名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
まことみらい市。
街の中心を貫くように延びる広い遊歩道は、今日も多くの人で賑わっていた。
買い物袋を提げた主婦、自転車を押しながら歩く老人、早足で通り過ぎるサラリーマン。
「うーん?」
「通ったのはこの道?」
今日のキュアット探偵事務所への依頼は、小さな女の子『なみ』が大切なうさぎの人形をどこかに落としてしまったので、探してほしいというものだった。
「うん。うさちゃん、見つかる?」
不安そうに眉を寄せたなみに、みくるが視線を合わせながら優しく声をかけていた。
「大丈夫、任せて。私たち探偵だから」
みくるの頼もしい言葉を背中で聞きながら、あんなは遊歩道をゆっくりと見渡す。
道の真ん中、ベンチの下、植え込みのそば。
そうして視線を流していった先、遊歩道の端に設けられた花壇の隅に、ふわりとした白い物が目に飛び込んできた。
「あ!」
近づいてみると、それは探していたうさぎのぬいぐるみだった。
真っ白な体で、両手にはにんじんのぬいぐるみを大事そうに抱えている。
見ているだけで頬が緩んでしまうような、愛らしい雰囲気が漂っていた。
「これ?」
後ろを振り返りながらなみに問いかける。
「あっ! うさちゃん!」
その瞬間のパッと輝いた顔が、明確な答えだった。
ぬいぐるみを受け取ったなみは、両腕でぎゅっとそれを抱きしめた。
さっきまで泣き出しそうだった表情が、太陽のような笑顔に変わる。
「どうしてわかったの?」
なみが首を傾けながら不思議そうに尋ねてきた。
「物を落とした時は、どうしても下を見て探すよね。でも、かわいいものが道に落ちているのを見つけた優しい人は、『踏まれたらかわいそうだな』って、安全で目立つ場所に置いてくれているんじゃないかと思って」
本来そこにあるはずのない物が落ちていた時、大抵の人はその違和感に気づく。
そして優しい人なら、踏まれないようにもっと目につきやすい場所へと移してくれる。
ずっと足元だけを見て探していても、見つからないわけだ。
周囲をちゃんと見ること、そして人の優しさを想像することの大切さを、この小さな依頼があんなに教えてくれた気がした。
「このお人形、とってもかわいいね!」
みくるがぬいぐるみを覗き込みながら言うと、なみは誇らしそうに胸を張った。
「お母さんが作ってくれたの!」
お母さんの手作り。
つまり、どこのお店にも売っていない。もし本当になくしてしまっていたら、二度と同じものは手に入らない。
なみがあんなに不安がっていた本当の理由が、じんわりとあんなの胸に染み込んできた。
「世界に一つだけの、宝物だね!」
「うん!」
『世界に一つしかない』。
口に出してみると良い響きなのに、なぜかあんなの胸の奥がきゅっと締め付けられた。
なんでだろう。
うまく言葉にできないのだけど、ひどく不思議な、寂しい感覚だった。
「なみちゃーん!」
遠くから声がして、こちらに向かって小走りで近づいてくる女性の姿が見えた。
なみのお母さんらしい。
「探していただいて、本当にありがとうございました」
「探偵さん、バイバ~イ!」
お母さんが深々と頭を下げ、なみが元気よく手を振った。
「バイバ~イ!」
「気をつけてー!」
みくるとあんなは、一緒に腕を大きく振って見送る。
『ばいば~い!』
「「……?」」
あんなとみくるの少し下辺りから、聞き慣れた声が聞こえた。
視線を下に向けると、あんなの鞄にぶら下がっていた『ポチタン』が、短い腕を振って見送っていた。
言葉を喋れるようになってから、何度注意しても、まだ幼いから人前で動いてしまうことが多いのだ。
ポチタンの声と動きに気づいたなみが、不思議そうな顔でポチタンを見つめた。
(まずい!)
