名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
プリキュアに向かって、ゆっくりと歩き出すウソノワール。
その両手に、濁りきった紫色の光が集まり始める。
見ているだけで嫌悪感が込み上げてくるような、濃く、重く、禍々しい光。
さっきまでの威嚇とは比べものにならないほどの圧縮されたエネルギーに、空間が再び軋みを上げる。
光弾の周囲で黒い稲妻が走るたびに、空気が裂けるようなバチバチという音がした。
空間そのものにノイズが混じって、すぐに戻る。
「フィールドが……もつのか?」
ニジーが冷や汗を流しながら呟く。
ウソノワールが本気を出したことで、異次元フィールドが崩壊寸前に陥っていたのだ。
「最悪の展開ね……」
アルカナ・シャドウも、今の状況に強い危機感を感じていた。
それでも、自分が何かやった所でウソノワールを止められるはずもなく、今の現状が変わらないことも分かっていた為、動けなかった。
「ウソノワールに手も足も出ずに負けた私が、何をしたって……」
「アルカナ……」
自嘲する彼女を、マシュタンが心配そうに見つめる。
身構えるアンサーとミスティック。
すると、目の前からスッとウソノワールが消える。
一瞬で二人の背後に回ったウソノワール。
両手に抱えた禍々しい光が、そのまま無慈悲に振り下ろされる。
「「っ!!」」
アンサーとミスティックは、本能に従って何とか空中へ逃れた。
本当に、紙一重の回避だった。
しかし、空中に逃げた二人の下から、ウソノワールの姿がまた消える。
ウソノワールは、空間を歪めてアンサーの真後ろに移動していた。
「!?」
アンサーは息を呑む。
振り返る、その刹那。
紫の光が、一直線に突き刺さった。
「ぐぁぁっ!?」
光が弾け、衝撃が爆ぜ、アンサーの身体が無造作に吹き飛ばされた。
「あああぁぁぁっ!!」
アンサーの全身が、一瞬にして深い傷に覆われていた。
そのまま、重力に引かれて錐揉み回転しながら落ちていく。
その衝撃で、手から奪い返したばかりのマコトジュエルが零れ落ち、きらりと光って地面に転がった。
「アンサー!!」
ミスティックの悲痛な叫びが上がる。
しかし、ウソノワールはもう動いている。
間髪入れず、一直線にミスティックへ。
目で追おうとした瞬間には、もう目の前に立っていた。
「っ!!!?」
反射的に、両腕をクロスして防御の構えを取るミスティック。
ウソノワールから、無造作な回し蹴りが放たれる。
『ドガァァァッ!!』
防御の上から、圧倒的な力がそのまま叩き込まれた。
ミスティックの身体が、地面へと叩きつけられる。
「ああああっ!! ぐっ……!!」
「ミスティック! なんなんだよアイツ!」
ジェット先輩は、ウソノワールのあまりにも次元が違う強さに、ただ驚き、戦慄するしかなかった。
「誰もが『ウソと疑いたくなる』ほど圧倒的な力を持つ。あれが……ウソノワール様」
マシュタンが、そう言う。
「あっ、ポチタン!」
ポチタンが、地面に転がったマコトジュエルと倒れた二人の前に身を挺して立ちはだかった。
「時空の妖精……」
ウソノワールが、ポチタンを冷たく見下ろす。
「ポチタン!」
「どこまでも邪魔を……」
ウソノワールは、明らかに怒っていた。
「ウソノワール! あなたはどうしてマコトジュエルを盗ろうとするの?」
ボロボロになりながらも、アンサーが立ち上がり問う。
「世界を私の『ウソ』でおおう。私の思うがままの世界にするために」
「ウソでおおう?」
「思うがままの世界?」
「消え去るお前たちに特別に、私の力……見せてやろう」
ウソノワールが、パチンと指を鳴らした。
すると、何もない空間から、夏川と秋田のラブラブカップルが急に現れた。
「ひいいー!」
突然見知らぬ空間に引きずり込まれ、怖がる二人。
「この空間に引き込んで、なにをするつもりだ!」
ジェット先輩は、ウソノワールが何をしたいのか分からなかった。
「ウソよおおえ。……お前たちは嫌い合い、罵りあう」
ウソノワールの手のひらが赤色に光り、『ウソ』の言葉を放つ。
すると、夏川と秋田の目が、うつろな赤色に染まった。
「ちょっと離れてよ、暑苦しい」
「それは僕のセリフだよ」
「はあ? まじありえないんだけど!」
さっきまでラブラブだったのに、急に憎しみ合い、激しい喧嘩を始める二人。
「急に喧嘩を!?」
「どうして!」
「心を操られているのか?」
「いいえ。ウソノワールの『ウソ』におおわれたの」
冷静に喋り、ヒントを与えるアルカナ・シャドウ。
しかし、マシュタンにはアルカナ・シャドウが『冷静そうに取り繕っている』ことが分かった。
無意識かもしれないが、ティアアルカナロッドを持っている右腕を左手で強くおさえ、身体が小刻みに震えていた。
ウソノワールの『嘘で覆う能力』。
かつて、キュアシンシアとして共に戦っていたこころが、その能力によって自らの意思に反して自分の足を攻撃し、やがて精神が完全に崩壊していった時の凄惨な光景を、彼女が思い出してしまっていることがマシュタンには痛いほど分かった。
