名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜 作:暁 蒼空
探偵事務所の外。
息を切らして走っているみくる。
「たい……りょく………はぁ……」
名探偵として強くなるためには、体力も必須。
だからランニングも続けないと、ちょっと走っただけで今の自分はすぐにバテてしまう。
「つけないと……ハア、ハア、あぁ!!」
体力の限界で、足がもつれて転ぶみくる。
「ハア、ハア、ハア、ハア……」
草むらで仰向けになり、大の字になって空を見上げる。
「……ちょっと待って」
冷静になって、なにかに気づいたみくる。
「『体力』と『頼りがい』って、あんまり関係ないんじゃ……?」
今更になって気付く。
すると。
「ポチ? ポチ~!」
一緒に走っていたポチタンが、突然何かを気にしだして、ある方向を指さした。
「ポチタン?」
***
パティスリーチュチュ。
「ちょっとすみません」
「どうぞ」
あんなのプリキットボイスメモに着信が入る。
「みくる?」
『あんな!』
みくるからの緊急の連絡だった。
「うん、うん。……分かった!」
了承するあんな。通話をきる。
「くれあさん、あの……」
「ふふっ。いってらっしゃい」
くれあは察してくれたのか、笑顔でエプロンを受け取り、何も聞かずに送り出してくれた。
「ありがとうございます! 行ってきます!」
厨房を出て店を飛び出し、いつもの私服に戻りながらあんなは走り続ける。
「あんなー!」
「みくる、ポチタン!」
息を切らして走るみくる、ポチタンと合流するあんな。
みくるがあんなに駆け寄り、肩にそっと手を置く。
「なに?」
「あんなが元気が出ないかもしれないけど……私が頼りないかもしれないけど……でも私、あんなの横にいるからね」
みくるが、真っ直ぐな目で自分の思いを伝える。
「みくる……」
「ありがとう。……みくるの顔見たら、もっと元気出た!」
あんなの顔に、いつもの明るい笑顔が戻った。微笑み合うあんなとみくる。
「あっちポチ!」
マコトジュエルの気配を感知したポチタンが、道を教えてくれる。
「急ごう!」
「うん!」
二人は、力強く走り出した。
***
「フフン!」
なみが落とした『うさぎのぬいぐるみ』が、ゴウエモンの手元にあった。
「あ!」
駆けつけるあんなとみくる。
「来やがったな」
ゴウエモンの隣には、黒いケープを着たるるかと、マシュタンもいた。
「そのぬいぐるみ、あの子の!」
「返して!」
「ならば俺と勝負だ!」
ゴウエモンは扇子を片手に、桜吹雪と共にハンニンダーを呼び出す。
「ウソよ覆え! 来やがれ、ハンニンダー!」
うさぎのぬいぐるみに深紅の輝きを放っていたマコトジュエルの欠片は、黒く覆われ、ハンニンダーが姿を現した。
「ハン、ニン、ダ!」
胴体はウサギの姿、持っていたにんじんはバズーカのような巨大な大砲に変化していた。
「「うん」」
頷き合う二人。
「「オープン!! ジュエルキュアウォッチ!」」
あんなとみくるの手にあるペンダントがまばゆい光を放ち、カラフルな懐中時計『ジュエルキュアウォッチ』へと姿を変える。
二人はそれぞれのマコトジュエルを取り出し、ウォッチに装着した。
「「プリキュア、ウェイクアップタイム!」」
二人の声が重なった瞬間、光が溢れ出す。
「サン!見つける!」
ジュエルキュアウォッチの長針が、3の位置へと揃えられた。
あんなの髪が風にほどけるように一気に伸び、足首に届くほどの長さになる。
毛先はハート型に整い、頭頂部の左右は可愛らしいお団子のツインテール。
髪色は鮮やかな紫へと変わり、毛先に向かって淡いピンクのグラデーションが広がった。
みくるの髪も同時に伸び、やわらかな三つ編みへと姿を変える。
髪色は、明るいピンクに。
瞳の色も変化する。
あんなは澄んだ青緑、みくるは神秘的な紫へ。
「ロク、向き合う!」
長針が6を指す。
みくるの身体を、淡いピンクのオフショルダーワンピースが包み込む。
フリルの揺れるスカートが、彼女の可憐さを際立たせた。
背中には、水色の大きなリボン。
あんなもまた、フリフリの紫色のワンピースを身に纏い、背中には鮮やかな黄色の大きなリボンが現れる。
