名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
怪盗団ファントムのアジト。
「ねぇ、るるか? やっぱり、もう一度行ってみない?」
マシュタンが、るるかに提案した。
「どうして?」
「もしかしたら名探偵さん達がなにかに気付くことで、こころちゃんを救う為の『邪魔』になるかもしれない。そうなるか、知りたくない?」
るるかは、ベッドで眠るこころへと移した。
ゆっくりと立ち上がり、こころの傍へ行く。
こころの柔らかな髪を、愛おしそうに撫でるるるか。
「あの子達に、邪魔をされる訳にはいかない」
光(ハイライト)の消えているるるかの紫色の瞳が、悲痛に潤んでいた。
(私のせいで壊れてしまった妹。私がすべてを奪ってしまった妹。……それでも、私は貴女を愛しているのよ)
「私は何をしてでも……こころを救うって決めてるから」
るるかは、涙を押し殺すように瞳を閉じた。
「行こう、マシュタン」
「そうこなくっちゃ」
マシュタンと共に、るるかは再び外へと向かった。
***
一方、あんな達は。
ポチタンがマコトジュエルの気配に反応したことで、とある公園へと向かい、そこでカメラをなくした人物と出会う。
色々とドタバタはあったが、結局、カメラを盗んだ犯人は変装して潜んでいたアゲセーヌだった。
「超早く来るから、マジ最悪!」
「アゲセーヌ!」
「たしかにまだカメラあるし。あんたたちが負ける姿を撮影させてあげるっしょ」
盗んだカメラを持つアゲセーヌ。
「ウソよ覆え、チョベリグにしちゃってハンニンダー!」
カメラの姿をしたハンニンダーが出現する。
「みくる」
「うん」
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーがビシッと指を突きつける。
「私の答え、見せてあげる!」
「行くよ!ハンニンダー! はい、チーズ!」
アゲセーヌの指示が飛び、ハンニンダーの上部に備わった巨大なライトから、激しいフラッシュが焚かれた。
「「うっ!?」」
「フラッシュか!?」
「ポチ~……」
まるで閃光弾を至近距離で受けたような、強烈な光。
「ハ~ンニ~ンダ!!」
「「ぐっ!!」」
大きな隙が生まれたその瞬間を逃さず、ハンニンダーの重い体当たりがプリキュアの二人へ直撃した。
「アンタたちが負ける写真、あとで焼き増ししてあげるっしょ!」
アゲセーヌが高笑いする。
「フラッシュが来るぞ!!」
ジェット先輩がすかさずゴーグルを装着し、ポチタンの目も手で覆ってフラッシュに備える。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックの張った鏡面のようなバリアが、ハンニンダーのフラッシュをそのまま反射し、光はハンニンダー本体へと跳ね返っていった。
「ハン!? ハッ……ハッ!?」
自分で自分のフラッシュを浴びて目が眩んだハンニンダーに、致命的な隙が生まれた。
「アンサーアタック!!」
そこへすかさずアンサーが追撃をかける。
渾身の一撃がクリーンヒットし、ハンニンダーの巨体が激しく吹き飛ばされた。
「ハアァァァァ……!!?」
「ハンニンダー!?」
そのまま遥か彼方までぶっ飛ばされ、アゲセーヌが慌てて後を追っていく。
それを追撃しようとする二人。
しかし、横からコツコツと歩いてくる人物がいた。
横を振り向く。
「るるかさん!?」
アンサーの声に、その場にいた全員の視線が、黒いケープの少女へと集まった。
「……と、アルカナ・シャドウ?」
「どう、似合ってるでしょ?」
るるかの横に立っていたのは、アルカナ・シャドウではなく、その衣装を身にまとったマシュタンだった。
「湖で、何か見つけたの?」
るるかは、いつもの冷静な調子で尋ねた。
るるか自身は普段と変わらない。
しかし、外から見れば、瞳のハイライトが消えており、その無感情な視線が底知れぬ不気味さを漂わせていた。
