今回はエピメテウス視点の話になりますね
世を救えと命じる女神の神託に従い、俺は炎剣を抜いて戦いを始め、炎剣の担い手を支えよと命じられた鍛冶師であった彼は焔の鎚を手にし、天の炎を用いて鍛造した数多の武器や防具を、俺と戦士達の為に拵えてくれた。
天の炎の恩恵により不死身に近い俺や彼とは違う戦士達は、彼が拵えた装備が無ければ怪物との戦いで死んでいただろう。
幾度も幾度も戦士達は、彼が作る様々な装備に救われて、共に戦っている俺よりも戦士達の命を守っているように思えた彼は、ただ黙々と鉄を打つ。
授かった炎剣を振るい、英雄と呼ばれるようになった俺とは違い、焔の鎚を授けられた彼は、讃えられることも喝采で迎えられることもない。
女神が炎剣を授ける相手は、きっと俺でなくとも誰でも良かったのだろうに、明確に鍛冶師として女神に選ばれていた筈の彼は、俺を支えることだけを命じられている。
報われなくとも、俺と戦士達以外の誰かに知られなくとも、ひたすら鉄を打ち、数多の装備を拵えてくれた彼が居たから俺は共に戦う戦士達を、欠けがえのない友を失わずに済んだ。
炎剣が放つ天の炎が効かぬ怪物に敵わず敗走した時も、優れた鍛冶師である彼が用意してくれていた装備が無ければ戦士達は死んでいただろう。
猛毒の巨獣、絶波の海竜、そして黒き竜、その3体に度重なる敗走を重ねた俺は、英雄ではなく愚物や愚者などと呼ばれるようになっていた。
怪物を倒せず敗北を重ねた者は、英雄とは呼ばれずに人々から蔑まれる存在となる。
積み重なる罵倒と、蔑みの視線が俺を苛む中でも、彼は何ら変わることなく俺を支える為に鍛冶師として鉄を打つ。
人々から蔑まれて疎まれている俺を、役立たずと罵倒することもなく黙って鍛冶をしていた彼に苛立ちを感じ「怪物と戦わず、鉄遊びをしているだけのお前は気楽でいいな」と思わず吐き捨てるように言ってしまったが、彼は怒ることはなくこう言った。
「焔の鎚を授かる前から私は鍛冶師だ。鉄を打ち数多のものを作り出すことが仕事であり、きみ達の装備を用意するのが私の役割だと思っている。大切な友だと言えるきみ達が無事に生きて帰ってきてくれるようにな。だから、きみが帰ってきてくれて嬉しいよエピメテウス」
迷いなくそう言う彼が俺を見る目には、真っ直ぐな信頼と親愛が込められていて、微笑む顔には怒りなど欠片もない。
ただ俺が無事に帰ってきたことを純粋に喜んでくれていた彼に、八つ当たりをしようとしていた自身の醜さが嫌になった俺へと、彼は続けて口を開く。
「英雄も人であるなら飯も食べるし眠りもする。だから心無い言葉に傷付くこともあるだろうな。それは誰だって当然のことであるし、何ら恥じることではない。英雄もまた人であるなら当たり前のことだ。故に折れて曲がってしまうこともあるかもしれない。そんな時はきみの原点を思い出してみるのもいいだろう。きみは何の為に炎剣を握ったんだ?エピメテウス」
曇りのない菫色の眼で此方を見ながらそう言ってきた彼の言葉に、思い出すのは俺が炎剣を握ったはじまりの記憶。
祈りを捧げていた丘で、天より女神から与えられし炎剣を握る前、俺はこれで怪物のせいで苦しむ誰かを助けることができると思って炎剣を抜いた。
炎剣を振るい怪物を倒し、誰かの涙を減らせたことを誇らしく思えたはじまりの原点。
ああ、そうか、俺は、これ以上怪物のせいで泣くような誰かを見たくないから、戦おうと決めたのだ。
英雄と呼ばれなくとも、愚物や愚者と呼ばれようとも、誰かを助けられたのならそれでいい。
そう思える気持ちを、俺はいつしか忘れてしまっていたのかもしれないな。
彼の言葉でようやく俺は、大切なことを思い出すことができた。
故に、俺に折れて曲がっている暇などはない。
漆黒の怪物の出現を知らされて炎剣を握り、駆け出す俺を追いかけてくる戦士達は誰1人欠けることなく全員が揃っている。
炎剣の天の炎では漆黒の怪物は倒せないが、それでも上手く工夫して使えば足止めすること位はできる筈だ。
怪物を倒せずとも人々は必ず守り抜く、そう決めた俺は迷うことはない。
猛毒の巨獣を相手に退かずに戦い、人々を逃がして助け続けていき、漆黒の竜の暴虐を防いで、人々を守り抜いていった俺と戦士達は、彼が用意してくれた装備をボロボロにしながらも生き延びて帰ってきた。
改良された装備を毎回毎回限界まで酷使していた俺と戦士達に、彼は文句も言わずに鍛冶師としての仕事を続けていく。
守る為に戦う日々を繰り返している内に、俺を愚物や愚者と呼ぶ声は消えていき、いつの間にか神炎の守護者と呼ばれるようになった俺と戦士達。
戦いの日々は過ぎ去り、不死身に近い俺と彼とは違う戦士達が寿命で亡くなってから、女神より天の炎を見守るように神託を授かった俺は、戦士達の墓守りをしながら天の炎を見守っている。
数百年前から時折俺の怪物への怒りなどの負の感情が、天の炎に伝わり、炎が穢れはじめると彼が焔の鎚で天の炎を打ち直し、穢れだけを不純物として吐き出させていって、その穢れだけを打ち固めて持って帰っていくが、彼ならきっと天の炎の穢れを悪用することはない。
鍛冶師として数多の装備を作成し、俺と戦士達を助けてくれた彼は、折れて曲がってしまいそうだった俺の心も、真っ直ぐに打ち直してくれたのだ。
英雄と呼ばれずとも彼の友であるただのエピメテウスとして俺が戦い抜けたのは、彼のお陰だろう。
だから彼は、俺にとっては何よりも大切な親友と言える存在だった。
ちなみにエピメテウスがジョンに会いたくなって寂しくなっても天の炎は僅かに穢れ始めますので、天の炎の穢れを感知可能なジョンはオリンピアに向かうことになりますね