「キュー!奇跡の二人!」
長針が9へ。
二人の足元に光が集まった。
あんなは紫色、みくるはピンク色のブーツを履き、同時にニーハイソックスが脚を彩る。
あんなの手には薄い水色のフィンガーレスグローブ。
その上から薄紫色のオープンフィンガーグローブが重なる。
みくるの手にも薄紫のフィンガーレスグローブと、薄ピンクのオープンフィンガーグローブ。
指先には、それぞれの色のネイルがきらりと輝いた。
「くるっと回して、キュートに決めるよ!」
長針が11へと進む。
あんなの左右のお団子には華やかな髪飾りが添えられ、耳元にはピアスが揺れる。
みくるの髪には大きなリボンの髪飾り。
そして同じく、両耳にピアス。
さらに二人の胸元にはネクタイ型のリボン。
肩には短めのケープが重なり、装いが完成へと近づいていく。
ジュエルキュアウォッチは光となって収束し、衣装の腰にあるキャリーへと収められた。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
可愛らしい決めポーズを決める。
最後に二人は自然と歩み寄り、並び立つ。
「「名探偵プリキュア!」」
アンサーが、ビシッと指を差す。
「私の答え、見せてあげる!」
「ハンニンダー!ハンニンダー!ハンニンダー、ハンニンダー!」
最初に動いたのはハンニンダー。
ウサギの如く跳躍力を生かしてアンサーとミスティックに接近する。
「ダー!」
変則的なステップを入れてから、至近距離で重いパンチを仕掛ける。
二人はハンニンダーの攻撃を紙一重で避ける。
「ハ~ンニンダー!!」
ハンニンダーは次ににんじんバズーカを構え、にんじん形のミサイルを連続で発射した。
「ふっ……はっ!」
「だぁぁっ!」
次々に発射されるミサイルも、アンサーは飛び越えたり蹴り返したり、ミスティックもパンチでミサイルをハンニンダーへと的確に跳ね返している。
自分の場所へ返ってくるミサイルには対応できずに、ハンニンダーは次々と被弾していく。
「ハン!?」
「ええい、ちょこまかと!……うん?」
戦いを見ているゴウエモンは焦っていたが、るるかが無言で歩みを進めた為、るるかの方を見る。
「アイス奢ってもらったから。やるべきことはやるわ」
ゴウエモンにアイスを奢ってもらった義理を果たすため、るるかは冷たい声で手伝うことにした。
「……オープン……」
胸元のペンダントが強い光を放つ。
光は細く伸び、形を作り、るるかの手の中で長くしなやかな『杖』へと変貌した。
「ティアアルカナロッド」
その声と表情は大人びながらも、可愛らしい。
指先を添えた瞬間、るるかの身体はふわりと舞い上がる。
衣装は紫の光を帯び、周囲へと輝きを弾けさせる。
マコトジュエルを静かにロッドへ装着する。
円を描くように一回転。
足元に広がる魔方陣が妖しく光った。
「シャッフル」
ロッド上部のカードがくるりと回転した瞬間、るるかの髪は漆黒へ。
もう一度、指先でカードを弾けば、闇は一転して金色へ。
かきあげた髪の先には、鮮やかなピンク色のグラデーション。
「リバース」
髪はさらに長く伸び、ふわりと広がる毛先。
ロッドから流れる光がるるかの体を次々と包み込む。
ノースリーブのワンピースが身体を包み、黒を基調とした衣装と明るく揺れる髪が、お互いを強調し合う。
スカートには紫色の雫が散りばめられ、静かに揺れる。
カンッ。
ロッドを地に打ち付けた瞬間、露わだった脚は濃い紫色のサイハイソックスと濃紺色のショートブーツに包まれる。
祈りを捧げるように両手でロッドを握ると、手首には繊リストカフスが装着される。
頭には、黒いダイヤ型が並ぶ髪飾りを装着、その中央下には雫型の石飾りが付けられている。
目元へ右手を当てて下に下ろすと、瞳は紫から赤へと変化、瞳の奥にハートの光が宿っている。
耳元には雫型のピアス。
頭の後ろには黒い蝶の飾りを添えた薄紫のヴェールが静かに寄り添う。
ロッドの先端を胸元へと当てると、紫色の光が体を包み込む。
黒いケープが肩を覆い、胸元にはネクタイ型のリボンが可憐に結ばれる。
「神秘と秘密で包み込む――『キュアアルカナ・シャドウ』」
ロッドのカードに映るのは、彼女の横顔。