湖で見つけたのはあの汚れた紙切れのようなものだが、るるかの反応を見るに、恐らくあの中には『るるかが知られたくない真実』が隠されているのだろうと察した。
「「……………」」
二人は警戒し、黙ったまま何も言わない。
けれど、そんなことで元天才探偵のるるかの目を誤魔化せるはずもなかった。
「……答えなくても、顔に書いてあるわ」
るるかは、首から下げた漆黒のペンダントにそっと手を添えた。
「……オープン……」
胸元のペンダントが強い光を放つ。
光は細く伸び、形を作り、るるかの手の中で長くしなやかな『杖』へと変貌した。
「ティアアルカナロッド」
その声と表情は大人びながらも、可愛らしい。
指先を添えた瞬間、るるかの身体はふわりと舞い上がる。
衣装は紫の光を帯び、周囲へと輝きを弾けさせる。
マコトジュエルを静かにロッドへ装着する。
円を描くように一回転。
足元に広がる魔方陣が妖しく光った。
「シャッフル」
ロッド上部のカードがくるりと回転した瞬間、るるかの髪は漆黒へ。
もう一度、指先でカードを弾けば、闇は一転して金色へ。
かきあげた髪の先には、鮮やかなピンク色のグラデーション。
「リバース」
髪はさらに長く伸び、ふわりと広がる毛先。
ロッドから流れる光がるるかの体を次々と包み込む。
ノースリーブのワンピースが身体を包み、黒を基調とした衣装と明るく揺れる髪が、お互いを強調し合う。
スカートには紫色の雫が散りばめられ、静かに揺れる。
カンッ。
ロッドを地に打ち付けた瞬間、露わだった脚は濃い紫色のサイハイソックスと濃紺色のショートブーツに包まれる。
祈りを捧げるように両手でロッドを握ると、手首には繊リストカフスが装着される。
頭には、黒いダイヤ型が並ぶ髪飾りを装着、その中央下には雫型の石飾りが付けられている。
目元へ右手を当てて下に下ろすと、瞳は紫から赤へと変化、瞳の奥にハートの光が宿っている。
耳元には雫型のピアス。
頭の後ろには黒い蝶の飾りを添えた薄紫のヴェールが静かに寄り添う。
ロッドの先端を胸元へと当てると、紫色の光が体を包み込む。
黒いケープが肩を覆い、胸元にはネクタイ型のリボンが可憐に結ばれる。
「神秘と秘密で包み込む――『キュアアルカナ・シャドウ』」
ロッドのカードに映るのは、彼女の横顔。
一歩、また一歩と進むだけで、神秘が満ちていく。
ロッドをくるりと回し、持ち替える。
「さあ……迷宮へ誘いましょう」
光が弾けると同時に、アルカナ・シャドウの鋭い視線が名探偵プリキュアの二人へと向けられる。
本来のキュアアルカナ・シャドウの瞳は赤く、その奥に小さなハートの光がある。
しかし今のアルカナ・シャドウは、変身前と同様で『ハイライトが完全に消えていた』。
ハイライトが消えた赤い瞳が、その冷酷さと不気味さをより一層際立たせている。
「何を見つけたの?」
「!!」
凄まじい速さだった。
瞬きをする間もなく、アルカナ・シャドウはアンサーの背後へと移動している。
よほど拾った紙切れの情報を探られたくないのか、いつも以上に攻めに回っていた。
背後からの回し蹴りを、アンサーは跳び退いて紙一重で回避する。
走り出したアンサーとアルカナ・シャドウに並走する形で、ミスティックも並んだ。
「わからない……でも! あなたのことがきっとわかる! 何か!」
ミスティックがアルカナ・シャドウへと距離を詰め、攻撃を仕掛ける。
アンサーもそれに続いた。
「やあぁぁっ!!」
「はぁっ!!」
それぞれの方向から迫る二人の拳が、アルカナ・シャドウの片手で軽々と防がれた。
「アルカナ・シャドウ頑張れ!」
マシュタンが声を張り上げてアルカナ・シャドウを応援している。
それに負けじと、ポチタンも便乗し、ミスティックの衣装をまとったまま声援を送った。
「ポチ~! ミスティック、がんばれ!」
「ぐぅっ!?」
