名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
翌日。
怪盗団ファントムの、劇場をモチーフにした薄暗いアジト。
「行くぞ怪盗団ファントム。プリキュアの元へ」
VIP席から静かに立ち上がり、ウソノワールが告げた。
「ライライサー」
いつもの返事を強要するウソノワール。
しかし、今回ばかりはアゲセーヌは返事をしなかった。
「ま、待つっしょ! 今ニジーがマコトジュエルを持ってくるし!」
焦ったアゲセーヌが、ウソノワールの行動を引き留めようとする。
「動かれると、大変なことになる……」
マシュタンがそう呟く。
絶対的な支配者であるウソノワールが直々に動くということは、すなわち『破滅』を意味していた。
「くっ……」
るるかは、ウソノワールが自ら出向くことに、過去のトラウマを刺激され、静かに唇を噛んだ。
***
一方、まことみらい市では。
ニジーがマコトジュエルを手に入れる為に動き、すでにプリキュアと対峙していた。
「ウソよ覆え、いでよハンニンダー!」
公園のベンチを素体にした、ロボット型のハンニンダーが出現する。
「あんな、みくる!」
駆け付けたジェット先輩が二人に声をかける。
「「うん!」」
あんなとみくるは深く頷き合い、変身の構えをとった。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーがビシッと指を突きつける。
「私の答え、見せてあげる!」
「ハンニンダー!」
ハンニンダーが、ロケットパンチのように自身の腕を発射する。
「「うわああ」」
攻撃を躱す二人。
すると、外れたはずの腕が空中で向きを変え、再び攻撃してきた。
「戻ってきた!」
追尾機能を備えた腕の連撃を、二人はアクロバティックな動きで何とか躱し続ける。
「アンサー、ミスティック!」
ジェット先輩とポチタンが心配そうに見守る。
「ハハハ! どう? 追われて逃げる気分は」
余裕そうなニジー。
すると、そこにマシュタンを抱いたるるかが静かにやってきた。
「おや、アルカナ・シャドウ。僕の華麗な怪盗ぶりを見学しに来たのかな?」
ニジーが気取った声で尋ねる。
「いいえ。それより、面倒なことが」
るるかの無機質な声。
「面倒?」
ニジーが訝しげに聞き返す。
「ウソノワール様がこっちに来るわ」
マシュタンが、最悪の報告を告げた。
「どっ、どういうことだ!」
困惑するニジー。
「今はアゲセーヌが止めてるけど、たぶん無理。目的はあの子たちよ」
るるかの視線が、ハンニンダーと戦っているアンサーとミスティックへと向けられた。
「くっ……! やれハンニンダー!」
ウソノワールが到着する前にケリをつけなければと、ニジーは明らかに焦り始めた。
「ハ、ハンニンダー!」
追尾してくる腕から逃げ続けているアンサーとミスティック。
「ミスティック!」
「うん!」
アンサーが合図し、二人はハンニンダーの目の前まで走り込んで、同時に高くジャンプした。
「ハンニンダー」
追尾してきた腕が、プリキュアを追ってハンニンダー自身の顔面へと直撃した。
自分の攻撃を受け、ハンニンダーが大きな音を立てて倒れる。
「「オープン! プリキットミラールーペ!」」
「「ポチタン!」」
「「マコトジュエル!」」
二人がマコトジュエルをセットし、ルーペの鏡を開く。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!!」」
「「これが私たちの答え(アンサー)だ!」」
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
巨大な白い鳥の光が空を切り裂き、ハンニンダーを正確に撃ち抜いた。
「「キュアット解決!!」」
ハンニンダーが浄化され、元の人形とマコトジュエルへと戻った。
マコトジュエルを拾い上げるアンサー。
「くそっ……!」
悔しそうに顔を歪めるニジー。
「もう時間がない」
そう言って、るるかがゆっくりと歩き出した。
「ウソノワール様が動けば、ウソで世界を覆う前に壊れてしまうかも……っ」
ニジーが青ざめた顔で呟く。
「ええ……」
るるかはそう答えながら、自然と拳を強く握りしめていた。
彼女の目は本気だった。
これまでのような「見極め」や「手加減」ではなく、本気でプリキュアを倒すという明確な殺意が宿っていた。
「だから、そうなる前に……あの子たちを倒す」
るるかは、首から下げた漆黒のペンダントにそっと手を添えた。
「……オープン……」
胸元のペンダントが強い光を放つ。
光は細く伸び、形を作り、るるかの手の中で長くしなやかな『杖』へと変貌した。
「ティアアルカナロッド」
その声と表情は大人びながらも、可愛らしい。
指先を添えた瞬間、るるかの身体はふわりと舞い上がる。