一歩、また一歩と進むだけで、神秘が満ちていく。
ロッドをくるりと回し、持ち替える。
「さあ……迷宮へ誘いましょう」
「ダー!ハンニンダー!!」
ハンニンダーは起き上がり、さらにミサイルを発射する。
「はぁっ!!」
アンサーがまたミサイルを蹴り返す。
しかし、今回は上手くいかなかった。
アンサーが蹴り返したミサイルの元へ、キュアアルカナ・シャドウがスッと飛んできた。
そして、アンサーに向かって、そのミサイルを強烈に蹴り返す。
強めに蹴った為かミサイルのスピードが倍以上に上がり、ミサイルはアンサーの元へ一直線に。
地面に着弾し、大爆発が発生する。
「うわっ!?」
「アンサー!!」
アンサーの心配をするミスティック。
それを見ていたゴウエモンはご満悦だ。
「いいぞ、アルカナ・シャドウ! さすが俺の弟子!」
「違うから!」
勝手な弟子発言に、マシュタンがすかさずツッコむ。
「ハ~ンニンダー!!」
そんなやり取りの最中、ハンニンダーはミスティックがアンサーに気を取られた隙を見て、ミサイルを3発撃ち込む。
「ミスティックリフレクション!」
ミスティックが咄嗟に倒れているアンサーを庇い、バリアを展開した。
展開されたバリアにミサイルが衝突し、激しい押し合いが始まる。
ただ、ミサイルの推進力は意外と強く、ミスティックはジリジリと後退させられ、なかなか押し返せずにいた。
「くっ……」
「しぶといな。さっさと諦めろ!」
ゴウエモンが叫ぶ。
「あきらめないよ。だって、そのお人形には……あの子が心から大好きって気持ちや、お母さんの愛情でいっぱいなの!」
アンサーが、傷つきながらも立ち上がる。
「心のきらめきが……たくさん詰まってる!」
くれあの言葉を胸に秘め、アンサーはミスティックの隣に立ち、バリアを一緒に両手で押さえる。
「きらめき…どうして彼女の言葉を……」
アンサーから聞き覚えのある言葉が出てきたことに少しだけ動揺するアルカナ・シャドウ。
「ミスティック!」
「うん!」
「「うぅ……たぁぁっ!!」」
二人は力を振り絞り、ミサイルを全て上空へと弾き出した。
その僅かな隙を狙って、アンサーとミスティックは動いた。
「「オープン! プリキットミラールーペ!」」
「「ポチタン!」」
「「マコトジュエル!」」
二人がマコトジュエルをセットし、ルーペの鏡を開く。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!!」」
「「これが私たちの答え(アンサー)だ!」」
「「プリキュア! フライング・スペクトル!!」」
巨大な白い鳥の光が空を切り裂き、ハンニンダーを正確に撃ち抜き、ハンニンダーを浄化する。。
「「キュアット解決!!」」
「くっ、やっぱり小豆アイスにするぜ!」
ゴウエモンは、捨て台詞を吐いて撤退していく。
しかし、アンサー達はまだ安心していなかった。
まだ、キュアアルカナ・シャドウは撤退していないからだ。
「マコトジュエル……」
ハンニンダーが浄化され、マコトジュエルとうさぎのぬいぐるみに分かれていた。
アルカナ・シャドウは、落ちているマコトジュエルを、何かに取り憑かれているかの様な虚無の瞳で見つめていた。
「マコトジュエルがあれば……マコトジュエルを集めれば……あの子を……」
「アルカナ・シャドウ!」
「マコトジュエルは渡さない!」
二人はアルカナ・シャドウへと向かっていく。
「……邪魔しないで」
アルカナ・シャドウも、冷たい声で二人へと向かっていく。
「アルカナ。やっぱり、そうなっちゃうのね……」
マシュタンは、アルカナ・シャドウの言動や行動から、彼女が自分を制御できなくなっていることを悟った。
(どうしてもこころちゃんを救う為に必要なことになれば……自分を制御できないのね)
アンサー達二人の連携攻撃を、簡単に躱すアルカナ・シャドウ。
相変わらず圧倒的な実力差があり、攻撃が全く当たらない。
しかし、アンサー達も成長しており、辛うじてアルカナ・シャドウの攻撃を紙一重で躱していた。
それでもアルカナ・シャドウの攻撃は激しく、徐々に追い詰められていく。
「……!」
アルカナ・シャドウが、ティアアルカナロッドで横一閃に薙ぎ払う。
「「うわぁ!」」