アルカナ・シャドウの強烈な蹴りをまともに食らい、アンサーが大きく後退させられた。
アルカナ・シャドウは間髪入れず、アルカナロッドの先端をミスティックへと向け、圧縮した光弾を一気に放つ。
今のアルカナ・シャドウに、前回までのような『手加減』や『甘さ』は存在していなかった。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックもすぐにバリアを展開して迎え撃つが、光弾は爆ぜることも、勢いが衰えることもなく、じわじわとバリアごと押し返してくる。
「うう……っ」
「ミスティック!」
「アルカナ・シャドウ!」
ポチタンとマシュタンの応援もヒートアップしていく中、ミスティックが必死に押し返すと、アルカナ・シャドウは冷たい瞳のまま、さらに威力を底上げしてきた。
アルカナ・シャドウは、そのまま光弾を炸裂させた。
周囲を爆風が巻き込み、ミスティックの強固なバリアがあっさりと砕け散る。
「きゃああっ!?」
衝撃とともに、ミスティックの体が大きく吹き飛んでいく。
「アルカナスターレイン」
後方から接近するアンサーへと放つ。
アンサーは何とか回避してアルカナ・シャドウとの距離を詰める。
そして至近距離まで肉薄してアルカナロッドの柄を強く掴み、追撃を強引に封じた。
「力になりたいの!!」
「…………」
アンサーが、アルカナ・シャドウの赤い瞳を真っ直ぐに見つめて声をかける。
他のファントムの幹部とは違う。
根っから悪人とは思えない雰囲気がある。
だからこそ、アンサーはアルカナ・シャドウの『本音』が聞きたい。
天才探偵だったるるかが、怪盗団側へと寝返ってしまった理由を知りたい。
「写真のるるかさん、笑ってた!!」
「……………」
「何があったのかわからないけど、力になりたい! それが『探偵』でしょ!!」
探偵とは、互いに助け合って人々を救う存在だと、アンサーは信じている。
しかし、アルカナ・シャドウの答えは、その真逆だった。
「いいえ。探偵は、依頼があって動くもの。……私、依頼してないけど」
助け合いも積極的な声かけも必要ない。
ただ決められた仕事を全うするだけの存在だと、そう言いたいのだろう。
アンサーがアルカナ・シャドウを助けたいと思う純粋な気持ちも、今のアルカナ・シャドウの目から見れば、勝手に自分の過去を掘り起こし、勝手に助けようとしてくる『不快な干渉』にしか映っていない。
二人の間にある溝は、思っていたよりもずっと深かった。
「わっ!?」
「アンサー!?」
アルカナ・シャドウがアルカナロッドを鋭く振り抜き、アンサーを弾き飛ばした。
アンサーの説得は、まるで通用しなかった。
「私はウソノワールの嘘で覆われたわけでもない。自分の意志でファントムにいる! 全て、私が決めたこと!」
ウソノワールにつけ込まれたわけでも、洗脳されたわけでもなく、自らの意志でファントムに入ったという。
アンサー達にとってそこが一番の謎なのに、何もわからないのがもどかしかった。
「あなたと同じよ。……『自分の一歩は、自分で決める』!!」
「………!!」
アンサーの表情が、みるみる悲痛に歪んでいく。
「力になりたい」と純粋に手を差し伸べたはずなのに、アルカナ・シャドウはアンサー自身が大切にしていた言葉を逆手に取り、ファントムにいる自分の罪深い選択を正当化する形で叩き返してきたのだ。
そこへ、吹き飛ばされていたハンニンダーが帰ってくる。
「アルカナ・シャドウも大事だけど、マコトジュエルも取り返さないと!」
「うん!」
「ハンニンダー、アゲてくし!」
アゲセーヌの合図で、ハンニンダーがパンチを放つ。
アンサーとミスティックはそれを回避。
「「オープン! プリキットミラールーペ!」」
「「ポチタン!」」
「「マコトジュエル!」」
二人がマコトジュエルをセットし、ルーペの鏡を開く。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!!」」
