名探偵プリキュア! 〜迷宮のアルカナと偽りの真実〜   作:暁 蒼空

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第10話:時を超えたぬくもり、母への想い の後日談となります。

スミマセン、この話を最後に毎日投稿出来なくなります。
現在アニメで言う、キュアエクレール編を書いています。
まだ、纏めているところですのでもう少々お時間頂きたいです。
待たせすぎないようなるべく早く投稿できるように頑張ります。



第10.5話:壊れゆく心と、受け止める優しさ

前回の任務が終わってから数日の間、るるかは怪盗団ファントムの任務から外れ、自室で休養を取っていた。

その間のマコトジュエル集めの任務は、ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンの三人が行っていた。

 

るるかは、部屋で何をするわけでもなかった。

頭脳を働かせることも、読書をすることも、何か趣味に打ち込む気力すら湧かなかった。

というより、『何もしようと思えなかった』のだ。

 

マシュタンが常にるるかに寄り添い、共に過ごす。

マシュタンがご飯を作り、それを少しだけ食べ、他に何をやるかといえば、ただベッドの横の椅子に座り、こころの虚ろな姿をじっと見つめることだけだった。

 

休んではいる。

でも……精神的に回復できている訳ではなかった。

悪夢自体は全く見ないわけではなかったが、マシュタンが常に手を握っていてくれるお陰で、叫んで飛び起きるようなことは殆ど見ずに過ごせていた。

しかし、これまでに蓄積し、押し殺していた極限の精神的な疲労とトラウマが、ついに肉体的な症状として、るるかに現れ始めていた。

 

朝。

ベッドで目を覚まするるか。

るるかは、目を開けたのと同時に、胃がギリギリと焼け付くような不快感と、強烈な吐き気を覚えた。

 

「うっ………」

 

自分の口を両手で強く押さえるるるか。

ベッドから転がるように出て、急いでトイレに駆け込む。

 

「お゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ……!!」

 

便器を抱え込み、るるかは激しく嘔吐してしまった。

胃液しか出ないのに、それでも胃が痙攣して中身を吐き出そうとする。

 

「はっ、はっ……おええ……っ!」

 

吐き気が止まらない。

辛さと気持ち悪さで、るるかのハイライトの消えた瞳から生理的な涙がポロポロと流れ落ちていた。

 

その異音に気づき、目を覚ましたマシュタンが慌ててトイレへと駆けつける。

 

「るるか! 大丈夫? しっかり!」

 

マシュタンは、嘔吐するるるかの震える背中を小さな手で必死にさする。

 

「はっ、はっ……マ、マシュ……タン……っ、はっ」

「どうしたの? 一体何が……」

「はっ、はっ……わ、わからない。目を覚ましたら……急に……」

「うぷっ。……おえぇぇっ!」

「るるか! これ……もしかして……精神的な問題で……」

 

マシュタンは悟った。

るるかは、過度な精神的なストレスとプレッシャーにより、自律神経のバランスが完全に崩れてしまっていたのだ。

 

「るるか。気持ち悪いかもしれないけど、アタシに合わせてゆっくり深呼吸して」

 

マシュタンは、るるかの背中をさすりながら深呼吸させる。

 

「すー……はー……。すー……はー……っ」

 

辛そうだが、少しだけ吐き気が収まったるるか。

マシュタンは、るるかを洗面台に連れていき、うがいをさせ、口周りをタオルで綺麗に拭いてあげる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

洗面台に手をつき、苦しそうに肩で息をするるるか。

るるかの顔は、病人のように青白かった。

 

「ほら、先ずは落ち着きましょう」

 

るるかを、リビングの椅子まで連れて行くマシュタン。

 

「何も考えないで、そこで休んでて」

 

マシュタンはキッチンへと向かう。

るるかは自分の状態を落ち着かせる為に、目を閉じて深呼吸を繰り返していた。

すると、マシュタンが湯気の立つカップを持ってくる。

 

「るるか。白湯(さゆ)よ」

 

マシュタンが、カップをるるかの前に置く。

 

「少しづつ、ゆっくり飲んで」

「……うん」

 

るるかは言われた通り、震える両手でカップを持ち、温かい白湯をゆっくりと喉に流し込んだ。

それから暫くして。

胃の痙攣が少し治まり、落ち着きを取り戻するるか。

 

「一先ずは、大丈夫そうね」

「うん。……ありがとう」

「どうしたの? また怖い夢でも見たの?」

 

首を横に振るるるか。

 

「見てない。でも、朝起きたら急に……」

「きっと、精神的なストレスからね」

「ストレス……。でも……私はそんな事感じてる暇なんて……うっ」

 

るるかは、こころを救うという使命がある自分が、くれあの事についてやらなければならない事がある自分が、弱音を吐いてストレスなんて感じてる暇など無いと思った。

だが、そう自分を追い込んだ次の瞬間に、また胃がキリキリと痛み、吐き気がこみ上げてしまった。

 

「否定しないで! 今は受け入れて!」

 

マシュタンが強い口調で言った。

 