「ウソにおおわれた?」
パンッ。
ウソノワールが両手を叩くと、二人の目の色がもとに戻り、いつもの二人に戻った。
そして、二人は元の場所(街角)に一瞬で戻され、さっき迄何をしていたのかも覚えていないようだった。
『あれ? 僕たちどうしちゃったの、ハニー?』
『うーん、わかんないよダーリン』
「ウソノワールが言った『ウソ』が、本当になるってこと?」
ミスティックが戦慄する。
「今はわずかな時間のみ。だが、マコトジュエルが手に入れば、私のウソが『永遠』に続く。私のウソが『真実』となるのだ」
ウソノワールは、ポチタンへ手をかざした。
「そこをどけ。マコトジュエルを移動させる忌々しき時空の妖精よ。マコトジュエルの欠片をお前が移動させ、何処の地で元の巨大なマコトジュエルにもどしているのだろうな?」
「ポチタンが……マコトジュエルを?」
ジェット先輩が驚く。
「ほんと、なにも知らされてないのな。相変わらずロンドンのお仲間は秘密主義が好きだぜ」
ゴウエモンが呆れたように言う。
「邪魔をするなら……消す」
ポチタンに紫の光線を放とうとするウソノワール。
「ポチタン!」
「まだ来るか」
アンサーとミスティックが、身を挺してウソノワールに立ち向かう。
二人に向かって光線を撃つウソノワール。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックが結晶の盾で攻撃を防ぐ。
「アンサーアタック!」
アンサーが攻撃するが、ウソノワールは片手で防ぐ。
「ポチタンも守る、マコトジュエルも守る! あなたが望む、嘘の世界になんかさせない!」
「それはどうかな」
ウソノワールの仮面の奥の目が、不気味に光る。
すると、キュアアンサーの目が赤色に染まった。
「ウソよおおえ。……お前は私に、ひざまずく」
キュアアンサーに、絶対的な『ウソ』の命令を下すウソノワール。
「アンサー!」
「ひれ伏せプリキュア。お前の行く末は私が決める」
圧倒的な強さと支配力。
「あなたの言うことなんか……聞かない!」
「……!」
膝をつきそうになりながらも、アンサーが抗う。
「すべては私の手の内だ」
「嫌だ! 私は自分の足で進むんだ!」
アンサーの瞳から赤い光が消える。
「私の答えは……私が出すんだ!!」
アンサーは強い意志で、ウソノワールの『嘘の支配』を弾き飛ばした。
「ウソの世界になんて、させない!」
「「それが私たち、名探偵プリキュアだー!」」
二人が同時に、渾身のパンチを放つ。
『ドガァァッ!!』
しかし。
ウソノワールは無傷だった。
逆に、パンチを放った二人がその衝撃で弾き飛ばされ、地面を転がった。
全身ボロボロの二人。
「消えろ」
ウソノワールが、圧倒的な紫のエネルギーを纏った右拳を、無慈悲に振り下ろした。
『ガチン!!』
甲高い硬質な音が、空間を叩き割った。
ウソノワールの拳は、止まっている。
アンサーにも、ミスティックにも、届いていない。
その間に一人、割って入っていた者がいた。
「「!!?」」
二人の瞳が驚愕に見開かれる。
その致死の拳を受け止めているのは――アルカナ・シャドウ。
ティアアルカナロッドを両手で支え、横一文字に構えてウソノワールの拳をギリギリで受け止めている。
額には滝のような汗が浮かび、身体が激しく震えていた。
必死に止めているのが分かった。
アルカナ・シャドウはウソノワールに底知れぬ恐怖を抱いていたが、それでも、必死にウソノワールを止めていた。
「貴様……」
ウソノワールの低く、冷たい声が響く。
「裏切る気か……。奴(こころ)がどうなってもいいのか……」
「ち、違う……っ! 裏切ってない……!」
アルカナ・シャドウは震える声で必死に否定する。
「み、『未來自由の書』が……っ!」
その言葉と共に、ニジーが慌てて『未來自由の書』を持ってくる。
「ほう?」
『未來自由の書』を受け取り、それを開いて読むウソノワール。
限界を迎えたアルカナ・シャドウは、その場に力なく崩れ落ちた。
「……今はこのまま去れと記されているな」
『未來自由の書』を静かに閉じるウソノワール。
「すべて……未來自由の書のままに」
アンサー、ミスティック、ジェット先輩、ポチタンは、その信じがたい光景をただ呆然と見ていることしかできなかった。
その場に崩れ落ちていたアルカナ・シャドウは、まだ激しく震えていた。
「はっ……はっ……はっ……っ」
大量の冷や汗が、地面にポタポタと落ちていく。
震える身体を、ティアアルカナロッドを杖代わりにして支え、何とか立ち上がる。
マシュタンが慌ててアルカナ・シャドウの元へと飛んでくる。
「大丈夫!?」
立ち上がったアルカナ・シャドウは、マシュタンを左手でそっと抱き寄せた。
「うん……っ」
抱かれたマシュタンだったが、未だにアルカナ・シャドウの身体が小刻みに震え続けていることを、肌で痛いほど感じていた。
(アルカナ……また、あんな無茶をして……!)