ふき飛ばされ地面へと叩きつけられる二人だが、直ぐに立ち上がる。
「これで終わりよ」
アルカナ・シャドウが、無慈悲にロッドのカードを回転させる。
「アルカナスター……」
「アルカナ! ストップ!!」
「レイ……、えっ……」
マシュタンの鋭い声で、必殺技の発動を中止するアルカナ・シャドウ。
「「えっ、どうして……?」」
アンサーとミスティックは、攻撃されなかった事に戸惑う。
「そこまでにして、戻るわよ」
「な、何で! もう直ぐなの! もうマコトジュエルを手に入れられるところなのに!」
マシュタンの言ってる事に納得出来ていないアルカナ・シャドウが、珍しく感情を露わにして反抗する。
「アルカナ。貴女……『周囲』をちゃんと見たの?」
マシュタンが冷たく尋ねる。
「周囲って……それがどうした……の……」
自分の周囲を見渡すアルカナ・シャドウ。
「えっ……、これって……」
何かに気付くアルカナ・シャドウ。
「気づいた? もう、ゴウエモンの『フィールド』は解けてるのよ。これ以上本気でやったら……『現実』に被害が出るわよ」
「あっ……」
「そうか」
アンサー達も、ファントムの結界であるフィールドが消え、普通の公園の景色に戻っていることに気付く。
マシュタンは言葉を続ける。
「幸いにも奇跡的に人が居ないから問題にはならないけど、いつ人が来るかも分からないわ」
「あっ……あっ……」
「もし人が来たら誤魔化すことも出来ないし、一般人が被害に遭うかもしれないのよ。だから、もう終わりよ」
マシュタンは冷静にアルカナ・シャドウへと告げる。
「貴女達も、今日はそれで良いでしょ。このままだと正体もバレちゃうかもしれないわよ」
名探偵プリキュアである事は世間にバレないようにしている為、アンサー達も頷くしかなかった。
「ち、違う。……そんなつもりじゃ……っ」
明らかに怯えたような表情をするアルカナ・シャドウ。
手からロッドが滑り落ちる。
そして、膝をつき座り込むアルカナ・シャドウ。
アルカナ・シャドウの体が光に包まれる。
光が弾け飛び、変身が強制的に解除された。
「私……町に被害を出すつもりなんて……」
「ま、また……間違えて……っ」
再び自分自身を制御できず、周囲を見落としていたるるか。
自分の行動が、また取り返しのつかない間違いを起こすところだったと思い込み、激しい自己嫌悪に陥る。
「私……どうして……っ」
頭を抱え込みそうになるるるか。
マシュタンがるるかに近づく。
「るるか! 落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから」
震えるるるかを落ちつかせるマシュタン。
「マ、マシュタン。ご、ごめんなさい……私……っ」
「分かってる。大丈夫よ」
マシュタンはアンサー達を振り返る。
「貴女達もごめんなさい。今日はこのまま撤退するから、悪いけど勘弁して頂戴」
「それはいいけど……」
「るるかさん。一体、どうしたの?」
「ごめんなさい。それは……私の口からは言えないわ」
マシュタンが首を振る。
「さぁ、帰りましょう」
るるかは震えながらも立ち上がり、マシュタンを抱きしめる。
そして周りを見て、アンサー達の方を見る。
アンサー達とフィールドが無い状態で戦闘をしてしまった為、少しだけだが、公園の土が抉れていたり、アスファルトが割れたりしていた。
「ご、ごめんなさい……。ごめんなさい……っ」
ハイライトが消えた瞳から、涙を流するるか。
ひどく怯えた顔をして、背を向けて走り去っていった。
それは町に被害を出してしまった事へなのか、自分達を傷つけた事へなのか、それとも全く別のトラウマへの謝罪なのか、アンサー達にはその答えが分からなかった。
アンサー達も変身を解除する。
「るるかさん……」
「どうして……一体何が……」
***
それからあんな達は、なみちゃんを探し出し、うさぎのぬいぐるみを無事に返してあげた。
なみちゃんと母親は、二人に深々とお礼をいう。
帰るなみちゃん達を見送るあんな達。
……グルル。
あんなの隣から、盛大な音が聞こえる。
「はっ!」
顔を真っ赤にして、自分のお腹を押さえるみくる。
「ぐるるーポチ」
ポチタンも真似をする。