「誰でもストレスは感じるのよ。貴女なんて、今は特に!」

「こころちゃんが壊れてしまった事。くれあが記憶を失った事。この間、街に被害を出しそうになった事。これから先への不安。そして……貴女自身の事」

「……っ」

「るるか。貴女は、他の人の何倍もの異常なストレスを感じる状況にいるのよ。それを『自分は大丈夫だ』って否定しようとすれば、身体と心が悲鳴を上げて、余計に悪化するわ」

「で、でも……それは、私が弱いから……っ」

 

それでも事実を否定して、自分が弱いせいだからと言い張るるるか。

 

「『でも』じゃない!!」

 

マシュタンの珍しい大きな声に、るるかの肩がビクッと跳ねる。

 

「マ、マシュタン……」

「自分を責めすぎよ。駄目。……それじゃあ、本当に貴女の心も身体も壊れてしまうわ」

 

マシュタンの瞳に、涙が浮かんでいた。

 

「お願い……。お願いよ……。もっと、自分を大切にしてよ……るるか」

「マシュタン……」

 

マシュタンの悲痛な願いに、るるかの張り詰めていた心が解ける。

 

「……うん。ごめんなさい」

「私も言い過ぎたわ。ほら、休んでて」

 

るるかは言われた通りに、椅子に深く腰掛けて休む。

その間に、マシュタンが部屋の掃除や洗濯をテキパキと終わらせた。

 

そして、お昼。

マシュタンは、るるかの胃の状態を考え、消化にいい温かい卵粥を作る。

 

「はい。今の胃のことを考えて、お粥にしたわ」

「ありがとう、マシュタン。いただきます」

 

るるかはスプーンを持ち、少しづつ、お粥を食べる。

 

「うん。美味しい」

「そう。良かったわ」

 

少しづつ食べるるるか。

しかし、半分ほど食べたところで、途中で異変が起きる。

食べてる途中で、るるかはまた強烈な吐き気に襲われた。

 

「ケホッ……、オェッ……っ」

 

るるかは口を手で押さえ、口に入れたお粥を吐き出してしまう。

まだ自律神経が乱れきっており、胃が食べ物を受け付けなくなり、偶にこうなってしまうのだ。

 

「るるか! 大丈夫?」

 

マシュタンが背中をさする。

 

「ご、ごめん……っ。せ、折角作ってくれてるのに……こんな……っ」

 

るるかが、涙目で謝る。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

マシュタンは、るるかの口元をタオルで拭ってあげる。

 

「貴女の体の方が大切よ。無理しないで。ゆっくりでいいからね」

「……うん」

「お昼はこれぐらいにしましょう。無理しても胃には良くないわ」

 

マシュタンは、るるかをベッドに誘導する。

るるかを横に寝かせ、布団を掛けて、頭を優しく撫でてあげる。

 

「るるか。ゆっくり休んで。安心して……アタシが側にいるから」

 

マシュタンの小さな手に撫でられて、気持ちが安らぐるるか。

 

「うん。ありがとう、マシュタン……」

(マシュタンの手……気持ちいい……なんだか……落ち着くな……)

 

吐き気も治まり、るるかの瞳がゆっくりと閉じていく。

 

「スー……スー……スー……」

 

やがて、静かな寝息を立てるるるか。

 

「ふう……。るるか、大変だけど頑張りましょう。貴女の辛さを全て理解できるわけじゃないけど、それでも……少しでも、るるかの苦しみをアタシも肩代わりするから」

 

マシュタンは、眠るるるかの頭を撫で続けた。

 

「おやすみ、るるか」

 

心身ともに極限まで削られた堕天使と、それを寛大な愛で支える妖精。

外の世界での戦いをよそに、冷たく暗い部屋の中で、こんな痛々しくも静かな日々が数日続くのだった。

 

***

 

激しい嘔吐と悪夢が続いてから数日が経った。

アジトの部屋で、るるかは相変わらず虚ろな日々を過ごしている。

食欲もほとんどなく、心身ともに衰弱していた。

 

「……ねぇ、るるか。今日は少しだけ、外に出てみない?」

 

マシュタンの提案に、るるかは反応を示すのに数秒かかった。

彼女の心は、自分一人では何も決断できないほどに摩耗していた。

それでも、何かを探し求めるように、彼女はゆっくりと頷いた。

行き先は、パティスリーチュチュ。

るるかは、マシュタンを抱いていつもの様に店へと向かった。

かつて三人で笑い合った場所。

今はただ、自分の罪の意識と空虚な願いを埋めるための、唯一の拠り所だった。

 

『カランコロン』

 

ドアを開けると、甘くて温かい砂糖の香りが彼女の頬を撫でる。

その瞬間の安らぎと、胸が張り裂けそうな苦しみ。

その両方に、今のるるかは足がすくんだ。

 

「いらっしゃいませ!」

 

明るい声と共に、やって来たのは帆羽くれあだった。

彼女の笑顔は、いつもと何も変わっていない。

けれど、彼女には、るるか達と過ごした思い出は残っていない。

 

「あら、いつものお客さま。こんにちは」

 

