それは、競馬史に刻まれるべき「無敗三冠」という不滅の偉業が達成された翌日のことだった。
しかし、URAが主催した記者会見場を支配していたのは、称賛の拍手ではなく、暴動寸前の負の熱気だった。
記者たちは順番を守ることもなく、まるで犯罪者を裁くかのように、凶器めいた質問の言葉を壇上へと投げつけていた。
「シャイニングスター選手! スポーツマンシップについてどうお考えなんですか!?」
「ご自身の『封殺戦法』に、良心の呵責を覚えることはないのですか!?」
「ファイアビリーヴァー選手をはじめ、レース後に涙を流す選手が続出しています! 彼女たちに何か一言!」
司会が必死に静粛を求めても、怒号は止まない。
そんな混沌の中、シャイニングスターは隣に立つ猪狩トレーナーと、一瞬だけ視線を交わした。
そして、記者の軍勢に向き直る。
ただそれだけの動作だった。
だが、彼女の放つ「絶対零度」の視線が会場を支配した瞬間、沸騰していた記者たちは息を呑み、瞬く間に静寂を強制された。
静まり返る会場で、スターは静かにマイクを引き寄せ、口を開く。
「みなさんに申し上げます。――僕はレースなんてどうでもいい。世界の中心で、スポットライトを浴びたいだけだ」
それは、世界に対する明確な宣戦布告だった。
スポーツマンシップ。
全ウマ娘の闘争本能。
その誰もが当たり前に信じていた神聖な価値観を、彼女は冷酷に否定してみせたのだ。
誰もが目を見開き、呼吸を忘れてその言葉を聞いていた。
彼女は、淡々と続ける。
「そのためなら、これからも頂点を掠め取る。たとえそれが、僕のために用意されていなかったとしても」
言葉が切れた瞬間、会見場は恐慌状態に包まれた。
誰もが言葉にならない悲鳴のような質問を浴びせようと身を乗り出す。
しかし、当のシャイニングスターは、猪狩トレーナーに促されるまま、一瞥もくれずに壇上から退場していった。
たった一人のウマ娘がもたらした混沌は、その場にいた者たち、そして画面の向こうで会見を見ていた全ての人々を、深く、重く支配した。
テレビ画面に映るその光景を、学園のトレーナー室で見つめていた一人のウマ娘がいた。
ファイアビリーヴァー。
「うぅ……うわぁああん!」
彼女はしばらく呆然とした後、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込み、叫び声をあげて涙を流した。
自分が信じてきたもの、死ぬ気で頑張ってきたものは、一体なんだったのだろう。
あまりにも、惨めだった。
当世一と謳われた最強の自分を、あの「盗人」シャイニングスターは、打ち倒すべき強敵としてすら認めていなかった。
ただの、邪魔な障害物としか見ていなかったのだ。
隣にいた彼女のトレーナーも、ビリーヴァーを介抱することすら忘れ、ただ悔しさに唇を噛み締めることしかできなかった。
◇
記者会見後の控室。
重い防音ドアを閉めるなり、猪狩トレーナーはシャイニングスターに向かって静かに拍手を送った。
「素晴らしいスピーチだった。感動したよ。誰も君から目を離せなかった」
きらびやかなパステルカラーの衣装のまま、スターは心底辟易したように吐き捨てた。
「またお得意の『隠された冷笑』ですか? ……いったいどうしてくれるんです。今や僕は世界の敵だ。誰もが僕が打ち倒されることを望むでしょうね」
「いや、案外そうでもないようだ。君に対する非難に混じって、君を熱烈に称賛するコメントが少なくない数、上がっている。もっと自信を持っていい」
「どう考えてもヒールか、ダークヒーロー扱いじゃないですか」
心の底にある喜悦を隠せない様子で自分を称賛してくる猪狩から、スターはふいと目を逸らした。
星の髪飾りが、部屋の淡い蛍光灯を反射して寂しげに光る。
「……でも、これで恩返しはできたでしょう。『走るのなんてどうでもいい』とぶちまける問題児。それを無敗三冠制覇に導いたトレーナーは、史上最年少での最優秀トレーナー受賞が確実です。減るものではないのであらかじめ言っておきます。……おめでとう」
不器用な、彼女なりの最大の感謝の言葉だった。
だが、猪狩はただ不敵に口元を歪め、優しく首を振った。
「恩返しなんてとんでもない。俺はただ、世界一輝くダイヤの原石をドブ底から盗んだだけの、ただの泥棒だよ。俺がその賞を取っても、君の輝きを増すために君に捧げる。いや、返却することを約束しよう」
「まあ、謙虚ですこと。『完全無血』のあなたですから、僕を騙していたとしても、僕は気付けないんですがね」
つまらなそうに会話を打ち切るシャイニングスターと、愛おしそうに彼女を見つめる猪狩トレーナー。
世界を敵に回したとは到底思えないほど、二人の時間は静かに、そして深く、夜の帳の中へと落ちていくのだった。