「と、トレーニングしてたから、お腹すいちゃって……」
みくるが照れ笑いする。
「ちょうどよかった」
「え?」
パティスリーチュチュへと戻るあんな達。
ジェット先輩にも連絡を入れ、合流する。
「「「うわあ!」」」
あんなが出ていく前はイチゴしか乗ってなかったケーキ。
それが帰ってきたら、あんな、みくる、ジェット先輩、ポチタンの姿がデコレーションされていた。
「か、かわいい!」
「くれあさん、これ……」
「マジパンで、キュアット探偵事務所のみんなを作ったの」
くれあが優しく微笑む。
「みんなも、あんなちゃんの『きらめき』だからね」
「くれあさん……!」
「ポチタンポチ~!」
自分のマジパンに反応して、ポチタンが嬉しそうに喋る。
「うわっ!? ポ…ポーチまで作ってくれたんですね!」
マジパンに反応したポチタンの口を、みくるが慌てて塞ぐ。
「フフッ、だってとってもかわいいから」
くれあが意味深に笑う。
(実はポチタンが喋れることに気づいているんじゃないか……)と思ってしまうあんな達。
「キャンディーもおいしいが、このケーキもおいしそうだな!」
「みんなで食べよう! ホールケーキはやっぱり、大勢で食べないとね!」
すっかり元気になったあんなを見て、くれあは微笑む。
そして、元気になったあんなを、みくるも嬉しそうに見つめていた。
くれあがケーキを切り分けてくれて、皆でケーキを食べる。
失われた記憶と、すれ違う想い。
それでも、今この瞬間だけは、全員が温かい笑顔に包まれていた。
***
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……っ!」
暮れなずむ街を、るるかは振り向きもせず全力で駆け抜けていた。
黒いケープが風を孕んで大きく揺れ、胸の中でマシュタンを強く抱きしめる両手はガタガタと震えている。
「るるか! 落ち着いて!」
抱えられたマシュタンが必死に見上げて声をかけるが、パニック状態のるるかの耳には何も届いていなかった。
頭の中を支配しているのは、抉れた土と割れたアスファルトの光景。
自分の仕出かした暴走。
そして――現実の街に被害を及ぼしかけたという激しい恐怖と罪悪感だった。
『ガツッ!』
「きゃっ!?」
乱れた足取りのまま走っていたるるかは、歩道の段差に脚を引っ掛け、無惨に前へと倒れ込んだ。
体勢が大きく崩れ、抱いていたマシュタンの手を放してしまう。
「きゃぁっ!?」
急に宙に投げ出されたマシュタンが驚きの悲鳴を上げる。
るるかは硬いコンクリートの上に勢いよく打たれ、激しい衝撃と共に地面を滑った。
「う、うぅ……っ」
痛みに顔を歪めながらも、るるかは立ち止まることを恐れるように、即座に膝をついて起き上がった。
擦りむいた膝から赤黒い血が滲み、白い肌と服を汚していくが、そんな痛みすら感じていないかのように、再び走り出す。
「ちょ、ちょっと! るるか!」
投げ出されたマシュタンが慌てて空を飛び、るるかの後を追う。
「はっ、はっ、はっ……っ!」
何から逃げるのかも分からないまま、るるかはひたすら走り続けた。
だが、過呼吸と精神的なショック、そして怪我をした足では長く持つはずもなかった。
膝の痛みに耐えかねて膝が折れ、数メートルも行かないうちに、るるかは再び崩れ落ちるように転倒した。
「あっ……!」
二度目の転倒。
今度はもう、立ち上がる力すら残っていなかった。
飛んできたマシュタンが、地面に突伏したまま動かないるるかの傍らに舞い降りる。
「るるか!」
マシュタンが心配そうに覗き込む。
るるかはアスファルトに顔を伏せたまま、肩を激しく上下させていた。
「うっ……うっ……うっ……っ」
擦りむいた顔や手足の汚れも気にせず、るるかは子供のように声を押し殺して泣いていた。
ゆっくりと、涙と土に汚れた顔を上げる。
「わ、わたし……そ、そんなつもりじゃ……っ」
「るるか……」
「マシュタン……違うの……わたし……っ」
るるかは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でマシュタンを見つめ、搾り出すように必死の弁明を重ねた。