あんなが青ざめたが、みくるがさっと動いてポチタンの短い腕を掴み、ぶんぶんと振ってみせた。
「ぁぁ!!……ばいば~い!」
みくるが腹話術のように声を出し、まるで自分がぬいぐるみを操っているかのように自然な仕草でカバーする。
どうにか、ただのぬいぐるみ遊びだと誤魔化せたらしい。
なみも納得して手を振り返してくれた。
みくるの機転の速さには、毎回頭が下がる思いだ。
「お母さん、私持つ!」
お母さんが手にしていたスーパーの買い物袋に、なみが背伸びをして手を伸ばしている。
「ありがとう。ちょっと重いよ?」
「大丈夫、任せて!」
お母さんは微笑みながら、少し軽めの袋を一つ手渡した。
なみはその重さに少しよろけながらも、誇らしそうな笑顔を浮かべて、お母さんと手を繋いで歩き始めた。
「あっ……」
その光景に、あんなはどこか強い見覚えがあった。
いや、見覚えどころではない。あんなは、その光景を忘れるはずがない。
――あんなが、1999年にタイムスリップした日。
あんなの誕生日に、お母さんがたくさんの食べ物とケーキの箱を抱えて家へと帰る途中の、あの日の光景だった。
『マコトミライタウン』。
それは本来、あんなが生きている世界であり、今の1999年からちょうど28年後の未来にある街だ。
まことみらい市は大規模な再開発を受け、すっかり巨大な近未来都市へと生まれ変わっていた。
巨大な観覧車、お洒落なレンガ倉庫群、空へと突き刺さるような超高層ビル。
今この遊歩道から見渡せるのどかな街並みとは、比べ物にならないほどの規模と活気に満ちている。
あの頃のあんなにとって、それは日常であり、今となっては夢のような遠い景色だ。
あんな『私持つ!』
あんな母『えっ?』
あんな『誕生日パーティー、間に合わないよ!』
荷物を抱えて重そうに歩くお母さんの前に回り込んで、半ば強引に袋を受け取り、あんなは帰路を急いだ。
1月の冷たい空気が頬に刺さっても、心の中は不思議なくらい温かかった。
あの頃はいつだってそうだった。
お母さんといる時間は、真冬でも春みたいに明るくて温かい。
あんな母『そんなに急ぐと崩れるって! あんな!』
あんな『わかってるって!』
吐く息が白く、空へと溶けていく。
早く帰りたくて、早くお母さんと一緒にケーキを食べたくて、ただそわそわしていた。
――今日起きたことと、あの日の記憶が、まるで重なり合うようにあんなの中でゆっくりと溶け合っていく。
お母さんと笑い合った毎日。
お母さんと肩を並べて歩いた道。
その温度も、声も、絶対に忘れることなんてできない。
(お母さんに……会いたい)
「あんな? どうかした?」
みくるの声で、あんなはハッとして我に返った。
「ううん! 何でもない!」
あんなは、慌てて明るい笑顔を作った。
嘘をついた。
さっきあの親子の姿を見ていた時から、胸の奥がずっとじんじんして痛い。
幸せそうな家族の光景を目にすると、どうしても、元の世界が恋しくて、やっぱり寂しくなる。
***
キュアット探偵事務所に戻ると、それぞれがそれぞれのペースで時間を過ごしていた。
ポチタンは窓際の日だまりの中で丸くなってお昼寝中。
みくるはテーブルの上に商品を広げ、ラッピングの研究を始めた。
今考えているのは、『プリティホリック』に出品する商品の包み方だ。
ジェット先輩が考案した人気商品、「プリティアップフレグランス」を透明な包みにそっと入れて、蓋の部分をリボンでふんわりと結んでみる。
「こういうラッピングはどうかな?」
みくるがあんなに尋ねる。
「うん……」
あんなは、窓の外を見たままボーッとしている。
「あんな?」
「え? な、何?」
再度呼びかけると、あんなはびっくりしたように顔を上げた。
「何か考え事?」
「えっ。あぁ、うん、ちょっとね……あはははは……」
笑っているけど、全然笑えていない。
そんな気が、みくるはした。
そんな二人の様子を、いつもの定位置の席に座りながら見ていたジェット先輩。
ジェット先輩は自分の机の引き出しをがらがらと開けて、中を覗き込む。
「あれ!? キャンディーがない!! 何故だ!?」
突然、ジェット先輩が悲痛な大きな声を上げた。