くれあは、温和で丁寧な接客の笑みを浮かべる。

 

「……こんにちは」

 

るるかは、消え入りそうな声で応えるのが精一杯だった。

 

「今日はどのアイスになさいますか? いつもの……チョコミントでよろしいですか?」

「ええ……それと、クッキーをいくつか」

 

いつもの注文。それだけを交わすと、くれあは手際よく作業を始める。

るるかは、くれあの事ををじっと見つめていた。

 

(この人は、私の名前を知らない……。私が『森亜るるか』だということも、私たちが探偵事務所で過ごした日々も……何もかも、忘れてしまった)

 

それは、今のるるかにとって救いであり、同時に最も残酷な現実だった。

名前を呼んでくれないことが、こんなにも心に刺さるなんて。

彼女が「ただの店員」として親切に接してくれるたびに、るるかは自分が『もう彼女の中に存在しない人間』になってしまったような錯覚に陥る。

 

「はい、お待たせしました。こちら、チョコミントアイスと……クッキーです」

「……ありがとう」

 

商品を受け取り、カウンター越しにわずかに手が触れた。

くれあの指先は、記憶はないのに、なぜかとても懐かしい温かさを持っていた。

 

(くれあは……もう二度とあんな世界に関わらせたくない)

 

そう誓ったはずなのに、自分は今、世界を嘘で染める手伝いをしている。

るるかの心が、またミシミシと音を立てて軋んだ。

 

「あ、そうだ。あの……」

 

袋を受け取ろうとしたるるかを、くれあが呼び止める。

 

「……また、明日も来てくださいね。いつもありがとうございます」

 

彼女は、笑顔を浮かべた。

るるかは何も言えず、店を飛び出した。

 

「……るるか。大丈夫?」

 

外に出た途端、るるかの肩が激しく上下し始めた。

 

「……大丈夫。ただ……少し、光が眩しかっただけ」

 

るるかは、涙が出そうになるのを堪えるように、マシュタンを強く抱きしめる。

チョコミントアイスの冷たさが、彼女の胃をじりじりと刺激する。

また吐き気がこみ上げてくるが、必死に飲み込んだ。

帰りの道すがら、るるかは呟く。

 

「……私の名前を呼んでほしかった。……でも、名前を呼ばれたら、私はまた、自分がしてしまった罪の重さを思い知ることになるわ」

 

るるかは、自分が何者として生き、何者として死ぬべきなのかを考えていた。

探偵でもなくなり、ファントムにもなり切れない。

ただ、壊れてしまった妹を救う、何も思い出せない親友がただ平和に過ごせるように、自分が行動する。

その筈だった。

 

「ねえ、マシュタン。……私は、これからどんな色の嘘をつけばいい?」

 

虚ろな瞳で空を見上げるるるかの問いに、マシュタンは答えることができなかった。

アジトへと戻る彼女の背中は、夕闇の中でひどく小さく、そして脆く見えた。

 

***

 

アジトの薄暗い廊下を、るるかは重い足取りで歩いていた。

マシュタンを胸に抱いたまま、彼女は先ほどパティスリーチュチュで見た光景を反芻していた。

お店で楽しそうに笑っていたくれあ。

甘い香りに包まれ、客に笑顔を振りまき、パティシエとして生き生きと働く彼女の姿は、今のるるかには痛いほどに眩しく輝いて見えた。

 

(くれあは……あんなにも笑顔で輝いているのに)

 

それと引き換えに、自分はどうだろうか。

敵対していた筈のファントムの……怪盗の世界に身を投じている。

人を傷つけ、街を壊しかけ、自分自身の心すら制御できなくなって、虚無の瞳でただ暗闇を彷徨っている。

 

(私は一体……何をしているんだろう。どこに向かって、歩いているんだろう)

 

彼女の歩幅が、少しずつ狭くなっていく。

 

(こころを救うため……それは分かってる。でも、そのためには……私はあと、どれだけの罪を重ねればいいの? あとどれだけの人を欺き、どれだけのものを壊せば……この手は許されるの?)

「ねぇ、マシュタン……」

 

るるかの声は、掠れて消えそうだった。

 

「私は……いつか、あの光の中に戻れるのかな。あの温かい香りのする場所に……」

 

マシュタンは、その囁きに答えることができなかった。

気分転換のつもりだった。

外の空気を吸い、かつての親友の元気な姿を見れば、るるかの心が少しでも和らぐかもしれない。

良かれと思って提案した外出が、結果として、今のるるかとくれあとの『残酷な対比』を突きつけ、彼女をさらに追い詰めてしまった。

 

(ごめんね、るるか……。アタシが浅はかだった……)

 

マシュタンは小さな腕で、るるかの震える胸元をきゅっと抱きしめ返すことしかできなかった。

るるかの表情は深く曇り、その瞳はさらに暗い絶望の色を濃くしていた。

 

***

 

部屋に戻ると、そこには変わらず、ただ天井を見つめて横たわるこころがいた。

るるかは椅子に座り、こころの痩せ細った手を両手で包み込んだ。

 