「ただ……こころの為に……マコトジュエルが欲しかっただけで……っ。町に……現実に被害を出すつもりなんて……絶対に、無くて……っ!」
過ちへの激しい後悔が、るるかの胸を激しく苛んでいた。
こころを救いたい一心で冷静さを欠き、周囲の状況を確かめることすら忘れていた。
ハンニンダーが倒され、ゴウエモンが敗走した時点で、異次元フィールドは消滅していたはずだった。
それなのに、マコトジュエルへの執着に目を奪われ、現実世界でそのまま力を行使し、街を傷つけ、後輩たちを追いつめてしまった。
「こころを救うためなら悪にでもなる」と誓ったはずだった。
だが、彼女の根底にある『名探偵』としての倫理観と優しさは、無関係な現実の街や人々に直接被害を出すことを決して許容できていなかったのだ。
「グスッ、グスッ……本当なの……っ。本当に、被害を出すつもりなんて、なかったの……っ!」
「分かってる! 分かってるから……!」
マシュタンは胸を痛めながら、温かい声で包み込むように言った。
「ほら、いつまでも冷たい地面に寝てたら駄目よ。起き上がりなさい、るるか」
るるかは、マシュタンの言葉に従い、力なくゆっくりと上体を起こした。
「ほら……慌てるから服も体も汚れちゃったじゃない。帰ってキレイに洗わなきゃね」
マシュタンはポケットからハンカチを取り出し、るるかの頬についた土汚れを優しく拭ぐった。
「こんな事したら……現実に被害を出したら……わたし……わたし……もう……くれあと……こころに、合わせる顔なんてない……っ」
「そんな事ない! 大丈夫よ! 落ち着いて」
再び絶望の闇に飲み込まれそうになるるるかを、マシュタンはしっかりと見つめ返した。
「ほら、いつもみたいに……ゆっくり深呼吸して。すー、はー」
「はぁ……はっ……はっ……はっ……ふ、ふぅ……っ」
「そう、ゆっくり吐いて。すー、はー」
マシュタンの誘導に合わせて、るるかは荒れていた息を少しずつ整えていく。
パニックが収まり、呼吸が静かになると、膝の痛みがジワジワと現実に主張し始めた。
「……立てる?」
「うん……」
るるかは両手で地面を押し、痛む脚に力を込めて立ち上がった。
膝のストッキングは破れ、痛々しい擦り傷から血が滴っている。
「もう……膝も大きく擦りむいてるじゃない。帰って、ちゃんと手当てしましょうね。ねっ、るるか」
「……うん。……ごめんなさい」
ぽつりと謝るるるかに、マシュタンはふわりと優しく微笑んだ。
「『ごめんなさい』じゃないでしょ? アタシは……別の言葉のほうが嬉しいわね、るるか」
るるかはハッとして、涙で濡れた瞳を拭った。
「あ……。……うん。……ありがとう、マシュタン」
「うん!」
マシュタンは満足そうに小さく頷いた。
「さぁ……帰りましょう」
るるかは痛む足を引きずりながら、マシュタンをそっと両腕で抱き上げた。
夕闇が深まる街を、傷ついた少女と小さな妖精は、支え合いながら静かに歩みを進めていった。
***
アジトへと帰還したるるかとマシュタン。
いつもの席には、ウソノワールとゴウエモンがいた。
「ウソノワール様、マコトジュエルを手に入れられず申し訳ありません」
ゴウエモンはウソノワールに深く頭を下げて謝罪していた。
しかし、ウソノワールは失敗を報告されても、珍しく機嫌は悪くなかった。
それは最近、アルカナ・シャドウがマコトジュエルの欠片を取ってきて献上していたからだった。(本物のウソノワールが受け取っているのは、るるかが作った『偽物』なのだが、彼は気付いていない)。
ウソノワールは、足を引きずって帰ってきたるるか達に気付いた。
「遅かったな、アルカナ・シャドウよ」
「新人、何してたんだ……って、お前、怪我してるじゃねぇか!」
全身を土で汚し、膝から血を流しているるるかの姿に気付き、ゴウエモンが驚きの声を上げる。
「……ごめんなさい。マコトジュエル、奪って来れなかった……」
るるかは、空虚な瞳を床に向けたまま、力なく謝った。
「いやいや。元々は俺の任務なんだ。お前さんが気にすることじゃねぇよ」
ゴウエモンが慌ててフォローする。
しかし、るるかはずっと俯いたまま、一切の反応を見せなかった。
「アルカナ・シャドウよ。……どうした?」
るるかの尋常ではない様子に、ウソノワールも訝しげに目を細めた。