「プリキュア。また近いうちに会うことになるだろう。『未來自由の書』に予言がある」
「予言?」
ウソノワールは、厳かに告げた。
「『一九九九年、七の月。真の地で、真実の石を抱くもの大王となる。そして、世界が嘘の影で覆われる』……とな」
緑色の光に包まれるウソノワール。
「私は大王となり、世界を嘘で覆う。次に会う時が、世界とお前たちの終わりになるだろう」
緑の光に包まれて、ウソノワールが消える。
「やれやれ」
ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンも光に包まれ消えていく。
アルカナ・シャドウの元へも、緑色の光が現れた。
「あの……ありがとう。助けてくれて」
アンサーが、正直な気持ちでお礼を言う。
「勘違いしないで。ただ予言が出たから、予定通りに行動しただけよ」
アルカナ・シャドウは冷たく突き放した。
彼女は、光の中には入らなかった。
ゆっくりと振り返るアルカナ・シャドウ。
「マシュタン。少し離れてて」
「アルカナ?」
アルカナ・シャドウは、再びティアアルカナロッドを構えた。
アンサーとミスティックはハッとして身構える。
「私には……マコトジュエルが必要なの。だから、それも奪わせてもらうわ」
アルカナ・シャドウが、一気に距離を詰める。
「「なっ!」」
全く反応できなかった二人。
アルカナ・シャドウが、ティアアルカナロッドを横に一閃した。
「「きゃぁぁぁっ!!」」
二人は後方へ飛ばされる。
その背後に瞬時に移動し、容赦のない回し蹴りを放つアルカナ・シャドウ。
「「うゎァァァっ!!」」
地面に激しく叩きつけられる二人。
「アルカナスターレイン!」
追撃の無数のレーザーが二人を襲う。
「「キャァァァッ!!」」
「アンサー! ミスティック!」
煙が晴れると、二人が光に包まれる。そして光が弾け、変身が解除されてしまった。
落ちているマコトジュエルを手に取るアルカナ・シャドウ。
「これで……3つ目」
変身が解け、ボロボロになって倒れているあんな達を見下ろすアルカナ・シャドウ。
「私には……やらないといけないことがある。あの子を……救わなきゃいけないの」
ロッドを持つ手に、ギリッと力が入る。
あんな達には何を言ってるのか分からないが、アルカナ・シャドウから並々ならぬ『強い圧』を感じた。
「だから……私の邪魔をしないで」
決して退けない、悲壮な覚悟が伝わってきた。
そして、アルカナ・シャドウは光の中へ入り、消えていった。
***
そして夕方。キュアット探偵事務所。
「1999年7の月、大王……。つまり、今年の7月にウソノワールが大王になって、ウソで世界を覆うってこと?」
「うーん……」
「ポチポチ」
「ポチタンは、マコトジュエルを元に戻していたんだね」
「ポチ?」
「まあ、ポチタンもよく分かってないみたいだけど」
「とにかく、マコトジュエルをウソノワールに渡すわけには行かない。ウソで覆われた世界だなんて!」
「あんな」
「え! 今『あんな』って!」
「あんな、あんな!」
「きゃー! ポチタンー!」
「成長して、おしゃべりができるようになったのか」
ジェット先輩が目を丸くする。
「そうみたい! はなまるうれしい!」
「じぇっちょ」
「ああ! 僕の名前も!」
「私は? ポチタン!」
「みるく」
名前を間違われるみくる。
「みるくじゃなくて、みくるね」
「みるく、みるく」
「だからみるくじゃないってばー!」
「みるくー」
事務所に、久々の笑い声が響く。
「さて……」
ジェット先輩が、表情を引き締めた。
「ポストに、ロンドン本部からの『手紙』が届いてた。恐らく、アルカナ・シャドウについての調査結果だろう」
「「……!」」
「でも、今日はもう休んで、明日確認しよう。お前達もボロボロだ」
明かされる、堕天使の秘密。
物語は、大きな転換点を迎えようとしていた。