衣装は紫の光を帯び、周囲へと輝きを弾けさせる。
マコトジュエルを静かにロッドへ装着する。
円を描くように一回転。
足元に広がる魔方陣が妖しく光った。
「シャッフル」
ロッド上部のカードがくるりと回転した瞬間、るるかの髪は漆黒へ。
もう一度、指先でカードを弾けば、闇は一転して金色へ。
かきあげた髪の先には、鮮やかなピンク色のグラデーション。
「リバース」
髪はさらに長く伸び、ふわりと広がる毛先。
ロッドから流れる光がるるかの体を次々と包み込む。
ノースリーブのワンピースが身体を包み、黒を基調とした衣装と明るく揺れる髪が、お互いを強調し合う。
スカートには紫色の雫が散りばめられ、静かに揺れる。
カンッ。
ロッドを地に打ち付けた瞬間、露わだった脚は濃い紫色のサイハイソックスと濃紺色のショートブーツに包まれる。
祈りを捧げるように両手でロッドを握ると、手首には繊リストカフスが装着される。
頭には、黒いダイヤ型が並ぶ髪飾りを装着、その中央下には雫型の石飾りが付けられている。
目元へ右手を当てて下に下ろすと、瞳は紫から赤へと変化、瞳の奥にハートの光が宿っている。
耳元には雫型のピアス。
頭の後ろには黒い蝶の飾りを添えた薄紫のヴェールが静かに寄り添う。
ロッドの先端を胸元へと当てると、紫色の光が体を包み込む。
黒いケープが肩を覆い、胸元にはネクタイ型のリボンが可憐に結ばれる。
「神秘と秘密で包み込む――『キュアアルカナ・シャドウ』」
ロッドのカードに映るのは、彼女の横顔。
一歩、また一歩と進むだけで、神秘が満ちていく。
ロッドをくるりと回し、持ち替える。
「さあ……迷宮へ誘いましょう」
るるかがキュアアルカナ・シャドウへと変身した。
アンサーとミスティックは、警戒して身構える。
「あなた達がいなくなれば、ウソノワールが来る理由もなくなる」
アルカナ・シャドウはロッドのカードをくるりと回した。
「アルカナスターレイン!」
無数のレーザーが、二人に向けて容赦なく放たれる。
「きゃあっ!」
何とか躱す二人だが、着弾の爆風でジェット先輩とポチタンが木の葉のように飛ばされそうになる。
「ジェット先輩、ポチタン!」
ミスティックがそう呼んだ瞬間だった。
『ジジッ……ザザザッ!!』
フィールド内に、不気味なノイズが走った。
「なに、これ」
何度も何度も、視界にノイズが走る。
まるで、世界そのものがバグを起こしているかのように。
「空間が……歪んでる?」
アルカナ・シャドウが、ロッドを強く握りしめる。
彼女の額には冷や汗が浮かび、明らかにいつもと様子が違った。
何か、最悪の事態を覚悟しているような。
「今日は……本気で!」
アルカナ・シャドウが、二人へ向かって急接近してきた。
しかし。
アルカナ・シャドウとプリキュアを遮るように、上空から巨大な『緑色の光の柱』が現れた。
その圧倒的な力に押され、アルカナ・シャドウが後退する。
「来る……ウソノワール様が」
ニジーが絶望的な顔で呟いた。
緑色の光の中から、漆黒のローブと仮面を纏ったウソノワールが、ついにプリキュア達の前に姿を現した。
「あいつが……怪盗団ファントムのボス、ウソノワール……!」
ジェット先輩が息を呑む。
「プリキュア……」
ウソノワールが、標的である二人に狙いを定める。
すると、明るかったはずの空が、瞬く間に夜のように暗く染まっていった。
空全体が、不気味な緑色に怪しく光っている。
ゴウエモンとアゲセーヌもその場にやってきて、幹部の三人が横一列に並んで平伏した。
「「「ライライサー」」」
「なぜだ。なぜ『未來自由の書』に予言が載らぬ」
ウソノワールが、手に持った古びた書を開くが、そのページは真っ白な空白だった。
苛立たしげに書を閉じる。
アンサーたちは、何のことを言ってるのか分からなかった。
「待てども待てども、なぜ載らぬのだ」
呟くように言ったかと思うと、ウソノワールはいきなり人差し指をプリキュアへ向けて立てた。
その指先に、禍々しい紫色の光が凝縮されていく。
見た目は、ただの小さな光弾。
それが、プリキュアに向かって無造作に放たれた。
凄まじい速さだった。
思考が追いつく前に、もう着弾している。
『ドガァァァッ!!』
「「きゃああっ!」」
何とかギリギリで躱す二人。
しかし、二人はそのまま怯むことなく、ウソノワールへと突撃していった。
「ほぅ……」
ウソノワールが、僅かに感心したような声を漏らす。
「「はあああああああっ!!!」」
二人が同時に、渾身の蹴りを放つ。
しかし、ウソノワールは微動だにせず、その蹴りを片腕で軽々と受け止めた。
「……っ!」
ウソノワールが腕に力を込める。
すると、凄まじい衝撃波が発生し、二人が木の葉のように吹き飛ばされた。
ウソノワールを中心に、竜巻のような猛烈な突風が発生する。
「「きゃああああ!?」」
「ポチー!」