「「これが私たちの答え(アンサー)だ!」」
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
巨大な白い鳥の光が空を切り裂き、ハンニンダーを正確に撃ち抜き、ハンニンダーを浄化する。。
「「キュアット解決!!」」
「アゲが使ってたイケてるカメラなら勝てたのに……チョベリバ!」
負けてしまったアゲセーヌは、捨て台詞を残して撤退した。
そして、落ちているマコトジュエルを拾うアンサー。
アルカナ・シャドウは、まだ撤退していなかった。
「どうして……やっぱりわからないよ」
アンサーは、悲痛な声で叫んだ。
「写真に写ってたるるかさんが、本当のるるかさんの姿なんでしょ!」
「森亜こころさんと、貴女の妹と一緒に笑い合ってた貴女が、どうしてファントムに!」
アンサーは、思っていることを真っ直ぐに言葉にする。
ミスティック、ジェット先輩、ポチタンも、それは疑問に思っていることだ。
アルカナ・シャドウは俯いている。
「アルカナ……」
マシュタンが心配そうに呟く。
「お願い、教えてるるかさん。こころさんは何処にいるの。もしこころさんのことを探すのが目的なら、力になりたい!」
「そうだよ。私達、同じ名探偵でしょ。協力することだって……」
そう言葉にした瞬間。アルカナ・シャドウの雰囲気が、凍りつくように変わった。
俯いていて表情が分からなかったアルカナ・シャドウが、ゆっくりと顔をあげる。
「勝手な事を言わないで。……貴女達に、分かるわけがない」
その瞳には、今までになかった『明確な殺意と怒り』が宿っていた。
「あの子の事を……こころの事を、勝手に語らないでッ!!」
アルカナ・シャドウは、明らかに激怒していた。
「今の貴女達に、邪魔をされる訳にはいかない!」
アルカナ・シャドウがロッドのカードを激しく回転させる。
身構えるアンサーとミスティック。
「アルカナスターレイン!!」
無数のレーザーが、アンサー達へと向かっていく。
それを何とか躱す二人。
しかし、威力が今までとは全く違った。
本気の殺意が込められた爆風で、体が吹き飛ばされる。
そして、吹き飛ばされて空中にいる二人に向かって、追撃のレーザーが容赦なく放たれ、直撃を食らう。
「「きゃぁぁぁーっ!!」」
煙が二人を包む。
「アンサー! ミスティック!」
「ポチ〜!」
煙が晴れると、倒れ伏す二人の姿があった。
二人の体から光が弾け、変身が強制的に解除される。
ジェット先輩とポチタンが、ボロボロになった二人に駆け寄る。
アンサーの手から飛んでいったマコトジュエルが、地面へと落下する。
アルカナ・シャドウはゆっくりと歩み寄り、それを拾い上げた。
あんなとみくるが、痛みに耐えながら上体を起こす。
「マコトジュエルが……」
「これで……4つ目。これは貰っていくわ」
そして、アルカナ・シャドウが『ポチタン』の方を向き、ティアアルカナロッドを冷たく構えた。
「アルカナ?」
マシュタンが驚く。
「ねえ……時空の妖精さん。教えて。貴女が集めているマコトジュエルは『どこ』にあるの?」
「ポチッ!」
ポチタンが、明確な標的となっていた。
「ポチタン!」
「ねぇ、どこなの? 私には……あれが必要なの」
アルカナ・シャドウが、一歩、また一歩とポチタンに迫る。
ポチタンは恐怖に震え、逃げるように後ずさる。
「ポ、ポチ〜……」
「どこ? どこにあるの? 早く教えて! マコトジュエルを元に戻すことが出来れば……巨大なマコトジュエルを手に入れられれば……あの子は……!」
ハイライトの消えた狂気の瞳が、ポチタンの恐怖を極限まで増幅させる。
「やめて! るるかさん、やめてよ!」
「ポチタンに手を出さないで!」
動けるジェット先輩がポチタンに駆け寄り、ポチタンを庇うように強く抱きしめた。
「お前だって、元々は名探偵プリキュアだろ! どうしてこんな事を!」