「こころ……」

 

静寂の中、るるかの震える声が響く。

 

「ごめんね……。私が……浅はかだったから……。私が弱くて、無力だったから……貴女を、こんな風にしてしまった……」

 

るるかの口から、とめどない後悔が溢れ出し始める。

それは、誰にも言えなかった、彼女が抱える『罪』の告白(告解)だった。

「本当は……ファントムに入って、そしてシャドウの力を得て……この力があれば何でもできるって、驕っていたの。名探偵の私なら、ウソノワールすら出し抜いて、すぐに貴女を元通りにできるって……そう思ってた」

「……」

「でも……違った。私は、何もできていない。……ただ、状況を悪くしているだけ。この間だって、周りが見えなくなって……あやうく街に危害を出す所だった。貴女を救うどころか、もっとひどい罪を犯そうとしていたの……」

 

るるかの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、こころの手を濡らした。

 

「私のせいで……あんなに笑い合って、三人で過ごした時間を……全部、奪ってしまった。くれあの記憶を無くすきっかけを作って、貴女から心を奪い……私は……私は……」

 

るるかは、言葉を詰まらせ、こころの手の甲に自分の額を押し付けた。

 

「全部……私のせい。私が天才探偵なんて……名探偵なんて呼ばれて、調子に乗っていたから。私のせいなの……っ」

 

激しい自己嫌悪と罪悪感の波が、るるかの心を容赦なく打ち据える。

マシュタンは、るるかの隣にそっと降り立ち、小さな両手でるるかの頬に触れた。

 

「るるか。……貴女だけのせいじゃないわ。あの悲劇は、誰にも予想できなかった。貴女は、たった一人で何もかも背負おうとしすぎているのよ」

「マシュタン……っ」

「泣いてもいいの。今は……たくさん泣きなさい。アタシが、貴女の涙を全部受け止めるから」

 

マシュタンは、るるかの冷たい頬に自分の顔をすり寄せ、その温もりで彼女を繋ぎ止めようとした。

 

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……こころ……っ」

 

部屋の中。

堕ちた天才探偵は、二度と戻らない探偵として過ごしたあの日々と、自らが犯した罪の重さに苛まれながら、ただ声を殺して涙を流すしかなかった。

彼女の小さな肩の震えを、妖精の無償の温もりだけが、静かに、そして痛ましいほどに包み込んでいた。

 

***

 

朝になり、アジトの薄暗い部屋でマシュタンは目を覚ました。

るるかは、極度の精神的な追い詰めと蓄積された疲労からか、まだ深い眠りに落ちていた。

その寝顔は青白く、時折苦しそうに眉をひそめている。

 

「るるか……。アタシは、何をしてあげられるのかしら……」

 

マシュタンは、るるかの冷たい頬を小さな手でそっと撫でた。

気分転換のつもりで外に連れ出したことが、逆に彼女を深く追い詰める結果になるなんて思わなかった。

自分の浅はかさを悔やみながら、マシュタンは今のるるかの為に、してあげられることを必死に考える。

 

「あっ、そうだわ。何か体に良いものでも用意して、少しでもるるかの胃の調子が良くなるようなものを作りましょう!」

 

そう思い立ったマシュタンは、急いで外へ出る準備をする。

そして部屋の扉を開け、出ていこうとしたところで足を止めた。

 

「そうだわ。出ていく前に書置きをしておきましょう。るるかが、アタシがいないって不安になっちゃうかもしれないし」

 

マシュタンは小さな体でペンを器用に持ち、メモ用紙に『少し出てくるわ。すぐに戻るからね』と大きめの文字で書いて、るるかのベッドの横の机の、一番分かりやすい所に置いた。

 

「行ってくるわね、るるか。必ず貴女を元気にさせる物を持ってくるから」

 

眠るるるかの耳元で優しく声を掛け、マシュタンは静かに部屋から出ていった。

 

***

 

アジトの外に出たマシュタンは、冷たい朝の空気を吸い込みながら、なにかいいものはないか考えていた。

 

「なにがいいかしら? 食べ物っていっても、アタシじゃ人間の町で買い物出来ないし……」

 

腕を組んで、空中で「う~ん」と悩むマシュタン。

 

「そうだ! 確か、近くの森に『自律神経を整えて胃腸に優しいハーブ』があるって……キュアット探偵事務所で、るるか達と一緒に調べ物をしてた時の本で見た気がするわ。ハーブティーでも淹れて飲ませれば、るるかも少しは良くなるかも!」

 

そう閃いたマシュタンは、目的の植物が生えているであろう、郊外の深い森へと一直線に向かって飛んでいった。

 

***

 

一方、怪盗団ファントムのアジト。

眠っていたるるかは、またしても凄惨な悪夢に魘されていた。

血に染まった世界。

軽蔑する妹の瞳。

届かない叫び。

 

「……ッ!!」

 

悪夢のピークで、るるかは弾かれたように飛び起きた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 

全身が冷や汗でぐっしょりと濡れ、見開かれた目からはボロボロと涙が流れていた。

 

