トレセン学園の、スカウトイベント会場。
集会もできる大部屋にはテーブルが並べられ、飲料ペットボトルと軽食が白いテーブルクロスの上に並べられていた。
会場には、熱意と野望が目に見える程にひしめいていた。
世代一強と目される栗毛のエリート、ファイアビリーヴァーの周りには、有名トレーナーたちが彼女をスカウトしようと群がっている。
「ぜひ私に君を担当させて欲しい。私なら、君を栄光に導ける」
「私なら、故障というあなたが唯一つまづくであろう小石をあらかじめ除けられるわ」
「俺には名門出身でないウマ娘をG1勝利に導いた実績がある。君を担当すれば無敗三冠も夢じゃない」
ファイアビリーヴァーが少し困りつつも、大きな喜悦を感じながら八方から向けられる声に耳を傾けていた。
しかし、ふと視界に一人のウマ娘が怠そうに背中を丸めて歩く姿が見えた。
珍しい白毛が目立つ彼女は、ところどころに出来上がったスカウトの人だかりを縫うかのように避けていくと、会場のドアを開けて立ち去ってしまう。
ビリーヴァーの視線に気付いたトレーナーたちの目線が、会場から立ち去る彼女に誘導された。
「あれ?あの子スカウトイベント中なのにどこに行くんだ?」
「ああ、あの子だろ、落第寸前のウマ娘は。図書室の幽霊だと」
「なんでも練習せずに本ばかり読んでいるらしい。『駄バ』とはあんな子を言うんだろうな」
「(才能が無いだけじゃなくて、走る情熱すらない……。惨めで可哀想な子)」
ファイアビリーヴァーは立ち去る彼女を見て、無意識に心で呟く。
しかし、白毛のウマ娘の存在を無かったことにしたトレーナーたちの勧誘が始まると、その思考もどこかに消えていった。
一人の男を除いて、彼女の存在を心に留める者はそこにはいなかった。
◇
アンサングスターは図書室の隅に座り込むと、与えられた端末付きの学生帳で、歴代有名ウマ娘のウイニングライブの動画にアクセスした。
……惨めだった。
誰にも声をかけられず、存在を忘れられていた自分が。
走る情熱すら、持ち合わせていない自分が。
そのくせ、ライブの映像に憧れてしまう自分が。
なぜ、自分には才能が無いのだろう?
なぜ、自分には情熱が無いのだろう?
なぜ、その二つが無いのに、栄光の頂点には憧れてしまっているのだろう?
絶対に手に出来なければ、目を背けてしまえばいいものを。
自分の才能に自分で見切りをつける事すら自分には出来ない。
普通のウマ娘になりたかった。
他のウマ娘のごとく、走る事を楽しめるキラキラとした存在になりたかった。
「(……こんな事なら、ウマ娘として生まれない方が良かった!)」
最悪で惨めな思考に至ると、瞳から涙が自然と流れる。
その時だった。
図書室のドアを開ける音と、それから続く男性の物と思われる足音が聞こえたのは。
その足音はだんだん大きくなり、部屋の隅で縮こまっている自分の前で止まった。
「ウイニングライブの映像か。……センターで踊る姿に憧れているのかい?」
「……は? なんですか急に。僕、走るの嫌いなんですけど。話しかけないでください」
突然かけられた穏やかな声に、思わず棘が残ったままの本心で返してしまう。
アンサングスターは涙を拭いながら、目の前に現れた男を見上げた。
中肉中背の、しかし痩せた体躯がその身長を小さく見せている男だった。
男はにこやかな笑みを浮かべながら、うずくまったアンサングスターを見ている。
しかし、その目は笑っていなかった。
まるで、その感情や魂までも見定めるかのような視線でスターの瞳を直視していた。
男はスターの警戒するかのような視線に構わずに、再び優し気に言葉を続ける。
「君の模擬レースの走りを見たよ。無駄を削ぎ落としたフォーム、瞬時に相手のコースを予測する視線の動き……。君は走るのが嫌いなんじゃない。『無駄に走る事』が嫌いなだけだ」
「!?」
スターは一瞬混乱した。
そして、困惑の中に訪れたのは……僅かな、でも確かな歓喜。
自分でも気付けなかった自分の本心を言い当てられて、驚きとともに喜びが生まれる。
「君の数少ない走りを見て、俺には分かった。君は自分が何者なのか、まだ知らない」
「はは、あなたは何を言って」
「俺なら、それを君に教えられる。君の価値を理解できる人間が、今までいなかっただけだ」
男はスターの動揺を見逃さず、彼女の言葉に自分の言葉を被せる。
そして、解き放たれるトドメの一撃。
「世界に証明してやろう。勝つためには情熱なんて必要ない。君の冷徹な走りで、君を無視した世界に復讐しよう!」
「……興味ないです。怪しい勧誘なら、他を当たってください」
そう言いながらも、アンサングスターの耳は小さく震えていた。
自分でも、それを隠し切れていないことに気づいていなかった。
その様子に、男は勝ち誇った、しかし冷ややかな笑みを浮かべて彼女に手を差し伸べる。
「俺は猪狩大地。トレーナーをやっている。と言ってもまだ誰も担当した事は無いがね」
「……アンサングスターです。……まあ、可哀そうで仕方が無いから、あなたの初担当になってあげます」
この日。
ただ誰にも見つけられていなかっただけの一等星は、初めてその輝きを観測された。
そして――その光は、一人の歪んだ男の手によって、永遠にその色を変えた。
永遠に。