身体を巨大に膨らませたポチタンが、飛んできた看板からジェット先輩を身を挺して守る。
発生した突風に、ゴウエモンは「さすがだぜ!」と笑顔を浮かべ、アゲセーヌは強風に顔を歪めてしんどそうにしている。
アルカナ・シャドウはその場に踏みとどまっているが、小さなマシュタンは飛ばされそうになり、必死にティアアルカナロッドへしがみついていた。
「む?」
ウソノワールが手を下ろすと、風がピタリとやんだ。
「ポチタン、ありがとう」
「ポチー!」
膨らんだポチタンにしがみついていたおかげで、アンサー、ミスティック、ジェット先輩は全員無事だった。
一方、アルカナ・シャドウの様子は明らかにおかしかった。
幸いにも、他の幹部たちは誰一人その異変に気づいていない。
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
アルカナ・シャドウの息遣いが、異常なほどに荒くなっている。
身体が小刻みに震えだし、額から冷や汗が流れ落ちていた。
まだウソノワールが少しだけ動いただけ。
しかし、その圧倒的な力を見た瞬間、彼女の中に深く刻み込まれた『敗北のトラウマ』が激しく蘇り、本能が警鐘を鳴らして自然と身体が反応してしまっていた。
ロッドを握りしめる手が白くなるほど強くなり、ロッドを両手で自分の身体に抱き寄せるようにして、縮こまっている。
「あっ、あっ、あっ……」
マシュタンは、その異常な様子に即座に気付いた。
「アルカナ! しっかりして!」
「マ、マシュ……タ……ン……」
アルカナ・シャドウの声は震え、たどたどしい。
あの日、こころが目の前で壊された時の絶望が、フラッシュバックして彼女の精神を侵食していた。
「お願い。私の目を見て」
マシュタンの必死の呼びかけに、アルカナ・シャドウが震える瞳でマシュタンの顔を見る。
「私の真似をして。ほら、深呼吸して。すー、はー」
マシュタンが大きく深呼吸を始め、アルカナ・シャドウがそれを不器用に真似る。
彼女の呼吸は通常時よりも遥かに速く、過呼吸気味だった。
「大丈夫。大丈夫だから。ゆっくり、ゆっくり深呼吸して」
マシュタンの温かい言葉とリズムに合わせることで、次第に少しずつ、アルカナ・シャドウの呼吸が落ち着き始めた。
「ご、ごめん……マシュタン」
「大丈夫。分かってるから」
「ハァ……これでも『未來自由の書』にお前たちのことは載らぬか」
ウソノワールは、全然書物にプリキュアのことが載らないことにイライラしていた。
「さっきから言ってる『未來自由の書』ってなんなんだよ」
ジェット先輩が叫ぶ。
「『未來自由の書』は、あたしのご先祖様たちが記した伝説の書。これから起こることがすべて書いてあるの」
マシュタンが説明する。
「誰も読み解くことができなかったものを、ウソノワール様だけが読むことができたのよ」
「プリキュア……書に記されぬお前たちは、異物だ。消えなければならない」
ウソノワールが再び手を上げようとした。
「お待ちください、ウソノワール様!」
ニジーが慌ててウソノワールを引き止める。
「彼女たちは今、マコトジュエルを持っています。直ちに手に入れますので、ここは僕にお任せください」
「ほう、マコトジュエルの『欠片』をか」
「欠片?」
アンサーがその言葉に疑問を持つ。
「ふん、そんなことも知らないのか」
ニジーが嘲笑うように言う。
「マコトジュエルは、元々は一つの巨大なジュエルだった。かつて人間たちの心から現れた、真実の思いが寄り添い形をなしたものだ」
「……」
「キュアット探偵事務所の奴らは、我らファントムからマコトジュエルを奪わせまいと、世界各地を転々と移動させていた」
「だが、マコトジュエルがこの街に現れることを、我々は突き止めた」
ウソノワールが言葉を継ぐ。
「手に入れようとしたところ、キュアット探偵事務所の邪魔が入り……マコトジュエルは粉々になり、この街に散っていったのだ」
そう呟くと、ウソノワールはチラリとアルカナ・シャドウの方へ視線を向けた。
アルカナ・シャドウは、その視線を外すように深く俯いていた。
先程よりも落ち着きを取り戻してはいたが、会話を聞きながら、あの日、こころがボロボロにされ、マコトジュエルが砕け散った時の光景を思い出して胸を痛めていた。
「お前たちのせいでバラバラになった欠片を、俺たちは集めてるってわけだ」
ゴウエモンが言う。
「いいがかりだろ、そんなの!」
ジェット先輩が反論する。
「とにかく、マコトジュエルをよこすんだ。さもないと、世界が壊れる」
「世界が壊れる?」
「預かっておけ」
ウソノワールは、ニジーに『未來自由の書』を無造作に預けた。
「おお! ウソノワール様が本気で行かれるぞ!」
「喜んでる場合じゃないし! マジチョベリバー!」
ウソノワールが、ついに自ら手を下す。
アゲセーヌが絶望して焦る中、ゴウエモンだけが空気を読まずに喜んでいた。