「分かるわけ無い……貴女達に私の気持ちなんて……!」
アルカナ・シャドウが、ロッドを振りかざす。
「邪魔しないで……邪魔をするなら……全員……この場で……っ!!」
「アルカナ!!」
マシュタンの悲痛な声が、戦場に響き渡った。
アルカナ・シャドウがハッとして動きを止め、マシュタンの方を振り向く。
「マシュタン……?」
「アルカナ。もう十分よ。それに、私達は命令が出ていないのに勝手に外に出ているのよ」
「……」
「勝手な行動をすれば、『未來自由の書』の予言に支障が出るかもしれない。マコトジュエルの欠片を手に入れられたのだから、今日は良しとしましょう」
その言葉を聞いて、アルカナ・シャドウの狂気がスッと引き、冷水に浸かったように冷静さを取り戻した。
「あれ……わたし……どうしてこんな事しようと……」
こころの事で余裕を失い、完全に冷静さを欠いていたるるか。
名探偵としての倫理観が崩壊し、妖精を本気で殺しかけていた自分に気付き、僅かに震える。
「ありがとう、マシュタン。……アイス食べて帰ろう」
「えっ」
唐突な思考の切り替えに、マシュタンが素っ頓狂な声を上げる。
歩き出すアルカナ・シャドウの背を、マシュタンは慌てて追う。
「待って!」
呼びとめるあんな。
「元・名探偵から、かわいい後輩たちへアドバイス」
足をとめるアルカナ・シャドウ。
彼女は振り返らず、ただ冷たく言い放った。
「探偵では、解決できない事件もあるのよ」
そう言って、アルカナ・シャドウは飛び去っていった。
「ちょ、ちょっとー!」
マシュタンは急いで追いかける。
後に残されたのは、ボロボロになった名探偵たちと、絶望的な強さを見せつけた堕天使の謎だけだった。
***
ハンニンダーは倒したものの、アルカナ・シャドウに手も足も出ずに敗北し、マコトジュエルを取られてしまったあんなとみくる。
しかし、いつまでも落ち込んではいられない。
公園にはまだ、カメラの入ったバッグが置かれたままだった。
持ち主が取りに来ないと、また盗まれるかもしれない。
その為、あんな達は持ち主が帰ってくるまでその場で待っていた。
暫く待っていると、一人の男がカメラを持って歩いてきた。
「あれ? 前に結婚式場であった……」
本物の宇津見さんだった。
あんながこの時代にやってきた日、みくるとともに初めて名探偵プリキュアになった日に出会ったカメラマンだ。
「ええ、カメラが?」
「ああ。盗られるとこだったんだぞ」
ジェット先輩が注意する。
「いやー、めずらしい蝶がとんでいたから。バッグを置いて、もう一つのカメラを持って追いかけていっちゃって」
「なるほど、そういうことか!」
なんで宇津見がいなかったのか、という謎が解決した。
「蝶の写真を撮るのが趣味なんだけど、この辺、蝶がたくさんいてね。ついつい夢中になっちゃってさ」
宇津見は照れ笑いをする。
「君たちはなにしてたの?」
「ええ、ちょっと探し物を」
「カメラのお礼に、探すの手伝うよ!」
「ああ、見つけたんです。ただまあ、なんなのかよくわからないんですけど」
あんなは、拾った汚れた紙を宇津見に見せた。
それを見つめる宇津見。
「写真?」
「「「写真!?」」」
「うん。最近出たカメラでね、撮った写真をその場でプリントアウトできるんだ」
「これが写真なの?」
「ああ。随分と色あせちゃってるけどね」
しかし、退色していて何が映っているかは全くわからない写真だった。
***
キュアット探偵事務所へと戻ってくるあんな達。
「どんなに色あせてても、きっとミラールーペなら見れるはずだ」
「んー?」
あんなとみくるが、プリキットミラールーペを色褪せた写真に近づける。
「「あ!」」
ルーペのレンズ越しに、薄っすらと何かが浮き出てきた。
「なんだ? 何が見えた?」
「青いチョウチョ」
「それだけ?」
「あの辺、チョウチョがたくさんいるって言ってたし、手がかりじゃないのかな……」
