シュピーゲル 〜不眠の傭兵と猛毒の令嬢、17歳の暗殺事件〜   作:氏家まさら

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【第10話】身憎(みにく)い派閥と流通経路

 昼下がりの屋敷の廊下―――。

 

「…はぁ」

 

 くすんだ灰色の髪をした使用人(メイド)が、誰に聞かせるでもなく小さく溜息をついた。周囲の廊下では、他の使用人たちが手を動かしながらも、主の悪口や仕事の不平をヒソヒソと囁いている。灰色髪の使用人(メイド)は、それらと距離を置き、ただ淡々と自身の業務に勤しんでいた。

 

 ガッ!

 

 唐突に、背後から左腕を力強く掴まれた。

 

 驚愕に目を見開いた瞬間、身体が隣の無人の小部屋へと引きずり込まれる。素早く差し込まれた左手が、使用人(メイド)の口を乱暴に塞いだ。

 

「……!?――むぐっ!」

 

「静かにしな」

 

 眼の前には、感情のこもっていない冷徹な表情をした傭兵——カレンが使用人(メイド)を見据えていた。使用人(メイド)は恐怖に肩を震わせ、その瞳には微かに涙が浮かんでいる。

 

 カレンがパッと口を塞いでいた手を放した。解放された使用人(メイド)が反射的に逃げようとする。

 

 ドン!!

 

 カレンが左手で壁を叩き、使用人(メイド)の退路を塞いだ。人気のないことを把握した上での、威圧的な一撃。

 

「ヒっ……!」

 

「慌てんな。別に時間は取らせねえ。大人しくしてればな―――」

 

「な、何が……目的ですか?」

 

 使用人(メイド)は震えながらも、気丈に言葉を絞り出した。

 

「なに、ちょっとした取引さ。この先、あの跳ねっ返りを護衛する上で何かとブツが必要になる。お前さんにはその調達を頼みたい。悪いようにはしねえさ。こっちの言う通りに動いてるうちはな」

 

「こ、困ります。大体、なぜワタシなんですか?」

 

「おめえは悪徳令嬢(エレノア)派閥でも、糞執事(モーゼス)派閥でもねえ。……メイド長派閥だろ?…メイド長は亡き御婦人が懇意にしていたそうだな。」

 

「……なんのことかわかりません」

 

「別にいいさ。調べはついてんだ。……おめえ、私生児なんだろ?」

 

「……!」

 

 使用人(メイド)がキッとカレンを睨みつける。その瞳に宿ったのは、隠しようのない反骨心だった。

 

「そう睨むなよ。聞けばおめえ、仕事のヘマはしないそうだな。だが、どうせ給金も少ないだろ?屋敷への忠誠心もねえ……。私の言う事を聞けば、メイド長に掛け合って給金を上げさせてやってもいいぜ。」

 

「……でたらめを!そんなこと、あなたにできるわけがないでしょう」

 

 カレンは無造作に左手で懐をまさぐると、一枚の紙を使用人(メイド)の目の前に突きつけた。

 

「ほれ」

 

 それは労働契約書だった。そこにはメイド長の自筆サインと共に、昇給を示す一文が記されている。名前の欄には『ヒルダ』の文字が確認できる。

 

「うそ……!どうやって……」

 

「なに。あのメイド長、堅物そうな面して色々と厄介事(スキャンダル)を抱えてるらしい。最もほとんどは望まない関係だったようだがな。アイツの『痴情のもつれ』について、数日かけてじっくりと『人生相談』に付き合ってやったら、最後は喜んでサインしてくれたよ。……なあ、お前さんも相談事(なやみ)があるなら乗ってやるぜ?」

 

 カレンは紙をぴらぴらと指先で揺らした。

 

「……アナタに加担していることがバレたら、ワタシもただでは済みません」

 

「大したことはねえ。そん時はボロ雑巾みたいな傭兵に脅されたっていえば済むことだろ?」

 

 使用人(メイド)はカレンの瞳をじっと見つめ、静かに問いかけた。

 

「……何を工面すればいいんですか?」

 

「なんてことはねえ。ちょっとした金物と、……そうだな、お嬢さまの口に合う『甘いもん』や『嗜好品』の類いさ。詳細は後日改めて伝えてやるよ」

 

 カレンは満足げに鼻を鳴らすと、使用人(メイド)の左肩に右手を置き、耳元で囁いた。

 

「いいか、『滞り無く』だ。ブツが私の手元に届いたら、コイツはお前さんのモンだ。……期待してるぜ?私生児(バンビーナ)

 

 カレンは一度も振り返ることなく、小部屋を後にした。

 

 バタン……。

 

 静まり返った部屋。

 

 灰色髪の使用人(メイド)は、未だに震える自身の右手を、つい先ほどまでカレンが触れていた左肩に置いた。

 

 もし、(ここ)地獄(ふはい)を壊す人間(もの)がいるとしたら―――彼女の脳裏に、そんな考えがよぎった。

 

「……本当に、ボロ雑巾みたいな人」

 

 

 

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