「ちょっと、色々あって……。ウソノワール様、るるかを少し休ませてあげても宜しいかしら」
マシュタンが、るるかを庇うように前に出てウソノワールへと話しかける。
「ふむ」
ウソノワールは、仮面の奥で思考を巡らせた。
(成る程、大分『壊れて』きたな……。さて、どうするか……)
ウソノワールは、虚ろな瞳で立ち尽くするるかへと視線を向ける。
(アルカナ・シャドウのお陰で、マコトジュエルの欠片が順調に集まってきた。まだ足りないが……。奴にはまだまだ利用価値がある。ここで完全に精神を崩壊させ、使い潰すには早すぎるな)
「いいだろう。アルカナ・シャドウよ。マコトジュエルを集めた功績もある。数日間は休みを与える」
「ありがとうございます。ウソノワール様」
「だが、いつ命令を与えるかは分からん。今は休み、次に備えるがよい」
何も反応を示さないるるかの代わりに、マシュタンが答える。
「ライライサー」
「ほら、るるか。行きましょう」
マシュタンに背中を押される形で歩き出す、るるか。
その足取りは、鉛のように重かった。
***
部屋へと向かう暗い廊下でも、るるかは一言も発せず、トボトボと歩いている。
マシュタンは、るるかの背中を心配そうに押していた。
(るるか……)
「とうちゃーく」
そして部屋の前に着くが、るるかは一向に動こうとしない。
「るるか……部屋の前に着いたわよ」
「えっ……」
自分がどこを歩いているのかすら、全く気付いていなかったるるか。
るるかはノブに手をかけ、扉を開けて部屋の中に入った。
部屋の中では、点滴に繋がれたこころが静かに眠っている。
「ほら、先ずは汚れを落として、傷の手当ね」
「………」
るるかは入り口で立ったまま、焦点の合わない瞳でこころをじっと見つめていた。
「ほら、こっち!」
マシュタンに背中を押され、るるかが椅子に座る。
マシュタンは素早く救急箱と、水を入れた桶、清潔なタオルを用意した。
「先ずは、汚れを落とすわよ」
水で濡らして固く絞ったタオルで、るるかの土に汚れた顔と手足を優しく拭いてあげるマシュタン。
そして、擦りむいて血がこびりついている膝の怪我を消毒する準備を始める。
「染みるかもしれないけど、我慢してね」
マシュタンが脱脂綿に消毒液を染み込ませ、傷口にポンポンと当てる。
「……っ!」
無言だったるるかの身体が、ビクッと跳ねた。
「染みる?」
るるかは、コクンと小さく頷いた。
「でも…もうちょっと我慢してね」
消毒を続けるマシュタン。
「はい。膝の消毒は終わり。次は手のひらを出して」
「えっ……」
るるかが、両手を後ろに隠す。
「隠してるつもり? あんなに派手に転んだのよ。怪我してるのなんて、見なくても分かるわよ。ほら、出して」
観念して、るるかは両手を広げて前に出した。
手のひらも、アスファルトで擦れて血が滲んでいた。
「ほら、やっぱり。もう、悪化したらどうするの」
マシュタンはそう言って、手のひらの消毒を始める。
「イタッ……」
小さくそう呟くるるか。
「我慢して」
そして顔にも一部擦り傷があり、そこも少しだけ消毒する。
「はい。消毒はこれで終わり」
「次は傷の処置をするから」
マシュタンは、るるかの膝の傷口にワセリンを塗る。
そしてガーゼを当てて、包帯でしっかりと固定する。
「膝はおしまい。次は手のひらよ」
手のひらには大きめの湿潤絆創膏を貼り、絆創膏が剥がれないように通気性のいいネット包帯で固定する。
顔の擦り傷には、可愛らしい絆創膏が貼られた。
「はい。これで終わりよ」
るるかは、マシュタンの顔を見ながら何か口を開こうとするが。
「あっ……」
るるかは、直ぐに言葉を飲み込み、俯いてしまう。
「?? ……どうしたの?」
尋ねるマシュタン。
「ご、ごめん……。また、迷惑ばかりかけて……」
俯いたまま、力ない声で謝るるるか。
「もう。また謝って……」
「ごめん」
それの繰り返しだった。
今のるるかは、自己肯定感が極限まで低下していた。
「一先ず、着替えましょう。いつまでも汚れた服を着ててもしょうがないわよ」
マシュタンは、るるかの清潔な寝間着を取りに行く。
着替えが終わり、マシュタンはるるかの汚れたケープや服を洗濯機にかけていた。