「ゆ、ゆめ……夢……よね……」

 

自分の手を見て、それが悪夢だったことを確認し、現実のことではなかったことに少しだけホッとするるるか。

しかし、その安堵はすぐに打ち砕かれた。

隣に、いつもいてくれるはずの温もりがなかったのだ。

 

「あれ? マシュタン……?」

 

周囲を見渡するるか。

だが、部屋のどこにもマシュタンの姿が見当たらない。

るるかの顔が、サァッと青ざめる。

 

「マ、マシュタン、どこ? マシュタン!」

 

ベッドから転がり落ちるように起き上がり、部屋の中を狂ったように探す。

ベッドの下、クローゼットの中、洗面所。

マシュタンがいない事への異常な不安で極限状態になったるるかの視野は極端に狭くなり、机の上に置かれている置き手紙など、全く視界に入っていなかった。

 

「どこ? どこにいるの、マシュタン……!」

 

るるかの体が、ガタガタと激しく震えだす。

 

「私が駄目だから……もしかして……見捨てられた……?」

 

その最悪の想像が脳裏を過った瞬間、るるかは完全にパニックに陥り、過呼吸を引き起こした。

 

「や、やだ。見捨てないで。置いていかないで……マシュタンッ!」

 

るるかは、汗だくの寝間着のまま、裸足で部屋から飛び出した。

薄暗いアジトの廊下を、半狂乱で探し回る。

 

「マシュタン! マシュタンッ!!」

 

名前を呼び続け、あてもなく彷徨い続けるるるか。

不安と恐怖で心がいっぱいになり、虚無だった瞳にはパニックの涙が溢れている。

口からは、何度も謝罪の言葉が漏れ出ていた。

 

「ごめんなさい……! ごめんなさい……っ!」

「許して……! 1人にしないで……っ」

「独りぼっちはヤダ……マシュタン……っ!」

 

不安からなのかパニックによる過呼吸からなのか、足取りはひどくふらふらしており、廊下の角を曲がるたびに何度も床に転んだ。

その度に、擦りむいた膝の痛みを無視して這い上がる。

アジト内を泣き叫びながら探しているため、その異常な姿は、偶然ホールにいたニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンの三人にも目撃された。

 

「……おい。アルカナ・シャドウのやつ、どうしたんだ?」

 

ゴウエモンが、今のるるかを見て目を疑う。

 

「おい、新人……?」

 

声をかけるが、るるかは「ごめんなさい、マシュタン……」と虚ろにうわ言を繰り返すだけで、まともな状態ではない。

 

「え、ちょっ……マジでどうしたの? 顔色、超チョベリバじゃん……」

 

いつもは敵対心剥き出しのアゲセーヌすら、そのあまりにもボロボロで痛々しい様子にドン引きし、つい優しく声をかけてしまうほどだった。

 

「キミ、しっかりしたまえ! 妖精ならさっき……」

 

ニジーが肩を掴んで声をかけようとしたが、るるかのパニックは収まらず、三人は顔を見合わせて困惑するしかなかった。

 

***

 

一方、マシュタンは森の中で懸命に目的のハーブを探していた。

 

「どこにあるのかしら……?」

 

草の根をかき分け、朝露に濡れながら探し続け、遂に目的の植物を発見する。

 

「あったわ! これよ! これでるるかも少しは元気になってくれるでしょ!」

 

マシュタンは急いで新鮮なハーブを摘み取り、るるかの待つアジトへと戻った。

アジトのホールへ帰還したマシュタン。

すると、困り果てた顔をしたニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンの三人と出くわした。

 

「あら? 三人とも一緒なんて珍しいわね」

 

マシュタンが首を傾げると。

 

「キミを探してたんだ!」

 

ニジーが切羽詰まった声で言う。

 

「今までドコに行ってたのよ!」

 

アゲセーヌも文句を言う。

 

「何処って、少し外でるるかの探し物をね……」

 

そう答えるマシュタンの言葉を遮るように、ゴウエモンが言った。

 

「それよりも、急いで部屋に戻ってやってくれ。新人が、いなくなったお前を探して、アジト中をパニックになって泣きながら探してたんだぞ」

「えっ……!?」

 

マシュタンは驚愕した。

 

「あまりにもひどい状況だったから、一応ボク達で部屋の前までは連れて行っておいたが……」

「ありがとう!ごめんなさい!」

 

マシュタンは三人に慌ててお礼を言い、るるかの部屋へと全速力で飛んでいった。

 

***

 

部屋の中。

るるかは、冷たい床の上に小さくまるくなる様に膝を抱えて座り込んでいた。

 

「マシュタン……寂しいよ。1人にしないでよ……」

「見捨てないで……私……一人でこころを救うことなんて……出来ないよ……っ」

「お願い……帰ってきて……っ」

 

たった一人で、静かに涙を流し続けるるるか。

すると、バンッ!と勢いよく扉が開いた。

 

「るるか!!」

 

ハーブを抱えたマシュタンが帰ってきた。

 

「マシュタン……? ……あっ、マシュタン!!」

 