「ジェット先輩が食べたからでしょ?」
あんなが冷静にツッコむ。
「たくさん買い置きしておいたはずなのに……」
頭を抱えて落ち込むジェット先輩。
「たくさんあると、たくさん食べちゃうよね。私買ってくるよ!」
あんなが、気分を変えるようにサッと立ち上がった。
「うん? いいのか!」
ジェット先輩の表情がぱっと晴れる。
「うん。ちょっと気分転換に行ってきまーす!」
あんなは早足で部屋を出ていった。
ドアが閉まる音がして、事務所の中が少し静かになる。
「……………」
みくるは、あんなが出ていった扉を、心配そうに静かに見つめていた。
***
「ふう……」
一人で外を歩きながら、深いため息をつくあんな。
「あ……」
ふと顔を上げると、少し離れたところにまた別の親子の姿が見えた。
「ママ! それでね!」
「うん!」
「えへへ!」
楽しそうに笑い合いながら歩いている親子。
当たり前の光景のはずなのに、手すりを握る自分の拳に力が入っていくのがあんなにはわかった。
寂しい。
羨ましい。
……会いたい。
そんな感情が一気に込み上げてきて、あんなの表情が歪む。
「あんなちゃん!」
背後から声をかけられた。
何度か聞いたことのある落ち着いた声。優しくて、聞くだけで不思議と少し心がほぐれるような、あたたかい声だった。
「あっ! くれあさん!」
振り返ると、パティスリーチュチュのパティシエ、帆羽くれあが立っていた。
両手に食材の入った荷物を持って、買い出しの帰りらしい。
「こんにちは! お仕事ですか?」
「うん、買い出しにね。あんなちゃんは?」
「私も、ジェット先輩のキャンディーを買いに」
「そう。良かったら、うちのお店に寄っていかない?」
くれあの優しい誘いに甘え、あんなは彼女が働いているお店、パティスリーチュチュへ向かうことにした。
***
キュアット探偵事務所。
「ポチ~」
うとうとしていたポチタンが、みくるの腕の中でゆっくりと目を覚ました。
ミルクを準備して飲ませてあげると、ポチタンは満足そうに小さな口元をほころばせた。
「ジェット先輩。あんな、ちょっと変じゃなかった?」
みくるが、ポチタンを撫でながら尋ねる。
「どこが?」
「どこっていうわけじゃないんだけど……何か悩んでるみたいな……」
うまく言葉にできないけれど、今日1日、あんなの様子には明らかに何か影があった。
「うーん、なにか悩んでるにしてもだ。自分から言わないってことは、『言いたくない』ってことじゃないか?」
ジェット先輩が、キャンディーの空き箱を片付けながら答える。
「まあ、たしかに。……私、パートナーとして頼りないのかな」
みくるが少しだけ落ち込む。
「みくる、よしよし」
ポチタンが、小さな手でみくるの頭をポンポンと撫でて元気づける。
「ポチタン、ありがとう!」
みくるは顔を上げた。
「考えてばかりじゃなく、行動しなきゃ。私が『頼りがいのあるパートナー』になればいいんだよね!」
「ポチー!」
前向きなみくるを、ジェット先輩は柔らかな笑顔で見守っていた。
***
あんなは、パティスリーチュチュの中に入るのは今日が初めてだった。
ドアを開けた瞬間、甘くて温かいバニラとバターの香りがふわりと漂ってくる。
「わぁ~!」
ショーケースの中には、色とりどりのスイーツが所狭しと並んでいて、見たことのないような形のケーキまで鎮座していた。
思わず目を丸くしながら、ケースのガラスに顔を近づけるあんな。
「ピアノだ! これ、本当にケーキなんですか?」
「うん。店長がオーダーメイドで作ったのよ」
「すっご~い!」
グランドピアノをそのまま小さくしたような形のケーキ。
店長のたいらが一から手がけたものらしく、白黒の鍵盤も、立てかけられた楽譜も、細かい部分まで全部チョコレートやシュガークラフトで丁寧に再現されている。
じっと見ていると、本物と見間違えそうになるほどだ。
「オリジナルのケーキは腕の見せ所だからね」
あんな達のやり取りを聞いていた店長のたいらが、くれあの方に目を向けながら教えてくれた。
「でも、帆羽さんが作るケーキもすごく評判が良いんだよね」
「えっ、くれあさんもこういうの作るんですか!」