「うーん……」
これが本当に、るるかの事への手がかりとなるのか全く分からないあんな達。
「どうだ?」
他に写真に手がかりがないか探すあんな達。
「あ!」
あんなが声を上げた。
「口元に……アイスの証拠が!」
ジェット先輩の口元に、アイスを食べた形跡(食べかす)がバッチリ残っていた。
「な、し、仕方ないだろ! アルカナ・シャドウがアイス食べるって言ってたから、僕も食べたくなっちゃって……」
「「むぅー!」」
ほっぺを膨らませるあんなとみくる。
「私たちが真面目に調べている間に!」
「ずるい!」
「ずるいずるいー!」
ポチタンも一緒に抗議する。
***
一方、ファントムのアジト。
エントランスの柱に背を預け、るるかはアイスを舐めていた。
「手紙はもういいわけ? 本当にあの子たち、放っておいて良かったの?」
マシュタンが心配そうに尋ねる。
「ええ。マシュタンの占いの通り、新たな秘密を見つけたとして……今の名探偵さんたちの力じゃ、あの謎は解けないわ」
るるかは、過去の出来事を思い出していた。
――傷だらけで倒れている自分。
――本来の、砕かれる前の巨大なマコトジュエルの姿。
――それに手を差し伸べるウソノワール。
『ウソノワール様がマコトジュエルをとった、チョベリグ記念っしょ!』
アゲセーヌが、そんな記念すべき時をカメラで写真に納めようとしている姿。
『ん?』
アゲセーヌの横を、青い閃光が通り過ぎる。
『うわー!』
飛ばされるアゲセーヌ。
るるかの瞳には、ウソノワールへと一直線に向かっていくキュアエクレール(くれあ)の姿が焼き付いている。
そして、ウソノワールを強烈な一撃で吹き飛ばし、その余波でマコトジュエルが粉々に砕け散った。
それと同時に、変身が解けて湖に落ちたくれあ。エクレールのマコトジュエルを手にするウソノワール。
ただ、それを無力に眺めていることしか出来ない自分。
そして――ウソノワールに一人で立ち向かったキュアシンシア(こころ)。
自分を助ける為に、ボロボロになっていくシンシア。
そして、無惨に敗北して倒れるこころの姿。
目の前で、理不尽な絶望に精神が崩壊したこころの悲鳴。
無様で何もできなかった、天才探偵の成れの果ての自分……。
「仮にあの謎が解けるとしても、多分ずっと先の話よ。……放っておきましょう」
るるかの声は静かだったが、アイスを握る手が震え、少し泣きそうになっているのが分かった。
「るるか……」
「……部屋に戻りましょう」
震えを隠すように、るるかは踵を返して歩き出した。
***
部屋に戻るるるかとマシュタン。
「ただいま、こころ」
「戻ったわよ、こころちゃん」
ベッドで寝ているこころの元へ向かう。
こころは、何も映さない虚ろな目をただ天井に向けていた。
何も変わらない。
いや、無理やりマコトジュエルを入れられたことで精神が更に崩壊したことを考えれば、確実に悪化しているのだろう。
外見も、更に痩せこけてしまっていた。
自分で飲食することなども出来ない為、点滴で水分や栄養をギリギリで補給しているだけの状態だった。
「あれ?」
るるかが、なにか違和感を覚える。
「るるか? どうかしたの?」
「なにか、おかしい様な……」
そして、致命的な違和感に気付く。
「!? こころ!!」
こころの胸の上下運動が極端に少なく、呼吸が著しく浅くなっていた。
顔面はチアノーゼを起こしたように青白い。
「そんな! どうして!」
こころの急変に、るるかは完全に冷静さを失った。
「まだ……まだ……何も出来ていないのに……こんなの……どうしよう……どうしよう……っ」
ハイライトの消えた虚無の瞳から、パニックの涙がとめどなく流れる。
るるかはただ震えるだけで、何もできずにいた。
マシュタンは即座に飛んでいき、隣の医療機器の置いている部屋に向かった。
すぐに、マシュタンが戻ってくる。
「るるか!」
「マシュタン……!」