るるかは、愛しいマシュタンの姿を確認した瞬間、弾かれたように立ち上がり、駆け寄ろうとした。

しかし、力が抜けた足がもつれ、そのまま床に派手に転んでしまう。

 

「るるか!」

 

ハーブを放り出し、るるかの元へ駆け寄るマシュタン。

 

「マシュタン……っ! マシュタン! マシュタンッ!」

 

るるかは、駆け寄ってきたマシュタンの小さな身体を、壊れるくらいに強く、強く抱きしめた。

 

「お願い、見捨てないで……っ! 1人にしないでぇ……っ!」

 

帰ってきたマシュタンを見て、るるかは安心から子供のように大声を上げて泣きじゃくり、すがりついた。

そのなりふり構わない姿を見て、マシュタンの目からもポロポロと涙がこぼれた。

 

(アタシがいないと、この子は本当にダメなのね……)

 

マシュタンは、るるかの震える背中を撫でながら、「もう絶対に、一人にしない」と心に強く誓った。

そしてるるかもまた、今の自分がどれだけマシュタンを大切な存在とし、どれほど彼女に『依存』しているかを、痛いほど自覚していた。

もう、マシュタンなしでは生活することが恐ろしいのだと。

それから少しして。

マシュタンは、泣き疲れたるるかをベッドに座らせて落ち着かせ、摘んできたばかりの新鮮なハーブを煮出して、温かいハーブティーを淹れた。

 

「はい、るるか。ゆっくり飲んで」

「……うん。ありがとう」

 

るるかは両手でマグカップを受け取り、一口飲む。

爽やかで優しいハーブの香りが、荒れ狂っていたるるかの心と、痛んでいた胃を内側からじんわりと温めてくれた。

 

「美味しい……。なんだか、ホッとする」

「そう? 良かったわ」

 

マシュタンも、るるかの顔に少し血色が戻ったのを見て、安堵の笑顔を見せる。

るるかは、マグカップの温もりと、隣に寄り添ってくれるマシュタンの優しさに触れ、少しだけ安心して、ゆっくりと落ち着きを取り戻していくのだった。

 

***

 

温かいハーブティーを飲み終え、るるかの心と身体は久しぶりに穏やかな静寂を取り戻していた。

パニックの名残でまだ少しだけ目は赤かったが、表情からは険しさが抜け、静かな凪のようになっている。

 

「……少し、落ち着いたみたいね」

 

マシュタンがマグカップを片付けながら、ホッとしたように言う。

 

「うん。……マシュタンのおかげ。ありがとう」

 

るるかは小さく微笑み、部屋の隅へと視線を向けた。

そこには、まことみらい市のキュアット探偵事務所を引き払う際に持ってきた、大きな革製のトランクがポツンと置かれていた。

るるか自身の荷物は、探偵としての仕事道具など必要最低限のもの以外、あの時すべて捨ててきた。

しかし、こころの持ち物だけは、どうしても一つも捨てることができなかった。

数自体も多くはなかったため、片っ端からトランクに詰め込んで持ってきたのだ。

アジトに越してきてから今まで、るるかはそのトランクを開ける気になれず、ずっと放置していた。

開ければ、幸せだった頃の記憶が溢れ出し、今の残酷な現実との落差に心が耐えられないと分かっていたからだ。

マシュタンも、るるかの視線を追ってトランクを見た。

 

「ねぇ、るるか。……いつまでもそのままにしておくのは良くないわ。そろそろ、中身を整理しない?」

「え……」

「今なら、少し落ち着いているし。……それに、こころちゃんの大切なものを、ずっと箱の中に閉じ込めておくのは可哀想でしょ?」

 

マシュタンの優しい声に背中を押され、るるかはゆっくりと立ち上がった。

 

「……そうね。整理、しなくちゃね」

 

トランクの前に座り込み、るるかは震える手で留め具を外した。

カチャリ、と重い音を立てて蓋が開く。

中には、こころのお気に入りの服や、小さなアクセサリー、そして探偵の七つ道具が綺麗に畳まれて入っていた。

るるかは、一番上に置かれていた木箱をそっと取り出した。

 

「あっ、それ……」

 

マシュタンが声を上げる。

それは、手のひらサイズのアンティークの『オルゴール』だった。

 

「懐かしいな……」

 

るるかは、木箱の表面を指先で愛おしそうに撫でた。

それは、まだロンドンのキュアット探偵事務所で過ごしていた頃。

るるかとこころ、そしてくれあの三人で休日に街へ買い物に出かけた時のことだった。

アンティークショップのショーウィンドウに飾られていたこのオルゴールに、こころがすっかり目を奪われてしまったのだ。

 

『お姉ちゃん、これ欲しい! すっごく綺麗な音がするの!』

『もう、こころ。今日は別のものを買いに来たんでしょ?』

『やだやだ! 絶対これがいい!』

 