るるかは、こころの隣で椅子に座り、ただじっとこころを見つめていた。
マシュタンがやって来て、るるかの膝の上に立つ。
「それで……何か、言いたい事があるんじゃないの?」
「それは……」
るるかが、また口をつぐむ。
「口を開こうとしても、引っ込める。前までは絶対無いことだったけど、今の貴女はそれが癖になり始めているわよ」
マシュタンが、真っ直ぐにるるかを見つめる。
「今のるるかは、精神的にもすごく辛いと思う。でも……アタシに隠していたら、貴女はもっと辛いだけよ」
そう告げるマシュタンの言葉に、るるかの張り詰めていた心が少しだけ解れた。
「もう……自分が分からない。私って……何をしたかったんだろうって……」
るるかが、震える声で呟き始める。
「今は、こころを救いたい。それが一番の目的。そして、くれあのことも。……その為にファントムに入った。自分の意思で……。……その筈だった」
「……」
「でも……今の私は……何をしてるんだろう」
るるかの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「おかしいの。マコトジュエルを見ると、そればっかりに目がいくの。周りが見えなくなるの。あれを手に入れられれば……って」
マシュタンは静かにるるかの言葉を聞いている。
「このシャドウの力だって、自分の意思で手に入れた。そのはずなのに……こころの為なら何でもするって決めてるのに……結局私は……っ」
るるかの瞳から、とめどなく涙が流れ始める。
「3年前、マシュタンにスカウトされて、こころと一緒にロンドンのキュアット探偵事務所に行って……くれあと出会って……『探偵』として頑張ってた筈なのに……っ」
「名探偵プリキュアにも、こころと一緒になれて嬉しかった。くれあは、最初はなれてなかったけど助手として一緒に居てくれて……3人で過ごした時間は、本当に楽しかった……」
過去の幸せな記憶が、今のるるかを鋭く抉る。
「あの事件から……全てが壊れた。私が弱かったから……くれあはプリキュアになって直ぐにあんな事になるし……こころだって、私を助ける為に……。皆、私が弱かったから……。私にもっと力があれば……っ」
るるかは、両手で顔を覆った。
「ねぇ、マシュタン。私って何なんだろう。……名探偵プリキュアにも、怪盗団ファントムにもなりきれていない……ただの『半端者』……」
「私……今更気づいたの……。こんなに、弱いんだって……」
「私なら出来るって……どんな難事件も解決できる自信があった。……哀れだな……。惨めだな……。私は……もう……っ」
精神的に完全に参っているるるか。
「るるか。貴女の辛い気持ち、教えてくれてありがとう」
マシュタンは、るるかの頭を小さな手で優しく撫でた。
「今は、何も考えないで。ゆっくり休みましょう」
「……」
「今の貴女には休息が必要よ。このままじゃ、本当に心が壊れてしまうわ」
「でも……私が休んだら……っ」
「焦っても、何も変わらないわ。それこそ、それでまた『失敗』するかもしれない」
「失敗……」
その言葉に、るるかの身体がビクッと過剰に反応する。
「そうよ。そうならない為にも、今はしっかり休むの。……大丈夫。アタシ達なら出来るわ」
マシュタンは、るるかの顔を覗き込んだ。
「だから……お願い。今は休んで、るるか」
「……うん」
マシュタンは、るるかをベッドに連れて行く。
そして、布団を掛けて寝かせる。
るるかは、目を瞑ることを無意識に怖がっていた。
また、あの血に染まった悪夢を見るかもしれない。
次に目を覚ました時、自分の精神がどうなっているのだろうと、恐怖で震えていた。
マシュタンが、るるかの絆創膏が貼られた手を、両手でぎゅっと握る。
「怖くない。……怖くないわよ、るるか。アタシはここにいるから」
手を握られた事で、るるかは少しだけ安心したように息を吐いた。
「うん。……マシュタンの手……あったかい……」
肉体的にも精神的にも疲れ果てていたるるかは、マシュタンの手を握ったまま、そのまま気絶するように深い眠りへと落ちていった。
「るるか。今はゆっくり休んで」
マシュタンは、るるかが安らかな夢を見られるように、隣に寄り添っていた。