マシュタンが、手動の人工呼吸器(アンビューバッグ)と酸素マスクを持ってきた。
「急いで、るるか!」
「う、うん……っ!」
るるかはマシュタンの指示に従い、震える手で急いで人工呼吸器をこころの口元にセットし、空気を送り込み始めた。
『シュー、シュー』と、規則的な音が部屋に響く。
暫くして、人工呼吸器のお陰で、こころの顔に少しだけ血の気が戻り、呼吸が安定した。
「何とか、間に合ったわね……」
マシュタンが安堵の息を吐く。
「ありがとう……マシュタン……っ」
るるかは、酸素マスクをつけたこころの痩せ細った手を、両手で包み込むように握りしめた。
「こころ。私のせいで……こんな事に……」
るるかの涙が、こころの手に落ちる。
「ごめんね、こころ。もう少しだけ……頑張って。私……まだ……貴女に謝れていない」
「助けてあげられなくてごめんって……貴女の手を掴んであげられなくてごめんって」
「まだ……何も出来てない。貴女とやりたい事が……行きたいところが……いっぱいあるんだよ……っ」
るるかは、こころの手の甲に自分の額を擦り付けた。
「必ず……必ず……貴女を……」
顔を上げたるるかの瞳は――愛と後悔が臨界点を超え、狂気がどす黒く混じり合っているようだった。
「……それよりるるか。今日手に入れたマコトジュエルはどうするの?」
マシュタンが、空気を変えようと尋ねる。
「あぁ、そう言えばマシュタンには、まだ言ってなかったね」
るるかは静かに立ち上がると、歩き出し、机の引き出しを開けた。
そして、鍵の掛かった小さな箱を取り出した。
再びマシュタンの元へ戻ってくる。
「るるか、この箱は?」
疑問を投げかけるマシュタン。
るるかが箱の鍵を解除し、カチャリと箱を開ける。
マシュタンが箱の中を覗き込む。
「えっ……、るるか、これって……!」
マシュタンは驚愕で目を見開いた。
箱の中には、『3つのマコトジュエルの欠片』が静かに光を放って存在していたのだ。
それは、以前ウソノワールに渡した筈の、マコトジュエルの欠片と全く同じものだった。
「どういうことなの!?」
「これが、まだマシュタンにも言ってなかった秘密。……これで、私の隠し事は全部よ」
るるかは、まるで世間話でもするかのように淡々と語った。
「ウソノワールに、本物は一度も渡していないわ。あれは全部……プリキットミラールーペのコピー機能で複製した『偽物』よ」
「そんなの、いつの間に……! バレたらとんでもない事になるわよ!」
「そんな事にはならないわ。……その日が来るまではね」
るるかがケープのポケットに手を入れ、今日奪ったばかりの『4つ目のマコトジュエルの欠片』を取り出した。
「アゲセーヌが先に撤退してくれたおかげで、これもコピーして、本物を簡単に手に入れられたわ」
るるかは、マコトジュエルの欠片を照明の光にかざした。
その横顔には、薄っすらとした『笑み』が浮かんでいた。
「これで……また一歩近づいた」
笑っているるるかは、この世の何よりも不気味だった。
目のハイライトが完全に消え失せている為、口元は笑っていても、目が全く笑っていなかった。
ただ狂気だけが、そこにあった。
「そう。るるか……そんな前から……ずっと対策していたのね」
「内緒にしていてごめんね。でも……今はウソノワールの為じゃなく、別の目的の為に集めることになるけど……」
るるかは箱に4つ目のジュエルを仕舞うと、再びこころの元へいき、その愛おしい頭を撫でた。
「ウソノワールには悪いけど、もう暫くは舞台の上で、踊ってもらいましょう」
「私の、目的の為に……」
るるかの顔は、更に深く笑っていた。
「待っててね、こころ。私は……必ず理想の世界を……貴女と笑って暮らせる世界を……私の手で、作ってみせるから……」
「ふふっ……」
虚無の瞳で、愛する妹に狂った誓いを立てる少女。
天才探偵の知能はすべて、世界を騙し、欺くための『悪魔の知恵』へと変貌しようとしていた。