「うん。誕生日のケーキ、よく頼まれるの。今までに作ったのは……サッカーボールケーキ、ドレスケーキ、パンダケーキやライオンケーキも作ったわ」
くれあが取り出したアルバムには、これまでに手がけたユニークなケーキの写真がずらりと並んでいる。
どれもたいらのケーキに負けないくらいの完成度で、実際に目の前に出されたら食べるのがもったいないと感じてしまいそうなものばかりだ。
「わぁ……いいなぁ……」
あんなが感嘆の声を漏らす。
「オリジナルケーキはね、お客さんとお話してどんなケーキにするか考えるの。食べる人がどんな人で、今どんな気持ちなのか……考えて想像して、その人が一番喜ぶケーキを導き出すのよ」
「へえ……。それって、探偵が推理するのに似てますね!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
くれあは優しく微笑んだ。
「良かったら……あんなちゃんのケーキを作らせてもらえないかな?」
「……え?」
思いがけない言葉に驚くあんな。
「でも私、誕生日1月ですよ?」
「誕生日じゃなくてもいいじゃない。あんなちゃんに、笑顔になってほしいの」
***
一方のみくるは。
探偵事務所の外の空き地で。
「私に足りないのは、体力!」
急に思い立ち、筋力トレーニングを始めるみくる。
みくるはポチタンに足元を抑えてもらい、上体起こし(腹筋)を始める。
「いーち!」
「いーちポチ!」
「にーい……っ!」
「にーいポチ!」
たった2回で、既に腹筋が限界を迎えてプルプル震えているみくる。
「うわっ!」
「ポチ!」
3回目の途中でバランスを崩し、後ろにひっくり返るみくる。
押さえていたポチタンも一緒にポーンと飛ばされる。
「次は……腕立て伏せ!」
気を取り直して腕立て伏せを始めるみくる。
しかし、そのフォームは余りにも酷かった。
腕が曲がらず背中が大きく反り返り、下半身は完全に地面に密着したまま、ペコペコと頭を下げているだけだ。
「さーん……!」
「おうまさんポチ~!」
その間抜けな様子を見て、ポチタンが無邪気にはしゃぎ出した。
「ポチー!」
ポチタンは、みくるの背中に『ロデオ』のように思い切り跳び乗った。
「ゔ……ぐっ!?」
渾身の一撃でも食らったかのようなカエルの潰れた声とともに、みくるの腕立て伏せは完全に崩壊。
「ポチー」
ペシャンコに潰れたみくると、その背中で無邪気に笑うポチタンだった。
***
パティスリーチュチュ。
お店の裏のテラス席に、あんなとくれあが向かい合って座っていた。
「じゃあ、宜しくお願いします」
「お願いします!」
「まずは深呼吸。すー、はー」
「すー、はー」
深呼吸するあんな。
「力を抜いてリラックス」
「リラックス~」
机の上に置かれているあんなの両手を、くれあが優しく握りしめる。
「目を閉じて」
目を閉じるくれあ。あんなも言われた通りに目を閉じる。
「今、心に思い浮かぶ『色』は何色?」
あんなは、タイムスリップした1月のあの日の事を思い浮かべていた。
「白……雪の白」
「雪が積もってるんだね。じゃあ、寒いのかな」
「ううん。寒いんだけど……あったかい」
ケーキの箱を持つお母さんと、冷たい手を繋いでいた。
「雪みたいに積もってるけど、あったかい」
あの日の、あんなの誕生日祝いのケーキを思い浮かべる。
目を開くくれあ。
「うん、オッケー。ありがとう」
「え、これで終わりですか?」
「どんなケーキが出来上がるか、お楽しみに。……そうだ、あんなちゃんも一緒に作ってみる?」
「えっ」
「待ってるだけじゃ退屈でしょ?」
中へと入る二人。
「昨日、お菓子作り体験する人が大勢来てね。パティシエ服はほとんど洗濯しちゃったんだよ」
たいらが困ったように言う。
「うーん、どうしようかな」
「あ、ピンときた!」
あんなが閃いた。
「ちょっと待っててください!」
少しだけ店の外に出るあんな。
誰も周りにいないことを確認する。
「オープン。プリキットグロス」
グロスを唇にぬる。
あんなは光に包まれる。
「パティシエ!」
白いコックコートとエプロン、ふんわりとした帽子を被ったパティシエ服にチェンジする。
中に戻るあんな。