普段はわがままなど言わないこころが、珍しく駄々をこねてその場から動かなくなってしまった。

困り果てるるるかの横で、くれあが『買ってあげなよ、るるか。こころちゃん、あんなに気に入ってるんだし』と笑って助け舟を出してくれたのだ。

結局、るるかが折れる形で買ってあげた、思い出の品だった。

まことみらい市の探偵事務所に来てからも、事件が解決した夜や、雨で外に出られない休日など、皆で度々このオルゴールを鳴らしては、その優しい音色に耳を傾けていた。

るるかは、底にあるネジをゆっくりと巻いた。

ジリ、ジリ、と古いゼンマイを巻く音が響き、蓋を開ける。

 

『ポロン……ポロロン……』

 

澄んだ、どこか切なくて温かいメロディが、静寂に包まれたアジトの部屋に響き渡る。

二人は黙ったまま、懐かしいその音色にじっと耳を傾けた。

 

「……いい音色ね」

 

マシュタンが目を閉じて呟く。

 

「ええ。……こころが、大好きだった音」

 

るるかはオルゴールを鳴らしたまま、トランクの中から一冊の古いアルバムを取り出し、膝の上でゆっくりと開いた。

ページをめくると、そこには色褪せない『幸せの記憶』が詰まっていた。

るるか、くれあ、こころ。そしてマシュタンとシュシュタンの五人で、探偵事務所の前で撮った記念写真。

皆が、心からの笑顔を浮かべている。

次のページには、こころの無邪気な姿ばかりが収められていた。

大好きなイチゴと生クリームがたっぷりと乗ったクレープを両手で持ち、ほっぺたにクリームをつけながら幸せそうに頬張っている写真。

 

「ふふっ……こころ、クレープ食べるといつも口の周り汚しちゃうのよね」

 

るるかの口元から、自然と笑みがこぼれる。

そして、不意打ちでるるかの背中に満面の笑みで抱きついている写真。

さらには、ソファーで無防備にすやすやと眠るこころの寝顔を、るるかがこっそり撮ったものまであった。

 

「アタシ、この寝顔の写真好きだわ。るるか、すごく優しい顔してシャッター切ってたものね」

「うん……。この寝顔を見てるだけで、どんな難しい事件の疲れも、全部吹き飛んじゃう気がしてた」

 

るるかは、写真の中のこころの笑顔を、指先でそっと撫でた。

 

「ねえ、マシュタン」

 

るるかの声は、ハーブティーの湯気のように穏やかだった。

 

「私にとって、こころは……私の世界の『すべて』だったの」

「……うん」

「天才探偵だなんて持て囃されてたけど、本当は違う。こころが隣で笑ってくれていたから、私は前を向いて推理ができた。どんな暗い事件でも、あの子が光を照らしてくれていたから、迷わずに真実を見つけることができたの」

 

るるかの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ち、アルバムの端を濡らした。

 

「運動神経が良くて、いつも走り回ってて。私よりずっと素直で、人の気持ちが分かる……自慢の妹。私の、誇りだった」

「……」

「私、こころのことが大好きだった。あの子の笑顔を守るためなら、自分の命なんていらないって、ずっとそう思って生きてきたの」

 

パニックの涙ではない。

悲哀と罪悪感の涙でもない。

それは、純粋な愛情だけが溶け出した、静かで透明な涙だった。

 

「だから……私、絶対に諦めたくない。こころのあの笑顔を、もう一度取り戻すまでは」

 

るるかはアルバムを閉じ、胸に強く抱きしめた。

オルゴールのメロディが、静かに終わりを告げる。

 

「ええ。アタシ達なら、絶対に取り戻せるわ。……どんな手を使ってもね」

 

マシュタンが、るるかの頬を伝う涙を小さな手で拭ってあげる。

 

「うん。……ありがとう、マシュタン」

 

るるかの瞳にハイライトは戻っていない。

しかし、その赤い瞳の奥には、狂気やパニックではない、深く静かな『覚悟』の炎が、確かに揺らめいていた。

トランクの中の宝物と、オルゴールの優しい音色は、ボロボロになっていたるるかの心を、少しだけ繋ぎ止めてくれたのだった。

 

***

 

トランクの中のアルバムを閉じ、こころへの静かな誓いを立てたるるか。

涙を流して少しだけ心がすっきりした彼女は、「顔を洗ってくるね」とマシュタンに告げ、洗面所へと向かった。

冷たい水で顔を洗い、タオルで水気を拭き取る。

ふと、顔を上げた時だった。

るるかは、洗面台の鏡越しに『今の自分の姿』を改めてまじまじと見つめた。

今まで、自分の容姿の変化など何とも思っていなかった。

気にする余裕すら無かったのだ。

しかし、今こうして客観的に鏡に映る自分を見て、るるかは息を呑んだ。

そこに映っていたのは、かつて面影もない、ひどく憔悴しきった見知らぬ少女だった。

睡眠不足と悪夢に苛まれた目元には、痛々しいほど濃い隈が落ちている。

栄養をまともに摂れていない肌は、血の気を失い、幽霊のように青白い。

そして何より――その瞳。

 

(私の目……)

 

