為にもう少しアイスを食べる量を減らしなさい!」
マシュタンがビシッと指を差して注意する。
るるかは、膝の上で両手を組み、深刻な顔で悩み始めた。
世界一美味しいアイスか、女性としての身体の成長か。
るるかにとって、それは究極の二択だった。
そして、数分の熟考の末。
「……分かった」
「ええ。分かってくれれ――」
「もう、成長は諦める」
「……へっ?」
マシュタンは、自分の耳を疑って素っ頓狂な声を上げた。
「アイスと自分の成長を天秤に掛けて、アイスが勝った。だから私は、アイスを選ぶ」
「ちょ、ちょっと!?」
「アイスを食べる量が制限されるなんて、死ねと言われてるようなものよ」
キリッとした真顔で、とんでもないことを言い切るるるか。
「もう……! どうしてこの子は……!」
マシュタンはフラフラと空中でバランスを崩し、そのまま床に手をついて崩れ落ちた。
「どんなに頑張って説得しても、こればっかりは無理なのね……」
「マシュタン。もう寝よう」
るるかは、自分の勝利(?)を確信し、呑気に布団を被った。
(……誰のせいでこんなに悩んでると思ってるのよ……)
マシュタンは恨めしそうにるるかを見たが、もはや何を言っても無駄だと悟り、大人しく自分の寝床へと向かった。
(もう……諦めましょう。このアイス狂いだけは治らないわ)
「おやすみ、マシュタン」
「ええ。おやすみ、るるか」
パチンと部屋の電気が消え、静寂が訪れる。
新しい清潔な部屋で、少しだけ温かい気持ちを抱きながら、少女と妖精は深い眠りについた。