「わあ、かわいい!」
「うん、すごく似合ってるよ!」
たいらもくれあも大絶賛。
「えへへ」
照れるあんな。
「じゃあ、ケーキ作り始めましょ!」
「はい!」
キッチンに移動し、ケーキ作りを始めるあんなとくれあ。
「材料の計量は、きっちりしっかりね。お菓子作りは『正確さ』が大事なの」
「はい!」
くれあと共にケーキ作りをする。
粉をふるい、卵を泡立て、初めてやることに戸惑ったり、少し失敗しながらも、笑顔で作業するあんな。
「焼けたー!」
オーブンから、甘い香りを漂わせてスポンジ生地が焼き上がる。
「うん、いい感じ。デコレーションは私に任せてね」
くれあの魔法のような手さばきで、どんどんケーキが出来上がっていく。
ワクワクしながら見つめているあんな。
***
怪盗団ファントムのアジト。
部屋で、眠っていたるるかがゆっくりと目を覚ました。
「……」
ボーッとしているるるか。
「おはよう、るるか」
「マシュタン……」
「どう? 今度はちゃんと眠れた?」
るるかがゆっくりと上体を起こす。
「うん。……怖い夢……見なかった」
「そう。良かったわね」
「マシュタンのおかげ。私の手を握ってくれてたから。私の話を聞いて、慰めてくれたから」
るるかは、マシュタンの小さな身体をそっと抱き上げた。
「きっとマシュタンが居なかったら、私とっくに壊れてたと思う」
「……」
「分かってるの。今の自分が……おかしい事なんて、薄々分かってたの」
るるかの声は静かだった。
「でも、気づかないようにしてた。気づかないふりをしてた。……自分で自覚したら、もう、どうすればいいか分からなくなると思って」
「るるか……」
「ねぇ、マシュタン。自分では自覚ないんだけど……私の目……おかしいんでしょ?」
マシュタンは少しだけ沈黙し、静かに頷いた。
「……そうね。いつも通りに接してはいるけど、貴女の瞳、いまは『光』が灯っていないわ。周りから見れば、少し不気味に思っちゃうかもね」
「やっぱり。昨日、皆が何を言っているのか分からなかったのは……そういうことだったんだ」
自分のハイライトの消えた虚無の瞳。
それを自覚し、るるかは少しだけ自嘲気味に笑った。
「でも……今の貴女も十分素敵よ、るるか」
マシュタンが励ますように言う。
「いつもと違って少しミステリアスで、考えが分からない所も、新しい一面だって前向きに捉えてもいいんじゃない?」
「マシュタン。……そうね。そう考えた方が、少しは楽かも」
るるかは、ふわりと『いつも通りの笑み』を作ってみた。
相変わらず瞳に光はないが、少しだけ憑き物が落ちたように見えた。
「そうよ。それより、そろそろ着替えましょう。いつ命令が下るのか分からないんだから」
「うん」
起き上がり、身支度を整える。
それから暫く経ち、マシュタンとるるかは、アジトのいつもの席に座っていた。
いつもの席には誰もおらず、るるかとマシュタンのみだった。
特にやることも無かったるるか。
悪夢を見るなどのストレスで精神的に疲労していた為、席に座りただボーッとしていた。
るるかの膝の上で、マシュタンは仰向けに寝ていた。
「ああ、いい。そこ、そこ……」
寝ているマシュタンの首元を、器用にマッサージするるるか。
るるか自身も、マシュタンの柔らかい毛並みを触っていることで癒されていた。
(モフモフしてて、気持ちいい。ずっと触ってたい……)
そうして平和に時間をつぶしていると。
「おい! 新たなマコトジュエルを取りに行くぞ!」
ゴウエモンがドタドタと姿を現した。
「なんでアタシたちが」
行きたくないのか、急にゴウエモンに指示されたのが気に入らないのか、るるかの膝から起き上がりマシュタンが怒る。
正直、疲れている今のるるかも行きたくなかった。
「ついてきたら、アイス奢ってやる」
ゴウエモンが、最後の切り札のようにそう言う。
『……っ!』
(アイス!)
ハイライトが消え、ずっと虚無だったるるかの赤い瞳が、アイスと言われた瞬間、シャキーンと怪しく光った(気がした)。
「行く!」
勢いよく席から立ち上がるるるか。
「えっ!」
変わり身の早さに驚くマシュタン。
(アイス! アイス! アイス!)