るるかは、自分の瞳から『光(ハイライト)』が完全に消え失せている事を、ここに来て初めてはっきりと自覚した。

以前、マシュタンから「瞳に光が灯っていない」と指摘されたことはあった。

だが、言葉で聞くのと、実際に自分の目で見るのとでは、衝撃の度合いが全く違った。

何も映さず、何も感じていない。

まるで精巧に作られたガラス玉のような、底知れぬ虚無の瞳。

表情の抜け落ちたその顔は、自分でもゾッとするほど無機質だった。

 

(こんなに……無表情だったんだ……)

 

るるかは、鏡の前で少しでも『笑顔』を作ろうとしてみた。

しかし、頬の筋肉が強張ってしまい、マシュタンと一緒にいる時に自然とこぼれるような笑みが、どうしても作れない。

るるかは、両手の人差し指を自分の頬に当てた。

そして、指を使って無理やり口角を上へと引き上げてみる。

 

「…………」

 

しかし、鏡に映ったその姿は、あまりにも異様だった。

口角だけが不自然に吊り上がっているのに、目は一切笑っていない。

ハイライトの消えた虚無の瞳と、指で作られた笑顔のアンバランスさが、形容しがたいほどの『不気味さ』を醸し出していたのだ。

それはまるで、感情を持たない人形が、無理やり人間の真似をして笑っているような、悍ましい姿だった。

 

(今の私って……こんなに不気味なんだ……)

 

るるかの指から、力が抜け落ちた。

上がっていた口角が、元の無表情へと戻る。

 

「るるか?」

 

洗面所からなかなか戻ってこないるるかを心配して、マシュタンが様子を見にやって来た。

マシュタンの姿を鏡越しに見た瞬間、るるかの限界まで張り詰めていた糸がプツリと切れた。

虚無の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出し、洗面台に落ちていく。

 

「マシュタン……」

 

るるかは、静かに涙を流しながら、震える声で語りかけた。

 

「私……全然分かっていなかった」

「るるか……」

「私は、ずっと……こんな不気味な顔をしてたんだね。こんな、何も映らない死んだような目で……」

 

るるかは、自分の顔を両手で覆い隠した。

 

「こんな顔じゃ……皆も、怖いよね。怪盗だからとかじゃなくて……ただ、私が不気味だったから……っ」

 

後輩たちが自分に向けた戸惑いや恐怖の視線の理由を、るるかは今更ながらに理解した。

 

「私……もう、昔みたいに笑えないんだ……」

 

ポロポロと涙を流し、自分の顔を醜いと忌み嫌うるるか。

マシュタンは、そんなるるかの足元からふわりと飛び上がり、洗面台の縁に降り立った。

そして、るるかの覆った両手に、自分の小さな手を重ねた。

 

「そんな事ないわ」

 

マシュタンの声は、どこまでも優しく、そして力強かった。

 

「今は、心が疲れ切ってしまっているだけ。また笑えるようになるわ。昔みたいに……純粋な笑顔を見せることも、絶対に出来るようになる」

 

マシュタンは、るるかの両手をそっと退け、涙で濡れた顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「だから……今は、無理に笑わなくてもいいの。不気味だなんて、気にしなくてもいい」

「マシュタン……っ」

「思い詰めないで。……今まで通りでいいから。泣きたい時は泣いて、笑えない時は無理して笑わなくていい。貴女は貴女のままで、十分頑張っているんだから」

 

マシュタンは、るるかの頬に顔をすり寄せ、全身で彼女を包み込むように寄り添った。

 

「アタシは、どんなるるかの顔だって大好きよ。光がなくても、隈があっても、今の貴女の全部が、アタシの大切なパートナーなんだから」

 

その温かい言葉と体温に、るるかの中で渦巻いていた自己嫌悪の氷が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。

 

「マシュタン……っ、マシュタン……!」

 

るるかは、たまらずマシュタンを両手でそっと包み込み、自分の胸元に抱き寄せた。

優しくしてくれるマシュタンの存在が、今のるるかにとって唯一の救いだった。

 

「ありがとう……ありがとう……っ」

 

るるかは、マシュタンの柔らかい身体に顔を埋め、声を上げて泣いた。

もう自分は二度と笑えないのだと、暗闇の底で完全に絶望しかけていたるるか。

しかし、どんなに醜く壊れた自分でも受け入れてくれるマシュタンの愛のおかげで、るるかの心は再び持ち直すことが出来た。

鏡に映る少女の瞳にはまだ光はない。

けれど、マシュタンを抱きしめて静かに泣きじゃくるその顔は、不気味な人形などではなく、傷つきながらも生きようとする、ただの『優しい一人の少女』の顔に戻っていた。

アニメ31話にて、るるかは名探偵に復帰。この小説のるるかは、どの方向に進んでもらいたい?(アンケートは取るけど、自分の文章力でアンケートの結果に結びつけれるかは自信がないので必ずしも、アンケート通りに出来るかは分かりませんが…)

  • 名探偵として復帰
  • ファントム等の敵として行動
  • 一時的に復帰するが再び絶望し離反する。
  • その他(意見、要望は感想等のコメントに)
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