ご機嫌な足取りで、ゴウエモンの元へ向かうるるか。
「(もー!)るるかが行くなら、アタシも!」
マシュタンも慌ててついていく。
***
パティスリーチュチュ。
「完成!」
くれあが笑顔で告げた。
「これって……!」
あんなは驚いていた。
目の前に出されたケーキは、タイムスリップしたあの日、食べるはずだった『あんなの誕生日ケーキ』と全く同じものだったからだ。
「あんなちゃんの誕生日をお祝いする、バースデーケーキだよ」
「えっ……」
「『雪みたいに積もってるけどあったかい』って言ってたでしょ」
優しく話かけるくれあ。
「あんなちゃんの誕生日は1月。ふわふわの雪みたいなデコレーションがされているケーキで、用意してくれたのは……お母さん。あんなちゃんの喜ぶ顔が見たくて、こんなケーキにしたんだと思う」
「食べられなかったんです……」
あんなは、暗い顔で俯いた。
「誕生日ケーキ、せっかく用意してくれたのに。……今、お母さんとは会いたくても、会えなくて……」
お母さんに会えない寂しさが、一気に込み上げて来たあんな。
「それが、あんなちゃんの元気がない理由ね」
「……すみません」
「どうして謝るの?」
「だって私、探偵なのに……困っている人の力にならなくちゃいけないのに……っ」
ポロポロと泣き出すあんな。
「探偵だって、寂しいときはあるんじゃない?」
くれあが、あんなの涙を温かい指先でそっと拭う。
「あんなちゃんは強いから、みんなに心配かけないように寂しさを隠してしまうだろうけど……『心のきらめき』を、大切にしてほしいな」
「心のきらめき……?」
「うん。心にある、まっすぐな気持ち」
くれあは、あんなの目を真っ直ぐに見つめた。
「楽しいや、嬉しいだけじゃない。悲しかったり、寂しいって気持ちだってあるの。無理して抑えることはないわ。心のきらめきは……全部『真実』だから」
「……!」
「私は、その人のきらめきを知ってケーキを作っているのよ。楽しい気持ちはもっと楽しくしてあげて、寂しければその気持ちを癒やしてあげたいの」
あんなは、くれあの言葉を聞いて、お客さんの気持ちを温かくする心優しいパティシエだなって、心から思った。
***
一方で、ゴウエモンはマコトジュエルを探していた。
「マコトジュエルはこのあたりのはずだが……」
キョロキョロと探すゴウエモン。
「おっ?」
何かに反応するゴウエモン。
「アルカナ・シャドウ、どうなってるんだ!」
ゴウエモンが見つけたのは、マコトジュエルを探さずに、公園のベンチで呑気にアイスを食べているるるかだった。
約束通り、しっかりとゴウエモンはるるかにアイスを奢っていた。
カップの中には3つのアイスが入っている。
今日はキッチンカーで販売しているアイスだ。
るるかは、無表情のまま黙々とアイスを食べていた。
「アイスを食べに来ただけじゃないだろうな?」
必死に語りかけるゴウエモン。
「もちろん」
アイスを食べる手を止めて、横を向くるるか。
るるかの口の周りには、子供のようにアイスの食べかすがたくさんついていた。
「だって……」
マシュタンが水晶玉を取り出す。
「マシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュマシュ……マシュー!」
「見えたわ。『望む物が自ずと近づいてくる』って占いに出たわ」
占い結果をドヤ顔で伝えるマシュタン。
「だから、ここで待ってるの」
「むっ」
るるかに先を越されて悔しそうなゴウエモン。
すると、るるかは再び無心でアイスを食べ始める。
無表情だが、すごく美味しそうに食べている。
「アイス、食べたら?」
ゴウエモンにそう言うマシュタン。
「そうだな。そうするか」
キッチンカーへ行くゴウエモン。
「さすがに『どら焼き』はねえか。王道はバニラだが、いちごも捨てがたい……」
真剣にアイスを選ぶゴウエモン。
アイスを食べているるるかだが、ふと横を向く。
「来たわ。マコトジュエル」
るるかの視線の先。
そこには、あんな達が今日依頼を探し出して渡した、なみの『うさぎのぬいぐるみ』があった。
「抹茶味に決めたのに!」
ようやくアイスを決めたばかりのゴウエモンだったが、マコトジュエルが現れては優先せざる得ない。
るるかは任務に集中するために、最後のアイスを一気に食べきる。
口の周りにはさらに食べかすがたくさんついてしまった。
「るるか。口にいっぱいついてるわ」
マシュタンがハンカチを取り出し、るるかの口周りを優しく拭いてあげるのだった。